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28節

〔一八七四年二月二十六日。この頃に催した交霊会で訳のわからない直接書記の現象が出た。奇妙な象形文字で書かれていた。それについて尋ねると――

そなたには解読できぬであろうが、あの文は大変な高級霊によるものである。その霊は偉大なる国家エジプトが最も霊的に発達した時代に生を享けた。当時のエジプト人は霊の存在とその働きについて今のそなたより遙かに現実味のある信仰を抱いていた。死後の存続と霊性の永遠不滅性について、現代の地上の賢人より遙かに堅固なる信仰をもっていた。彼らの文明の大きさについてはそなたもよく知っていよう。その学識は言わば当時の知識の貯蔵庫のようなものであった。

まさしくそうであった。彼らには唯物主義の時代が見失える知識があった。ピタゴラス(1)やプラトン(2)の魂を啓発せる知識、そしてその教えを通してそなたらの時代へと受け継がれて来た知識があった。古代エジプト人は実に聡明にして博学なる哲学者であり、われらの同志がいずれそなたの知らぬ多くのことを教えることになろう。地上にてすでに神と死後について悟りを得ていた偉大なる霊が三千有余年もの時を隔てて、その後の地上での信仰の様子を見に参る。その霊が霊界にて生活するその三千有余年、それはそなたの偏狭なる視野を以てすれば、大いなる時間の経過と思えるであろうが、その時代の流れが新たなる真理の視野を開かせ、古き誤謬を取り除かせ、古き思索に新たなる光を当てさせ、同時にまた、神と、人間の生命の永遠性についての信念を一層深めさせることになったのである。

〔私は、それにしても一体何のためにわれわれに読めない文字を書いてきたのかが判らないと述べ、その霊の地上での名前を尋ねてみた。〕

いずれ教える時も来よう。が、地上での身元を証明するものは全て失われている。直接書記から何の手掛りも得られぬと同じで、彼の名を知る手掛りはあるまい。その霊は地上にてすでに物的生活が永遠の生命の第一歩に過ぎぬことを悟っていた。そして死後、彼自身の信ずるところによれば、地上にて信じていた太陽神ラー(3)のもとまで辿り着いたのである。

〔彼もある一定期間の進歩の後に絶対神の中に入滅してしまうと信じているのかどうかを尋ねた。〕

古代エジプト人の信仰に幾分そうした要素があった。哲学者たちは、段階的進化の後に人間臭がすっかり洗い清められ、ついには完全無垢の霊になると信じた。その宗教は死後の向上と現世での有徳の生活であった。他人と自己に対する義務を忘れず、言わば日常生活が即宗教であった。この点についてはそなたの知識の進歩を見て改めて説くことになろう。差し当たり古代エジプトの神学の最大の特質――肉体の尊厳――には正しき面と誤れる面とがあることを知ることで十分である。

エジプト人にとりて生きとし生けるもの全てが神であり、従って人間の肉体もまた神聖なるものであり、死体も出来得るかぎり自然の腐敗を防がんとした。その見事な技術の証拠(4)が今なお残っている。肉体の健康管理に行き過ぎた面もあったが、適切なる管理は正しくもあり、賢明でもあった。彼らは全ての物に神を認めた。この信仰は結構であった。が、それが神を人間的形体を具えたものと信じさせるに至った時、死体の処理を誤らせることになった。無限の時間をかけ無数の再生を繰り返す輪廻転生の教義は、永遠の向上進化を象徴せんとして作り出された誤りであった。こうした誤りがあらゆる動物的生命を創造主の象徴と見なし、数かぎりなき転生の中において、いずれは人間もそれに生まれ変わるものとする信仰を生んだのであるが、この信仰は死後の向上進化の過程の中において改めて行かねばならぬ。が、その中には神を宇宙の大創造力と見なし、その象徴であるところの全ての生命が永遠に向上進化するとの大真理が込められていることは事実である。

動物の生命を崇拝するということが愚かしく、浅はかに思えるとしたら――そう思うのも無理からぬことではあるが――信仰というものは外面的な象徴的現象を通して、それが象徴するところの霊的本質へと向けられるものであること、そして真理を内蔵せる誤謬は言わば外殻であり、やがて時と共に消え失せ、あとに核心を残していくための保護嚢である場合もあることを忘れてはならぬ。中核の概念、つまり真理の芽は決して死滅してはおらぬ。その概念が媒体によりて歪められ、本来の姿とは異なる形を取ることはある。が、一たんその媒体を取り除けば、本来の姿を取り戻す。先に話題にのせたエジプトの霊も、またその時代の仲間たちも、今では地上世界の自然を全て絶対神の現象的表現と見なし、それ故に、たとえ如何なる形にせよ、地上的生命を崇拝の対象とすることは出来ぬとは言え、そうした自然崇拝を通して神を求め模索する霊を不当なる批判の目を以て迎えるべきではないことを悟っている。その辺がそなたには理解できるであろうか。

――ある程度出来ます。すべてが神を理解する上で存在価値を有していることが判ります。ですが私は、エジプトの神学はインドの神学に較べて唯物的で土臭いところがあると思っていました。世界の宗教に関するあなたの通信を読むと、エジプトはインドから刺戟を受けたような印象を受けます。思うに、すべての真理に誤りが混入しているように、どの誤りにもある程度の真理が含まれており、真理といい誤謬といい、両者は相関的であり絶対ではないようです。

今ここでインドの神学の特徴について詳しく述べようとは思わぬが、そなたの述べるところは真実である。われらとしてはただ、真理というものが今の時点でのそなたには不快に思えるような形で潜在していたこと、そして古代人には理解されていたそれらの真理も、近代に至りてその多くが完全に消滅してしまっていることをそなたに知らしめんとしているまでである。そなた自身の知識と古代人の知識とを評価するに当たりては謙虚であることが大切である。

――判ります。そうした問題に関して近代人がおしなべて無知であることを知るばかりです。私自身具体的には何も知りませんし、いかなる形にせよ、古代の宗教を軽蔑することこそ愚かであることが判ります。例の古代霊はそうした時代に生活したわけですが、エジプトの司祭だったのでしょうか。

彼はオシリス(5)に司える預言者の一人であり、深遠にして一般庶民に説き得ぬ神秘に通暁していた。オシリスとイシス(6)とホルス(7)――これが彼の崇拝した三一神(8)であった。オシリスが最高神、イシスが母なる神、そしてホルスが人間の罪の犠牲者としての子なる神であった。彼はその最高神を地上の歴史家がエジプトより借用せる用語にて、いみじくも表現せるI am the I Am(9)――すなわち宇宙の実在そのものであることを理解していた。生命と光の大根源である。それを意味するエホバ(10)なる語をモーセがテーベ(11)の司祭たちから使用したのである。

――原語ではどう言ったのでしょうか。

Nup-pu-Nuk、すなわちI am the I AM.

この通信を送って来たのは例のラーの預言者である。“光の都市”オン(12)、ギリシャ人が“太陽の都市(13)”と呼ぶ都市の預言者で、そなたらの言うキリスト教時代より一六三〇年も前に生活した。その名をチョム(14)と言った。彼は遠き太古の時代からの霊魂不滅の生き証人である。余がその証言の真実性を保証する。

(†インペレーター)

〔私はエジプトの神学を勉強するよい記録は手に入らぬものかと尋ねた(15)。〕

その必要はない。当時の古記録はほとんど残っていない。ミイラの棺の中に納められた埋葬の儀式に関する書きものは全てその古記録からの抜粋である。前にも述べた如く、死体の管理がエジプト宗教の特徴であった。葬儀は長く且つ精細を極め、墓石並びに死体を納めた棺に見られる書きものはエジプト信仰の初期の記録から取ったものである。

こうしたことに深入りする必要はない。今の貴殿に必要なのは、貴殿が軽蔑する古代の知識にも真理の芽が包蔵されていたという厳粛なる事実を直視し理解することである。

それだけではない。エジプト人にとって宗教は日常生活の大根幹であり、全てがそれに従属していたのである。芸術も文学も科学も、言わば宗教の補助的役割をもつものであり、日常生活そのものが精細きわまる儀式となっていた。信仰が全ての行為に体現されていた。昇りては沈む神なる太陽が生命そのものを象徴していた。当時を起点として二つのソティス周期(16)、つまりは大凡(おおよそ)二千年後に再び地球に戻り、遂には生命と光の源泉たるラー神の純白の光の中に吸収されつくすと信じたのである。

斎戒の儀式が日常生活に浸透し、家業に霊性の雰囲気が漂っていた。一日一日に主宰霊又は主宰神がおり、その加護のもとに生活が営まれるという信仰があった。各寺院に大勢の預言者、司祭、神官、士師、書記がいた。その全てが神秘的伝承に通じ、大自然の隠れた秘密と霊交の奥義を極めんがために純潔と質素の生活に徹した。古代エジプト人は実に純粋にして学識ある霊的民族であった。もっとも今の人間に知られている知識で彼らが知らなかったものが色々とある。が、深き哲学的知識と霊的知覚の明晰さにおいては現代の賢人も遠く及ばない。

また宗教の実践面においても現代人はその比ではない。われらはこれまでの長き生活を通じ、宗教とは言葉にあらずして行動によって価値評価をすべきであるとの認識を持っている。天国へ上るはしごはどれでも構わない。誤れる信仰が少なからず混じっていることもあろう。今も昔も人間は己の愚かな想像を神の啓示と思い込んでは視野を曇らせている。その点はエジプト人も例外ではない。確かにその信仰には誤りが少なからずあった。が、同時にそれを補い生活に気高さを与えるものもまた持っていた。少なくとも物質一辺倒の生活に陥ることはなかった。常にどこかに霊的世界との通路を開いていた。神の概念は未熟ではあったが、日常生活の行為の一つ一つに神の働きかけがあるものと信じた。売買の取り引きにおいても故意に相手を騙し出し抜くようなことは決してなかった。確かに一面において滅び行くもの、物的なものに対する過度の執着は見られたが、それ以外のものを無視したわけではなかった。

現代にも通ずるものがあることに貴殿も気づくであろう。余りにも物質的であり、土臭く、俗悪である。思想も志向も余りに現世的である。霊性に欠け、気高き志向に欠け、霊的洞察力に欠け、霊界及び霊界との交信への現実的信仰に欠けている。われらが指摘せずとも貴殿には古代エジプトとの相違点が判るであろう。と言って、われらは古代エジプトの宗教をそのまま奨揚するつもりはない。ただ、貴殿の目に土臭く不快に見えるものも、彼らにとっては生きた信仰であり、日常生活を支配し、その奥に深き霊的叡智を包蔵していたことを指摘せんとしているまでである。

――判ります。ある程度そういうことが確かに言えると思います。あらゆる信仰形式について同様のことが言えるように思います。それは全て永遠の生命を希求する人間の暗中模索の結果であり、その真実性は啓発の程度によって異なります。それにしても、現代という時代についてあなたがおっしゃることは少し酷すぎます。確かに物質偏重の傾向はあります。が、一方にはそれを避けんとする努力も為されております。好んで物質主義にかぶれている者は少ないと思います。宗教、神、死後等に関する思想が盛んな時代があるとすれば、現代こそその時代と言えると思います。あなたの酷評は過去の無関心の時代にこそ向けられるべきで、少なくとも無関心から目覚め、あなたの指摘される重大問題に関心を示している現代には当てはまらないと思うのですが。

そうかも知れない。現代にはそうした問題に関心を示す傾向が多く見られる。その傾向がある限り希望も持てるというものである。が、一方には人間生活から霊的要素を排除せんとする強き願望があることも事実である。全てを物質的に解釈し、霊との交わりを求め霊界の存在を探求せんとする行為を誤り、ないしは、妄想とまでは言わないまでも、少なくとも非現実的なものとして粉砕せんとする態度が見られる。一つの信仰形体から次の信仰形体へと移行する過渡期には必然的に混乱が生ずる。古きものが崩れ、新しきものが未だ確立されていないからである。人間は否応なしにその時期を通過せねばならない。そこには必然的に視野を歪める傾向が生じるものである。

――おっしゃる通りです。物事が流動的で移り変わりが激しく、曖昧となります。勿論そうした時には混乱に巻き込まれたくないと望む者も大勢います。余りに長い間物質中心に物事を考えて来たために、物質は、所詮、霊の外殻に過ぎないという思考にはどうしても付いて行けない者もいます。それは事実であるとしても、古代ギリシャは別格として、現代ほど霊的摂理と自然法則についての積極的な探求が盛んな時代は、私の知るかぎり他になかったという信念は変わりません。

貴殿がそう思うこと自体は結構である。われらとしても徒(いたずら)にその信念を揺さぶりたいとは思わぬ。ただ貴殿の目に卑俗で土臭く見える信仰の中にも真理が包蔵されていることを、一つの典型を挙げて指摘せんとしたまでである。

――モーセはエジプトの知恵をそっくり学んで、その多くを律法の中に摂り入れたのだと思いますが。

まさしくその通りである。割礼の儀式もエジプトの秘法から借用したものである。ユダヤの神殿における斎戒の儀式もすべてエジプトからの借用である。また司祭の衣服をリンネルで作ったのもエジプトを真似たものである。神の玉座を護衛する霊的存在ケルビム(17)の観念もエジプトからきている。いや、そもそも“聖所”とか“至聖所”という観念そのものがエジプトの神殿からの借用に過ぎない。ただ、確かにモーセは教えを受けた司祭から学び取ることに長(た)けてはいたが、惜しむらくは、その儀式の中に象徴されている霊的観念までは借用しなかった。霊魂不滅と霊の支配という崇高なる教義は彼の著述の中にその所を得ていない。貴殿も知る如く、霊が辿るべき死後の宿命に関する言及は一切見られない。霊の出現も偶然に誘発された、単なる映像と見なしており、霊の実在の真理とは結び付いていない。

――その通りです。エジプトの割礼の儀式はモーセの時代以前からあったのでしょうか。

無論である。証拠が見たければ、今なお残されているアブラハム以前の、宗教的儀式によって保存された遺体を見るがよい。

――それは知りませんでした。モーセは信仰の箇条まで借用したのですか。

三一神の教義はインドのみならず、エジプトにも存在した。モーセの律法には霊性を抜きにしたエジプトの儀式が細かく複製された。

――それほどのエジプトの知恵の宝庫がなぜ閉じられたのでしょうか。孔子、釈迦、モーセ、マホメットなどは現代にも生き続けております。マーニー(18)はなぜ生き残らなかったのでしょう。

彼の場合は他へ及ぼせる影響としてのみ生き残っている。エジプトの宗教は特権階級のみに限られていた。ために国境を越えて広がる勢いがなく、長く生き残れなかったわけである。聖職者の一派の占有物としての宗教であり、その一派の滅亡と共に滅んだ。但しその影響は他の信仰の中に見られる。

――三位一体の観念のことですが、あれは元はインドのものですかエジプトのものですか。

創造力と破壊力とその調停者という三一神の観念は、インドにおいてはBrahmSivaVishnu、エジプトにてはOsirisTyphonHorus、となった。エジプト神学には他に幾通りもの三一神があった。ペルシャにもOrmuzdAhrimanMithra(調停者)というものがあった。

エジプトでは地方によって異なれる神学が存在した。最高神としてのPthah、太陽神すなわち最高神の顕現としてのRa、未知の神Amunといった如く、神にも種々あった。

――エジプトの三一神は、オシリスとイシスとホラスであると言われたように記憶していますが。

生産の原理としてのイシスを入れたまでである。つまり創造主としてのオシリス、繁殖原理としてのイシス、そしてオシリスとイシスとの間の子としてのホルス、ということである。三一神の観念にも色々あった。大切なのは全体の概念であって、その一つ一つは重要ではない。

――ではエジプトはインドから宗教を移入したということでしょうか。

一部はそうである。が、この分野に関して詳しく語れる者はわれらの霊団にはいない。

(プルーデンス)

〔以上は一八七四年二月二十八日に書かれたものである。四月八日にさらに回答が寄せられた。その間にも他の問題に関するものが数多く書かれた(19)。〕

そなたは先にインドとエジプトとの関係について問うている。インドの宗教が“魂”の宗教であったのに比して、エジプトの宗教は本質的には“肉”の宗教であった。雑多な形式的儀式が多く、一方のインドでは瞑想が盛んであった。インド人にとりて神とは肉眼では見出し得ぬ霊的実在であり、一方エジプト人にとりては全ての動物的形体の中に顕現されていると信じられた。インド人にとりて時間は無であった。すなわち、無窮であり全体であった。エジプト人にとりて、過ぎゆく時はその一刻一刻に聖なる意味があった。かくの如くエジプトは全ての面においてインドと対照的であった。が、ペルシャのゾロアスターがそうであった如く、インドより最初の宗教的啓発を受けている。

前にも述べた如く、エジプトの信仰の他に類を見ぬ良さは、日常生活の全てがその信仰に捧げられたことである。信仰が日常の全ての行為を支配していた。そこに信仰の力があった。すべての自然、とりわけ、動物の生命を神の顕現とする信仰であった。たとえば、エジプト人が牛の偶像の前にひれ伏した時、彼らにとりてそれは存在の神秘――神の最高の表現を崇拝したことになるのであった。そうした古代エジプトの教義を形成し、われらの説く教義とも大いに共通する身体の管理、宗教的義務感、全存在に内在する神の認識等は、再びそなたらの時代に摂り入れられて然るべきものである。

――結局エジプトの神学は、インドの神秘主義の反動であったと思うのです。あなたはエジプトの込み入った儀式を立派であるかのように語っていますが、私からみればエジプトの聖職者の生活には大変な時間の浪費があったし、しつこく身体を洗ったりヒゲを剃ったりしたのは愚かとしか言いようがありません。

そうとばかりは言えぬ。あの儀式はあれなりにあの時代と民族にとりて必要なものであった。もっとも、われらが指摘せんとしているのはその底に流れる観念でしかない。エジプトにおいては、芸術も文学も科学も全てが宗教のためのものであった。とは言え、信仰のために日常の暮らしが窮屈に縛られたわけではない。それどころかむしろ生活の行動の全てがその崇拝の行為の厳粛さによって高められたのである。エジプトの宗教の真髄はそこにあり、また、そこにしかない。これほど崇高なる信仰は他に見出せぬ。神の見守る中での生活――身の回りの全てに神を認識し、全ての行為を神に捧げ、神が純粋である如く己の心も霊も身体も潔く保ち、それを神に、ひたすら神に捧げる――これこそ神の如き生活を送ることであり、たとえ細かい点において誤りがあろうと、それは敢えて問われるほどのものではない。

――確かにわれわれ人間は偏見が大きな障害となります。しかし、あなただってまさか人間の信仰が絶対に偏見がないとおっしゃるつもりはないでしょう。たとえば、あなたが立派だとおっしゃるエジプト人の生活が今そっくり現代に再現されたとしても、それが必ずしもあなたの理想とされるものとはならないでしょう。

確かにならぬ。時代は常に進歩し、より高き知識を獲得していく。初歩的発達段階にあった別の民族に適せるものが必ずしも現代に合うとは限らぬ。が、獲得するものもある一方には失えるものもある。そしてその失えるものの中には、如何なる形式の信仰にも等しく存在すべきものがある。それが己ヘの義務と神への献身である。これは決してエジプトの信仰のみの占有物ではない。キリストの生涯とその教えの中ではむしろそれがより高度に増幅されて具現されている。然るにそなたらはそれを忘れ去った――真の宗教の証とも言うべきものを失った。その点において、そなたらが軽蔑し批判する者のほうがそなたらを凌いでいることを篤と認識する必要がある。

常に述べて来たことであるが、人間の責務はその人間の宿す内的な光によってその大小が決まる。啓示を受けた者は、その質が高ければ高いほど、それだけ責務が小さくなるどころか、大きくなるのである。信ずる教義の如何に関わらず、正直さと真摯さと一途(いちず)さによって向上した者も多ければ、その信仰にまつわる期待の大きさが重荷となって向上を阻害された者もまた多い。われらにはその真相がよく見て取れるのである。信仰の形式――そなたにはその形骸しか見えぬのであるが――は大して重要ではない。人間には生まれついての宿命があり、それは否応なしに受け入れざるを得ぬ。問題はそれをどう理解するかにあり、それによりて進化が決まる。地上でユダヤ人となるかトルコ人となるか、またマホメット教徒となるかキリスト教徒となるか、バラモン教徒となるか、パルシー教徒(20)となるか、それは生まれついての宿命的巡り合わせと言える。が、その環境を向上進化の方向へ活用するか、それとも悪用して堕落するかは、その霊の本質に係わる問題である。地上にて与えられる機会は霊によりてさまざまであり、それを如何に活用するかによりて、死後の生活における向上進化に相応しき能力が増す者もあり減る者もいる。その辺のことはそなたにも判るであろう。故にパリサイ主義的クリスチャンが侮蔑を込めて見下す慎ましく謙虚なる人間にとりても、あるいは恵まれた環境と、向上の機会の真っ只中に生を享けた人間にとりても、真の向上の可能性においては些かも差はないのである。要は霊性の問題である。そなたはまだその問題に入る段階に来ておらぬ。形骸にのみこだわっている。核心には到達しておらぬ。

――でも、いくら真面目とは言え、野蛮な呪物信仰者に比べれば、クリスチャンとして高度な知識と完全な行ないの中で、その能力と機会のかぎり精一杯生きている者の方が遙かに上だと信じますが。

全存在のホンの一かけらほどに過ぎぬ地上生活にありては、取り損ねたら最後、二度と取り返しがつかぬというほど大事なものは有り得ぬ。そなたら人間は視野も知識も人間であるが故の宿命的な限界によりて拘束されている。本人には障害であるかに思える出来ごとも、実は背後霊が必要とみた性質――忍耐力、根気、信頼心、愛といったものを植えつけんとして用意する手段である場合がある。一方ぜいたくな環境のもとで周囲の者にへつらわれ、悦に入れる生活に自己満足することが、実は邪霊が堕落させんとして企んだワナである場合がある。

そなたの判断は短絡的であり、不完全であり、見た目に受けた印象のみで判断している。背後の意図が読めず、また邪霊による誘惑と落とし穴があることが理解できぬ。

なおそなたの言い分についてであるが、人間は己に啓示され理解し得たかぎりの最高の真理に照らして受け入れ行動するというのが、絶対的義務である。それを基準として魂の進化の程度が判断されるのである。

――“最後の審判”を説かれますか。

説かぬ。審判は霊が自ら用意する霊界の住処(すみか)に落着いた時に完了する。そこに誤審はない。不変の摂理の働きによって落ち着くベきところに落ち着く。そして一段と高き位置への備えが整うまで、この位置にて然るべき処罰を受け、それが完了すれば向上する。その繰り返しが何回となく行なわれるうちに、鍛練浄化のための動の世界を終了し、静なる瞑想界ヘと入寂する(21)

――と言うことは審判は一回きりでなく、何回もあるということですか。

そうとも言えるし、そうでないとも言える。数かぎりなく審判されるとも言えるし、一度も審判されないとも言える。要するに魂は絶え間なく審判されているということである。常に変化する魂に自らを適応させているということである。そなたらが考えているが如き、全人類を一堂に集めて一人一人審問するなどということはない。あれは寓話に過ぎぬ。

鍛練浄化の世界の各段階において、霊はそれまでの行ないによりて一つの性格を形成する。その性格にはそれなりに相応しき境涯がある。そこへ必然的に落着くことになる。そこに審判というものはない。即座に判決が下る。討議も裁きもなく、諸々の行状の価値がひとまとめに判断される。地上に見られるが如き裁判のための法廷など必要ではない。魂みずからが己の宿命の決定者であり、裁判官である。このことは、進化についても退化についても例外なく当てはまる。

――一つの界層または境涯から次の界層へ行く時は、死に似た変化による区切りがあるのでしょうか。

似たようなものはある。それは、霊体が徐々に浄化され、低俗なる要素が拭い去られるという意味で似ているということである。上へ行くほど身体が純化され、精妙となっていく。故にその変化はそなたらが死と呼ぶものから連想するほど物的なものではない。脱ぎ棄てるベき外皮を持たぬからである。が、霊が浄化してゆく過程であること、つまり一段と高き境涯への向上という点においては同一である。

――そうやって全ての不純物が消えると霊は瞑想界へと入り、そこで完全に浄化され尽くすというのですか。

そうではない。全ての不純物が取り除かれ、最後に純粋なる霊的黄金のみが残る。それから内的霊界である瞑想界ヘと入っていくのであるが、そこでの生活は実はわれらにも知ることを得ぬ。ただ判っているのは、ひたすらに神の属性を身につけ、ひたすらに神に近づいて行くということのみである。友よ、完成されたる魂の最後に辿り着くところが、それまでひたすらに求め来たれる神――その巡礼の旅路のために神性を授け給いし父なる神の御胸であるのかも知れぬぞ! が、それもそなたと同様われらにとりても単なる想像に過ぎぬ。そのような問題は脇へ置き、今のそなたにとりて意義あることのみを知り得ることで有難き幸せと思うがよい。もしも宇宙の神秘の全てに通暁してしまえば、そなたの精神はもはや活動の場がなくなるであろう。ともかくそなたが地上にて知り得ることは高が知れている。が、たとえ限りはあっても、知らんと欲することは許される。知らんと欲することによりて魂を浅ましき地上的気苦労に超然とさせ、真の在るべき姿に一層近づくことを得さしめることであろう。神の御恵みのあらんことを!

(†インペレーター)

〔注〕

(1)

Pythagoras ギリシャの哲学者・数学者・宗教家。

(2)

Plato ギリシャの哲学者。

(3)

Ra エジプト神話の太陽神。

(4)

ミイラ。

(5)

Osiris.

(6)

Isis.

(7)

Horus.

(8)

Trinity 三位一体観。

(9)

旧約聖書“出エジプト記”3・・14では、I am that I amとなっている。他からの働きかけによって作られたものでなく、時を超越して自ら存在し続けるもの、即ち実在ということ。

(10)

Jehovah.

(11)

Thebes ナイル川沿いのエジプトの都市。

(12)

On 創世記41・・45

(13)

Heliopolis.

(14)

Chom.

(15)

プルーデンスに替る。

(16)

Sothic cycle古代エジプト暦によって古代エジプト史の絶対年代を決定する際の基準の一つで、一周期が1460年。

(17)

Cherubim 創世記3・・24その他。

(18)

前節参照。

(19)

再びインペレーター。

(20)

Parsee ゾロアスター教の一派。

(21)

三節参照。