「来月の中旬に毎年恒例の社員旅行に行くぞ」

そう言われて、詳しい説明が書かれた手書きの文書を手渡されたのは、夏も真っ盛りの時だった。

「初秋に、ですか?」

そうセルフォスが尋ねる。

赤い髪にかなりウエーブがかった長い髪、目は金色で虹彩が猫の様に縦に入っている不思議な目を持つ、歳は外見ではヘリオライトとそう変わらないが実際は軽く1000歳を超えているという、この店の店長であり、また竜の王でもあるセルヒは、セルフォスの問いににんまりと笑う。

「食べ物がおいしい季節じゃ」

「それはそうなのですが、この、泊まる旅館まで徒歩というのは・・・」

「なんじゃ?」

「ヘリオライトが文句を言いそうです」

ここは店のカウンター。今、ヘリオライトは薬品整理で隣の薬品室にいる。

「それに、なぜメンバーにりくが?」

「不服か?」

「いえ。疑問に思ったまでです

「その疑問は愚問じゃ。セルフォス」

「と、いいますと」

「旅行には華がなくてはv」

「はあ・・・・・」

よく分からない理由だ。まあ、この王の場合は、大抵こうなのだからセルフォスも深くは追求しない。

その時、ヘリオライトが薬品室から顔を出した。

「あれ、店長。お久しぶりです」

「久しぶりじゃ、ヘリオライト。実は、社員旅行の説明をセルフォスにしておったのよ」

社員旅行、と聞いた途端、ヘリオライトの顔が笑顔に変わる。

「社員旅行ですか!! いいですねえ!」

ヘリオライトは社員旅行が長期休暇の次に好きだ。

何故なら、タダ酒が飲めるし、おいしい料理も堪能できるからである。

それに、こう言ってはなんだが、店長は酒を飲む時には、ヘリオライトにとっては、これ以上ないくらいの最高の話し相手だ。

その店長と飲めるのが、社員旅行の時のみとあっては、ヘリオライト的にはたとえ這ってでも参加したいところだ。

そんな浮かれ気味のヘリオライトを一瞥する目が一対。

セルフォスである。

「去年の事、覚えていないでしょうかねえ・・。この人間は」

「辛い事より、楽しい事が記憶の多くを占めておると、反省を次になかなか生かそうとしないのは、はっきり言って人間の美点じゃ

「そういうものですか?」

「そういうものじゃ。セルフォスもいずれ分かる」

「あんまり分かりたくもないし、同じ過ちも私の場合は出来れば繰り返したくないのですが・・・」

憂鬱な同僚とは正反対のヘリオライトは、

「だってさ、起きちゃったものは仕方ないじゃ。それに俺、あまり気にしてないぜ?セルフォスと寝たの」

「私は忘れ去りたい過去の一つなんですけど。貴方にしがみついたの」

そう言いながら、セルフォスはちらりと店長を見る。

店長はにやにやしている。

元はといえば、店長がいたずら心を起こして、ヘリオライトの酒に少量の媚薬を混入したのが原因なのだ。

飲みすぎたせいで、記憶が錯乱してしまったヘリオライトは覚えていないかもしれないが、店長はヘリオライトがそれを飲んだ矢先に、媚薬を入れた事をばらしたし、ヘリオライトはそれに対して、店長を散々怒ったはずなのだが。

ちなみに、店長は何故そんな事をしたかと言えば、その時の社員旅行は媚薬の材料採集も兼ねていたからである。

そこまで、思い返してセルフォスははっとして、店長の方を向く。

「もしかして、今回の社員旅行も何かしらの薬の材料採集を兼ねているのでは」

「いや。今回はないぞ?」

「じゃあ、何でこんな山の中腹の宿に・・・」

「え? 山?」

それまで、場所等を全然聞いていなかったヘリオライトがその単語に反応する。

そんな同僚にセルフォスが相変わらずの無表情で答える。

「ええ。山です」

 

初秋。

とは言え、まだまだ残暑が厳しい。

しかも、社員旅行1日目は木漏れ日がとても綺麗にできるくらいの雲一つない、いい天気だった。まあ、一言で言うならばカンカン照り。

気温は30度を越していたかいなかったか。

薬屋一行が登る山は幸い、歩きやすいように歩道が整備されていた。

「ここにの、山の中腹ながらも辺りを一望できる絶景の温泉宿があるそうじゃ」

ガイドブックから目を離さずに店長セルヒはそう言う。

片手には杖を持っている。しかも、上の部分にはいくつかの宝石がはめこまれたなんとも奇妙な、しかし高価そうな杖だった。

ヘリオライトは店長のその姿を見て、ああ、外見若くてもやっぱり年なんだな、と失礼な事を思った。声に出していたらきっとセルフォスに怒られていただろう。

「温泉宿だけです? もっとおもしろいものが見れるとおっしゃるから参加しましたのに」

そう言ってむくれるりくはなんと、スカートにブーツ姿で山を登るらしい。

肩には少し大きめのかばんを背負っている。

まるで、友人の家に一泊しに行くような格好。

むくれるくに、店長は、

「その温泉が、かなり広いらしいじゃ。それに、人里から離れた場所なら、普段窮屈な思いをしているセルフォスも羽根を伸ばせるかと思うてな」

セルフォスはその言葉に感動した。

「王、私の事を考慮してくださった上での宿なのですね! 身に余る王のお心遣い、大変嬉しく思います!!」

「え? て事は、セルフォス様の竜姿をこの眼で見れるかもしれないってことですのね!? そういうことでしたら、ぜひぜひ! お供させて頂きますわ!」

セルフォスは王を感動のあまり、目を輝かせながら見ている。

そんなセルフォスを期待のあまり、目を輝かせたりくが見ている。

ヘリオライトはため息を一つ。

そんなヘリオライトを見て、店長が一言。

「料理も絶品らしいぞ? 名物料理がここら一帯でしか捕れぬ、リヤの肉を使ったものらしいからの」

それを聞いて、今度はヘリオライトの眼が輝く。

なんせ、出没する地域が限られている上に、捕獲量も限られているので、街では高級食材に入る物だ。

それが、タダで食べられるなんて。

ヘリオライトのやる気が俄然出た。

「で? ここから歩いて目的の宿までどれくらいなのです?」

セルフォスが店長に尋ねる。

「ガイドブックには約40分と書いてある。そんな急な登り道ではないからな。まあ、のんびり行こうではないか」

 

店長がそう言い出して、一行が歩き出してから早10分。

普段歩きなれていない山道に加え、温度の高いこの陽気に、早くも一行のやる気と体力は失われてきた。

最初のうちは、余裕の表情でいろいろ話しながら歩いてきた人達も今はただただ無言である。ただ、二人を除いては。

「葉が赤く色づくには早い季節ですが、でもまだ緑が青々としていてとても綺麗ですね。また、今日のような陽気だと木漏れ日がとても美しい」

「空気が澄んでおる。我が住まう、迷いの森とは大きな違いじゃ」

後ろで、ー息を切らせながら歩いてくる人間達と異なり、その数歩前を歩く、店長セルヒとセルフォスの竜達は呼吸一つ乱さず、まるで近所の森を散策する様に歩いていた。

しかも、セルフォスに至っては片方の肩に自分のやや小さめのリュックと、もう片方の肩にりくのかばんを背負いながら、である。

途中、店長が何回か立ち止まり、後ろを振り返り、二人に大丈夫か? と声をかける。

すると少し後ろから荒い呼吸に混じって、大丈夫、と言う声が聞こえる。

「本当か? 歩き出してまだ10分少々なのに、二人ともすでにもう何時間も歩いたような感じになっておる」

「人間の反応としては、普通の反応だと思います。店長。むしろ、りくは女性で、しかもあのような歩きにくい靴なのに、よく歩けると思います」

セルフォスが感想を述べる。

「そうか。我らはどうもいかんな。基礎体力が人間のそれとかなり違うと、どうも人間の感覚が掴みにくくなってしまう。セルフォスよ。あの二人は休憩が必要だと思うか?」

「私はそう感じますが。ただ、人間はいざというときに、底力を出そうと努力します。それを途中でやめさせてしまうと、今度はやる気の方が著しく損なわれてしまう可能性があります。本人達に直接聞いてみたらいかがでしょう?」

そこでうだうだ言ってないで、最初から本人達に聞けっ

息を切らせて歩いている自分達を数m先から分析している竜達二人にヘリオライトがキレ

 

結局、休憩を何回か入れた為、宿に着いたのは出発してから約一時間半後だった。

「部屋は2つとってある。単純に男共と女性じゃ。まあ、部屋は広いからな。窮屈ではなかろう。では、各々部屋を確認したら自由行動じゃ。夕飯は7時にテラスに集合。良いな?」

皆頷く。

「では、解散」

「セルフォス様! 荷物を整理したらお部屋にお邪魔しますわね。一緒に散策しましょう!」

りくがうきうきした表情でそう言う。

さっきまで、地面に倒れそうになっていたのに、宿に着いた途端、りくは急に元気になった。どこにそんな体力が残っていたのか、部屋に着いた途端、ベッドに倒れこもうと思っていたヘリオライトは驚く。

ヘリオライトの内心を察したセルヒが、ヘリオライトの近くに来てこっそり耳打ちする。

「若さ故、じゃな」

「どうせ、俺は年ですよ」

すねるヘリオライトに、にこにこしながら店長はヘリオライトの頭を撫でる。

「はっはっはっ。まあ、そうすねるな。我もへとへとじゃ。部屋で夕飯まで二人でのんびりしようではないか」

そう言いながら、セルフォスに目配せする。

セルフォスはため息一つついて、軽い会釈で返す。

つまり、りくはセルフォスが構え、ということだ。

 

部屋には、少々大きめの窓がついていたのだが、そこからでも、充分眺めが良かった。

山の下腹、それからその下の森と、その先に自分達の住んでる街が一望できる。

すぐ下を見ると、広い屋根のついた場所がある。

上からは屋根しか見えないが、きっとあそこが温泉になっているのだろう。

セルフォスは窓からの光景を見て、心が躍った。

この素晴らしい景色の中、羽根を存分に伸ばしてあの先に見える街の方まで飛んでいけたら、それはどんなに気持ちいいだろうか、と。

しかも、今回は店長であり、竜の王でもあるセルヒの許可も下りている。

これは、竜姿に戻らない方が損だ。

しかし、やるなら人目につかない夜中だな、と心の中で計画を練りつつ持ってきた荷物を整理する。

ベッドでは、早くも二つのベッドがマグロによって占領されていた。

つまり、ヘリオライトと店長セルヒがのびているのである。

口では「あ〜」とか「う〜」とか、とても解読できそうにない台詞を発している二人にため息をつきつつ、セルフォスは備え付けの茶器でお茶を淹れるべく、これまた備え付けの湯沸し場所に湯を沸かしに行った。

その時、ドアがノックされて、セルフォスが返事をすると、さっきとはまた違った服装のりくが入ってきた。

「お邪魔しますわ。荷物整理が終わりましたのでこちらに来ましたの。って、あら? 二人とももうダウンです?」

りくがベッドの二人を一瞥しながらそう言う。

「そういうりくは大丈夫なのですか?」

二人より遥かに歩きにくい格好で歩いていたのに。

そう尋ねるセルフォスをきょとんとした目で見つめながら、

全然大丈夫ですわ? 伊達に研究の為に世界中を歩き回っていませんもの」

何を当たり前のことを聞くのか、そういう表情でセルフォスを見返してきたりくにセルフォスは驚嘆の念を抱きつつ、同時にベッドに突っ伏している大の大人の男二人の情けなさに少々呆れ顔になる。

「それでは、りく。ちょっと待っててください。今、そこの二人にアイスティーを作ったら散策に行きましょう」

「わかりましたわ」

 

散策、といっても宿の周りには主だった観光場所が特にあるわけでもなく、二人は近くの森をぶらぶらと歩いていた。

セルフォスが森の中を歩いている最中、気持ちよさそうに目を細めているのに気付いた。

「こういうところがお好きです?」

りくがそう尋ねると、優しい表情が返ってきた。

店にいるときとは打って変わったセルフォスの表情に少々びっくりして、思わずりくは口をつぐみ、また黙ってセルフォスと並んで歩いた。

何となく会話はしてはいけないような気がしたからだ。

それは、気まずい雰囲気とかそういうのではなくて、この雰囲気をとても気に入っているセルフォスの気分を害すような事はしてはいけないと思ったから。

それに。

とても不思議な感覚だった。

セルフォスのそんな表情をときおり眺めながら森の中を散策する。

それだけで、自分の心も自然と清々しく、とても心地よくなっていくのだ。

やがて、セルフォスが口を開いた。

「全身で自然を感じられるところでのんびりするのが好きなんです。そうすると、体が癒されていくから」

そうなんです、とにっこりと笑って相槌をうつ、りくの手にはちゃっかりペンとメモ帳があり素早くメモをとることを忘れない。

「セルフォス様の種族は皆そんな感じなんです?」

「そうですねえ」

そうのんびり話すセルフォスの隣でせかせかとメモをとるりくを、横目で眺めながら今度はセルフォスがりくに質問する。

「りくは、どうして私達のことを研究しようと思ったのですか?」

するとりくは、メモをとっていた手を休めた。

「私のおばあさまに妹がいて、私はその方が大好きでしたの。でも、その方はあまり体が丈夫ではない方でしたから、私が会いに行く時はいつもベッドに寝てましたわ。その方がいつも話してくれたお話が竜のお話なんです。その方は小さい頃、竜と暮らしていたことがあって、周りは皆そのせいで彼女の寿命が縮まったと言ってましたが、その方はそんなことはない。仮にそうだとしても、それに代わるような素晴らしい時間を私は竜たちからもらったから後悔はしていないとおっしゃってましたわ

りくはそこで、一息ついた。

そしてまた話し出した。

「その方が聞かせてくださった、彼女が竜と過ごした素晴らしい日々は幼心ながらも羨ましく思うくらいとても楽しいものでしたわ。彼女はとても幸せだった、と言ってました。ただ、こうもおっしゃってたんですの。「多くの人がいまだ竜を誤解し続けている。そのせいで、この心優しい生き物はこの大陸でとても息苦しい生活を強いられている。もっとこの生き物を本当に理解してくれる人が増えるといい」と。だから、私は研究者になったですわ。あ、もちろんいろんな文献は参考に読みましたわよ?でも、どれも彼女が話してくださったようなことはほとんど書いてなくて。で、仕方なしに直接竜達にアタックしてみることにしましたの」

セルフォスはりくのその話を聞いたあと、しばし押し黙って天上を仰いでいた。

その後、一言、「実際会ってみていかがでしたか?」と聞くと、りくはにっこりして、

「実は、世界中を飛び回ったと言っても、ほとんどが偽情報で、実際の竜にはほとんど会っていませんの。でも、どの竜も実際彼らの領域さえ侵さなければとてもおとなしいですわ。近くで眺めているだけでもなんか心が休まるです。文献には凶暴だ、って書いてあったものもありましたけど、あれは半分以上間違っていますわね。それに、セルヒ様に会えたのは幸運でしたわ。私、人型でお話ができる竜と接するのは初めてです。でも、おばあさまの妹の方も実際竜とお話したことがあるっておっしゃられていたから、存在するのは知っていたし、それに今自分が実際同じ体験してるんだと思うとすごく嬉しいし、どきどきもしているですのよ?」

「セルヒ王は本当に人間好きなのですよ」

セルフォスは呆れた声で、でも顔は微笑みながら言った。

「王がいなければ、私は人間と接しようなんてきっと思わなかった」

そして、りくの方を振り向く。

「セルヒ王はこの大陸の人間を理解しようとし、歩み寄る為に人間のルールに従っています。それにこの大陸にいる竜は全てその王の命令に従っています。だから、王はどう思うか分かりませんが、私は人間の中にも貴方のように私達を本当に理解しようとしてくれる人がいることがとても嬉しいです。こちら側だけが歩み寄ろうとする様はあまりにも王が憐れですから」

さっきとは打って変わってのセルフォスの真剣な表情と物言いに、りくはちょっと怯んだ。

が、その内容セルフォス本当にセルヒを心配して言っているものだと分かると、にっこり笑った。そして、

「セルフォス様は本当にセルヒ様が好きなんですのね

「はい。それに、王が人間嫌いであったなら、私達は出会うことがないどころか、貴方は私達竜の存在すらその目で確認できなかったと思います」

そう言われて、さっきセルフォスが言っていた「全ての竜は王の命令に従っている」という言葉を思い出し、りくはかの王が人間好きなことに心の中で大感謝した。

そんなことを話していきながら、しばらく森の中を散策していると、看板を発見した。

「魔法の泉?」

看板はそう書いてある。

セルフォスは何のことかと首をかしげていると、りくがその後ろから、

「ああ。そういえば宿の方が、近くに魔力の溜まっている場所があって、一応ここら辺では名所になっているけれど、専門家に見てもらったらかなり強い魔力が渦巻いて、魔法の心得がない人が不用意に触れると危険らしいから、もし行くなら見るだけにしなさいっておっしゃってましたわ。これのことだったですのね。でも、見るだけならとても綺麗らしいですわ。見に行きます?」

と言った。

セルフォスはその台詞にしばし考え込む。

そして不意に、

「いいえ。宿に戻りましょう。そろそろ夕飯も近いでしょうから」

そのセルフォスの不自然な言動にりくは首をかしげたが、何も言わずに宿に帰ることにした。

 

宿の入り口にはヘリオライトが立っていた。

二人を見つけると、手を軽く振った。

「お帰り。もうすぐ飯だぞ? その前に風呂に入ってきたらどうだ? 気持ちいいぞ?」

そう言うヘリオライトはすでに入浴済みらしく、宿の備え付けの寝間着に着替えていた。

宿の寝間着はまるで、浴衣のようだった。草色に袖の部分に小さく宿の名前が書いてある、模様は至ってシンプルなものだ。

セルフォスはヘリオライトを見つけると、早足でヘリオライトに近づき、

「只今帰りました。ヘリオライト、店長はどこです?」

そう詰め寄られて、ヘリオライトは少々驚きながら、「今、ちょうど浴場へ」と宿の中を指差すと、セルフォスは後ろも振り返らずにせかせかと宿の中へ入っていってしまった。

残ったヘリオライトとりくはセルフォスの背中を見送りながら、呆然としていた。

「・・・・セルフォスは何を怒ってるんだ??」

「やっぱり怒ってらっしゃいます? なんとなくそうじゃないかなあと思ったのですけれど。原因はよく分からないです」

「・・・俺が思いつく範囲で言わせてもらえれば、店長本当ここに何らかの目的があっただ。けれどそんな理由じゃ従業員はついてこないと悟った店長は、本来の目的を隠し、他の餌で従業員を釣ってだましだましここまで連れてきた。それを今回はよりにもよって騙されるのが嫌いなセルフォスに本来の目的を悟られてしまって、今から説教を受ける、といったところかな?」

「今回はってことは前回もあったです?」

「あった。前回は材料収集がメインだっただけど、店長の本来の目的はその材料で実験をするまでだっただ」

「そのときはどなたに知られてしまったです?」

「いや。自分からばらした。で、実験体になった俺が怒った、らしい。酒が入ってあやふやになってたから、自分ではあんまり覚えてないけど」

「今回の目的はなんだったのでしょう?」

「さあ? よく分からないけど。あ、そろそろセルフォス止めにいかないと、店長がのぼせる」

 

ヘリオライトの想像したとおり、浴場に入ると、セルフォスが湯船の縁に膝をついて湯船に浸かっている店長にくどくどと説教をしていた。

しかも、セルフォスの方は服を着たままである。

浴場のルールを知らんのかね、と呆れ顔でため息をつきながらヘリオライトは二人に近づく。幸い二人以外の客はいないようだ。

「ですから、私だって王が隠し事をせずにはっきりおっしゃってくださればこんな説教する必要ないです。私がこういうことは嫌いだって事は百も承知でしょう?何故黙っていたのです?」

「今回は誰にも迷惑をかけんし、皆に関与することではないから言う必要がないと思っただけじゃ」

「皆をこんな山中まで連れてきた時点で既に関与しております! 最初から言ってくだされば納得もしたし、警戒もしました」

「ん? 警戒? 警戒とはどういう意味じゃ。セルフォス」

「失礼しました。言葉が過ぎました。しかし、王には、前科があるものですから」

「信用ないのう」

「それを御自分で進んで失くしているということに御自覚は・・・ありますね」

にやにやしながらセルフォスを眺めるセルヒを見て、セルフォスは項垂れた。

「とにかく、今回は・・・」

セルフォスがセルヒに釘をさそうとしたとき、

ばしゃ

大きな水しぶきが上がり、セルフォスが湯船に落ちた。

沈んでいくセルフォスを眺めながら、王セルヒはのんびりと、しかし真顔で、

「セルフォス、我と一緒に入りたいという気持ちは嬉しいが、ここは衣服を着用した上での入浴は禁止されておるぞ? あと遊泳も禁止じゃ」

その台詞が言い終わるか終わらないかのところで、セルフォスが勢いよく湯船から顔をだした。

「・・・はっ・・。だ、誰ですか!? いきなり!」

そう言って、慌てて岸を見ると、そこには自分でやっておきながらも、まさか本当に落ちるとは・・と驚いているヘリオライトがいた。

「・・・・・よけるかと」

よけられますか!!

セルフォスは怒りの矛先をヘリオライトに変え、湯船から上がろうとした。

上がろうとしたが。

「・・・・・・・王。離してくださいませんか?」

セルヒにがっちりと腰を掴まれた。

「まあまあ。ヘリオライトも悪気があってやったわけでもあるまい。それに、ついでじゃから入浴していったらどうじゃ? どのみちこんなずぶ濡れでは部屋まで戻ることもままなるまい。ヘリオライト、(ぬし)の責任じゃからな。セルフォスの着替えは当然持ってきてくれるな?」

「了解」

そういうと、ヘリオライトは逃げるように浴場から飛び出していった。

 

「ここの温泉は最高でしたわ! セルフォス様はいかがでした?」

夕食の為にテラスに下りてきたりくは、同じく下りてきたセルフォスに話しかける。

セルフォスは何も言わず、くに向かってかなり引きつった笑みを漏らした。

そのセルフォスから二歩ぐらい離れて、店長セルヒとヘリオライトが身を寄せ合って下りてくる。その様を見て、りくは二人が何らかしらやってセルフォスを怒らせただろうということを悟った。

テラスからの眺めも最高だった。もう日は暮れてしまったものの、遠くに街の灯が色とりどりに光っているのは見ていて綺麗だった。

山にいるのに、見えるのは街の灯だけだったので、海か空にいる気分だ。

料理は、名物とうたっているだけあって、出てくる料理ほとんどがリヤの肉を使った料理である。

リヤの肉は淡白でそれにとても柔らかい。しかし、料理方法によってはとても味わい深いものが出来るので一度食すとこの食材にはまる人が多い。愛好家が多いことでも知られている食材だ。

一度は食べてみたいと思っていたヘリオライトは目の前に広がるリヤづくしの料理を見てかなり浮かれていた。

皆で乾杯した後は、ヘリオライトはしばし無言でリヤ料理をじっくり堪能していたり、セルフォスは店長に酒じゃないといわれ、飲んだ飲み物が実は度数のかなり高い酒でしょっぱなからむせこんでたり、店長はりくに何故か、「貴方のことをちょっと見直しましたわ」と言われ、驚きながらも苦笑いを返したりしていた。

中盤になってくると、酒飲み組はかなり出来上がってきていた。

ヘリオライトは、店長に、

「最近、セルフォス目当てのやつしか店に来ないですよ〜。俺目当ても一人ぐらい来ても良いのに」

と愚痴ると、近くで聞いてたセルフォスが酒のせいで、顔をほのかに赤くしながら、

「じゃあロバートをお譲りしますよ」

「いらない」

酔っていても、この二人のボケ、ツッコミは健在である。

「仕方あるまい。(ぬし)目当ての者が、肌荒れや便秘の相談に来るわけなかろう?」

「ああ。でも、この間ヘリオライト目当ての綺麗な女性が風邪薬買いに来たじゃないですか」

「う〜ん。確かにあの人は綺麗だった。が、可愛い系は俺の好みとちょっと違うだよな」

「あとは、先日偏頭痛の薬を取りにきた女性。あの方も相談役にヘリオライトを指名してましたよ?」

「年齢が〜」

「贅沢ですね」

「ちなみに、ヘリオライトの好みはどんななのじゃ?」

「理想はメリッサ。あれで、もう少し可愛い性格なら言う事なし。でも結婚を前提に考えるなら、物静かで細かいとこに気がつく人がいい」

「贅沢ですね」

「と、いうか主が結婚したい相手の理想像はまんまセルフォスではないか」

「・・・・ん? あれ? そんなことはないですよ? ここまで、厳しい人はいりません」

「私もここまで騒がしく人騒がせな人はいりません」

「息がぴったりじゃ

「本当ですわ」

「一緒に働いてりゃ、だいたいこんな感じになりますよ」

そう言って、ヘリオライトがグラスを空ける。

「そうですよ」

そう言って、セルフォスはヘリオライトの空いたグラスを脇に寄せ、ヘリオライトに飲み物のメニューを渡す。

ヘリオライトは飲み物のメニューを見ながら、セルフォスのグラスを覗く。

「もうすぐ空く? なんか頼む?」

そう言って、セルフォスにもメニューを見せる。

その様はまるで。

「気の合った同僚というよりかは、長年連れ添った夫婦と言った方が正しいと思いますわ」

「まったくじゃ」

「そんなことないですって」

否定しながら、ヘリオライトはセルフォスの空いたグラスを脇に避けた。

セルフォスはだいぶ酔いが回ってきたらしく、目が虚ろになってきている。

「セルフォス様、大丈夫ですか?」

りくがそう尋ねると、

「大丈夫ですよ?」

と、案外しっかりした答えがセルフォスから返ってきたので、りくがほっとした。

その矢先。

セルフォスが店長の隣まで歩いてきて座ったかと思うと、甘えるように店長にもたれかかり、店長の左腕に自分の両腕を絡めてしっかりとしがみついた。

「な、なんじゃ? 今回は我か?」

びっくりしたのは、店長だけではなかった。

「今回はって・・・どういうことです?」

りくはこんなセルフォスは見たことがないと驚きながら尋ねる。

「セルフォスは酔うとしがみつくクセでるだ。で、前回やられたのは俺」

ヘリオライトがそう言うと、セルフォスが、

「前回の店長のせいです・・・。私は貴方に迷惑かける気なんてこれっぽっちもなかったですから」

「いや。だから俺は気にしてないからセルフォスも気にすんなって」

「我なら迷惑かけても良いのか?」

店長セルヒが冗談まじりにそう言うと、セルフォスは店長の方をしがみついたままじっと見つめ、

「ご迷惑・・・・ですか・・・?」

上目遣いの潤んだ瞳と、控えめな言葉は店長の保護意欲を掻き立てるにはおつりがくるぐらい素晴らしいものだった。

例えそれが男であっても。

綺麗なものには目がない店長にはそんな問題あってないようなものだった。

店長はセルフォスから顔を背け、捕まっていない右手で照れた顔を隠し、小声で。

「・・・・・・・・・・・良い。許す」

と言った。

当然そんな店長とそんなセルフォスを一度も見たこといりくは、早速自分の飲み物を片手に持ちながら、いそいそとヘリオライトの隣に移動する。

つまり、店長とセルフォスが座っている席の対岸だ。

「なんだか、おもしろいものを見てしまいましたわ。こんな店長いままで見たことありまして?」

心なしかうきうきした声で、店長達から目を離さずに隣に話しかけるくに、

「いや? ないな」

と、これはおもしろいことになりそうだ、と顔をにやつかせながら、やはり店長達から目を離せずにいるヘリオライトが答えた。

あからさまな高みの見物をしている二人を睨みつける店長。

その側で、店長にもたれかかりながら、独り言のように、

「良かった・・・。前回も本当はこうしたかったのに・・・」

と呟くセルフォス。

そんなセルフォスに決して視線を合わせず、相変わらず対岸の二人を睨み続けながら、しかし顔は赤らめた店長が、

「セルフォス。お願いじゃからこれ以上の発言は控えておくれ」

その言葉を聞いた対岸の二人が、

「おお! 店長が困ってる!」

困ってますわ! すごい! セルフォス様!」

驚き8割、おもしろさ2割で、はやしたてる。

「主ら。後で覚えておけよ?」

そう一睨みした後、よりかかっているセルフォスにこれ以上喋らせないように飲み物のメニューをセルフォスに見せる。

「さっき頼んでおらんじゃろ? 何か飲むか?」

「私達のときとはうって変わった優しい声ですわ」

「何か飲ませて、これ以上喋らせない気だ」

「そこ、黙れ」

ヘリオライトが言った言葉にすかざず店長のするどい突っ込み。図星だからである。

そんな言葉はまるで耳に入っていないセルフォスは、目をとろんとさせ、店長に相変わらずもたれかかりながらメニューを見てた

〜・・・・。じゃあ、これ・・・」

「分かった。これじゃ

ふふふふ〜・・・。セルヒ王、今日はどうしてそんなにお優しいのですか〜?」

セルフォスがにこにこしながら店長を見上げる。

そんなセルフォスに呆れながらも自由が利く右手で頭を撫でてやる。

「我はいつも優しいぞ?」

頭を撫でられて嬉しそうに目を細めるセルフォス。

「ネコ、だな」

「ネコですわね。あ〜、でも羨ましいですわ〜」

「え?」

「私にも、あれくらい甘えてくださればいいのに。セルフォス様」

「はい?」

ヘリオライトは思わず耳を疑った。

「だってセルフォス様、いつも私達に対してどこか距離を置いている感じがしません? だからあれくらい甘えて下さる方が私としては嬉しいですわ」

「ああ〜・・・。でも、俺はあそこまではいらない」

それを聞いたりくが、かっと目を見開いてヘリオライトに詰め寄る。

「どうしてです!? 信じられませんわ? あんなに色気たっぷりですのに!」

「さっきまで真面目なこと言っていたくせに、本音はそれかいっ!」

「今度は対岸が騒がしいのう」

セルフォスの飲み物と一緒に自分の飲み物を頼んだ店長セルヒは、新しく来た飲み物をセルフォスと共に飲みながら対岸を眺める。

セルフォスはしばらく対岸の二人を眺めながら、飲み物をこくこくと飲んでいたが、ふいにりくを手招いた。

「りく、りく」

「え? なんですか? セルフォス様」

それまでしていた言い合いをぴたりとやめて、りくが嬉しそうにいそいそとセルフォスの隣に移動する。

「私は、さっき貴方とこの付近を散策しながら、貴方の私達に対する想いを聞いて感動しました。貴方は本当に素晴らしい方です」

正面からそう言われて、りくの顔がセルフォスと同じくらい赤くなる。

セルフォスは店長から絡めていた両手を外し、りくの頬に両手を添える。

「そんな人間に会えて、私は本当に幸せです」

そう言うと、セルフォスはりくの額に口付けた。

「どうか、貴方に幸せが訪れますように。祝福を」

その途端、セルフォスを除く皆の時が止まった。

ヘリオライトとセルヒは持っていたグラスを床に落としてしまったし、くに至ってはさっき以上の顔の赤さで、何か喋ろうとしているのだが言葉にならず、口付けられた額に手を当てながら口をぱくぱくさせていた。

セルフォスはりくに口付けをした後は、また満足したように笑って店長の腕に手を絡ませようとした。

が、店長がそれをよけた為、セルフォスは店長の膝の上にへなへなと崩れ落ちるハメになった。

「何をなさるですか〜」

「それはこっちの台詞じゃ。セルフォス、(ぬし)はうら若き乙女になんということを・・・」

店長が怒った顔で膝上に崩れ落ちているセルフォスを睨みつける。

ヘリオライトがそろそろとりくに話しかける。

「その・・・・、大丈夫か?」

「大丈夫ですわ・・・・。その、私、わたし・・・・」

「ああ。無理せんでも良い。ショックじゃったろう・・・・・」

「いえ、あの、私・・・」

「ごめんな。セルフォスのあほが・・・」

店長とヘリオライトがうつむきかけたりくに向かって代わる代わる気遣うような言葉を投げかける。

しかし、再び顔を上げたりくは、そんな二人の行為を全く無にするような発言をきっぱりと、しかもやや興奮気味に目を輝かせながら言ってのけた。

「私・・・・・・とっても嬉しいですのっ!!

はっ?

呆気にとられたのは、慰めていた二人だ。

「竜から祝福のキスをもらうなんて、私ったら世界一幸運な研究者じゃありませんこと!? あ、もちろん個人的にもとても嬉しかったですわ! 天にも昇る気持ちってこういう事をいうですのね!? でもでも、出来れば口にして欲しかったですわ」

最後の台詞は少々すね顔で。

店長の膝からむくりと起き上がってその台詞を聞いていたセルフォスは、

「口ですか?」

「そう口ですvv」

「んー、じゃあ・・・」

そう言うと、セルフォスは軽くりくの口にキスをした。

その瞬間、

「おまっ、あほかーーーーー!!

ヘリオライトと店長から容赦ないつっこみと、店長からは平手での頭はたきが入った。

「いたっ」

頭をさすっているセルフォスに、ヘリオライトから

「お前、明日絶対後悔するぞ!」

と厳しい一言。

そんな会話はすでに耳に入っていない者が約一名。

りくである。

彼女に翼がついていたら、確実に天に昇っているあろう至福の思いを顔一杯に浮かべ、

「光栄ですわっ! セルフォス様! あ、じゃあ私、この良い気持ちのまま今日は眠りにつきたいと思いますので、お先に失礼しても構いませんか?」

「あ、ああ。構わぬが・・・」

りくの普通の女子が見せる反応と違った反応にかなり気圧されながら頷くと、りくはにっこり笑って、

「良かった! それでは、先に失礼しますわ。皆様も、お酒はほどほどになさってくださいませねvv」

そう言うと、りくはさっさとテラスから出て行ってしまった。

残ったのは酔っ払いが一名と、今の出来事で酔いが約半分覚めてしまった二名。

ヘリオライトが、こぼした酒をテーブルに設置されていたタオルで拭きながら呟いた。

「りくが、ああいう思考の持ち主で良かった。しかし、恐るべきプラス思考」

同じように拭きながら、店長も呟く。

「全くじゃ。しかし、こやつ明日になってこのことを知ったら、どう思うかの」

そう言って、自分にもたれかかっているセルフォスを見る。

ぜってー後悔しますよ。賭けても良い」

「我もそう思う。しかし、自業自得じゃ」

そう言ってヘリオライトとセルヒはお互い顔を見合わせ、くっと笑う。

「んー? 二人して何を笑っているですかー? いやらしい」

セルフォスがそう言うと、

「いやらしいのはお前の方だ。あんなにほいほいキスしやがって」

ヘリオライトがすかさずつっこむ。

「・・・・・うらやましいですか? ヘリオライト」

「うらやましかったらなんだって言うだ?」

「キス、しましょうか?」

いらない

鳥肌を立たせながら、ヘリオライトはきっぱりと言い返す。

「なんじゃ。もったいない」

店長セルヒがにやにやしながらそう言う。

「じゃあ、王はいります?」

「おや? くれるのか? くれるなら拒まぬぞ? もらおう」

「王に差し上げる事を光栄に思う私が、どうして上げるのを躊躇いましょう?」

そう言うと、セルフォスはゆっくりとセルヒの首に自分の腕を回す。

されるがままになりながら、しかし、セルヒはヘリオライトの方を見て、

「嫌なら目をつぶっておけ。すぐ済む」

そう言ってセルフォスの方に向き直り、自分からセルフォスに口づけた。

幸運にも、セルフォスが店長セルヒの首に回した腕のせいで、ヘリオライトからは二人の鼻の部分までしか見えなかった。

目をつぶっていろ、と言われたのにヘリオライトは思わず二人に見入ってしまった。

セルヒの方キス上手いらしく、セルフォスが時折悩ましげに息をつぐ声が聞こえる。

やがて。

キスが終わったと思った途端、セルフォスがそのまま店長の腕の中に崩れ落ちた。

ヘリオライトが覗くと、セルフォスは眠っているようだった。

「・・・・・・・何を?」

「眠りの念を送ったのじゃ。効くまでに少々時間がかかったが。」

セルヒは少々疲れた顔で、そう言った。そして、

「うらやましかったか?」

そう聞かれて、焦った心を悟られないように、極めて平静を装いながらヘリオライトが、

「誰が、何を?」

と、聞けば。

「顔が真っ赤じゃ? 酒のせいだけでもあるまい。ヘリオライト」

「!!」

その反応を見て、店長セルヒは笑った。

「あっはっは! かわいか? セルフォスは」

「・・・・・・・・・・・まあ。今は」

「こうやっているとまるで幼子のようじゃ」

そう言って、自分の膝で眠っているセルフォスの髪を愛しそうに弄ぶ。

「本当にいとおしい・・・。主に託してるのも本当は惜しいくらいなのじゃ」

その台詞にヘリオライトがむっとする。

「だったら、手元に置いておけば良いでしょう?」

「それでは、セルフォスの為にならぬ。それに、我は主を信じてるからこそこの大事な緑竜を託しておるのじゃ。緑竜の精神はとても力強くて綺麗で、そしてとても繊細じゃ。主は決してセルフォスを傷つけない。そう信じているからこそ、セルフォスを託しておるのじゃ?」

「それは、ちょっと俺を過大評価しすぎですよ」

ヘリオライトは気恥ずかしそうに言った。

「過大評価? そんなことはない。主が自身を過小評価しておるのじゃ」

セルヒはそう言って笑った。

「これからも頼むぞ?」

「こちらこそ」

そうしてお互い笑った。

 

次の日の朝。

セルフォスは頭の中で何とか情報を整理しようとしたが、整理しきれなくて軽いパニックを起こしていた。

それは、セルフォス自身あまり覚えていない、昨日の騒ぎのことではなく。

「ええと。ちょっと待って下さい。朝起きたらこうなっていたですか?」

ベッドの、昨日多分ここでヘリオライトが寝ていたあろう場所にいる立派な金色の毛並みの犬が首を大きく縦に振って何回も頷く。

ちなみに、ヘリオライトはここにいない。

セルフォスが朝目覚めたら、ヘリオライトの姿がなく、代わりにこの犬がヘリオライトのベッドに座っていたのだ。

ヘリオライトの名を呼ぶ度に吠えるからもしや、と思っていたのだが。

「じゃあ、あなたはヘリオライトなんですね?」

その問いにまたも大きく頷く。

ともかく、このことを店長に報告しようと辺りを見回したのだが、あいにく店長はいなかった。

そして、部屋の外に出てみると、宿の人がやけに慌ただしく動いていた。

何事かと聞いてみれば、一応ここら辺の名所になっていた魔法の泉が今朝になって急になくなったというのだ。

なくなった、というのは、その場所が消えたわけではなく、その場所にあった魔法の渦が消えてしまったということで。

お陰で、今そこの場所に行っても枯れた泉しか見ることができないらしい。

毎朝、チェックしにいっていた宿の人昨日確かにあったという。

それを聞いて、セルフォスは顔から血の気が引いたが、なるべく平静を装ってその場を後にした。

なんとなく犯人は見当がついた。

多分。いや、確実にうちの店長だ。

そんな思いが脳裏をよぎったが、いかんせん、当人がいなくては問いただしようもない。

セルフォスは気持ちを落ち着けて、とにかくりくを呼ぶことにした。

ところが。

部屋をノックしても返事がいっこうに返ってこない。

まだ眠っているのかとも思ったが、ヘリオライトの例もある。

不安に思って、失礼ながらもドアを開けた。

そして、セルフォスの不安は現実のものとなった。

りくが眠っていたあろうベッドの上にりくの姿はなく、代わりに黒いウサギが一羽。

「りく・・・ですか?もしかして・・」

セルフォスが恐る恐る近づくと、ウサギはセルフォスの胸めがけて跳ねてきた。

それを上手く受け止めたセルフォス。

そのまま、自分達の部屋にウサギを連れ帰った。

「ヘリオライト。このウサギがり。りく、この犬がヘリオライトですよ」

これには、ヘリオライトもりくも驚いたらしく、しばしじっと互いを見つめていた。

と、そのとき。

「やはり、この魔法を制御するには研究が必要じゃ。しかし、この魔法の正体が判ってよかった。怪しい色をしていたから、怪しい魔法かと思ったが、何のことはない。タダの変身魔法じゃったのか

少々残念がりながら、独り言を呟く店長が部屋に入ってきた。

手には、昨日山に登るとき手にしていた杖を握っている。

そんな店長を部屋で待ち受けていたのは。

ウサギを抱えたセルフォスの有無も言わせない怒りのオーラだった。

セルフォスはにっこり笑いながら、

「お早う御座います。店長。つかぬ事をお聞きしますが、魔法の泉を枯らしたのは店長ですか?」

「まさか枯れるとは思っていなかったが、魔力をちょっと頂いて分析しようと思ったら、あそこの魔力が全部くっついてきたから・・・。我か」

「そして、二人をこんな姿にしたのも店長ですか?」

「いかにも」

「そのとりたての魔法で?」

そう聞くと、店長はにっこりして。

「どんな魔法か試してみたくなってのvv変身魔法じゃったvv」

「そうですか」

セルフォスもにっこり笑った。

そして。

「今回の旅行の本懐が遂げられて何よりです。さて。ちょっとそこに座ってくださいます?

「なんじゃ? セルフォス」

いいから座んなさ

ごねる店長にぴしゃりと言い放つ。

店長はようやくセルフォスが怒っているのだと気付き、慌てて椅子に座った。

セルフォスはため息を一つ。

「・・・誰にも迷惑かけないっておっしゃってませんでした?」

「言った」

「今回は皆に関与しないとも仰いましたよね?」

「言ったな。だが、これは合意の上? セルフォス」

これ、とはヘリオライト達を動物に変えた件である。セルフォスは本当ですか? と二匹を見れば、犬とウサギは首を思いっきり左右に振った。

「言ったであろう?「後で覚えておけ」と」

それを聞いた途端、二匹はあっ! と顔を見合わせた。

「ほら。合意の上でじゃ。セルフォス」

セルフォスが再び二匹を見ると、今度二匹首をうなだれていた。その様は、いかにも反省してます、と体全体で訴えているようだ。

セルフォスはなんとなく腑に落ちなかったが、

「・・・・・・・まあ、そういうことなら」

「じゃ、あとは我が謝ることはないな? その二人にかけた魔法は朝食前にでも直そう」

にこにこしながら立ち上がろうとする店長の肩をセルフォスが掴む。

「ま だ で す。魔法の泉の件、いかがなさるおつもりですか?」

「黙っとけばばれんよ」

「それは、犯罪じゃ・・・」

「固いこと言うでない」

「そうはいきません」

あくまで食い下がるセルフォスに店長はやれやれとため息を一つ。

「昨日はあんなにかわいかったのにのう・・・」

はっ? 昨日? 昨日は店長にしがみついてしまっただけで・・・」

「キスをねだったじゃないか」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」

「昨夜はあんなに情熱的じゃったのにのう・・・」

店長がどこか遠くを見ながら、昨日を懐かしむように話す、その傍らで。

固まったまま動かなくなったセルフォスがいた。

そんなセルフォスに追い討ちをかけるように店長がセルフォスの耳元で。

「ちなみにお主、くにもキスをしておったぞ?」

そう言って、足取り軽く部屋を出て行く店長セルヒ。

やはり、店長の方が一枚も二枚も上手だったか・・・。

二匹はそう思いながら、又、あまりの恥ずかしさと気まずさ故に二匹の方を振り向くことも、その場を動くこともできないセルフォスを憐れにも思いながら、せめて自分達はそんなセルフォスを温かく受け止めてやろうとじっとその背中を見守っていた。

その視線を背中に痛いほど感じるからこそ、余計に振り向けないセルフォスの心も露知らず。

店長の心だけが、今日の秋晴れの空のようにすがすがしかった。