「こちらの店長の紹介で参りました。アルバイトのりく、と申します。本日より一週間、ご指導のほど、よろしくお願い致します」
腰までで、綺麗に切りそろえられた長い藍色の髪、髪の色より若干明るめの色を持つ大きな瞳、ヘリオライト達に比べるとかなり低い背丈。約155cmあるかないか。
りく、と名乗った少女はぺこりと大きくお辞儀をした。
それが、ヘリオライトが朝出勤して、まだ開いていない店の前で見た光景だった。
「うちは、アルバイト等は募集してないはずだった気が・・・」
それが、店長の方針だったはず。
「ええ。ですが私、どうしてもここで働きたかったものですから、店長に無理を言っていただいて、一週間のアルバイトを許可していただいた次第ですわ」
秘密の調合や多くの薬品を扱うこの店では、人の入れ替わりが激しくなってしまうような制度は絶対とらないと。それは内部事情が外部に漏れやすくなってしまうのを防ぐ為だ、とヘリオライトは入社の時に聞かされたような気がする。
それならば、この少女は店長の知り合いか何かか。
「あと、これ。店長から貴方とセルフォス様に渡すように、と預かってますわ」
そう言うと、りくは封筒を取り出し、ヘリオライトに渡した。
「なるほど。確かにこれは店長の直筆ですし、印も店長のものです。手紙の内容はりくさんがヘリオライトに言っていた内容ですね」
「りく、でいいですわ。セルフォス様」
「りく」
「はいv」
相変わらずの無表情なセルフォスと、名前をセルフォスに呼ばれて嬉しかったらしく、にこにこしているりくが見つめあっているのは何とも変わった光景だ、とその傍で開店準備をしていたヘリオライトは思った。
それに店内に入って光があまり当たらなくなったりくの髪は黒く見えるので、セルフォスと並ぶと兄妹のようだった。
「りく、ですね。分かりました。では、貴方の仕事はカウンターでの接客です。今日のカウンター当番はヘリオライトなので、彼が貴方の指導をしてくれます」
「セルフォス様は?」
「「様」はやめて下さい。私は今日は薬品整理です」
「私、そちらも見てみたいです」
「残念ながら店長命令により、正社員以外は薬品室への入室を固く禁止しているのです。こればかりは特例を認めないと手紙にも書いてありましたし」
「そう・・ですか。それは、残念ですわ」
「仕方ないです。それではヘリオライト、よろしくお願いします」
「分かった」
そういうと、セルフォスは薬品室に入っていった。
りくは、その後ろ姿を見送った後、ヘリオライトの方に向き直り、
「では、改めてよろしくお願い致しますわ、ヘリオライト様。私は何をすればいいのですか?」
「カウンター番。要はカウンターに腰掛けて、接客をしてくれればいいよ」
「薬を注文されたときは?」
「俺が近くにいるから、俺に言ってくれ。そしたら俺がセルフォスに言うから」
「少し、ややこしいですわね」
「仕方ない。君は薬品室に入れないのだから」
言うと、りくは少しうつむいた。どうやら拗ねているようだ。
「そう、でしたわね」
「まあ、あとは客の対応は笑顔で。と、丁寧に。というのを忘れないように」
実際には、この二つの鉄則を守っている店員はこの薬屋には存在しない。
なぜなら、セルフォスは丁寧さでは誇れるが、愛想が良くなく、ヘリオライトは愛想は天下一品だが、丁寧さには若干かけるからだ。
「分かりました」
「じゃ、今店の白衣持ってくるからそれ着て。カウンターに座っていて」
接客は初めて、と言っていたりくだったが、客への対応はとても丁寧だった。
それにヘリオライトが言っていた二つの鉄則もきちんと守って、終始笑顔だったので客受けもとても良かった。
「すごいな。本当に接客は初めて?」
客が一区切りしたところで、ヘリオライトがハーブティーを差し出しながらそう褒めた。
「はい。とても緊張しました。あのような対応でよろしかったのでしょうか?」
「上出来だよ」
「良かった」
そう言ってほっと息をはく、りくの仕草がかわいいなあとヘリオライトが微笑ましく眺めていたら。
「ところで」
いきなり、りくがヘリオライトの方を真顔で見つめてきた。
その目は据わっている。
「セルフォス様はまだ薬品室で整理中なのですか?一体いつになったらこちらに来られますの?」
りくの声は心なしか苛立っているようだ。
「え?」
一体数秒前のかわいいりくはどこへ行ったのか?
そう思わずにはいられないヘリオライトは、少々混乱しながらも答えた。
「セ、セルフォスは今日は1日薬品室にこもりっきりだよ?」
「なんですって?じゃあ、今日はずっと会えないんですの!?」
声も顔も苛立ってきたりくに少々押されながらもヘリオライトは頷く。
「朝、セルフォスが言っていたじゃないか」
「2、3時間で終わるものだとばっかり思ってました」
「薬品整理はモノによっては半日かかる。それに、今日は製薬会社の人が午後に薬品を届けてくれる予定だから、それでまた棚整理と調合で、まあ、カウンターの方には到底顔を出せないな」
それよりも、と頭の整理が大分ついてきたヘリオライトが今度はりくを睨む。
「セルフォス目当てだったんだな」
「いけないですか?」
怯むかと思いきや開き直り、ヘリオライトが逆に怯んだ。
せめて自分の追っかけも一人ぐらいくればいいのに、とヘリオライトは思いながら、
「なんで、セルフォスなんだ?」
「それはお話しできませんわ」
つん、とそっぽを向くりくをむっとしながら睨んでいたら、薬品室からセルフォスが顔を出してきた。
「もう昼休みに入りますが。お店は閉めたのですか?」
そう言われて、二人は慌てて閉店作業に没頭した。
昼休み。
普段いろいろ話しかけてくるヘリオライトが珍しく無言で。
そんなヘリオライトと決して目を合わせようとしないりくのお陰で、食事中はとても静かだった。
午前中にこの二人になにが起こったのだろうとセルフォスはしばし思ったが。
でも、食事中が静かなのはいいことだ、という結論に至り、セルフォスも無言で食事をすることにした。
しかし、その沈黙を最初に破ったのはりくで。
「セルフォス様はどんな食べ物がお好きなんですの?」
セルフォスに少し寄り添いながら聞いてくる。
「野菜とか好きです」
「サラダとか?」
「そうですね」
その答えににこにこしながら「そうですかv」と答えるりく。
ヘリオライトのときとすごい違いだ。
「なんでそんなに俺のときと態度が違うんだか・・・」
ぼそっと、しかし嫌味ったらしくヘリオライトが呟くと、それを聞き逃さなかったりくが、
にっこりと、しかし目は笑っていない状態で、
「答えは簡単ですわ。私はセルフォス様に興味があって、貴方には全く興味がないからです」
きっぱりとそう言われて、ヘリオライトは沈んだ。
「二人とも、午前中に喧嘩でもしたのですか?」
そんな二人の態度に見かねたセルフォスが尋ねる。
「喧嘩なんてしていませんわ。私達」
「互いに意見が合わないだけだ」
「その通りです」
セルフォスに向かってにっこり笑みを送るりく。
流されやすいセルフォスはりくのその笑みを見て、そうなんですか、と納得しかける。
少しは同僚を労われ〜、とヘリオライトが恨みがましい目でセルフォスを睨んだ時。
コンコン、と裏口のドアを叩く音が聞こえた。
「誰でしょう?」
セルフォスが席を立つ。
通常、裏口から店に入ってくる者などまずいない。
宅配関係は全て店の入り口から受け取っている。
いるとすれば泥棒か、もしくは・・・・。
「久しぶりじゃ。セルフォス。元気そうで何より。他の者達も息災か?」
「これは・・! お・・・、あ、いえ、店長。お久しぶりです。」
セルフォスのその言葉に椅子に腰掛けていた二人が慌ただしく立ち上がる。
その様子を見て、この店の店長、セルヒは笑って、
「よいよい。そうかしこまるな。座っておれ」
そう言って手をひらひらさせながら、皆に座るように促したあと、自分も空いてる椅子に座る。
皆が席についたのを確認した後、店長は再び口を開いた。
「りくは上手くやっておるか?」
「りくは午前中はヘリオライトが見ておりました」
セルフォスがそう言いながら、店長にお茶を差し出す。
店長は受け取ったお茶を一口飲んだ後、今度はりくの方を向いた。
「ヘリオライトもおもしろいじゃろう?」
にやにやしながら、話す店長とは正反対のむくれた表情のりくは、
「セルフォス様の方がいいですわ。もともとそれが目的だったのですし」
おもしろい? 目的?
ヘリオライトとセルフォスの頭の上にはハテナマークがたくさん浮かんでいる。
「一体、なんのお話ですか?」
セルフォスが聞くと。
「実は、りくは竜の生態について研究している者なのじゃ。で、どこで聞いたのかは知らぬが、こやつ、迷いの森にある我の家までたった一人で来おって、竜の研究をさせて欲しいというものだから、その根性に免じて、セルフォスを紹介してやったのじゃ」
その言葉に、勝手に紹介されてしまったセルフォスは、
「私は紹介されておりませんが」
と絶対零度の笑顔を店長に向けた。
その笑顔の裏の意味を知ってか知らずか、店長はけろっとした表情で。
「知っていたら、普段通りの動きをせんじゃろ」
それに対し、りくが大きく頷く。
そんな二人を見つめながら、セルフォスは、
「それなら、店長を観察すれば良いでしょう。我らの王なのですから。それに、王の側には千里眼を持つ竜、メルバ殿もいる。私一人を観察するよりよっぽど価値があるはず」
と呆れ顔でため息を一つつく。
「それがですね! セルフォス様! 聞いてください!」
りくがそう言って、いきなりセルフォスに接近する。
「この方達ときたら、全然竜らしい素振りを見せて下さらないのです!!」
この方達とは、いわゆるこの薬屋の店長で、竜の王でもあるセルヒと、そのセルヒと迷いの森で一緒に暮らしている千里眼を持つ竜、メルバの事だ。
「竜らしい素振り?」
そんなの、自分もしていないような・・・。
そもそもどういった事がそれに当てはまるのか。
見当もつかないまま、セルフォスは先を促す。
「例えば、ごはんを食べる。睡眠をとる。そんなささいな事からも、竜は竜独特の習性があるのではないかと私は思ったのです。ですから、そのささいな違いを探す為にお二人を観察していましたら! 店長のセルヒ様は、別の部屋でずっと魔法の研究をなさっていて全然出て来ないし! メルバ様も、私に気を使うばかりで、千里眼の力も見せてもらえず、竜の姿になる事すらもして下さいませんでしたわ!!」
「あれ? でも、竜の姿になるにはかなりの敷地が必要なはずじゃなかったけ? 確か、セルフォスはそうだよな?」
今まで、おとなしく事の成り行きを見守っていたヘリオライトがふと思い立ったように口を挟む。
そんな同僚にセルフォスは、
「竜にも、いろいろな大きさがありまして、メルバ殿の種族はその中でも比較的小さいのです。よく、王の肩に乗ってますよ?」
と、教える。
そうすると、すかさずりくがすごい剣幕で口を挟む。
「そういう基本的なことすら、セルヒ様の口から聞けませんでしたのよ!?」
「だって、研究者の間では常識じゃろうと思って・・・」
「研究者の間で交わされている事は、大半の部分がいまだ憶測の域を出ません。私が知りたいのは真実ですの!」
そう怒鳴りながらも、さっきセルフォスが言っていた竜に関することのメモは忘れない。どこから出してきたのか、手にはペンと紙をちゃっかり握っている。
「しかしのう、人間世界で暮らすようになってから我もメルバも早1000年、人間に対する接し方も無意識に人間式にやってしまっておるから、今更人間を目の前にして竜のやり方で生活しろと言われても、無理なんじゃよ。だから、セルフォスを紹介したのじゃ」
言い訳する店長セルヒをりくが睨む。
「でも、あのときの態度はあきらかにこちらを意識してましたわ!」
「まあ、な。自分を観察するからと言われて、普段どおりに生活できるものなどいようか。でも、ま、半分はふざけていたのもあったがな」
そう言ってからから笑うセルヒを見た途端、りくが涙目になりながらセルフォスに詰め寄り、
「聞きました!? 聞きました!? ひどいと思いませんか?!」
そんなりくをまあまあ、と言いながらセルフォスがなだめる。
「王はいつもああだから。それより、なんで私を指名されたのです? セルヒ王」
「セルフォスは根がとても真面目じゃ。それに、いまだ完全に人間界に溶け込んでおらぬところがある。ヘリオライト、セルフォスと仕事をしていて主には理解できぬ行動をセルフォスがとることが稀にあろう?」
ヘリオライトはしばし考え、ええ、まあ、思い当たる事はいくつかあります、と答えた。
「その行動の多くが、セルフォスの緑の種族の習性なのじゃよ。まあ、セルフォスの趣味も若干混じっているかもしれぬが。りくは、それを知りたいのであろう?だから、いまだ無意識に種族の習性を出しているセルフォスは適任だと思ったのじゃ」
それを聞いたセルフォスはなるほど、と言ってため息を一つ。
「ようするに、私は被検体なわけですね」
「まあ、一週間、よろしく頼むぞ」
「王の御命令とあれば。しかし、私とて、意識すれば種族の習性が出ないかもしれません」
そう言うと、セルヒ王は、
「無意識にやっているモノが、緊張したくらいでどうして何日も消えようか」
と言って笑った。
そして、そのあとセルヒはヘリオライトに
「りくが暴走したときは、主がしっかりセルフォスを守るのじゃぞ?」
と耳打ちした。
暴走? 暴走ってなんだろう?
耳打ちされた事に対して冷や汗を書きながら、ヘリオライトは、セルフォスに「よろしくお願いしますわねvセルフォス様v」と言いながら嬉しそうにべったり寄り添うりくと、それを呆れ顔で受け止めているセルフォスを見る。
そして、ヘリオライトもため息を一つ。
どちらにしろ、これから一週間巻き起こり続けるであろう、嵐を予測しながら。