薬屋は昼休みがある。

昼の12時から1時まで。その間はお店も閉める。

その間ヘリオライトとセルフォスはお昼ごはんを食べたり、仮眠室で寝たり、雑誌を読んだり、セルフォスは気が向いたらバスタブに浸かりにいったり、各々好きなことをして一時間過ごすのだ。

ところで二人の昼ごはんは、というと、実は街の料理屋がやっている、作った料理を指定の場所まで持ってきてくれる宅配サービスでまかなっていたりする。

朝、ヘリオライトが料理屋から、伝書鳥と呼ばれる黄色い小鳥を借りてきて、昼近くなると注文書をこの小鳥の足にくくりつけて飛ばすのである。

そうすると、昼の12時ぐらいにちょうど料理が運ばれてくるのである。

 

今日も、カウンター番をしていたヘリオライトは11時に伝書鳥を飛ばしていた。

この時間に飛ばすといつもちょうど12時に料理が届くのである。

逆にこの時間までに飛ばさないと、届くのがかなり遅れてしまうのである。

頼むものは、いつも二人とも決まったものなのだが、一応お互い毎日確認を取る。

が、相方が調合室に入っていたり、接客で忙しかったりしたときなどは、暗黙の了解でいつものやつを勝手に頼むときもある。

今日もセルフォスがたまたま薬棚での調べ物に没頭してしまって、ヘリオライトは一応セルフォスに声をかけたが、返事がなかったのでセルフォスがいつも頼むやつを頼んだ。

頼んでから数分後、セルフォスが慌てた様子で薬棚のある部屋から出てきた。

「ヘリオライト! あの、そのっ」

慌てているせいで上手く言葉が出ない。

「ん?ごはんなら頼んどいたよ?」

「えと。私のは・・・」

「ああ。いつものだろ?」

ヘリオライトがそういった途端、セルフォスはさも残念そうに頭をうなだれた。

「セ、セルフォス?」

「あ・・・・」

「あ?」

「新しいやつ頼もうと思ってたのに・・・」

その途端、周りの空気が一気によどんだ。

「い、一応聞いたぞ? 俺は」

気まずい雰囲気に心臓の音が妙に大きく聞こえるのを感じながら、ヘリオライトは確認をとる。

「分かってます。ただ、私の反応が遅かっただけで・・・」

そうはいうものの、セルフォスは頭をうなだれたまま。

「ちなみに、何を頼みたかったんだ?」

「メニューのNO.11」

そう聞いた途端、ヘリオライトの力が抜けた。

「それ、俺頼んだ。てか、いつも頼んでる」

セルフォスはゆっくり顔をあげて、ヘリオライトを見つめる。少々恨みがましく。

「いつも食べてるの見てておいしそうだなあと思ってたから、今日は私も頼んでみようと思っていたのです」

「なんだ。じゃあ、今日来たらそれ食べていいよ」

「え?」

「食べたかったんだろ?それ。俺、他にもいろいろ頼んであるからいいよ」

「本当ですか?」

そう言った時のセルフォスのこれ以上ないくらいの嬉しそうな顔。

セルフォスの追っかけやってる街一番の大富豪の息子のロバートが見たら、鼻血を出して倒れているだろう。

だがヘリオライトはただの同僚であって、セルフォスの追っかけではない。

そんなに食べたかったのか。

同僚が本当に稀に見せる笑顔をこんな時に見れて、ヘリオライトはそんなことを思いながら頷いた。

 

昼には自分の食べたかったものが食べれるとあって、さっきのやりとりの後からのセルフォスの機嫌はすこぶる良かった。

それでも、表情は相変わらず愛想がないのだが。

そして、あと5分でお昼というときに。

金髪の美女、メリッサが来た。

しかも、いつもはてぶらなのに今日は何やら大きなバスケットを片手に持っている。

「こんにちはー!! 相変わらず、頭が派手ねえ! おにーさん!」

「これは、地毛です。こんにちは。メリッサ様。今日はどのような薬をお求めで?」

「んー。今日は薬よりも、お願いがあってきたんだけどぉ」

そういうと、メリッサはカウンターに両肘をかけ、上目遣いでヘリオライトを見る。

この仕草に男は弱い。

中身は最悪と分かっていてもヘリオライトは思わずよろめいてしまう。

「な、なにをお求めで?」

「もう一人のお兄さん。借りたいんだけど」

いい? そう言ってメリッサは首を軽くかしげる。

その仕草にも思わずよろめきそうになったが、メリッサの言い放った内容があまりにも意外な事だったので、理性がメリッサの台詞を聞き流すことを拒んだ。

「は?」

「今日、お休み?」

「いえ。セルフォスなら来ておりますが・・・」

しかし、何故?

「へえー。あのお兄さんセルフォスっていう名前なんだ!綺麗な名前だね」

そのとき、運悪く薬部屋からセルフォスが顔を出してしまった。

同僚は驚く風もなく相変わらずの淡々とした声で

「こんにちは。メリッサ様」

「こんにちはvvセルフォスさん!ねえ。今日お昼ごはん作ってきたんだけど、お昼外で一緒に食べません?」

その台詞に。

セルフォスは顔色こそ変えなかったが、内心かなり驚き。

ヘリオライトはカウンターの椅子からずり落ちそうになった。

とにかく二人して固まった。

そんな雰囲気を読めないのか、メリッサは嬉しそうに片手のバスケットを持ち上げ、

「しかも、何と私の手作りよ!? これってすごく珍しいんだから」

手作り!? しかも、珍しい!?

この単語に二人はさっきとは別の意味で固まった。

一体何が珍しいのか・・・。

他人に手料理を振舞うのが珍しいのか。それとも、手料理を作る事自体が珍しいのか。

できれば、前者であってほしい。

「メリッサ様、お誘い頂き大変嬉しいのですが、残念ながらもうすぐ休憩時間とはいえ、急なお客様もいらっしゃるときがありますから、お店を空けることはできないのです」

「えー?せっかく食べてもらおうと思って来たのにぃ」

メリッサは明らかに不服そうな視線をセルフォスに投げかける。

しかし、ふと何かを思いつくと、さっきとは打って変わった明るい表情で、

「あ、ねえ。あの髪が派手なおにーさんだけいればいいんじゃないの?」

と言った。

しかし、セルフォスはゆっくりと首を横に振り、

「彼だけじゃ対応しきれない時もあるのです」

そう言って、ヘリオライトの方を睨む。

ヘリオライトはまだ根に持ってるのか、と心の中で舌打ちをしつつさりげなく視線をそらした。

それは、先日の休憩中。珍しくセルフォスが近くに森林浴に行ってる時。

訪ねてきた店長が、何か手伝える事はないか、大丈夫か、と聞くので、ヘリオライトはその言葉を儀礼上のものだと理解しつつも、わざと直に受け止めた風に見せかけ、薬棚の整理をやらせてしまった。

当然、帰ってきたセルフォスに散々説教された。

それを見かねた店長が、自分も久しぶりに薬棚を整理して、今の薬品の状況が大体把握できたから良かった、と助け舟を出してくれたのだが、そのせいで、店長のそんな優しさにつけこむなんて、とセルフォスの怒りは更に悪化し、説教が長くなったのは記憶に新しい。

つまるところ、セルフォスはヘリオライト一人だと、神出鬼没で店に訪れてくるセルフォスが大好きな店長に対して何をしでかすか分からない為、店を空けることができないのである。

メリッサはさも残念そうに項垂れ、

「そう、なんだ。残念」

ポツリと呟いてあとは黙ってしまった。

そんなメリッサを慰めるように、セルフォスはさっきより優しい声音で、

「でも、外に出れなくてもメリッサ様の持ってこられた物を食す事は可能ですよ?」

そう言った途端、メリッサの表情が一転して明るくなった。

「そうよね!! あのね。私、いろいろ作ってきたのよ!」

そう言うと、メリッサはバスケットを近くに設置してあるテーブルに乗せて広げた。

嬉しそうにバスケットの中身をテーブルの上に広げる作業に没頭するメリッサを確認すると、セルフォスはヘリオライトに眼で合図を送った。

時計は12時の針をちょうど指したところだ。

ヘリオライトはその合図に軽く頷き、カウンターを立ち上がると店を出て行った。

「あれ?あっちのおにーさん。どうしたの?」

作業に没頭していたメリッサが顔を上げる。

「12時になったので、閉店の看板を表に出しに行ったのです」

もちろん、それもある。

だが、同時にヘリオライトは外である物を待ち伏せしていた。

それは、彼らが頼んだ12時に来るお昼ごはん。

いつもは、宅配の人が店に入って来た時点でお店を閉める。

だが、今日は中でメリッサが自分の作った料理を披露してくれている。

そんな時に他の料理が来るなんて、そんな無粋な事はしてはいけない。

二人はそう思い、結果セルフォスがメリッサを自分にひきつけてる間にヘリオライトが外で宅配の人を待ち伏せ、裏から料理を運んでもらうという作戦に出た。

こういうときに休憩室と接客場を隔てる薬部屋が防音なのは有難い。

「ふーん。あっちのおにーさん、すぐに戻ってくるかしら?」

「どうしてですか?」

「せっかくだから、皆で食べた方がおいしいじゃない」

その台詞に。

セルフォスは苦笑い。

さっきは、彼をのけ者にしようとしたのに、女心とは本当に分からない。

そう思いながら、今頃はもう運び終えて休憩室にいるであろうヘリオライトを迎えに行った。

 

「メリッサさん。これは?」

休憩時間なので、「様」ではなく「さん」付けで。

「おいしい?それはね、虹色魚をレタスで巻いてみたの」

言われて初めて納得。

そして、言われても納得できない味もある。

それが、稀に作るメリッサの手料理の味だった。

見た目と味が一致する料理は、実のところあまりなかった。

一言でいうならば、「不思議な料理」。

狙った味がなかなか出せないのよね、と本人は言うが、それはとても重要な事なので、なるべくコントロールできるようになってから料理を披露して欲しかったと「不思議な料理」を食べながら二人は切に願った。

ちなみに、自分が作ったにもかかわらず、メリッサ本人は食べていない。

「自分で作るとそれで達成感、感じちゃってあまり食欲でなくなっちゃうのよね〜」

と本人は言う。

なんだかんだ思いながらも、料理を平らげた二人にメリッサは嬉しさのあまり、それぞれの頬にキスをくれた。

「ありがとう! これで私、自信がついたわ!」

それを聞いて、ヘリオライトはメリッサが手料理を持ってきた時から密かにそうなんじゃないかと思っていた事が確信になった事を悟った。

「やっぱり・・・・」

げんなりしながらヘリオライトがそう言うと、メリッサは頬を膨らませ、

「なによお! いいじゃない! 恋する乙女に協力してくれたって!」

「構わないけど、セルフォスはそういった事に慣れていないんだ。事情をきっちり話すか、さもなくば俺一人に絞るかしてくれ。セルフォスが傷つく」

自分の名前が話題に上っているにもかかわらず、その内容が全く把握できてないセルフォスは当然、同僚がメリッサに対して苛立った表情を見せているのも理解できなかった。

「何の話を・・・???」

よく分からないが、とにかく女性に対して、しかもお客に対してそんな態度はいけないとヘリオライトを止めようとしたとき。

「セルフォス。メリッサに新しい彼氏が出来たんだ」

唐突にそう言われ、それが何と関係するのか分からないセルフォスは、でもとりあえずそれはいいことだと混乱する頭の中で思い、メリッサに良かったですね、と答えた。

「でね、その彼がー、今度私の作った料理を食べてみたいっていうの」

なるほど、その彼氏もまた数奇な事を思い至ったものだと、先ほどの料理を思い出しながら顔も見たこともない彼に同情するというメリッサに対しては大変失礼なことを頭の中で考えつつセルフォスはふむふむと頷いた。

「そゆことで、今回、俺とセルフォスは実験台ってことだったのさ」

つまり、彼氏に食べてもらう前に、本当にこれがおいしいのか誰かに食べてもらって評価してもらおう、というのがメリッサの内心。

そうヘリオライトに言われて。

腹が立つよりも。

利用された事に対してショックを受けることよりも。

自分達が、あいまいな評価をしてしまった事によってメリッサの彼氏が自分達とほぼ同じ料理を彼の場合は一人で食さなければならない事に対して、セルフォスはとても気の毒に思った。

セルフォスもメリッサ以上にひどい奴である。

その後、少々すまなそうな顔をしてメリッサが帰ったあと、いつまでも落ち込んでるセルフォスを見て、メリッサのせいだと思ったヘリオライトが励まそうとしてくれたときにその事を話したら、大爆笑された。

 

閉店後、せっかくなので二人して昼間届けてもらった宅配の料理を夕飯代わりに食べた。

「メニューNO.11の味、どう?」

「冷めてもおいしいですね。これ」

「なんかさ、酒のつまみにイケそうだろ」

「ああ、なるほど」

味付けが少々クセがあって濃いいところ、冷めても充分おいしいところ。

ヘリオライトの言う事はもっともだと思いつつ、料理を堪能するセルフォス。

「しかし、発想から言ってよく飲みに行ってるタイプですね?」

「いや〜? そんなには行かないぞ? むしろ、金がないので家で一杯やるタイプ」

苦笑いをしながら、ヘリオライトはそう言って料理を口に運ぶ。

それを聞いてセルフォスの料理を口に運ぶ手が止まる。

「意外ですね。酒のつまみはお手製ですか?」

「お手製ですよ? なんなら今度振舞ってやろうか? 結構自信あるぜ」

「考慮しときましょう」

「そういうセルフォスは何か料理作れんの?」

外見からすると、手先は器用そうだがあまり台所に立っている姿は想像つかない。

「作れますよ? 王から教わりました」

「ふーん。どんな料理なんだ?」

「薬草30種織り交ぜた特製スープです。人間には刺激が強すぎたり、場合によっては死に至る危険性があるから好んで飲むような物好きはまずいない、と王は言っておられましたが、お望みなら今度作りましょうか?」

そう淡々と言ってのけたセルフォスに、

「遠慮します」

真顔で即答したヘリオライトだった。