吐く息はまだ白くはないが、それでも仕事に行くときにアパートのドアを開けるとその空気の凛とした寒さにヘリオライトは思わず身を縮める。
「寒っ」
もう冬だなあ、とぼんやり思いながら自室の鍵をカチャリと閉め足早に歩き出す。

職場に行く途中でいつも頼むご飯屋のところに立ち寄り伝書鳥を受け取り、街中を通り抜ける。
街のメインストリートにはその両端にいくつもの街路樹が一定間隔で植えられていた。
その木々が季節の寒さを感じて葉の色を黄色く変えている。
いつもと変わらない風景。
でも空気が寒くなるにつれて、暑い季節の時よりも遠く感じる空の青。
それと街路樹の葉の黄色がとても映えて、何気なく木を見上げたヘリオライトは一瞬目を奪われた。
いつもは何とも思わなかった風景だが、綺麗だなと思った。



「う~。寒っ」
呟きながら職場の裏口のドアを開ければ、ふわっと漂う柔らかなお茶の匂いと温かさ。
お茶を作っていたせいで室内の空気が温められたのだろう。
「おはようございます、ヘリオライト」
かけられた言葉はいつもと変わらず抑揚のない声音で。
「おはようセルフォス、ここあったかいな~」
「そうですか?・・・ああ、きっとお茶を作る為にお湯を沸かしていたからでしょう」
そう言うと、休憩室のテーブルの上に二人分のお茶を置く。
「もうすっかり秋だな」
「そうですね、寒くなってきました」
「それに街の木がすっかり黄色くなっててさ、綺麗だったぜ?」
自然を好むセルフォスがあの景色を見たらきっと喜ぶんじゃなかろうかと思って言った一言だったが。
「そうですか」
返ってきた答えは予想に反してそっけないものだった。


「う~ん・・・」
午前中は比較的暇なカウンター当番をしながらヘリオライトは首を傾げていた。
「そんなに好きじゃなかったのかな~」
悩んでいるのは朝のセルフォスの態度。
あまり気にしてはいなかったが、そもそもセルフォスはこの季節が好きなのだろうか。
「いや、でもなあ・・・」
自然を好み、森をこよなく愛す緑の一族であるセルフォスならば絶対食い付きそうな話題だと思ったのだが。
「何を悩んでいるんです?」
「わっ!」
余りにも悩み事に集中してしまっていた為に、背後の薬品室から顔を出したセルフォスの存在に全く気付かなかったヘリオライトはかけられた言葉に驚いて大声を出してしまった。
「なんだよ、驚かすなよ」
「驚かすつもりは全くなかったのですが。というか、しっかりカウンター当番やってください」
「やってるやってる」
「・・・・・・」
セルフォスの小言に片手をひらひらさせて軽くあしらったら半眼で呆れられた。
「それよりどうした?」
「最近、風邪のお客様が多いじゃないですか」
「ああ」
ここ最近急に冷え込んできたので、そのせいで風邪を引いた客が医者からの処方箋をもって多く訪れていた。
そのお陰で病院が始まった一時間後くらいの薬屋はとてもあわただしい。
「そのせいで、薬の在庫が心許なくなりまして。場合によっては薬草の方に切り替えていただく方が出てくるかもしれません」
その前に薬が届けば良いのですが。
そう呟く同僚を見ながら、ヘリオライトはここ数日の嵐のような忙しさの光景を思い浮かべた。
そりゃあんだけ忙しかったら当然か・・・。
「薬草も薬と同じような効果を発揮しますので、私としては構わないとは思うのですが、お客様によっては抵抗を覚える方もいるかもしれませんし、一度病院の方と相談した方が良いとは思うのですが」
「ん、そうだな。この時間ならまだ病院も診療始めてないと思うし、俺ちょっと行ってくるわ。あとついでに薬の発注もしてくる」
「そうですか。ではよろしくお願いします」
薬を頼んでいる会社は幸い病院とはあまり離れていない。
「なるべく早く帰ってくるからな。もし忙しいようなら店一度閉めてもいいと思う」
「分かりました。そこらへんは臨機応変に対応しておきます」
言いながらセルフォスは薬品整理から店番をするべくカウンターに座る。
それとは入れ替わりにヘリオライトが薬品室に入る。
休憩室がここを抜けた先にあるからだ。

自分のロッカーを開け、白衣の上から朝着てきた上着を羽織り、再び薬品室を突っ切ってカウンターに出る。
「んじゃ、ちょっと行ってくる」
「はい。よろしくお願いします」
軽く挨拶を交わし、ヘリオライトは街に出た。

病院は街中のメインストリート沿いにある。それでも街はずれの薬屋とはそんなに距離はない。
朝に綺麗だと思った街路樹の下を通りながらヘリオライトは病院、それから薬の会社へと足を運ぶ。
さて戻るか、と再びメインストリートへ出た時、ヘリオライトの前にひらりと一枚の葉が落ちた。
それは街路樹の黄色い葉で。
ふむ、と何かを思案したヘリオライトはそれを拾うと指先でくるくるとその葉を回しながら薬屋に戻っていった。

「ただいま~」
店のドアを開けた時、まだお客はいなくてセルフォスがお帰りなさいと相変わらずの無表情で迎えてくれた。
「病院側はオッケー出してくれた。んで、患者さんには薬草の効能とかをきちんと説明しておくってさ」
「それは良かったです」
「薬の方はなるべく早く届けるようにするけど、この季節どこの薬局も薬不足で製造が間に合ってないからちょっと時間がかかるかも、だそうだ」
「分かりました」
「あと、これ」
そう言って、カウンターに拾ってきた落ち葉を置く。
「?なんです?」
「綺麗だろ?」
「・・・・・そうですか?」
少しだけ眉根を寄せ、怪訝そうな声音を出すセルフォスに、まさかそんな反応が返ってくるとは思わなかったヘリオライトはびっくりした。



「ひょっとしてセルフォス、秋、嫌い?」
昼食を食べながら何気なく聞いてみる。
「どうしてですか?」
「いや、なんとなく・・・。落ち葉見て嫌そうな顔したからさ」
「・・・・正直言いますと、なんで人間がこの時期木々の色が変わるのを見て感銘を受けるのかが分かりません」
「え?だって綺麗じゃん、赤や黄色に変わる木々って。この時期だけのものだし」
実際この時期、紅葉が綺麗な場所などを大々的に取り上げている雑誌を書店で多く見かける。ヘリオライトが買ってくる雑誌も今回はそれの特集が組まれていた。
「俺、セルフォスはこういうの好きかと思ってた」
「なんでですか?」
「だって、自然好きじゃん?」
「ええ、まあ、好きですけど」
余りのヘリオライトの大雑把なくくりにセルフォスはたじろぐ。
「だから好きかと思って」
「だから好きではないんです」
「は?」
謎かけのような問答にヘリオライトは首を傾げる。
「どういう事?」
頭にたくさんのハテナマークをつけ首を傾げるヘリオライトにセルフォスは小さくため息を漏らす。
「私達緑の一族は自然と共に生きてます。だから、春に新芽が出れば喜びますし、若葉が生えれば活気を受けます。夏に緑が青々と茂れば私達の嬉しさは増しますが、秋になって木々が活力を失い始め、その色を衰え始めると私達も寂しくなるのです」
「へえ~」
セルフォスのその言葉にヘリオライトは驚いた。
そんな事今まで思った事なかったから。
春は花が綺麗だし、気候も温かくなってきた、とか、夏は暑くて嫌だけど海があるからまあいいか、とか、秋は食べ物がおいしいし、紅葉も綺麗だな、ぐらいにしか思っていなかった。
セルフォス達緑の一族は、本当に自然に共存しているのだ。
頭では理解しているつもりだったが、ここまで徹底しているとは思わなかった。
―いや、徹底しているとかじゃないんだろうな。セルフォス達にとってはそれが当たり前なんだ―
改めて大きな考え方の違いに、やはり人間ではないのだと感じさせられる。
「だから、落ち葉を見せられて綺麗かと問われても、それは木々が衰え始める姿を表しているものなので私にとっては寂しいものなんです」
「そっか・・・。ごめんな」
そうとは知らずに落ち葉をお土産替わりにセルフォスに渡してしまった。
しょんぼりとうなだれるヘリオライトに、セルフォスは言葉を続ける。
「でもこちらの大陸に来て、人間と接するようになって、私はこの季節の楽しさを学びました。人間は本当に凄い。どんな季節でも楽しむ術を見出すのですから」
その声がとても楽しい響きをはらんでいたので、ヘリオライトは思わず顔を上げた。
「私は秋は寂しいだけのものだと思っていました。ですが、貴方達は変わりゆく木々の色彩を綺麗だと愛でる。その作物が最後に出す実りに感謝をし、その美味しさを皆と分かち合う。深まりゆく寒さに様々な工夫でもって温かさを作り出す。それは私が考えたこともなかったことでした」
だから貴方達人間を会ってから、秋はそんなに寂しいものでもないのだと思うようになりました。
「まだ抵抗はありますけどね」
そう言うセルフォスにヘリオライトの頬が緩む。
日々の当たり前の事に、この同僚はいつも新しい発見と喜びをくれる。
「セルフォスってすごいな!」
それはなんて楽しくて、嬉しい事なんだろう

「?」
ヘリオライトが言った一言に首を傾げる同僚を見ながら、ヘリオライトは笑う。

そうだ。今度紅葉狩りに行こう。
セルフォスはまだ少し嫌がるかもしれないけど。
店長を誘って。
ついでにりくも誘って。
お弁当を作って。

皆で秋を満喫するのだ。