とりっく おあ とりーと?

 

「いたずらされるかお菓子をあげるか」

「・・・そういう意味なんですか? 一体いつ使うものなのです?」

雑誌に書いてあった一文を読み上げたなら、その意味を求めてきた同僚のセルフォスに簡潔に答えたならば更なる問いが返ってきた。

簡潔に答えてみたものの、言葉だけを捉えてみれば変なものだと腕を組みながらヘリオライトはふむ、と考える。

 

ここは街外れの薬屋。

店員はヘリオライトと、自称「緑竜」のセルフォスだ。しかし、セルフォスが「自称」というだけではないということをヘリオライトは知っている。

彼は本物の竜だ。ヘリオライトは何度か彼の本当の姿を見たことがある。「緑の一族」らしい。今は人型を取ってここで店員として働いている。

しかし、竜は彼だけではなかったのだ。

実はこの薬屋の店長も竜である。しかもこの世界の竜達の王だという。店長は普段店員達に店を任せているので滅多にこちらに顔を出すことはない。

ちなみにヘリオライトは人間だ。

同僚のセルフォスは人間の暮らしをまだ把握しきれてはいないらしく、こうした行事にも疎い時がよくある。

 

今回も例には漏れなかったらしい。

「ヘリオライト?」

考えて込んだ同僚の顔をセルフォスはいつもの無表情で覗きこむ。

「ん〜。まあ行事モノに使う言葉だな。主に子供達がさ。こう、お化けとかの仮装をしてだね、近所の家々を訪問してこの台詞を言うんだよ」

「はあ・・・」

同僚の顔には何のためにやるのかという疑問が浮かんでいる。

しかし、ヘリオライトも実際やることは把握しているが、なんの為かはいまいち良く分かってない。

「まあそういう行事だと思って。近所の人達もそれが分かっててお菓子を用意して待ってたりね。子供達にとっては楽しいもんだよ」

俺も昔やったしな、と昔を思い出しながらほほえましい気持ちになった時、

「とりっくおあとりーと!」

という台詞と共に大きな音を立てて、二人が休んでいる休憩室のドアが開け放たれた。

そこに立っていたのは。

「ヘリオライト」

「・・・・・・・・・」

「この台詞は子供達が使うものではないのですか?」

「いや、まあ・・・。そういうわけでもないから・・・・・。とりあえず、足どかしてやったら?」

セルフォスが、自分に対して両腕を広げ向かって来たその姿を認めた途端、ほぼ条件反射的に攻撃を仕掛けられ、挙句今まさに彼の足の下でうずくまってうめいている男。

街のレストランでソムリエをやっているヴェルガだ。

彼も人間ではない。竜の一族の中で一番の戦闘能力を持つと言われている黒の一族の一員で、しかも彼はその一族の「長」である。

そんな肩書きを持つ彼だが緑の一族であるセルフォスには滅法弱い。

店長曰く、惚れた弱みだとか何とか。

そう。

ヴェルガはセルフォスが好きだ。

それは人間の「好き」とは違い、セルフォスの発する「匂い」がとてもヴェルガ好みだから、らしい。

対するセルフォスはそんなヴェルガが嫌いだ。

セルフォスはれっきとした雄である。それなのに自分を女性扱いして言い寄ってくるヴェルガは我慢出来ないらしい。

友人として付き合えたら良いのにと何度溜息をついたことか。

ヘリオライトに言われて渋々足をどけると、ヴェルガは軽く咳き込みながら立ち上がる。

「大丈夫か? てか、今の時間なんで外にいんの?」

ヘリオライトはヴェルガを気遣いながら気になっていた事を口に出す。

ヴェルガは元々夜勤だ。レストランが夜営業なので、薬屋の店員達が休憩中の昼時は大概薬屋に設置されている仮眠室で眠っている。

そして今はまさに昼時。

「いや、昨日はイベントがあってね。片付けが今さっきまであったんだよ。だから今日は休み」

ほらこの衣装もイベントのやつ、と言いながら着けていた黒いマントを拡げてみせた。

よくよく見れば吸血鬼の格好をしている。

「さっきの台詞もね、言うとお客さん達が喜んでいたからセルフォスも喜ぶかなあ、と思って」

そう言ってにっこり笑えばセルフォスが冷たい視線で、

「お菓子なぞ持っていませんよ」

とあしらう。

「そうだと思った。でもね、持っていない人にはいたずらしてもいいんだって」

そう言って、ヴェルガはセルフォスとの間合いを再びつめてくる。

身の危険を感じたのか、セルフォスはヘリオライトを盾に取りつつヴェルガから一歩一歩と逃れていく。こういった時の間合いの詰め方の隙のなさはさすが黒の一族だ。しかしながらそういう能力をどうしてこういう無駄なことに使うのか、と半ば呆れつつセルフォスは後ずさる。

やがて、その背が壁とぶつかる。

「逃げ場はないよ?」

笑いつつも目が真剣なヴェルガに応戦するしかないかとセルフォスが戦闘態勢に入ろうとしたその時。

 

「ほら菓子じゃっ! 馬鹿者」

後ろから思い切り菓子袋を投げつけられ、その痛みにヴェルガは思わず頭を抱える。

「店長!」

「大丈夫か? セルフォス」

片手にもう二つ菓子袋を抱えながら、この店の店長セルヒが入ってきた。

「は。ありがとうございます」

「良い。主に何もなくて何よりじゃ」

ほっとしつつ、頭をさすっているヴェルガを呆れ顔で見る。

「お前も本当に懲りぬのう・・・。前に殺されかけたというのに・・・」

慌てて頭を垂れつつ、ヴェルガは小さな声で頷く。

「どうも・・・。セルフォスを見るとこの気持ちを抑える事が難しく・・・」

イベントに乗じてこの気持ちを伝えておこうかと思っていたのです、とぼそりと言ったなら、年中言っているじゃないですかとセルフォスから鋭い突っ込みが入った。

「ところで店長?」

ヘリオライトが声をかける。

「ん? なんじゃ?」

「そのお菓子なんですか?」

「何って・・・・。必要なんじゃろ? はろうぃんとやらには」

「いや。絶対必要って訳では・・・・」

そのセルヒの台詞を聞いたセルフォスは合点がいったという様子で手を叩く。

「成程。それでお化けの仮装をした子供達に投げつけて撃退するんですね」

「いや。撃退するわけではなく・・・・」

ヘリオライトは慌てて二人に訂正を入れる。

「だから、お菓子を持っていなければいたずらしてよいというわけで・・・」

ヴェルガが言うのにヘリオライトはそこは合っているかもと頷く。

「いたずら、とは何をするのですか?」

「う〜ん・・・。想いを打ち明ける・・・?」

「それはいたずらではなくて屈辱以外の何物でもありませんね」

「いやいやいやいや。何か間違っているから! ええと、ヴェルガがまず間違っている! それ違うイベント! それとセルフォス! お前さらりと酷い事を言うな! ほら、ヴェルガが隅でいじけちゃっただろ!?」

「ええ? でも、真実ですし・・・」

「そもそもはろうぃんとはなんじゃ?」

口々に全く違う疑問を投げかける竜達にヘリオライトは酷くうなだれた。

 

 

結局午後はヘリオライトがイベントに関して詳しく書かれた雑誌を片手に竜達にハロウィンの講義をするハメになったそうな。

 

ちなみにこの日急遽薬屋は午後から休みになった。

 

店のドアの張り紙には

「はろうぃん講習会の為」

と書かれていたそうである。