夏話

 

とある街外れ、そのまた外れの森の中に一軒の薬屋があった。

交通の便もあまりよくない上に、看板も満足に立っていない為、初めてこの薬屋を訪ねようとする人はよく迷いかける。

それでもここの客足は絶えない。

何故ならここにない薬はないと噂されるほど、薬や薬草の種類が豊富だからだろう。

 

そんな薬屋には現在二人の店員がいる。

二人のうち一人は人間ではない。「緑竜」である。しかし、外見上は他の人間とどこも変わらない。本人曰く「変身」しているのだそうだ。

髪は黒髪でストレート。肩より少し下のところできれいに切りそろえられている。一つに束ねようと思えば何とかできそうな長さだ。頭は少々とぼけたところがあるが、顔立ちは整っていてとても綺麗だ。眼はやや切れ長で、灰色がかった藍色というなんとも不思議な色だ。性別は男だが、たまに女性に間違われる。

名前はセルフォス。

もう一人は人間。セルフォスより約頭一つ分背が高い。

髪は明るいオレンジ色で少しクセっ毛。腰の辺りまで伸ばしている。

同僚には劣るが、こちらもなかなか整ったやや男らしい顔立ちで、

目は少々吊り目。明るい髪に良く似た目の色をしている。性別は男。

こちらは不思議と女性に間違えられた事はない。

名前はヘリオライト。

 

さてそんな薬屋さん、よく年中無休で営業していると思われがちだが、実はしっかり週休二日制だ。しかも、なんと夏と冬には一週間の長期休暇まである。

とりわけ、今日などは夏の長期休暇が明日に迫っていることもあって、店員の内の一人、ヘリオライトの話は休暇の話題で持ちきりだった。

「明日から、一週間休みだっ」

言いながら、薬屋のカウンターで伸びをするヘリオライトを、カウンターの隣の薬品棚が置いてある部屋から出てきたセルフォスは相変わらずの無表情で、同僚に声をかけた。

「ヘリオライト」

声をかけられても一向にそちらを向かず。

セルフォスがいるのを分かっているにもかかわらず、あえて無視しているような、そんな雰囲気で。

「何をしようかなあー。一週間」

「ヘリオライト」

セルフォスは自分を無視してる同僚を咎めることもせず、もう一度声をかける。

「今夜友達と飲みに行ってー・・・」

「今夜は街でお祭りがあります」

夢、膨らみかけたところで現実に戻され、ヘリオライトは恨みがましく同僚を睨む。

「せっかく現実逃避してたのに・・・」

「いくら逃避しても来るものは来るのですから」

きっぱりとそう言われて。

ヘリオライトは仕方なくこれ以上現実逃避をするのをあきらめた。

毎年、街では夏になると盛大な祭りが開かれる。

セルフォスは苦手だが、ヘリオライトは祭り自体は嫌いではない。むしろ好きな方だ。

気の合う友人達と夜店で好きな食べ物を買ったり、遊んだりしながら、その日だけに特設される、街の広場のステージ上で繰り広げられるイベントを見たり、参加したりする。

多少ハメを外しても許される。それが祭りの醍醐味だとヘリオライトは思っている。

だが、この日の「祭り」はセルフォスとヘリオライトにとっては意味が違った。

一言で言えば「仕事」だ。

薬屋は街外れにあるものの、一応街の一部としてみなされている。

そして、店長の意向により、この「祭り」に薬屋は多大な資金を提供しているのだ。しかもその資金額はといえば、資金提供者の上位にくい込むほど。そのせいで「祭り」へは遊びに行くのではなく、「接待」されにいくハメになっている。

当日は街の大富豪、デリ家の屋敷で町長及び他の上位資金提供者や街の議員が集まり、ささやかな晩餐会が開かれる。

しかし、この役目は本来なら店長のものだ。

薬屋にも、普段は店にいないが、一応店長というものはいる。

だが、この店長こういった行事等は全部店員二人に押し付ける傾向がある。町長始め、他の資金提供者や議員はこの店長の気まぐれな行動は暗黙の域で了承済みで、むしろ店員二人が来る事を歓迎しているくらいである。

何故なら、彼らより若い人はこの晩餐会にはほとんどいないからだ。

「あと一時間で支度をして出なきゃ間に合いませんよ?」

セルフォスにそう言われて、ヘリオライトは時計を見た。

今日は「祭り」の関係もあって一時間早く店を閉めて支度をするのだ。

なんの支度かというと、着替えるのである。

服装は、街の「祭り」の参加にはこれを着て参加するのが好ましいといわれる「浴衣」というものを着る。

「浴衣」は最近の祭り参加者は9割がた着ていない。普段の格好の方が、人が大勢集まる「祭り」の中でも動きやすいからだ。

ヘリオライト達も「仕事」でなければ決して着ないだろう。だが、他のお偉いさん方は着ているのだ。自分達も着ないと礼儀に欠く。

セルフォスは黒髪のせいか、又は他の理由からなのかは解らないが、この「浴衣」がとてもよく似合う。更に、彼は他の人達より見目が綺麗なのもあり、晩餐会ではいつも注目の的だ。

髪は二人とも後ろで一つに縛るだけの簡単なもの。

「あーあ、めんどくさいなあ・・・」

「まあ、これが終われば一週間休暇ですし」

隣で愚痴を言う同僚を宥めながらセルフォスはさっさと仕事を終え、店の入り口に飾ってある「開店」の看板を「閉店」に付け替える。

ヘリオライトも、渋々ながら仕事を終えて店の戸締りの最終チェックをする。

 

デリ家は「祭り」が開かれている街の中心部より少し離れたところにある。薬屋とは街を挟んで正反対の位置に建っているので、二人は街の中心部を突っ切って行く事にした。

本来なら、夜店を楽しみたいヘリオライトにとっては、夜店を目の当たりにしながら何もせずに過ぎ去っていくなど拷問に近かった。

また、セルフォスも嫌いな人ごみの中を通過するだけとはいえ、入って、しかも揉まれるのは、ヘリオライトとまた違った意味で拷問に近いものを感じていた。

まあ、セルフォスにとってはこの「祭り」もそうだが、「接待」自体も拷問に近いのではなかろうか。

人ごみの中、自分の方に体を密着させ、他人になるべく触れないように顔をしかめながら一生懸命他人を避けているセルフォスを見ながらヘリオライトはそう思った。

なんせ、招待される家が「デリ家」である。

デリ家といえば、その当主、息子共々大の竜好きで有名である。

しかも、デリ家の当主を竜好きにしたのがセルフォスだというのだから、今回の晩餐会はデリ家の二人にとっては願ったり叶ったりだろう。

昔、一度だけセルフォスがこの街の近くで変身して竜の姿になった時、デリ家の現当主はその姿の雄々しさ、美しさにひどく感動して写真を撮り、その写真を見せながら当時のセルフォスが、いかに素晴らしかったかを生まれてまもない息子に毎日のように語って聞かせたところ、息子ももれなく立派な竜好きになったというのだ。

二人を竜好きにした張本人が屋敷を訪れるのだから、当然・・・。

 

「本日はようこそおいでくださいました!」

二人がデリ家を訪れた際に、出迎えた人物を見てセルフォスは、少々呆れた声を含ませ、

「本日はお招き有難う御座います。珍しいですね。貴方がいらっしゃるなんて。てっきり、お祭りに行ったものかと」

相手がいて、意外だ、嬉しい、と言葉にはそんな意味合いが含まれていそうだったが、そんなことはない。セルフォス流に訳すと「まだ、こんなとこにいたんですか? さっさとお祭りに行ってください」ということである。セルフォスの顔色が変わらないのと、呆れた声色から、そう言っている事は言われている当事者でないヘリオライトでも明白だった。

しかし。

「はい! 本日は貴方が我が家においでになると聞いて、お祭りに行くのを止めたのです! ああ、セルフォス、お会いできて何よりです!」

世の中にはそういった皮肉に疎い人間もいる。

全然気づいてない・・・。

セルフォスとヘリオライトは心の中で項垂れた。

出迎えてくれたデリ家の一人息子、ロバートはセルフォスの事以外ならば、かなり礼儀正しい好青年だ。街では、女性にとても人気が高いのだが、唯一の欠点は竜の事、とりわけセルフォスの事となると、見境なくなってしまうところだろう。

「さあ、中へどうぞ? 他の方はもう皆待っておりますよ?」

 

ロバートに案内されてホールに行くと、そこには、いくつかの大きな円形テーブルが設置されており、皆そのテーブルを囲むようにして立っていた。全てのテーブルの上にはおいしそうな料理がところ狭しと並べられていて、全てのテーブルの料理が違っていた。

バイキング形式になっていて、自分で好きな料理を好きな分だけ、小皿に盛って食べるのだ。テーブルに椅子は設置されていない。

二人がホールに入ると、まず町長が気付き、二人を歓迎してくれた。それに気付いた、デリ家の当主が大きく手を叩き、一度皆の会話を中断させ、自分に注目させる。

「薬屋二名の到着です。これで皆揃いました。街では人々が我々の資金援助の下、行われている祭りを楽しんでいただいているようです。我々はその成功を祝いながら、ここでささやかなパーティを開こうではありませんか」

当主のその言葉に集まっていた人々から拍手が上がる。

この当主のスピーチを口火に、その後、町長が「祭り」の歴史を、更に街の議員の一人が今回の「祭り」が無事に開催されたことについての祝辞を述べた。

「これが長いんだよな〜」

ヘリオライトは気だるそうにぼそっと呟く。

「それは私も同感です。何故、毎回同じメンバーなのに同じ事を繰り返し言う必要があるのでしょう?」

セルフォスが首をかしげる。

「ん〜。それはだな〜。人間、とりわけ上流階級の者達は形式を重んじていてだね・・・」

「形式ですか。なるほど。確かにそれは必要ですね。このスピーチをやる必要性がどこにあるかは全く解りませんが」

「いやいや、だからね。この場合のスピーチは、薬の取り扱い説明書の最初に書いてある、その薬を作った会社がどうとか、薬品名はどこからついたのかとか、それと同じ様なものぐらいだと思ってもらえればいいと思う」

「ああ〜。なるほど〜。必要あるような、ないような、そんな中途半端な感じですね」

「お二人とも、スピーチ中はお静かに願います」

小声とはいえ、スピーチに対してとんでもない暴言を吐きまくっている二人の会話をすぐそばで聞いてしまったロバートが注意する。

さすがに、彼は育ちがいいだけあって、スピーチを真面目に聞いていた。

 

スピーチが終わった後にやっと料理を食べる事が出来る。このときは皆好きな場所へ行って、話したい人と喋ったりするのだ。

薬屋の二人の元にはいつも多くの人だかりができる。それは、単に若いからだけではなく、普段買い物を他の者に任せている人達がここぞとばかりに、他の人に言えないような悩みや持病が薬で治るのか、その際、その薬は二人が勤めている薬屋に置いてあるのかを聞いてくるからである。

セルフォスの周りはそれとは別の意味で人だかりが出来ていた。

「今日のお召し物はまたなんて貴方にお似合いなのだろう!」

「まさしく。我らが着るよりはるかに似合っておるのではないか」

「有難う御座います」

相変わらず、顔色一つ変えずに淡々とした表情でデリ親子の言葉をさらっと受け流す。ここら辺はもう手馴れたものだ。

「そうね。それで、私のような髪型にすれば、更に映えると思うわ」

セルフォスの周りを囲っていた女性の一人が、自分の、結い上げて一つにまとめた髪を押さえながらそう言う。

「うなじとか、とても綺麗そうだもの。見せなきゃ損よ」

「しかし、その髪型は貴方だから映えるのであって、男の私にはとても・・・・」

そう、否定しようとすると、また別の場所から、

「そんなことはない! きっと似合うと思う」

と、力説される。

そういうものですかねえ・・・、とセルフォスが流されかけてると、隣で薬の相談を受けていたヘリオライトがセルフォスの脇腹を肘で軽く小突く。

本気にするな。

と、小声で囁かれ、セルフォスは頷く。

その態度にヘリオライトは満足し、今度は耳元で、

「なあ。うちに媚薬なんて置いてあったか?」

と、聞いてくる。

「ありますよ? 貴方には基本的に、取り扱い拒否をしてもらってる棚に」

「え? なんで?」

「店長から注意を受けたからです。媚薬といってもいろいろなものがありまして、中には香り系のものもあるのですよ。一応固く密閉されているとはいえ、香りはどうしても漏れてしまう場合があります。ほんの微量でも効果が抜群なものが数種類ありまして。貴方が棚、整理しててそんなものにかかってしまったら、仕事にならないでしょう? 私もどうしたらいいか分かりませんし」

「中和剤、あるんじゃないのか?」

「ありますよ? でも、貴方がその棚整理するたびに使用するなんてもったいないじゃないですか。中和剤も高いんですよ? 調合も面倒くさいし」

「う。確かに」

媚薬自体も高いが、その中和剤となるともっと高くつく。

しかも、製薬会社から出来上がった形ではなく、材料のみ届くので、こちらで調合しなければならないのだが、これがまた面倒くさい。

「まあ、どういった作用が起こるのか、私にはあまり詳しくは分かりませんが。殴って戻るものならいいんですけどねえ」

いや。戻らないだろ。

その時、ヘリオライトを含め、二人の周りを囲っていて、その会話を聞いた全ての人が心の中でつっこんだ。

「とにかく、貴方が扱う事は、店長が禁じているのです。ので、もし必要ならば私にまず言って下さい。その際、どんな効果が出ることを望んでいるのか言ってもらえれば、それに適した媚薬が用意できると思います」

周囲の人間達は考えた。媚薬を使う事自体、どこか後ろめたさがあったから、他の者に任せず、使いたい当人が薬屋に直接聞いているのである。しかも、薬屋の店員二人の中でも、比較的親しみやすく、こういう相談をしても、野暮な事は聞かず黙って薬を出してくれそうなヘリオライトの方に。

しかし、媚薬が欲しいならまずセルフォスに聞けという。

この顔立ち整った、いかにも潔癖オーラを出していそうな、しかもそういった事にはとことん無知そうな者に、どんな効果が出るのを自分が望んでいるのかまでを話すのである。

神はなんて、残酷な試練を用意されたのか。

「セルフォスには効かないのか?」

「人間特有の薬に関しては大丈夫ですね」

それは、なんて心強い。

しかし、何故それがヘリオライトじゃないのか。

媚薬に少しでも興味を持っていたものは誰もがそう思った。

「じゃあ、セルフォスさん達、竜はどういった物に誘われるのですか?」

好奇心旺盛なロバートが尋ねる。

その途端。

普段顔色一つ、ほとんど変えないセルフォスが。

何を言われても無表情に淡々と答える彼が。

片手で口元を押さえたかと思ったら、顔を真っ赤にさせてうつむいてしまったではないか。

普段のセルフォスを知る者、特にヘリオライトなどは同僚が初めて見せる、そのしおらしさに。

ああ、せっかくの連休なのに明日は台風かな。

などと、思ってしまった。そう思いながらも、同僚がどうしてこんな行動をとっているのか分からず、ヘリオライトの頭の中は半ば混乱していた。

とりあえず理由を聞くべく、

「セルフォス?」

声をかけると。

まだ、顔を真っ赤にさせたままおずおずと上目遣いでヘリオライトを見上げてきた。

その仕草に、ヘリオライトを除いた二人の周囲にいた者ほとんどが悩殺された。特に、デリ家の二名は鼻血を出して倒れたので、召使いに運び出されたほどだ。

「いえ。その・・・。ここで、こんなに人がいらっしゃる中でお話しするのは、とても、その、・・・・。・・・・は、恥ずかしいもので・・・」

最後には消え入りそうな声でおずおずと話したセルフォスに。

周囲を取り巻いていた者達の中の誰かが、

「はい! じゃあ、もうこの話はおしまいっ! それより、デリ家の御当主が倒れてしまった」

それを聞いた町長が、

「この場を提供してくださった方がいないのでは、これ以上、パーティを続けるわけにもいきませんな」

その一言をきっかけに、今回のパーティはいつもより、かなり早く終わる事となった。

 

デリ家からの帰り道。

「なあ」

ヘリオライトはおずおずと同僚に声をかける。

さっきとは打って変わったいつもの、気持ちどこか清々しい表情を見せている同僚は、明るい声で「はい?」と答えた。

「さっきの話、ロバートが言った、竜はどんなものに誘われるかって話、本当に言うの恥ずかしいのか?」

そう、言われてセルフォスは少しむっとした。

「それは、あんな大人数の前で話すのは恥ずかしいに決まってます。大体「性」についての話ですよ? あんなところでいうものでもないでしょう」

そう言われても、ヘリオライトはいまだ同僚があの時とった恥らった態度が未だ信じられず。

「あんなに恥ずかしがる事なのか?」

と、聞いてみると。

「いえ。全然」

けろっとした態度でそう返された。

やっぱり・・・。

「「演技」をしてたな?」

「まあ、多少は。」

そう言いながら、セルフォスは夜空を見上げる。

そんな態度にヘリオライトは呆れて。

「また何故」

尋ねてみれば。

「理由は3つあります」

セルフォスはヘリオライトの方を見る。

「一つはさっきも言ったように、あんなとこで話すべき事ではないから」

「二つ目は?」

「パーティに少々うんざりしていたから。どうにかならないかな、と思って半分賭け事気分でやってみたんですが、案外上手く行くものですね」

そう淡々と話す同僚に、ヘリオライトはかなり驚いた。そんな事を考えていたなんて。しかも、計算してやっていた行動だったなんて。

 侮れない・・・。

「三つ目は?」

「これは、二つ目と関連するのですが。二つ目のが上手くいってパーティが早くお開きになればヘリオライトが「祭り」に参加できる時間ができるかもしれないと思って」

その言葉に。

ヘリオライトは開いた口が塞がらなかった。

「・・・・・・・・・・・え?」

「行きたそうに見えたのですが、違いました?」

「いやっ。違わ・・・ない、けど」

「良かった。じゃあ、早く行きましょう」

 相変わらずの無表情で言われて。

 でも、表情など出さなくても、この同僚は自分の事をちゃんと考えてくれている。それが、ヘリオライトはとても嬉しくて。

 思わず顔が緩んでしまう。しかし、その顔を同僚に見せるなど恥ずかしくて。照れ隠しに、自分より頭ひとつ分低いセルフォスの頭をくしゃくしゃに撫でた。

 その行動を子ども扱いされたと思ったセルフォスは、

「やめて下さい! こう見えても私は貴方より年上なのですよ? 子ども扱いは我慢できません!」

それでも、外見からどうせ2、3歳の差だろうと思ったヘリオライトは手をどけないまま、

「どうせそんな変わらないだろ? ちなみに今何歳なんだ?」

からかうようなヘリオライトの言葉に、むすっとした声で、セルフォスが。

「今年で二百歳です」

答えた途端、ヘリオライトは無言で手をすぐにどけた。

 

 

「ヘリオライト。私達の緑の種族の場合は、雌の発情の匂いに誘われるのですよ」

「祭り」が行われている場所まであと少しという所。

セルフォスがそう言った。

「この大陸で、緑竜は私一人だと、竜の王が言ってました」

「セルフォス」

「だから、私はこの大陸ではどんな香りにも誘われません」

そう言って、セルフォスは少し笑ったが。

それは、ある意味とても悲しい事ではないだろうか、とヘリオライトは思った。

ヘリオライトのその考えが顔に出ていたのか、

「別に寂しくはないですよ」

そう言うセルフォスの顔から表情は読み取れなかったが。

「今は一人。ですから」

そう言った。

祭りに集まっている人々のざわめきが段々大きくなる。

「いつかは帰ります。でも、今はまだ帰りません。だから、今は今の状況を楽しむ事にしてるのです」

「そうか」

「そうですよ。だから、貴方は私の心配なんてしてないで、さっさと「祭り」を堪能してらっしゃい」 

「え? セルフォスは行かないのか?」

「人ごみが嫌いなのは知っているでしょう? 私はここで待ってます」

そう言われて、ヘリオライトは少し考え込んだ後、セルフォスの腕を掴んで、強引に歩き出した。

驚いたのはセルフォスで。

「ヘリオライト、今の私の話聞いてました?」

「聞いてた」

「なら・・・!」

「今の状況を楽しむ事にするんだろう?」

「う・・・」

「さあ! セルフォスは何が食べたい?」

セルフォスを言いくるめて大満足なヘリオライトは、嬉々として彼を引きずりながら「祭り」の輪の中に混じっていった。

引きずられて諦めたようにため息をつく、そんな同僚に「祭り」がいかにおもしろいかを、どういう風に教えていこうか。

そう思いながら。

                       終