「あの、こちらに背の高い、髪の黒い男の人が来ませんでしたか?」

おずおずと聞いてくる自分より小柄な女性に対してセルフォスは首を傾げながらもいいえ、と首を振った。

半ばその答えを予想していたのか、その女性は一つ頷くと寂しそうな背中を向けて店を出て行く。

女性が出て行った後、セルフォスは今度は大きく首を傾げた。

その時、ヘリオライトが薬品室から顔を出す。

「なあ、そろそろ休憩だけど・・・・、・・・・何やってんだ?」

首を傾げたまま止まっている同僚を訝しげに見つつヘリオライトが問いかける。

「今日はどうも変なお客が多いもので、どうしてかと考慮しているのです」

「ふーん。・・・んで? 答えは出たか?」

「いいえ。残念ながら」

「なら休憩にしようぜ? 昼、食べながら考えろよ」

「・・・そうですね」

軽く首を傾げつつ、しかしセルフォスは店じまいの準備に取り掛かった。

 

「で? 何をそんなに不思議がってんの?」

片手で掴めるくらいのサイズのボックスに入っているヌードルを箸でつつきながらヘリオライトが聞いてみれば、こちらは円形のカップに入っているいろいろな野菜が一緒に炒められている炒飯を蓮華で掬っているセルフォスが応える。

「今日は変な客が多いのです」

「変な客?」

「ええ。薬を買わないのに店内をうろうろしたりする人もいれば、私に「髪の黒い男の人」とか、「髪が黒くて背の高い男の人」がここに薬を買いに来ていないかなどと尋ねるのです」

「ふーーーん。そりゃ確かに変だな。うちは店内には薬を展示してないから見ても何もおもしろいものは見つからないだろうし、第一そのお客が尋ねてくる「髪の黒い背の高い男」なんて今日来てないんだろ?」

「ええ。今日は壮年の女性が数名と、その変な質問や行動をしていた女性数名しか来ていませんね」

「あ、いいなあ。なんでセルフォスがカウンター当番の時は女の確率が高いんだ。俺の時は男が多いってのに」

「知りませんよそんなこと。第一問題はそこではないです」

「あ。そうだった。うーん。・・・・なんだろ?」

そう言いながらヘリオライトは朝、街の本屋で買ってきた週刊誌を広げる。

「あ。それ今日発売でしたっけ」

セルフォスがそう問えばヘリオライトは頷く。ヘリオライトがいつも買っている週刊誌はいわゆる街の情報誌で、そこには今週のお勧めの店や街で行われるイベントなどの情報が載っている、街の人々にはかなり人気の高い有名な情報誌だ。ヘリオライトは毎週これを買っていて、読み終わったらそのまま休憩室に置いておくので、暇なときセルフォスが読んでいる。

ヘリオライトはヌードルを食べながら週刊誌をぱらぱらめくっていく。セルフォスはこれは行儀があまり良くないので本当は止めさせたいのだが、いかんせん休憩時間が短いのもあり、渋々黙認していた。

その時。

「! なあ、セルフォス。俺の予想が正しければ「髪の黒い背の高い男」ってもしかしてヴェルガの事じゃないか?」

「?? なんでですか?」

「いや、今週刊誌見てたら・・・・、ほら、ここ」

そう言ってヘリオライトが机に広げた週刊誌を覗き込んでみれば、そこにはページの半分にヴェルガが働いている写真が大きく掲載されていた。その近くには彼の働いている店の写真が小さく載っている。

「・・・・・・で? これと薬屋に女性が尋ねてくるのと何の関係があるんです?」

「いや、ほらここ見てみろよ」

「?」

「「今人気急上昇中の人気ソムリエ、ヴェルガ。彼はソムリエとしての腕もさることながら、その神秘的な雰囲気と端麗な容姿で幅広い年齢の女性を虜にしてきた。そして今月彗星のごとく現れた彼が史上最短で多くの人々の支持を得て「今月のいい男NO・1」輝いた」」

「・・・・なんですか? それは」

「あるんだよ。この雑誌、こういうやつ。確かここ数ヶ月はロバートが連続一位に立っていたんだけどな。さすがヴェルガ。就職してまだ1ヶ月も経っていないのに」

「はあ・・・」

「ちなみに女性NO・1ではメリッサがなったことがあったけな。ま、いいや。肝心なのはこの次だ。ええと、「ここで多くの人々から寄せられた質問の中で一番多かった質問を彼に聞いてみた。これは主に女性が彼に聞きたかった質問ではないかと思う。それは、彼に特定の恋人がいるか、ということだ」」

「いないんじゃないですか? 黒の一族は保護意欲は高いですが、伴侶願望意欲はないですからね」

さらりとセルフォスが答えれば、ヘリオライトは意外な面持ちでそれを受ける。

「そうなのか? 俺、逆だと思った」

「何故?」

「いや、だって・・・・」

普段のヴェルガのセルフォスに対する執着振りはあれは誰がどう見ても恋人になって欲しい人にやる行動であり、決して保護意識から起きているものではないことなど誰の目から見ても一目瞭然だと思うのだが・・・。だがそれを口に出して言う勇気はヘリオライトにはなかった。言えば変なとばっちりがくるのは目に見えている。

「ま、まあ、俺の想像内では、だよ。ああいうタイプってこと恋愛に関しては激情っぽいところがありそうだなってさ」

「はあ。そうですか?」

「まあ想像でってことで! あ、それで問題はこの次のヴェルガの質問に対する答えだよ。「ここで多くの彼の崇拝者に朗報だ。彼にはなんと恋人はまだいないということ!」ここだ」

「何がですか?」

「だから、これを読んだ女の何人かが「じゃあ自分こそが彼の恋人になってやろう」と思って朝帰りのヴェルガの後をつけてきたんじゃないか?」

そう言われてセルフォスは午前中の事を反芻してみる。

確かに。変な女性客が来たのはヴェルガが帰ってきてからすぐ後から始まっている。

「・・・・なるほど」

「だろ? ああ〜。これ当分は続くぜ? きっと。ストーカーとかになるやつがいなきゃいいけど」

「そしたら私達は当分しらを切っておいた方が良いですね」

「そうだな。薬屋としてはこれ以上変な客が増えないようにヴェルガがここにいない事にしておかなきゃいけないな」

「でも不思議です。何故この記事を読んだ後から急に・・・・」

「そりゃもしヴェルガに彼女がいたらさ、それはもちろん張り合うやつもいるかもしれないけど、大抵は諦めるじゃんか。自分に入り込む隙はないんだって。でも恋人がいないって公言したってことは、ヴェルガはそういう意味で言ったんじゃないと思うけど人によっては恋人募集宣言をしているものだととられちゃう場合もあるんだよ。それに、そう思わなくっても彼はこれから恋人を作るんだと思えば皆自分をアピールしたがるのは、まあ俺に言わせれば当然かな、とは思うんだけど」

「なるほど」

 

頭では納得していたものの、午後の営業が始まって以来ヴェルガ目当ての客が明らかに増えたのを直に感じたセルフォスは夕方になってさすがに顔を顰めた。今日は生憎にもヴェルガの仕事は休みだ。と、いうことはこの騒動が閉店まで続くということか。

その時、入り口のドアが大きく開け放たれた。

セルフォスがびっくりしてそちらを見やればそこには片手に例の雑誌を持った店長が立っていた。

「ヴェルガはどこじゃ!!」

怒りのオーラを漂わせながらずかずかと店内に入ってきてセルフォスに詰め寄る店長。

「それと、今日だけでヴェルガ目当ての女性は何人来た?」

「は・・・。確か10名近かったと思われますが・・・」

「今日だけでこれじゃ!」

その時、ヘリオライトが薬品室から顔を出した。

「あ、お疲れ様です。店長」

「ヘリオライト。ちょうど良いところに来た。すまぬがちとヴェルガを起こしてきてくれぬか?」

「あ、いいですよ?」

そう言うとヘリオライトは扉を閉め休憩室に向かった。

今まで店長の気迫に押されていたセルフォスもやっと落ち着いてきたのか、店長に改めて問いただす。

「店長もそれを御覧になられたのですね。ですが、何故そのようにお怒りになられてるのですか?」

「・・・・主には分かりづらかったかもしれぬが、今後ヴェルガ目当ての客が増えると薬屋が困るのじゃ。今日は少なかったからそんなに目立ってはいなかったかもしれぬが、もしヴェルガ目当ての奴らが店内をうろうろしだしたり、店の前で座り込まれたりしたら、他の薬を目当てで来た客に不快な思いをさせてしまうじゃろう? 最悪来なくなってしまうかもしれぬ。ヴェルガ目当ての客が何人来ようともそれは薬屋の売り上げには繋がらぬということじゃ。実際奴らは何も買ってはいかなかったのであろう?」

「はい。確かに」

その答えに店長セルヒは大きく溜息をつくと薬品室に入っていった。きっとヴェルガに会いに行ったのだろう。

 

「ヴェルガ。ちと面倒な事になった」

薬屋の店長でもあり、この世界の全ての竜を統べる王でもあるセルヒが休憩室に入ってきた途端黒竜ヴェルガを見つけ、彼にそう言った。

「は・・・。・・・??」

寝起きでいまいち頭が上手く回っていないものの、それでもいつもの習慣から深く頭を垂れていたヴェルガはセルヒのその発言に条件反射で頷いたものの、少し考えてからどうも腑に落ちない部分を見つけて頭を上げた。

そんなヴェルガを見て半ば呆れながらセルヒが例の雑誌をヴェルガの顔の目の前に突きつける。

「あ、これこの間店に雑誌記者が来ていたけどきっとそれかな」

「それかな、ではない。それじゃ。主が恋人いない宣言をしたお陰で主目当ての客ばかり増えて薬屋が困っておる」

「は。でもお言葉ですが、わたしに特定の伴侶がいないのは王もご存知のはず」

その言葉にセルヒは雑誌を丸めてヴェルガの頭をぽこぽこ叩きながら、

「分かっておる。だ か ら、何故嘘をつかんかったのじゃ」

と言えば、ヴェルガはしゅんとして、

「すみません。ですがここまで予想は出来なかったもので。それに、もしわたしが嘘をつけば今度はセルフォスが困ってしまうのではないかと思って」

「ほう・・。何故じゃ?」

興味深げなその回答にセルヒは叩く手を止め、続きを促す。

「だってわたしの想い人はセルフォスです。だからもしわたしが恋人がいると答えたらセルフォスになんらかの被害がこないかと思って」

その答えにセルヒは再びヴェルガの頭をぽこぽこ叩きながら怒る。

「だ か ら そこでセルフォスの名前を出さなければ良いことじゃろう!? 恋人がいる、で留めておけば良い」

「あ。そうですね」

たった今気づいたヴェルガに店長はより激しく彼の頭をぽこぽこと叩いた。ヘリオライトが慌てて店長を羽交い絞めにする。

「お ち つ い て く だ さ い ! とりあえずはこれからの事の方が大事でしょう?」

まだ怒り足りないのか、少々不満な顔をしながらもとりあえず体の力を抜く。

それを感じて、ヘリオライトもまたセルヒの体を解放する。

「・・・当分ヴェルガは決して薬屋の店頭の方には顔を出すでないぞ。それから、分かっているとは思うが店員二人も当分こやつの事に関してはしらを切りとおすのじゃ。それから、ヴェルガ。主は当分の間帰路でも気を抜くなよ。常に警戒をし、追っ手は必ず撒いてくるように」

その言葉にヴェルガは無言で頭を垂れる。了承の意だ。

その様子を見ていたヘリオライトが感心しながら呟く。

「うわ〜・・・。なんかスパイがこれから任務につくようなやりとりだ・・・」

 

次の日から、噂が噂を呼んだのか、ヴェルガ目当ての客は更に増えた。

ヘリオライトではいつボロが出るか分からないということで、この騒動が収まるまでは表情があまり顔に表れないセルフォスがカウンター当番になることになった。

今日ヴェルガは仕事に行く。昨日は休みで、姿を見られたのが一昨日ならば今日の帰りにはヴェルガは他の方面から帰ってくれば、薬屋へのこの被害は今日中には終わるはずだ。

しかし。

ヴェルガ目当ての何人目かの客を追い返した後、セルフォスは首をかしげた。

「あの男の一体どこがいいというのでしょう??」

確かに友人としてはとても好感が持てるかもしれない。時折見るヘリオライトとヴェルガのやりとりを見ていると正直うらやましいと思うときもある。

だが、対象が自分となってくるとヴェルガは途端に態度を変える。雌のそれとしか見てない。そしてそれは大変しつこい。自分だったら願い下げだが恋人になりたがってる女性達はあのしつこさに憧れるのだろうか。

「・・・・・・?」

セルフォスはもう一度大きく首を傾げた。

 

夕方になってヴェルガが出勤する時間が来た。

「さて、どうしようか」

表にはまだ自分目当ての客が来ているのだろうか。それとも今度は自分の働く店の前で見張られているのだろうか。

黒いコートを羽織りながらふとカウンターの方に目を向ける。

この騒動の間はセルフォスがカウンターに出ているという。ヴェルガは常に薬品室に入れないのだが、カウンターには顔を出すことが出来ていた。そして今そこには自分の愛しの人がいる。もちろん自分が起こした騒動の報いなのだからカウンターにはもちろん顔を出せないが。が・・・。

「セルフォスに会いたいな・・・」

まさに、手が届くところにいるのに手を出せない状態であった。

 

ちょうどその時、カウンターの方には女性客にまぎれてロバートが来店していた。ロバートが来たということでヴェルガ目当ての女性客は少々色めきたったが、彼の様子がおかしいことに気づいて、皆そっと店を出て行った。それはロバートを気遣ってのもので。

「いらっしゃいませ。・・・・・・ロバート様。・・・とりあえずソファーにおかけになってください」

挨拶とともに顔を上げたセルフォスはロバートの顔色の悪さに思わず彼をソファーに誘導する。ロバートはふらふらしながらもソファーまで無事に辿り着いた。

「大丈夫ですか?具合が悪そうですが・・・」

彼の顔は赤かった。耳まで赤いのと動作から熱があるであろうことは一発で見て取れた。

そんなにしてまで彼はまた自分の父の頭痛薬を取りにきたのだろうか。

そう思って顔を顰めたセルフォスの顔の前に一枚の紙が突き出される。

「言っておきますが、今回は父のではなくて自分のですよ。セルフォス」

そう言って弱々しく笑うロバート。セルフォスがその紙を受け取ってみればそれは医師からの薬の処方書だった。

「解熱剤と抗生剤と胃腸薬・・・。風邪を引かれたのですか?」

「・・・街にも薬屋はあるのですが、ここのものが一番良いと父が言うもので、医師の支持する薬屋を蹴ってここの薬屋宛に処方書を書かせてしまいました」

弱々しく、しかしすこし悪戯っぽく笑う彼にセルフォスは少々感嘆の意を込めて彼を見つめ返した。

「すぐに処方します。横になってお待ちください。今毛布を持ってきます」

 

セルフォスが薬品室を通り抜けて休憩室のドアを開けた時、ヴェルガがまだいた。黒いコートをかけているのでもう出かけるところなのだろう。

セルフォスは軽く顔を顰めて、だが今はヴェルガにいちいち構っている暇もないので自分を見て喜んでるヴェルガを無視して仮眠室のドアを開けると毛布を引きずり出してくる。

「? 何に使うの?」

「具合の悪いお客が来ているもので」

それだけ言うとセルフォスは休憩室のドアを閉めた。

そういえばヴェルガの顔を一度も見なかったな、とドアを閉めた後に気がついたが今はそんなことを深く気にしている暇もなかった。

 

ソファーに横になっているロバートに毛布をかけてやり、セルフォスは近くにしゃがんでロバートの顔を覗き込む。

「大丈夫ですか?」

そう言って彼の額に自分の手を軽く添えて熱を計る。

「セルフォスの手は冷たいですね」

「貴方の熱が高いからですよ。かなりありますね。待っててください、今タオルを・・」

そう言って離れようとしたセルフォスの手をロバートが捕まえる。

「いえ。大丈夫です。それよりも、傍にいてもらえませんか?」

「・・・・・・・構いませんが」

「良かった・・・・」

そう言って一度大きく、深く息を吐き出した後、ロバートは言葉を続けた。

「何故でしょう? セルフォスが近くにいると不思議に気持ちが落ち着くのです。まるで森林浴をしているように。・・・・貴方が緑竜だからかな」

「さあ。それは分かりませんが」

抑揚に欠ける声でそう言われてもロバートは何故か嬉しかった。

 

薬が出来上がり、ロバートが去るときもセルフォスは思わず不安になってロバートを薬屋から少し離れたところまで見送ることにした。他の客もきていたのだが、そちらはヘリオライトが対応してくれることになったから。

足取りがおぼつかず、不意に倒れかかったロバートをセルフォスが慌てて支える。

「ありがとうございます」

「家まで帰れるのですか? そんな足取りで・・・」

そこまで言いかけたとき、二人の近くにあった木が急に大きく揺れた。

二人が驚いて木を見上げ、そして視線を戻した時には目の前にヴェルガが立っていた。

「ヴェルガ。ちょうど良かった。今から出勤するところなのでしょう?だったら彼を街まで・・・」

そう言った矢先、ヴェルガは無言でセルフォスからロバートを引き剥がすとセルフォスを思いっきり抱きしめる。そして、セルフォスからの裏拳が飛ぶ前に素早く離れると、ロバートを片腕で支える。

「彼を街まで支えていけば良いのだね? 分かった」

「え、ええ。お願いします」

いきなりのことで訳が分からず、ただ状況に流されるまま頷くセルフォス。

それを見てヴェルガはにっこり笑うと、ロバートを支えながらセルフォスに背を向ける。

有無も言わせないようなヴェルガの強制力にロバートは慌てて顔だけ振り返ってセルフォスにお礼を言った。

 

 

「お、おかえり」

客とすれ違いに店に入ってきたセルフォスをヘリオライトは笑顔で迎える。

「ロバートは? 大丈夫そうか?」

「え? あ、はい。ヴェルガが街まで送ってくれることに・・・・。その、ヘリオライト。ヴェルガの態度が何か変だったのですが」

「は? 誰に対して? セルフォスに対して?」

「ええ」

「あ、それなら気にしなくていい。いつものことだから」

「そうなんですか?」

「そう」

「分かりました」

けろっと、きっぱりと言い切ったヘリオライトの言葉に納得してセルフォスはカウンター当番に戻った。

 

数日後、店で働いているヴェルガの元にとても珍しい客が来た。

それは、他の客が思わず足を止めてその客を思わず見つめてしまうような人物で。それは、その人物が持っていた見事な髪の色か、その顔立ちか、その判別は難しかったが。

ヴェルガでさえもその人物を見た途端思わず固まってしまったほどだ。ただし他の客とはまた違った理由で。

「お久しぶりです! ヴェルガさん。お元気そうで何よりです!! 僕の事覚えてます?」

「頭は下げる必要はないぞ。仕事中じゃからな」

「千里眼の一族のメルバと王」

メルバはセルヒのところで一緒に暮らしている竜だ。千里眼を使い、占い屋を経営している。

二人はヴェルガが立っているカウンターの前に座ると飲み物のメニューを見る。

「ふむ。いろいろあるの。メルバ、何を飲むか。どうせじゃから噂のソムリエのお勧めの酒とやらを拝領してみようか」

「いいですね! 僕達の場合は何が出てくるのでしょう?」

そう言ってヴェルガに、かたやただ純粋に微笑む顔と、かたや意地悪く微笑む顔を向けるとヴェルガはその先の企みが全く読めず、ただただ引きつった笑みで返した。

とりあえず、と酒の用意をするヴェルガに、セルヒはおもむろに話を切り出した。

「ところで、ヴェルガ。先日、セルフォスに対して軽く抱擁をしたそうじゃが?」

ヴェルガの手がぎくりと一瞬止まる。

「・・・・何故それをご存知で?」

すると今度はメルバがにこにこしながら言葉を返す。

「ヴェルガさんに良くない翳りが見えたんです」

「じゃから我はメルバに主の動向を見張らせておいたのじゃよ。ま、我としては主がセルフォスに抱擁しようがそれに関してはあまり気にせぬがな

嘘だ。

最後の言葉だけ嫌に強調していうセルヒに、聞いてたメルバとヴェルガが一瞬にして心の中で思った。

「・・・じゃが、こうなってくれば話は別じゃ」

そう言って店長が雑誌をカウンターに置く。ヴェルガがそれを取り上げてみてみれば、そこにはこの間の抱擁に関しての記事が載っていた。

ふむふむと読んだ後、顔を上げてみればセルヒが笑顔で今度はヴェルガに手招きをしている。何事かと顔を近づけてみれば襟首をがつっと掴まれた。

な に お し て お る !!! あれだけ隠密に行動せよといった傍から主は〜〜〜!!!」

そう言って体を揺さぶられるヴェルガに思わず他の客の視線がそちらに向けられる。そして他の従業員が急いで止めに入る。

「お、お客様。ヴェルガとどういうご関係かは存じませんが店内でこういう事はちょっと・・・・」

そう言って宥める従業員にメルバが謝る。

「すみません。すぐに止めさせますので。ごめんなさい」

メルバが一瞥すると、セルヒは渋々ヴェルガを解放する。

「全く。主のお陰で今度はセルフォスが主の恋人ではないかと疑われておるではないか」

「それは・・・・」

嬉しい限りではないか、と言いかけたヴェルガだったがセルヒの目だけで誰かを殺せそうな視線に思わず口を噤む。

言ってはいけないこの一言。

そう頭の中で繰り返しながら必死で顔に笑みが出ないよう努力をするヴェルガ。必死で申し訳なさそうな顔を作るヴェルガにセルヒはやや疑いの眼差しでヴェルガを睨んでいたが、やがてヴェルガに反省の色を見て取れたのか表情を緩める。

「・・・我が言いたかったのはそれだけじゃ。さて、帰るぞメルバ」

「え? もう帰るのですか? 僕はお酒を飲みたいです」

「・・・・・帰りにセルフォスのところにも顔を出そうか?」

それを聞いたメルバが途端に今まで曇らせていた表情を明るくさせる。

「はい! セルフォスさんにも久しぶりに会いたいです!!」

「なら行こう。邪魔したな、ヴェルガ」

「いえ・・・」

別れの挨拶を軽く済ませると、さっさと店を出て行ってしまったセルヒを見てヴェルガの胸中は何故か不安になった。何故だかは分からない。セルフォスのことになるとセルヒはささいなことでも大げさになる。今回の件はセルフォスにも迷惑がいってしまったようだ。いつもなら激しく怒られるはずなのに一言怒るだけで済ませるなんて・・・。

本当に今の一言だけでセルヒの怒りを静めることが出来たのであればヴェルガとしては嬉しい限りなので本来ならばもっと喜びたいのだが、どうも素直には喜べなかった。

 

「さて、客は何人注目しておった?」

「あのお店にいた人たちは皆(あに)(さま)を見てました。ばっちりだと思います!」

にこにこしながらセルヒに寄り添うメルバを見て、セルヒも笑う。

「なら、宣伝としては充分じゃな。今夜もヴェルガ目当ての客は多々来ていたじゃろうて」

「はい! ばっちりです!」

「ちなみにヴェルガにはばれていたと思うか?」

「さあ? 大丈夫だと思いますよ!」

 

 

後日、ヴェルガ目当ての客がとある日を境にばったり来なくなった薬屋に今にも泣きそうなヴェルガが飛び込んできた。ちょうどいつもヴェルガが帰宅する時間だ。

その日はヘリオライトが店番をしていて、ヴェルガを見て笑顔で挨拶をした。

「おう。お疲れ! ヴェルガ。どうした? いやに慌てて」

これを見てくれ!!

そう言ってカウンターに広げられたのは今週の街の週刊情報誌で。

ヘリオライトは買ってはいたものの、昼休みにいつも見ていたのでその内容はまだ見ていなかった。が、広げられた場所を見てヘリオライトは思わず固まった。

「「人気ソムリエのヴェルガ、先日恋人かと思われていた街外れの薬屋店員セルフォスとの抱擁は友情間のものと本人達より否定されたが、抱擁のみの事実だけを知ったらしいヴェルガの新しい恋人が激怒。店に押しかけて一時店は軽い騒ぎに」・・・・て、シナリオでもあるかような記事になったなあ、ヴェルガ。てか、恋人出来たの? おめでとう」

「ち が う!! 決して恋人ではない! てか、恐れ多くて、というかこっちから遠慮、いや、それは失礼・・・、と、とにかく続きを読んでくれ!!」

余りの慌てぶりに何事かと思ったが、とりあえず続きを読んでいたヘリオライトは思わず我が目を疑って雑誌を顔に思いっきり近づけた。

「は!? これって・・・」

雑誌に書いてあることをそのまま読んでヴェルガの新しい恋人を思い浮かべるならばヘリオライトはその容貌に近い人物をよく知っている。と、いうかその人物以外思い浮かばなかった。

「・・・・・・・・・・・うちの店長の容貌によく似てるのな」

よく、じゃなくて本人なんだ

は?

ヘリオライトは今度こそ我が耳を疑った。

と、その時、店のドアが大きく開けられ片手に雑誌を持った店長セルヒが意気揚々と入ってきた。

「おう! ご苦労じゃ! ヘリオライト。それにヴェルガ! その表情じゃどうやら雑誌を見たようじゃな」

今にも泣きそうなヴェルガを見てセルヒが満足そうに頷く。

双方を交互に見やってそれでも状況がいまいち掴めないヘリオライトはどういうことだ、と大きく首を傾げる。

その時、セルフォスが薬品室から顔を出した。

「ヘリオライト、もうお昼になりますからそろそろ・・・と、これは店長にヴェルガ」

「おお。セルフォス、主も元気そうでなによりじゃ。ちょうど良い。セルフォス、ヴェルガに新しい恋人が出来たのじゃ」

「ち、ちが・・・・」

否定したいのに王の前では完全否定もできないヴェルガが言いかけた否定の言葉も最後まで言えないまま、必死で訴えかけるような目だけをセルフォスに向ける。

それを見て取ったセルフォスはじっとヴェルガを見ながら、

「店長、ヴェルガが泣きそうですが」

「気のせいじゃ。それより、新しい恋人が誰だか知りたくはないか?」

「はあ・・・」

あまり興味はないが、セルヒの口ぶりからしてこれは黙って聞けということだろう。セルフォスはあまり気が乗らないまま頷いた。

「なんと我じゃ!!」

「はあ・・・・・・・・・、・・・・は!???

そのまま聞き流してしまおうと思っていたセルフォスは、だがしかし聞き流せない単語を耳にして思わず聞き返す。

しかし、セルヒの笑みを隠し切れずにやにやしている顔を見てセルフォスは瞬時にまた何か悪戯をしたのだな、そしてそれは成功したんだな、と悟って呆れた。

「・・・店長、今度は何をなさったのです?」

「あ、主はさほど驚かぬのな。つまらぬ」

「事実ではないことなどすぐに分かります」

「ふむ・・・。実はな、我がメルバと共にヴェルガの働いておる店に行ってちょっとした警告をヴェルガにしてやったら、周りの人間共が勝手に我をヴェルガの恋人だと勘違いしたのじゃ」

そこでヘリオライトがセルフォスに先ほど自分が見た記事を見せる。セルフォスはそれにひとしきり目を通しながら、

「・・・・店長が女性と間違われてますね」

「うむ。良く間違われる」

「と、言うことは故意にやったことなのですね」

自分の容姿が他人にどう見られるか考えた上でセルヒは敢えてヴェルガの店で一騒動起こしたということだ。

「まあな。主からもマスコミの視線は逸れるし、第一に我は滅多に人間の前には姿を現さぬ。じゃからマスコミは我の事についてもっと知りたくとも知れぬということ。まあ、ミステリアスな恋人が出来たものじゃ。感謝せいよ、ヴェルガ」

そう言って悪戯っぽく笑うセルヒにヴェルガはただただ呆然とするばかりだった。

 

 

後日、雑誌記者がヴェルガに恋人について尋ねたところ、彼はただただ何かに対してひどく怯えているような仕草しかしなかったという。そして、そのせいでヴェルガの恋人は本人達の知らぬ間に「ヴェルガを尻に敷いている」という事になっていた。

その記事を見た薬屋店員二人は、

「・・・まあ、間違ってはいないな」

「間違ってはいないですね」

と互いに深く同意しあったという。