「ヘリオライト」
「んー?」
朝、いつも通りにセルフォスから出されたお茶を受け取りながらヘリオライトは曖昧な返事を返す。
「最近、街が色めき立って見えるのですが、何か街を上げての行事なんてありましたっけ? こんな時期に」
「ああ、違う違う。今週の日曜日はちょっとした特別な日なんだ」
「?」
わけが分からず首を傾げてみれば、ヘリオライトは同僚のその仕草に笑う。
「セルフォス、この街に住んでもう何年も経つのに知らなかったのか?」
言えば、セルフォスはちょっとむっとして言葉を返す。
「今まで気にも留めなかったもので。ですが、そしたら私には関係のない事となるわけですね」
「そうだなあ・・・。もし、セルフォスに彼女なんかがいれば話は別だけどな。セルフォスの種族はこの大陸にはセルフォスしかいないんだろ? なら関係ないかもな」
天井を仰ぎながらヘリオライトがそう呟けば、セルフォスは少々引っかかるヘリオライトの物言いに未だ不満げな顔でヘリオライトを睨む。
「今度の日曜日は、自分の好きな人に贈り物をあげる日なんだ」
「それが特別なんですか?」
「そう。ほら、普段好きだと心の中で思っていても何かきっかけや勢いがないとなかなか出来ない場合があるじゃん? この日はほぼ公認と言っても間違いないくらい皆が知っているからな。今まで秘密にしていた心の内を曝せる唯一のびっくりイベントの日さ」
セルフォスは未だ曖昧に首を傾げつつ、しかしなんとなく納得したようで。
「・・・・わ、かりました・・・。それで、ヘリオライトは誰かに何かあげるのですか?」
「俺? いやいやいやいや。彼女がいればあげるけど、いないからなあ・・・」
自分で言った言葉に最後の方は自分で傷つきがっくりと項垂れるヘリオライト。
見兼ねてセルフォスがヘリオライトの肩を叩く。
好きな人にプレゼントをあげる日。
一日中セルフォスの頭の中はその事でいっぱいだった。
日曜日。と、いうことは約2日後だ。頭の中で考えながら、仕事が終わった後ヘリオライトと共に街を歩く。今日はヘリオライトと一緒に夕飯を食べに行く予定だった。何気なく店内を覗いてみればそこは男女問わずたくさんの人で溢れかえっていた。
「ヘリオライト」
「ん?」
「ちょっと中を覗いていっても良いですか?」
同僚の思いがけない発言にヘリオライトは思わず固まる。
固まったまま、しかし何とか首だけは動かして一緒に店内に入った。
「一般的に皆は何を贈っているのですかね・・・」
「そりゃ相手に好まれそうなものだけど・・・。な、なあ。誰に贈るの?」
思わず聞いてみた。だが、セルフォスは顔をほのかに赤らめ小さな声で秘密です、と答えただけだった。
「そりゃセルフォスも男だからな。好きな人が出来てもおかしくないよな。なんせセルフォスのときは女性客が多いし」
「何なんですか。その引っかかる物言い」
「別に」
ヘリオライトが顔を背けた時、ヴェルガがやってきた。
「お待たせしました。こんなワインはいかがでしょう? 今日の料理に良く合いますよ?」
「お。ありがとう」
ヴェルガが優雅にワインをグラスに注ぎ込む。
「しかし良くセルフォスをこの店まで連れてこれたね。すごいよヘリオライト」
「評判に流されやすいからな。セルフォスは」
「まあ、それについて否定は出来ません」
案外あっさりと認めたセルフォスにヴェルガがびっくりする。
ヴェルガはセルフォスの事が大好きな黒竜だ。いつもセルフォスにべったりとくっつきたがったり、隙さえあればセルフォスを口説いてくる。だからセルフォスはそういうヴェルガが嫌いだ。自分を女性のように扱おうとするところが大嫌いだ。なので、常にそういう気持ちを全身から発しているヴェルガには極力近寄らないようにしているのが彼の日常で。
なのにいちいちヴェルガの働いているこの店に来ようと思ったのは、ひとえに噂で。
料理もおいしい。酒も良く合う。こんな噂が数ヶ月も続けば、セルフォスの興味だって当然そそられた。その結果が今ある。
「しかし、俺も初めて来たけど雰囲気いいな。ここ。日曜日とか予約で埋まってるんじゃないか?」
「あれ? 大当たり。まあ、一大イベントだからね」
軽く溜息をついてヴェルガが言いながらワインを傍らに置く。
「まあ、皆の喜んでいる姿を見るのは嬉しいよ。だけど自分の方も何とかしなくちゃね」
そう言ってセルフォスに片目をつぶって見せれば、セルフォスはそれを軽くあしらう。
と、その時ヘリオライトがふと思い立ったようにヴェルガに詰め寄る。
「そうだ! 聞いてくれよ。今日さ、セルフォスが店に入って真剣に誰かに贈る品物を・・」
そこまで言いかけたとき、セルフォスの手によって口を塞がれる。
「ヘリオライト。余計な事は言わないでください」
と、それを聞いたヴェルガが只ならぬ雰囲気を漂わせ始めた。
「誰か好きな人でも?」
さりげなく聞いているつもりだが、ヴェルガのまとっている雰囲気は限りなく恐ろしい。
が、その雰囲気もセルフォスには伝わらないらしく。
「関係ないでしょう」
と軽くあしらわれてしまった。
次の日の昼休み。
「なあ、セルフォス。ヴェルガが朝からかなりいじけていたぞ?」
カウンター当番だったヘリオライトが昼食を口に運びながらそう言えば、対する同僚はけろっとした態度で。
「ほっとけば良いのでは? いつものことです」
その台詞にヘリオライトはヴェルガに心の中で合掌した。
「それより」
「ん?」
「贈り物には何かカードを添えた方が良いですか?」
「ああ、そうだな。その方が気持ちが伝わるだろうし」
頭の中で考えながら言えば、セルフォスは真剣な面持ちで深く頷いた。その表情にヘリオライトは、
「本当に好きなんだな」
と感心したように呟く。そして、同僚がここまで真剣ならばその恋を応援しなくては、と思うのは仕事仲間としては当然の義務だろう。
「がんばれよ」
励ましの言葉をかければ、セルフォスは訳が分からず首を傾げ、しばらく後に頷いた。
「と、いうわけでセルフォスの方を応援することにしたから」
きっぱりとそう言えばヴェルガは困った顔でヘリオライトに愚痴をこぼす。
「ええ〜。何だいそれは。ヘリオライトの裏切り者〜」
「だって、セルフォスあまりにも真剣なんだもん。応援してやるのが良き仕事仲間だろ?」
誇らしげにそう言えば、ヴェルガは憎々しげにヘリオライトを睨む。
「じゃあ、わたしの方はどうなるんだ」
「健闘を祈る」
「それだけかっ」
休憩室にヴェルガの突っ込みが虚しく響く中、カウンターで懸命にカードを書いているセルフォスの姿があった。
さて、日曜日。薬屋は今日は午前中だけだった。
午後に想いの人にプレゼントを渡しに行くのかと思いきや、朝出勤してきたセルフォスの手元にはいつもと変わらない荷物だけ。
「あれ? プレゼントは?」
「もう渡してきました」
少々息切れ気味のセルフォスの声にヘリオライトはかなり驚いていた。
結構慎重派だと思いきややるときゃやるんだなあ、と思いながら。
「で? 結局誰に渡してきたの?」
「ヘリオライト?」
「いいじゃん。もう済んだことだし。言いたくなきゃ別にいいけどさ」
「・・・・・・・・・・・・・」
セルフォスが頭を項垂れてしばし考える。そしてその後消え入りそうな声でぼそりと何かを呟いた。
「え?」
「・・・・・・・・・」
繰り返し聞いてみても相変わらず聞き取れず、申し訳ないと思いながらもヘリオライトがもう一度聞き返してみれば、セルフォスの口からはとんでもない名前が出てきて。
ヘリオライトは思わず固まった。
「・・・・・・・・・・・・え?」
「・・・いい加減にしてください」
少々怒りが含まれたセルフォスの物言いに、しかしヘリオライトは呆然としたまま聞き返す。
「いや、俺の聞き間違い?」
「なんて聞こえたんですか?」
「・・・店長」
「合ってます」
「は?」
ちょっと待て。ちょっと待て。セルフォスが普段からこの店の店長でもあり、この世界の全ての竜を統べる王、セルヒを敬愛して止まないことは分かっている。分かっているぞ?
でも、それは「敬愛」しているというのであって、この日プレゼントと共に贈られる「想い」とはまた別物では・・・。
そこまで思い至った時、急にヘリオライトの中に不安がよぎった。
「セルフォス・・・。もしかしてこのイベント勘違いしてる?」
「は? 何故ですか?」
と、その時休憩室のドアが開き、いつもよりかなり早い帰宅を済ませたヴェルガが手にそれはそれは綺麗な花束を抱えて入ってきた。
「セルフォスがわたし以外の誰かに告白する前に、この花束とわたしの気持ちを届けようと思った」
そう言って花束をセルフォスに差し出す。
しかし、ヘリオライトはヴェルガの肩を哀れむように叩いて首を横に振る。
「ヴェルガ。もう遅い。セルフォスはプレゼントを渡し済みだ」
「え? 早っ、というか、じゃあわたしのこの気持ちは?」
「元からなかったことにしてみては」
セルフォスがさらっと出した提案にヘリオライトはなるほど、と軽く手のひらを打つ。
「ちょっ、待て。そこ、頷くな」
あまりにも自然な会話に流されそうになったヴェルガが慌てて止める。
そんなヴェルガをよそに、ヘリオライトはセルフォスに話しかける。
「と、言うように今日のイベントは将来恋人になって欲しい人や、すでに恋人同士になっている人達が相手にプレゼントを贈るという感じです」
「・・・・・・・・・・ええと。と、いうことは・・・」
セルフォスはしばし天井を見上げ、それから地面を見下ろす。
そして次の瞬間青ざめた顔を上げたかと思いきや急にヘリオライトに掴みかかる。
「!! な、何故そんな大事なことをもっと早く言わないんですか!!?」
「いや、そういう風に理解してくれたかと思ったけど・・・・。無理だったか」
「で? セルフォスは結局誰にプレゼントを贈ったんだい?」
ヴェルガがそう尋ねた次の瞬間、休憩室のドアが勢いよく開いて、その先には少々興奮したこの店の店長でもあり竜の王でもあるセルヒが片手にセルフォスのプレゼントを持って立っていた。ヴェルガが条件反射的に頭を垂れる。
「お、王」
セルフォスが思わず怯む。
「主の気持ち、しかと受け取ったぞ!!」
そう言うとセルヒは大股でセルフォスに近寄り、その頭をぎゅっと抱きしめる。
今更それは間違いでした、とは言えないセルフォスは心中冷や汗をかきながら、ただただ黙ってセルヒの腕に抱かれていた。
そんなセルフォスの心中を知ってか知らずか、セルヒは嬉々とした表情で嬉しそうに言葉を紡ぐ。
「全くもう主というやつは・・・なんて愛しいんじゃっ!!」
溢れんばかりのセルヒの愛をまざまざと見せ付けられて、ヘリオライトはさすがにセルフォス、いやセルヒを憐れに思い、そっとセルヒの耳元に言葉を寄せる。
「て、店長。言いにくいのですがそのプレゼントはセルフォスが少々誤解をしまして・・・」
そこまで言ったとき、セルヒが嬉しそうな顔でヘリオライトを省みる。そしてヘリオライトにだけ聞こえる声でこう言った。
「分かっておる。我はこのイベントの意味を、そしてセルフォスが誤解したであろうこともセルフォスが贈ってくれたカードに記されていた言葉で知っておる」
じゃあ、何故そんなに嬉しそうなのか。
疑問を顔に乗せてみればセルヒはにっこり笑って再びセルフォスをぎゅっと抱きしめる。
「なんて不器用なやつなんじゃ、と思っての。主の我に対する気持ちなぞとうの昔から今まではっきりと分かっておるのに、こういう機会を利用しないと形に、言葉に表せないところが、不器用で、どうしようもなくセルフォスらしくて、それが愛しいのじゃ!」
そしてセルヒはセルフォスに不器用だけど、そんなところが愛しい、と繰り返してはセルフォスを抱きしめ続けていた。
その抱きしめられているセルフォスは、と言えばヘリオライトと店長の小声の話し声は残念ながら耳に入らず、いまだ店長に誤解を与え続けているであろう自分のとった行動を反芻してみてはしきりに冷や汗をかいていた。
「主の気持ち、しかと受け取ったからな。もう離さぬぞ? さて新婚旅行はどこにする?」
冗談交じりにそう言ってみれば、腕の中で今度こそセルフォスが完全に固まった。