「我もセルフォスが向こうの大陸に帰るときに一緒に帰ろうかのう・・・」

その一言に。

薬屋の休憩室で昼食をとっていた一同の空気が止まった。

「は?」

聞き返したのはヘリオライト。

「一体何を言っているのですか?」

顔をしかめて聞き返したのはセルフォス。

「ならわたしも帰る」

同意したのは黒竜ヴェルガ。珍しく起きている。

それぞれの反応を一通り確かめた後、薬屋の店長であり、又この世界の竜を統べる王、セルヒは再び口を開いた。

「ふとそう思っただけじゃ。それでも構わんかな、と思って。もうこちらにいる義理もないしな」

さらりとした物言いにヘリオライトは慌てる。

「な、なな何言ってんですか! あるじゃないですか! 薬屋(ここ)が!!」

「だって、薬屋(ここ)、我がいなくともしっかり運営出来てるし・・・」

「じゃあ、セルフォス置いてってください」

そういいのけたヘリオライトにセルヒはちょっとむっとして言い返す。

「別に我が連れて行くわけではない。我が一緒に行くだけじゃ」

「そっか。じゃあセルフォス、店長を置いていけ」

「そんなこと言われても私が連れて行くわけではなく、王がついて来られるのですから」

「ヘリオライト、結構混乱してるよね」

セルフォスが淹れたミルクティーを飲みながら、ヴェルガがのんびり言う。

「これが、混乱せずにいられるかっ! 俺の将来がなくなるんだぞ!?」

「え? 何故?」

「だって、セルフォス俺が死ぬまでこっちの大陸にいるわけじゃないし・・・」

ヘリオライトがいじけながらそう言えばセルヒとヴェルガはそうなの? という顔でセルフォスを見た。

セルフォスは頷く。

「更にセルフォスは俺が人生で最高の幸せを感じているときに向こうの大陸に帰るとかいうし・・・」

いじいじしているヘリオライトに、セルヒとヴェルガは再びそうなの? という顔でセルフォスを見る。

セルフォスはまた頷いた。

「てことはさ、仕事も順調、私生活も、もしかしたら結婚とかして子供とか出来たりしてこれから稼ぎ時―って時に、仕事がなくなるってことだろ?」

「・・・・まあ、王が本当にセルフォスと一緒に帰ることになるならそうなるね」

しかし、同意したヴェルガにセルフォスが反論する。

「そんなことはないですよ。万が一店長がいなくなっても、貴方が貴方流でこの薬屋を経営していけば良いのです」

「てか、薬の知識そこまでないし」

「私がみっちり教えますよ」

セルフォスが言う。

「経営とかやりたくないし」

「じゃあ、新しい職業をみつけるんだね」

ヴェルガがそう言えば、ヘリオライトが唸る。

「と、言っても俺他に取り柄ないしなあ・・・・」

「そんな事はないぞ? 接客関係なぞ、主は天賦の才を持っておると我は思うぞ?」

「え? そうっすか?」

店長からの誉め言葉に思わず嬉しくなるヘリオライト。

「あ、じゃあわたしの職場とかどうかな? ヘリオライトは結構ハンサムだからすぐに人気者になれるよ?」

ヴェルガが言えば、ヘリオライトは乗り気で考えたがふとヴェルガの職業が特殊なことに気がついて慌てた。

「無理! だってお前の職業ソムリエじゃん。俺、ワインの味とか良くわかんねーもん」

「簡単だよ。わたしが教えるよ」

「てか、お前も向こうの大陸に帰るのか?」

「うん。もちろん。セルフォスが帰るならね」

「なんだよ〜。裏切り者〜」

いじけながら、ヘリオライトはきっ、と店長を睨んだ。

「店長っ! やっぱりセルフォスと一緒に向こうの大陸に帰るのやめてください!」

「そもそも、どうしてそんなことをお考えになられたのですか?」

セルフォスが至極当然な疑問を口にすれば、店長はけろっとした顔をして答える。

「セルフォスはとても興味深い緑竜じゃ。じゃから、もっと主の生態を知りたくなっての」

ということは、店長の要求はセルフォスがいなくては満たされないことになる。

そして、薬屋店長は自分の興味あることならとことん追求することは、薬屋店員なら身をもって嫌というほどしっている。

そして同時にヘリオライトはセルフォスが一度言い出したら聞かない性格というのも重々承知している。

ああ。

やっぱり転職決定か・・・。

ヘリオライトが絶望に打ちひしがれ、がっくり肩を落とした。

その肩を店長が優しく叩く。

「まあまあそう打ちひしがれるな。再就職の際は我も全力を尽くしてやるから・・・」

と、その時セルフォスが軽く首を傾げる。

「・・・王? でも私は貴方が私を不必要とするまでお傍に仕えると誓っていたはずですが・・・」

「そうじゃな」

「と、いうことは王が私を不必要としてくださらないと私は向こうの大陸に帰れないのです」

「我が主を不必要とするわけなかろう」

「そう言ってくださっている限り私はこの大陸にいないといけないことになっているのです」

「む・・・。確かにそうじゃな」

その言葉にヘリオライトの表情が明るくなる。

「え? じゃあ、セルフォスも店長も俺の定年退職まで薬屋にいてくれるってこと!?」

「いえ。私はそれはちょっと無理ですが、でも店長は分かりません」

「んー・・・。まあ、ここの大陸にいるならまあちょくちょく顔を出しても良いかのう・・・」

「でも、それって店長が向こうの大陸に行くと一言いえばもとの木阿弥だけどね」

ヴェルガのつっこみにヘリオライトがまた落ち込む。

「だから、そうならないように店長をとどめておく為に努力するのです。その方がこの店を経営するよりも遥かに楽だと思いますが」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

私も陰ながら応援しますから、と言ってくれたセルフォスには悪いが、ヴェルガとヘリオライトはそれだったら再就職の方が遥かに楽だと瞬間的に悟った。

「まあ、でも私は当分まだここにいますから」

そうセルフォスは言ってくれたものの。

 

その日から、街の求人情報誌や、資格取得情報誌などを真剣に読むヘリオライトがいた。