元気はあった。
でも調子がでなかったのだ。
いつもの調子が。
カウンターで肘をついてぼんやりと外を眺める。
自分の気持ちとは裏腹に空はとてもすがすがしかった。
雲ひとつない良い天気。
「良い天気だな〜・・・」
ぼんやり呟いてみる。
出来ればこんな日は誰にも会いたくなかった。
そんな気分じゃない。
なのにカウンター当番とは。
最悪だ。
そう思って溜息を深くつく。
今日いつも一緒に出勤しているはずの同僚は店長と一緒に薬草採集に行っている。
帰ってくるのは午後だと聞いた。
誰の助けも借りず、自分だけでこのもやもやした気持ちを整理するには、そのことはとても有難かった。
こんな自分の姿を同僚にだけは見せたくなかった。
その時店のドアが開いてヴェルガが入ってくる。
「こんにちは、ヘリオライト。・・・・・どうしたの? 元気ない?」
「ん? いや、別に? それより休まなくていいのか? ヴェルガ」
「ああ、うん・・・。休むけど・・・、その、大丈夫?」
「ああ」
ならいいけど、と言ってヴェルガは去っていった。
人に会うと気を使わなければいけない。
相手に自分の事を気遣ってもらえるのは嬉しいことだが、今回ばかりはほおって欲しかった。相手を気遣うよりも自分の事をどうにかしたかったから。
ヘリオライトは再び溜息を一つつく。
その時また店のドアが開いた。
「こんにちはっ! ヘリオライトさん! 元気にしてる?」
「・・・・メリッサ様・・・」
ヘリオライトはげんなりした。
よりにもよって一番パワーが要る相手がこんなときに来てしまうなんて・・・。
「・・・ん? どうしたの? いつもの元気がないじゃない?」
そう言って覗きこんでくるメリッサにいつもの営業スマイルで対応する。
「そんなことはないですよ」
「またまたあ〜〜強がり言っちゃって! そんな演技でこの私を騙せると思ったの?」
そう言ってメリッサはいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「悩み事があるんでしょ? 恋の悩み? 彼女となんかあった?」
「・・・生憎彼女いませんから・・・」
「うっそだあ!」
言って笑うメリッサにヘリオライトは本気で逃げたくなった。
お願いだから一人にしてくれ。
何度心の中でそう願った事か。
結局メリッサが帰ったのは15分後だった。
ヘリオライトが溜息と共に時計を見てみればもうすぐ休憩時間にさしかかるところだった。
今度は同僚か。
気が休まることも出来ず、かといって自分の気持ちの方向変換も上手く出来ないヘリオライトはどうやって同僚を上手くあしらうか、そればかりを考えながら閉店準備をした。
なんせ自分の同僚ときたら自分の事は些細なことでも気にかけたがるから。
いつもは嬉しいはずの同僚のその対応もヴェルガと、特にメリッサを対応した今となってはうっとおしく感じるだけだ。
重い足取りで休憩室に向かう。
しばらく外にいようかな。
気持ちの整理が出来てもう少し作り笑顔が上手くなってから入ろうかな。
でも、まだ同僚は帰ってきていないかもしれない。
そんなことを思って思い切って休憩室のドアを開けてみる。
「お疲れ様です。ヘリオライト」
いつも聞いている声音が返ってきた。
「ああ・・・・」
疲れた様子を前面に出してみる。
自分はこんなに疲れているんだ。
だからどうかそっとしておいてくれと願うように。
だが、同僚はそれを微塵も鼻にかけない感じでいつもと変わらない会話を始める。
「先ほど昼食が来ましたよ。お茶はいりますか?」
「・・・・ああ」
「分かりました」
少々驚きながらコンロの方に歩いていく同僚を眺める。
いや、期待をしていたわけではないが。
していたわけではないのだが。
「セルフォス?」
「はい?」
思わず声をかけてしまった自分の行動に自分が驚く。
「いや、その・・・・。店長は?」
「店長なら急用があるとの事でしたので、ここに来る途中で別れましたが・・・店長に何か用事があったのですか?」
「い、いや。別にない」
「はあ・・・」
軽く首をかしげながらセルフォスは再びお茶の準備に取り掛かる。
はて。
自分はどうしたというのだろう?
構われるとほっといて欲しいと思うし。
でも構われないとちょっとは労われ、と思ってしまう。
ヘリオライトは首を傾げる。
自分はわがままなのか?
「? 何をやっているのです?」
首を傾げるヘリオライトを覗き込みながらお茶を置くセルフォス。
「いや・・・別に。ちょっと考え事」
「はあ・・・・」
セルフォスはそれ以上聞かなかった。
二人して昼食を黙々と食べる。
だが、ヘリオライトがふとあることに気がついた。
「・・・? このお茶いい匂い」
「あ、気がつきました? 今日採ってきた薬草を煎じてみたのです」
「へえ〜」
「気分が和らぎませんか?」
「うん。言われてみれば」
落ち着く。
「ヘリオライト用です」
「は?」
信じられない一言にヘリオライトは我が耳を疑う。
「だって今日元気なかったじゃないですか」
「え? は? な、なんで? セルフォスとは朝一言二言言葉交わしただけじゃん」
「そうですよ。その時元気がなさそうにしてたから、じゃあ何か気分転換になるものを、と思ってこれを探してきたのです」
「はあ・・・」
「これで貴方の気持ちが少しでも楽になれば良いと思いまして」
少し楽になるも何も。
それを通り越して不覚にもすごく幸せな気持ちになってしまった。
「何か悩み事があったのですか?」
「ん〜。ううん、何か気分が落ち込んでただけ。でも、もう大丈夫」
セルフォスのその心遣いと。
優しい言葉のお陰で。
「ありがとな! なんか一気に元気になった」
「それは良かったです」
言って仄かに笑う同僚を見て。
こんな同僚が持てた事に今本当に感謝した。