ヘリオライトは焦っていた。
非常に焦っていた。
昼の気晴らしにたまには昼食を買いに行ってくるとセルフォスに告げ、春もうららな午後の陽気を楽しみながら近くの惣菜屋まで行って帰ってきたとき。
ドアを開けたらソファに腰掛け頭をうなだれているセルフォスが。
そして、その前にはセルフォスの顔を覗き込むようにしてしゃがんでいるヴェルガの姿が。
「ん? どうした?」
気軽に声をかけたその次の瞬間、声に反応して顔を上げたセルフォスを見て思わず買ってきた惣菜を床に落としてしまった。
「あ・・・、お帰りなさい。ヘリオライト」
少し戸惑いながら言うセルフォスの目元にはうっすらと光るものが。
よくよく見れば目も少し赤い。
ヘリオライトは硬直した。
なんせ就職してこのかた一度も同僚が泣く姿はおろか、涙すら見たことないからだ。
そして混乱した。
一体どうしたら彼を泣かせることが出来るというのだろう、そんなことが出来るのは玉ねぎぐらいじゃないか、と思っていたので。
実際玉ねぎでも彼を泣かせることは出来なかったのだが。
そんな同僚を泣かせることが万が一にでも出来るとしたら、唯一この部屋で違和感を感じる人物、ヴェルガか。
何故違和感が感じられるのかといえば、彼はこの時間に出てくることはまずないのだ。何故なら彼の帰宅はだいたい11時ごろ、それから寝るので、昼休みの半ば、12時半ともなれば、彼はちょうどノンレム睡眠真っ只中なはずなのだ。
それなのにその彼が起きているなんて。
不自然すぎる。
「ヴェルガ、お前まさか・・・」
「な、なにもしてないよわたしは! ただ起きてきたらセルフォスが泣いて」
「理由もなく泣く奴がどこにいる。考えられるとしたらお前ぐらいじゃないか」
一体どんな無理強いを強いたのか。
「あ、ひどいヘリオライト。わたしの事を信用してないね」
「この状況じゃあなあ・・・」
その時セルフォスが再びうつむいたので、今度はヴェルガとヘリオライト、二人して慌てる。
「ど、どこか痛いのか? ヴェルガに嫌なことでもされたのか?」
「だからしてないってば・・・」
半目になってヘリオライトを睨むヴェルガを軽く無視して、ヘリオライトは同僚の顔を覗き込む。
その時ヘリオライトがはっと思い立つ。
「てか、こんなときに店長きたら俺らやばいんじゃ・・・」
言って二人して青ざめる。
薬屋の店長でもあり、この世界の全ての竜を統べる王、セルヒは大のセルフォス贔屓だ。と、いうか溺愛している。
ヘリオライトなぞ、先日不本意ながらもセルフォスにちょっかいかけた結果、減給されたぐらいだ。
自分達がやったことでないにしても、とばっちりがくるのは目に見えている。
二人が慌てた矢先、原因でもある当の本人が顔を上げた。
袖で軽く涙をすくいながら、目の前で慌てている二人に顔をしかめる。
「・・・どうして私が少し泣いただけで、こうも大げさになってしまうのでしょうね。これではうかうか涙も見せてられません」
「セ、セルフォス? そ、その・・・・大丈夫なのか?」
「何がですか?」
「ええと、な、何がなんだろう? と、とりあえず何で泣いてたんだ?」
「欠伸をしただけです。昨日少し夜更かしをしてしまったもので」
二人が顔を覗き込んでくるものだから顔を上げにくかったじゃないですか、と言われ二人は肩から気が抜けた。
「ああ〜・・・」
なるほどなるほど。
「心配をおかけしてしまったようですが、悲しいからではないですよ」
なるほどなるほど。
「痛いからでもないんだな?」
「ええ」
なるほどなるほど。
「じゃあ、ヴェルガが何か無理強いしたからでもないんだな?」
ほっとしたようにヘリオライトがそう言えば、同僚はきっぱりと言い返す。
「いえ。それは涙とは関係ありませんが、ありました。抱擁してきたので蹴り返してはやりましたが」
なるほどなるほど。
・・・・・・・・・・・・。
「ヴェルガ!!!」
昼下がりの休憩室に珍しくヘリオライトの怒声が響いたという。