君に・・・

 

一年最後の月は中旬から冬休みも重なるので仕事はめまぐるしい。

食料品店はもちろん冬休みなどなく開いているが、専門店などは遅くても下旬には店を休みにしてしまう。

もちろんこの薬屋も例外ではなく、休みの前日、今年最後の仕事の日は次の日から休みというのもあって店員の一人、ヘリオライトは浮かれているのかと同僚が思いきや、意外にも落ち込んでいた。

「珍しい。どうしたのです? 明日から休みだというのに溜息ばかり」

「ん? いや。予定が思った以上に埋まらなくてさ〜。皆今年は故郷に帰るってやつが多くて」

昼休み、セルフォスの淹れてくれたお茶を飲みながらヘリオライトはもう一つ溜息をつく。

「ヘリオライトは故郷に帰らないのですか?」

「ん? だって俺ここ出身だもん。それに今年は両親旅行に行くって言ってたから実家帰っても誰もいないしな〜・・・」

そう言いながら恨みがましくセルフォスを見る。

その視線に気づいたセルフォスが半目になって答える。

「・・・・何です?」

「セルフォスはもう予定入っているんだろ?」

「ええ。まあ・・・」

セルフォスがそう言うや否やヘリオライトはいきなり座っていたソファから立ち上がり、ヴェルガの眠っている仮眠室に顔を突っ込む。

「ヴェルガ。ちょっと起きて起きて」

「・・・・ん? ヘリオライト? どうしたの?」

やや間を置いてヴェルガが眠そうな声で答えるのがセルフォスの耳に入り、セルフォスは軽く呆れる。

「ヴェルガさ、休みの予定はどうするの?」

「休み? 何の?」

「冬休み」

「ええと、そうだな。王に挨拶には行かなくてはと思うけど、実際のところうちの店あまり休みないんだ・・・」

ヴェルガはまだ眠そうだ。

「え? そうなの?」

「ん。カウントダウンパーティとかお客さんがやるからね。店の方から家族との予定がないやつはなるべく参加してくれって言われて・・・」

「いいなあ」

時間が余るほど持っているヘリオライトは心底羨ましそうに答える。

「じゃあヘリオライトも来る?」

「え? いいの?」

「もちろん。会費がちょっとかかるけどね」

「いくら?」

「結構高いボトル開ける予定だから・・・」

「いや、やっぱやめとく。高そうだもん」

「そう? 残念だな」

「うん。ごめんな。寝てるとこ起こしちゃって」

「いや。気にしないで」

お休み、と言いながらヘリオライトがゆっくりと扉を閉めて出てくる。

肩にまとう空気は仮眠室の扉を開ける前よりはるかに重く澱んでいる。

セルフォスは再びソファにヘリオライトが座るのを待ってからゆっくり口を開いた。

「時間があるなら、私と一緒に王の家に行きますか?」

「え?」

「年が明けると他の竜の者達も来ますからにぎやかですよ?」

「ん〜・・・。気持ちだけもらっとく・・・」

「そう、ですか」

少し声を落としたセルフォスの声にヘリオライトは悪かったかな、と顔を伺い見たが相変わらずの完璧なポーカーフェイスでよく分からなかった。

 

その日の午後も滞りなく仕事が終わり、じゃあまた来年という言葉と共にセルフォスと別れたヘリオライトは食材を買い込むため食料品店に向かう。

セルフォスはその後ろ姿を少しの間見つめていたが、やがてその姿に背を向けて家路に向かった。明日から全ての竜の王でもあり、薬屋の店長でもあるセルヒのところに行くのでその準備をしなくてはいけないのだ。

セルフォスは大抵冬休みの間中、セルヒのところにいる。

 

 

冷えた家に帰り、電気をつけて小声で「ただいまー・・・」と呟く。

読みかけの本や、朝慌てて脱いだ寝巻きなどが部屋の床を占領している。その間を縫いながら食材をひとまずこの部屋に唯一あるテーブルの上に置く。ビニール袋の音が響く。

上着を脱ぎながら溜息を一つ。

「気持ちは嬉しいんだけどなー・・・」

昼間の同僚の言葉を頭の中で思い出してみる。

食料品店から買ってきたお弁当をビニール袋から出してお茶を沸かす。

やかんを見つめながら一人ごちる。

「場違いじゃんか。俺なんか・・・」

竜族なんてそれこそ見目麗しい奴らばかりだ。それに、きっと人間を見下しているやつだっているはずだ。例えば、そう。白の一族のオフェリアのように。

そんな中でもりくなら喜んでいくだろう。だが生憎自分はそこまで竜好きではない。

「とりあえず、明日はゆっくり休んでのんびり掃除でもするか」

お湯をポットに注ぎながら明日の予定を組んで納得する。

 

 

休みも数日過ぎるとやることがなくなってくる。

普段仕事が忙しくてやりたくとも出来ないこともこの数日で終えてしまった。

仕方なく外にふらっと出てきたものの、案の定大抵の店は閉まっており、街は寂しかった。

ヴェルガの店の前を通ったとき、ふとヴェルガの事を思い出して薬屋の休憩室に顔を出してみたが時刻が既に夕方にさしかかっていたため、今日という特別な日のために早く出勤をしたのであろう。休憩室には誰もいなかった。

そういえば今日、カウントダウンパーティをするんだったなとふと思い返し、今からでも参加できるだろうかと気持ちをはやらせてみた。

が、すぐにその思いを打ち消した。

第一に自分は正装用の服など実家から持ってきてはいない。第二にヴェルガは高いボトルを開けると言っていた。となると金額の上限はないに等しい。参加費はこの場合あくまで「参加」するためのお金なのだ。

 

しょうがない、今日の夕飯でも買って。

特別の日なのでいつもより気持ち豪華に夕飯を作ろう。

気持ちを切り替えて食料品店の方に足を向けた。

 

「いや〜。俺って意外と料理上手いじゃん」

本を見ながら初めての品に挑戦してみたが、なかなか上手く出来た。

そして食べながら今年一年を振り返ってみる。

「う〜ん。今年も迷惑かけっぱなしだったかなあ・・・」

ここにはいない同僚の顔を思い出す。

いつも無表情なので思い出すのは容易い。

態度は冷たい。ヴェルガ相手だと更に冷たい。でも自分には・・・。

「うん。かけっぱなしだ」

どんなに気持ちが落ち込んでいてもいつも彼の温かいお茶が傍にあった。笑顔を見せない彼の代わりに彼を癒してくれた。なによりもどんなにささいなことでも彼は真剣に聞いてくれた。

「今頃楽しくやっているんだろうな〜」

テーブルに顔を突っ伏して店長の顔を思い浮かべてみる。

あんなに悪ふざけが過ぎて、顔を滅多に見せなくて、でもあんなに頼りがいのある店長は他に見たことがない。おまけに話を聞くのも上手い。

思わず笑みがヘリオライトの顔に浮かぶ。

その時。

 

コンコン。

ドアを叩く音が聞こえた。

「?」

ヘリオライトが気のせいか? と首をかしげていると再びノックの音がした。

こんな時間に。しかもこんな日に自分に用があるやつとは。

 

だって同僚は店長の家に行っている筈だし。

友人は皆実家に帰っている筈だし。

両親は旅行に行っている筈だし。

何より一番近いところにいるヴェルガはカウントダウンパーティの最中だ。

 

「ど、どちら様ですか?」

訝しがりながらヘリオライトがドアを開ける前に声をかけてみれば、返ってきたのは信じられない声。

思わずドアを勢い良く開ける。

そこに立っていたのは。

 

 

「お暇だと聞いたもので・・・」

「じゃから遊びにきたぞ! ほれ、食べ物も買ってきた」

相変わらずの無表情の同僚と、にこにこ笑顔の店長だった。

「え? え? どうして、だって・・・」

他の竜達が会いに来るんじゃなかったのか? 家にいなきゃいけなかったんじゃないのか?

「こやつが主の事をずっと気にかけておるからの、それならいっそのこと会いに行ったらどうじゃ、と思って」

「当初は私だけが来る予定でしたが、王が自分も行くと言い出して聞かなかったものですから」

「だって堅苦しい竜達の挨拶を受けている間に主らが楽しい新年会をやっていると思ったら羨ましくなっての」

いや、羨ましくって・・・・。

ヘリオライは心の中で半ば呆れ気味に突っ込んだ。

「と、いうわけで職務すっぽかし覚悟で来た我らをそろそろ部屋に招いてはもらえぬか?」

片目を軽くつぶって言ったセルヒの一言にヘリオライトは我に返り、慌てて二人を招いた。

 

「ああ。もう夕飯を食べ終わっていたのですね」

机の上を見てセルフォスは持ってきた食材をキッチンに置く。

「大丈夫じゃ。鍋じゃし、入る」

「何故王が答えるのですか」

全くだ、とヘリオライトも頷く。

頷きながら不思議と笑みが口元に広がる。

 

ああ。

あたたかい。

 

なんて

心地よいのだろう。

 

そして、楽しい。

 

 

「ちなみに何鍋?」

「・・・さあ」

セルフォスが首をかしげる。

え?

普段何事も計算尽くしのイメージがある同僚が曖昧な返事をするなんて。

「王が言った食材をそのまま買ってきたのですが、今まで見たことない組み合わせなものでなにが出来るのか私にもさっぱりなのです。ああでも鍋ですから、何かしら出来るのでしょう」

その話を聞いてヘリオライトから全身の血が引いた上に嫌な汗が背中を伝う。

「てんちょう・・・?」

以前店長セルヒの料理で酷い目に合わされたヘリオライトは確認するようにセルヒを見た。

「一度やってみたくての」

にっこり笑うセルヒ。

「何を?」

「闇鍋」

「大丈夫ですよ。ヘリオライト。今回は人間の食料品店で買ってきたものだけですから」

それを聞いてほっと息をつく。材料はセルフォスのお墨付きで人間用だし、鍋ならば店長も味の調合は出来ない。

「よし。じゃあちょっと待っていてくれ。片付けて鍋の用意する」

「じゃあ私は手伝いをします」

「じゃあ我はじっとしておる」

最後の台詞に薬屋店員二人はじとっと店長セルヒを見たが、

「なんじゃ? その方が主らは安心するじゃろう?」

確かに。

頷いたあと慌しく二人は動く。

 

 

「あ! なんで猫缶なんて入っているんだ!?」

「意外と上手いと書いてあったからじゃ」

「果物も入れてみましたよ」

「う・・・。道理で甘い皮が混じっておると・・・」

「ところで王、そんなお酒飲んでますが夜明けには帰らねばなりませんからね?」

「分かっておる」

「え? 二人とも帰っちゃうの?」

「いえ。王だけです」

「そっか」

「あ! 主め今嬉しそうな顔しおったな!? むむむ。待っておれよ? 式が終わり次第すぐにでも飛んで来てやるわ!!」

「はいはい」

「ちゃんと職務を全うしてきてくださいね」

 

待ってますから。

皆で祝いましょう。

 

新しい年が、幸せに満ちます様に!!