魔法使いセルヒの悪竜退治
昔々、とても偉大な魔法使いが深い森の中に住んでいました。
彼の名前はセルヒ。
彼は魔法で、いろいろなことが出来ました。
空を飛べたり、いろいろな動物に変身できたり、悪い怪物をやっつけたり・・・。
ある日、彼の魔法の偉大さを聞いたその国の王様が、彼をお城まで呼び寄せました。
何故ならその国では最近恐ろしく巨大で真っ黒い悪い竜が人々の住んでいる村で大暴れをして、人々がとても困っていたからです。
王様は彼に言いました。
「貴方の魔法で人々を困らせている黒竜をやっつけてはくれないか? もし貴方が竜を倒してくれたなら私の娘と結婚させよう」
その国の王女様はとても美しいことで有名でした。
彼はその申し出を喜んで受け、早速悪竜退治に行きました。
彼はいくつもの山を越え、川を渡り、深い森のなかを進んでいきました。
途中、悪い怪物たちがセルヒに襲いかかりましたが、セルヒは魔法を使って簡単に倒しました。
何日も歩いて、やっと悪竜が暴れている村に着くと、人々は皆セルヒを歓迎しました。
「勇者様がきた」
「これでもう悪竜に怯えずにすむ」
「どうか、あの竜をやっつけてください」
皆が口々に訴えているとき、遠くからずしーん、ずしーん、という音が。
皆がその音に怯えて慌てて家の中に入っていきました。
セルヒが音のした方向を見てみれば、そこには山よりも大きい大きな黒竜の姿が。
「お前がこの村の人々を苦しめている悪い竜だな」
セルヒがそう言えば、竜は頷きました。
「その通り。お前は誰だ?」
「魔法使いセルヒ。お前を倒すために来た」
「人間がおれに勝てるはずがない」
そう言って竜は大きい足を上げると、セルヒを踏み潰そうとしました。
けれど次の瞬間、セルヒの体はふわっと浮いて悪竜の顔の近くまで飛んでいました。
悪竜はセルヒを潰そうと両手で彼を捕まえようとしましたが、セルヒはひらりひらりとかわします。
とうとう竜が疲れて座り込んでしまったとき、セルヒが何か口の中で呪文を唱えると、なんと竜が地面に倒れてしまいました。
「もう悪さはしないか?」
セルヒが竜に聞けば、竜は泣きながらうなづきました。
「じゃあ、ここから離れてどこか他にいくがいい」
すると竜はおとなしく立ち上がり、翼を広げて飛んでいってしまい、その後二度とその国にあらわれることはありませんでした。
人々は大喜びでセルヒを称えました。
王様もその話を聞いておおいに喜びました。
そして、この国は平和になり、魔法使いセルヒは王女様と結婚して幸せに暮らしました。
END
「・・・・・・・・・・」
自分が家を離れる際に持ってきた、自分のお気に入りの絵本。
サラはそれを改めて読み返して、軽く首を傾げる。
今サラは縁あって、この世界の竜の王であるセルヒの家に住んでいる。
それは、彼女がまだとても幼かった頃竜を助けた、その時の約束をセルヒが叶えてくれた結果で。
約束とはその竜と一緒に住ませてもらうこと。
この家にはセルヒの他に、その時一緒だった同じ人間のルーク、それと竜の一族である千里眼を持つ為色々なものを視る事が出来るメルバ、そして彼女が助けた緑竜、セルフォスが暮らしている。
昔、自分はこの絵本がとても好きだった。
何回も何回も読み返した。
だが、今読んでみると何とも奇妙だ。
「? 何を不思議がっているんだい?」
近くで書き物をしていたルークが優しく問いかける。
ルークは竜を研究している。今は最高の竜材を見つけたので、セルヒ、メルバ、そしてセルフォスの観察と研究に飽きを見せない。
「これ、実際はどうなのかしら、と思って」
言って、絵本をかざせばルークも少し首を傾げた。
「・・・・その題材はおもしろそうだ。夕食後、セルヒ王に聞いてみよう」
「ねえ、セルヒ。これって本当?」
夕食後、暖炉の前でくつろいでいるセルヒを捕まえて、人間二人が絵本を見せながらそう聞いてみれば、
「? 何じゃ? これは?」
セルヒはそう言って絵本を興味深げ、いや、訝しげに受け取る。
セルヒのその反応に近くのテーブルでお茶の用意をしていたセルフォスとメルバも興味を持つ。メルバがそそくさと近づいてきて、セルヒの肩越しに絵本を覗く。
「何々? 何の絵本? ・・・・・「魔法使いセルヒの悪竜退治」? あ、兄様の本?」
「我は知らぬぞ? こんな本。大体悪竜とはなんじゃ?」
言いながら絵本を広げ、次の瞬間固まる。
同じく見てたメルバは興味深げにイラストを見る。
「わあ。これ兄様!? すごい! 兄様金髪だよ!? どこかの王子様みたいな格好してるよ!? セルフォスさん、おいで! 見てごらん」
面白げに手招きして呼ぶメルバに黒髪を腰までで切りそろえた優雅な竜もゆっくり近づいてくる。
ルークとサラはセルフォスがとりわけ好きだった。
自分達が命を救ったというのもあるが、とても落ち着いていて礼儀正しく顔立ちも綺麗な竜で、特に警戒心が強く、最初は全然懐かなかったものの、一度懐いた後はかなり心を開いてくれて、そこが一番かわいくて大好きだった。
「・・・・これは、黒の一族ですか?」
セルヒが開いていたのはちょうどセルヒと黒竜が戦っているところで。
「かな。私も本物は見たことないから分からないけど」
ルークがセルフォスに優しく話しかける。
その時全て読み終えたセルヒが本を閉じて、大きな溜息をついた。
様子を伺いつつサラが再度、この話本当? と尋ねれば、
「・・・・・・・」
何も答えず。しかし、ルークが
「でもこれは実際あった話を元にして作られたと聞きました」
と言えば、セルヒは、ああ、と思いだしたように頷いた。
「じゃあ、かなり昔の話じゃな。かなり脚色されておって分からんかったわ」
「実際の話を聞きたいわ」
サラがそうねだればセルヒは皆を暖炉の近くに手招きして座らせる。
「メルバは知っておるが、セルフォスやルークなどは知らなかろう。特にサラ。主には事実をしっかり教えておかんとな」
そう言ってわざとらしく迫れば、サラは嬉しそうにはしゃいで隣に座っていたセルフォスの腕に自分の両腕を絡める。
セルフォスは呆れたように笑って。
そして、セルヒの話が始まった。
「今からかなり昔の話になるが、黒竜の一頭がこっちの大陸に自力で渡ってきての。名前をゼナと言ったか。山よりはでかくなかったはずじゃ。通常黒の一族はセルフォスより小さいしの。ただ、あいつはこっちで我を見つけるために結構暴れたから、それで人々の印象が大きくなった可能性は充分にあり得る」
「でも、一般の黒の一族の者達よりは大きかったですよ?」
「うむ。確かに。大きさで言うならセルフォスぐらいかの。とにかく、そいつが我の、つまり王の座を狙いに来たのじゃ」
あの時の戦いは壮絶じゃった。そう言ってセルヒは遠い目をする。
「兄様、兄様を探している竜がいます。しかもこの竜大きいです」
メルバが水晶を通して視た黒竜は緑竜並みの大きさで、メルバは思わず息を呑む。
「今どこにおる? 人に迷惑をかけてはおらぬか?」
「いえ、それが街中で暴れてます」
「愚か者が!!」
舌打ちをしてセルヒは慌てて家を飛び出した。
「セルヒはどこだ!?」
言いながら竜は街中を突き進む。ただ歩いているだけなのだが、竜がただでさえ大きいので、翼を少し凪いだだけで家は崩壊され、歩くだけで人々は怯えて逃げ惑う。
と、その時。
「我はここじゃ! 愚か者」
竜が声をしたほうを振り返れば、足元には赤い髪をなびかせている一人の人間で。
ただ、竜にはそれがただの人間じゃないことがすぐに分かった。
「こんなところで何をやっておる!? 早う大陸に帰らぬか! 王の命令じゃ!」
声を張り上げて言えば、竜は鼻でせせら笑う。
「俺の名前はゼナ。お前のその王冠を奪いにきたものだ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・愚か者が」
セルヒが呆れたように言う。
「竜の王は力で交代されるものではないくらい主もしっておるじゃろう!?」
「だが、お前がいる限り、王座は動かない。だからお前を殺す」
「主に行く可能性は低いぞ?」
「構わない。そしたらまた新しい王を殺す。俺にはその力がある!!」
そして、翼を誇らしげに振れば、その風力でまた家が数軒吹き飛ぶ。
それを見たセルヒの中で堪忍袋の緒が切れた。
「我を狙うのは構わぬが、主のわがままで人間に迷惑をかけるでないわ!!!」
途端に熱風がゼナを襲う。
「座れ!!」
セルヒが一言叫べば、ゼナは強制的に「お座り」の体勢をとらされる。
本人が訳が分からず、ただ自分にかかってくる威圧感と強制力に必死に反発を試みる。
だが、体はぴくりとも動かず。
「全く。数年に一度は主のような愚か者が我に挑戦しにくる・・・。竜の一位の座を狙いたいならよそでやれ! 若いものは無駄に力を余らせていてどうもいかん・・・」
だが、セルヒが説教をしている間説教されている本人はといえば、セルヒの言葉を完全に無視して相変わらずもがいていた。
それを見たセルヒがまた怒り出す。
「人の話はちゃんと聞かぬか!! 伏せ!!」
言えば、今度は強制的に地べたに頭をつけさせられる。
竜達、特に順位を気にする雄にとってはこの姿勢は最大の屈辱だった。
これではセルヒに服従したのも一緒だ。
ゼナがさっきよりも激しくもがき、暴れる。
しかし体はびくとも動かない。
最終的に竜がもがき疲れ、何をやっても無駄だと、そして抵抗を止めないとセルヒの説教が止まらないと悟るまで、数時間を要した。実際ゼナが抵抗を止めておとなしくした後もセルヒの説教は止まなかったのだが。
「あれ以来、一度も来なかったな。どうじゃ? 我の武勇伝は。絵本よりずっと壮絶で勇ましいじゃろう?」
セルヒが誇らしげにそう問えば、人間二人は笑顔のまま固まって。
事実があまりにも情けなかった為に。
聞かなきゃ良かったと頭の中で酷く後悔したなんてセルヒには言えない。
というか、人々が呪文だと思っていたセルヒの言葉は只の「伏せ」だったなんて・・・。
きっと、良く聞き取れなかったんだろう。
絵本の実際の話を是非本にまとめたかったルークは、この話を聞いて、他の人間にこの絵本の真実を語るのは絶対やめよう、と心に誓った。
「ん? なんで皆固まっておるのじゃ? 何かコメントがあれば聞くぞ? ほら、ルーク事実を人間に教える為に今の話、書き留めておかなくても良いのか?」
ルークとサラが笑顔のまま引きつっているのにセルヒが気がつくのはもう少し時間を要したと言う。