本日も特に変わったこともなく、のどかな午後。

セルフォスは薬棚で薬を整理していて、ヘリオライトはカウンターで薬品の新商品の試供品を手に、その説明書を読んでいた。

そんなのどかな午後。

ばんっ!

「こんにちはー!!ねえねえ!あの人いる!?」

ドアを思いっきり開け放って入ってきた金髪美人。メリッサである。

ヘリオライトはややうんざりした様子で、でも決して営業スマイルを作る事は忘れず。

「いらっしゃいませ。メリッサ様。あの人とは?」

「あの黒髪のおにーさんの事!!あ!いたいた!おーい!」

ヘリオライトの後ろの薬棚の部屋にセルフォスを見つけ、メリッサはセルフォスに向かって大きく手を振った。

そんな大げさな態度が視界の片隅に留まったのか、(何故か防音効果もある)薬部屋にいたセルフォスはこちらに気がついた。

相変わらずのマイペースで、こちらに気づいたあともセルフォスは慌てることなく、胸元に抱え込んでいた薬を全て棚に仕舞い終ったあと、カウンターの方に顔を出した。

「こんにちはvおにーさんっvv」

「こんにちは。惚れ薬をお求めにこられたんですか?」

「ううん。違う違うー。この間言ったじゃない。いいもの持ってきてあげるって!今日はそれを持ってきたのvv」

「私に?」

「そうvほら、これ。綺麗でしょ!!きっと似合うと思うんだー。」

そう言ってメリッサが取り出したのはラメ入りの赤いリボンだった。

「これは?」

「ええ〜?リボンだよ?」

「いえ。それは分かるのですが・・・。」

「まあまあ!とりあえずそこ座って!!」

「はあ・・・。」

セルフォスは言われるがままに接客用に用意されたソファーに腰掛けた。

すると、メリッサはそのすぐ横に座り、

「いい?私がいいって言うまで絶対動かないでね?」

「はあ・・・・。」

いまだ何をされるか分からないセルフォスをよそにメリッサはセルフォスの黒髪を一束手で掬い取った。

「わ〜。何これ、すっごいサラサラじゃない!いいなあ〜。あ、ねえねえシャンプーとか何使ってるの?」

「何、と言われても。普通のですが。」

「違う!そうじゃなくてメーカーよ。メーカー!」

「そこまでこだわってませんので、覚えてません。」

「ふ〜ん。ま、いいわ。」

そんな会話をしてる最中、メリッサの指は絶え間なく、滑らかな手つきでセルフォスの髪を結っていく。

「はい!できた!」

「?」

セルフォスはいまだ何をされたのか分からない。

「ね。鏡ない?手鏡とか。」

「鏡ならそこに・・・。」

ソファーの前には全身が写る鏡がこれまた何故か置いてある。

「じゃあ、見てみてvv」

ここ、と言ってメリッサはセルフォスの手を取り、自分がさっきまで結っていた部分にセルフォスの手を触らせる。

「・・・・。」

メリッサが作ったのは三つ編み。しかも、先端にはラメ入りのリボン付。

「やっぱり似合う〜。ね!かわいいと思わない!?」

いきなり自分の方に振られて、ヘリオライトは言葉に詰まった。

「いや、その・・・。」

可愛い事にはかわいい。似合っていない・・・・・事もないのか?

しかし、本当に似合っていて可愛いかと問われれば、素直には頷けない。

「リボンは緑色の落ち着いた色のものの方が・・・。」

似合うと思う。同僚は可愛い系より綺麗系なのだ。

もちろん、常識的に考えればそんな問題ではないのだが。

「え〜?絶対赤のが似合うのにぃ!ね!おにーさん?」

セルフォスはそれに応えず、ただ編まれた三つ編みをさっきから鏡を見ながら指でなぞっていた。

「これ・・・。」

「え?」

「こんなにしっかり結ってありますが、激しい動きをしたりしても解けないものなのですか?」

「うん。下のね、リボンを解かない限りね。」

「この結い方、教えてもらえますか?」

そう言ってメリッサの方に振り向いたセルフォスの眼は心なしか輝いていたようにヘリオライトは見えた。

(何を考えてるんだ?)

「うん。いいよ。教えてあげる。」

「ありがとうございます。じゃあ・・・。」

セルフォスはそう言うと、おもむろにヘリオライトの方に歩み寄り、彼の肩を掴んだ。

「彼の髪で。」

へ?

普通自分の髪とかでなきゃ彼女の髪とかでやらないか?ふつー。

なんで俺の?

そんな心境が顔に出ていたのか、同僚は顔の表情一つ変えず、さも当たり前のように、

「前々から気になってたんですよ。貴方の髪。一つにしばってもまだ広がりがちな髪をどうにかしてまとめられないか、考えていたところなんです。この髪形なら広がりようもないですし、仕事上邪魔になることもなさそうですし、見てるこっちもすっきりした気持ちで見られます。」

(それは、裏を返すといつもうっとおしいと思っていたってことか?)

さらっとヘリオライトの心に爆弾投下した同僚を恨みがましい眼で見つつ、断る理由もないので、おとなしく実験台になってやる。

「えーと、じゃあまず髪を三つの束に櫛で分けて・・・・。」

メリッサが一つ一つセルフォスに教えていき、セルフォスはそれをヘリオライトの髪で実行する。

出来上がった自分の髪を見せられて、ヘリオライトは思った。

こいつ不器用だ。

もちろん、そんなことはないのだが初めてのせいもあってかセルフォスの編んだ三つ編みは恐ろしいくらいにガタガタだった。

「力の加減をねー、一定にしないといろんな方向に向いちゃうから。あと束の厚さが違っても見目が綺麗じゃなくなっちゃうし。」

「意外と難しいのですね。」

メリッサがいとも簡単にやってのけたので、自分も早くマスターできるだろうと思っていたセルフォスは落ち込んだ。

そんなセルフォスを慰めるように、メリッサがフォローをいれる。

「ま、まあまあ。初めてにしては上出来だよ!あとは感覚掴んでやってけばいいしさ。ほら、私の場合はおにーさんの髪で編んだじゃない?おにーさんの髪ってストレートだったから上手に編めたんだけど、こっちのおにーさんの場合は少しくせッ毛じゃない。だから上手く出来なくてもおにーさんのせいじゃないよ!」

(それは、俺のせいってことか?)

ヘリオライトの心にまたもや爆弾が投下されたのだが、そんなことには二人とも一向に気づかず。

「そうですか・・・。でも、私は出来れば彼の髪で三つ編みをしたいのです。」

「あとは、経験だよね。編みまくってればすぐに上手く編めるようになるよ。おにーさん、結構すじ、いいもの。」

「そうですか。」

「じゃあ、今度はそっちのおにーさんに合うようなリボン、もってくるね!」

そういうと、メリッサはまたね、と言って店を出て行った。

 

「さて、じゃあもう一回・・・。」

「待て。」

「はい?」

「・・・・・・・この髪、そんなにうっとおしかったか?」

「いえ。見慣れれば平気です。」

さっきと全然違う意見を発する同僚にヘリオライトは苛立ちを覚え、再度編みなおそうと試みた同僚の手から自分の髪を振り払うと、同僚を正面から見据えた。

「さっきと言ってる事が全然違うじゃないか。」

「さっき・・・?・・・・・・ああ。あれは貴方が言ってたんじゃないですか。」

「は?」

「特に暑い日とか、雨が降ってる日とかによく。「うっとおしい。いっそのことばっさり切りたい。上手くまとまらない」って。だから、どうにかしてすっきりまとめられないものかと私も頭の隅で日々考えてたんですよね。」

「そう、なの?」

呆気にとられてるヘリオライトを半ば呆れたように見ながら、

「そうです。」

忘れたんですか?と、セルフォス。

そういえば、ささいな事でも全て真剣に受け止めてくれる、そんな同僚だった。

「まあ、切らないのには何か理由がありそうですし、切りすぎて縛れなくなってもうっとおしいのは少し前の私で既に実証済ですしね。」

そう言って自分の髪を指差す。

セルフォスの髪は今はやっと縛れるくらいまでの長さに伸びた。

「髪、切らない理由、知りたい?」

「別に。」

「あ、そう。じゃあまた今度。知りたくなった時に。」

「そうですね。」

「じゃあ、三つ編み。がんばれ。」

「はい。がんばります。」

そう言ってヘリオライトは背を向けたものの、後ろでセルフォスがいつもの淡々とした顔で、でも手だけは真剣に三つ編みをしているかと思うとおかしくてたまらなかった。

それに、その行為が全て自分の為かと思うと。

「俺って愛されてるなあ。」

「誰にですか?」

「セルフォスにvv」

「・・・・・・・・・・・。」

セルフォスはしばし、手を止めて考えたあと、

「ヘリオライト。寝言は寝てから言うものですよ。」

そのしばしの間と、思いっきり哀れみを込められた口調で言われた台詞は。

ヘリオライトの心に本日最後の爆弾を落とした。