「ちょっとーー!!聞いてよぉ!」

そう言いながら、店のドアを思い切り開け放って入ってきた女性。

髪は金髪、スタイルは抜群。顔はやや勝気だがそこがまた堪らないと彼女の本質を知らない世の男性は言うだろう。

この店にはかなり似合わない女性だが、ここの常連客である。

なぜかといえば。

「また振られちゃったー!もうこれで12連敗よっ!?」

信じられる!?と言いながらカウンターにいるヘリオライトに詰め寄る。セルフォスはあいにく(幸い?)薬棚でさっき製薬会社から届いた薬の整理をしている。

女性の気迫に押されながらも、ヘリオライトは営業スマイルを欠かさず、

「それはお気の毒に。前回お買い上げいただいた惚れ薬は使用されたのですか?」

「飲用タイプのヤツでしょ?あいつったら人がせっかく作ったジュース、一口も口をつけなかったのよ!?別に毒なんか盛ってないって言ってんのに!」

(惚れ薬は盛ってあるけどな・・・)

心の中でそうツッコミを入れつつ、それでもヘリオライトはそれは残念でしたねと相槌を打つ。

「あれはでもあの薬の欠点よね〜。飲ませなきゃ効かないなんて。よほどこっちを信用してもらわなきゃムリだもの。私には合わないかも。」

一体彼女は出会ってどのくらいで惚れ薬を使用しようとしているのか。

聞いて場合によってはアドバイスという名の注意をしなくては薬自体の信用が落ちてしまうのだが、今うっかり聞いては彼女の惚れ薬を使用する対象の矛先が自分の方に向く恐れがある雰囲気を感じとってヘリオライトは何も言えないでいた。

「ね。今まで試したの以外の惚れ薬ってないの?」

何も知らない男だったらいっぺんで落とせそうな上目遣いでヘリオライトに詰め寄る。

「メリッサ様が試されてない惚れ薬ですか・・?そうですねえ・・・。」

彼女が試してない惚れ薬なんて存在しただろうか?

今までありとあらゆる惚れ薬を紹介しておきながら彼女はこのザマだ。

そろそろ問題は薬じゃなくて己自身だと気がついて欲しい。

彼女―メリッサは稀にみる美人だ。男なら外見だけで全てを許す気になってしまうくらいの。ただ、問題は中身だ。押しがとにかく強いのだ。何でも完全に自分の手の内に収まらないと気が済まない。良く言えば情熱的。ただ外見さえ良ければ中身なんて・・・の許容範囲を超えているとヘリオライトは思う。

「例えばぁ〜、お香みたいなタイプとかっ!あ!それいいんじゃないの?もしなければ作ってよ。」

「お香タイプならありますよ。」

いつの間にやら隣の部屋から出てきた同僚―セルフォスが言った。

「え?え?ホント?ほんとに?」

「はい。ただ、お香タイプは対象物が限定できませんし、効果の程も飲用タイプに比べるとやや劣ります。正確かつ確実さを追求されるならやはり飲用タイプをお薦めしますが。」

「う〜ん。でもぉ〜、今の私にとってはお香タイプの方が確実だと思うし、合ってると思うのよね。ほら、対象物が限定できないっていうけど、二人っきりなら文句はないでしょ?」

「さて。私もその惚れ薬が人間限定と聞いたことはありませんし、更に付け加えるなら貴方の指定される部屋から完全にそのお香がもれないかというとそれも保証できませんので、何とも言えませんが。何かあっても絶対こちらに責任を問わないとおっしゃられるのであれば、こちらもお譲り致しますが?」

そう淡々と言われて。

珍しくメリッサが引いた。本当に珍しくしょんぼりして、

「・・・・・じゃあ、じゃあどうしたらいいの?私。」

(おお!?)

今までそんなしおらしい台詞など一片たりとも聞いた事がなかったヘリオライトはたった今初めて同僚に尊敬の念を抱いた。

「・・・・そもそも、何が原因で貴方を振るんでしょうね。その相手は。」

セルフォスは本当に分からないというように、メリッサを見る。

「貴方はこんなに魅力的なのに。」

(ん?)

本気で言っているのか?

ヘリオライトは思わず自分の同僚を疑った。

そりゃあ魅力的さ。外見は。だけどね・・・。

そうヘリオライトが心の中でつっこんでると、今まで沈んでたメリッサの顔がだんだん明るくなってくる。

「本当に?私が?」

「ええ。性格も申し分ない。」

は?

「嬉しいわ!!だって今まで貴方みたいに正直に言ってくれる人誰一人としていなかったんだもの!!」

「じゃあ、彼らの見る目がなかったんですね。本当にもったいない。」

一体同僚の大暴走はどこまでいってしまうのだろうか・・・。ヘリオライトが視線を泳がせていると、

「ねえ!この人すっごくいい人ね!!今まであまり話した事なかったから根暗なやつ〜くらいしか思わなかった。ごめんね!でも、私貴方のことすごく好きになっちゃった!」

「え?てことはまさか・・・。次の恋愛相手はコイツ?ですか?」

ヘリオライトが恐る恐る同僚を指さすと、メリッサは笑って、

「え?まっさかあ〜!だって悪いけどタイプじゃないもの!」

おいおいおいおい本人を前にしてそんなことを言うか?

すごく傷ついただろうな、と思って同僚の顔をそっと盗み見ると相変わらずの無表情で。

「そうですね。今はそういう時期じゃないし。お互い。」

「ねーーーvv」

そういう時期って、恋愛に時期なんてあるのか?相槌打ってたけど彼女はセルフォスが言った意味をほとんど理解していないに違いない。

「とにかく、貴方は十分魅力的ですよ。惚れ薬を使わなくても黙ってれば相手の方から寄ってくるんじゃないんでしょうか?」

「ふーん。黙ってれば、ね。うん!じゃあそれ試してみる。でー、もし薬、必要ならそのとき買いに来るわ。あ、そのときは貴方にいいもの持ってきてあげる。今、貴方見てて勝手に思いついちゃったんだけど、きっと気に入ると思うから!じゃあね!ありがとっ!」

そういうとメリッサは二人に大きく手を振って店をあとにした。

それを二人して見送りながら、

「なあ。」

「なんですか?」

「なんであんな事言ったんだ?」

「何がです?」

「彼女の事、魅力的だとか、もったいないとか・・・。」

「そう思いませんか?」

「思わないから聞いてるんだけど・・。」

「ああ。じゃあ、私達と人間の感覚はやはり違うんですか。」

「え?」

「竜―私たちの間では、彼女みたいな気の強い女性は本当に魅力的なのです。それこそ雄同士で争奪戦が繰り広げられるほど。雄同士が争奪戦を繰り広げてる間、雌は何をしてると思います?」

「・・・・・高みの見物?」

「彼女まさにそのタイプでしょう?」

ヘリオライトはがっくりとうなだれた。

「私達の間ではね、それくらいの女性がちょうどいいのです。自分の子孫を守り抜いてくれるような強さを持った女性でなくては、こちらも命をかける意味がない。」

争奪戦ではね、当然死者もでるのですよ。

淡々とセルフォスは語った。

「じ、じゃあ時期って?」

「?発情期の事です。ああ。人間にはありませんでしたっけ?」

「ああ・・・・・。」

「いくら魅力的でも、時期以外に誘われては雄だって乗り気にはならないでしょう。」

考え方が、根本的に違う・・・・。

(ん?)

ちょっとまて?

この同僚は最初に何て言った?

「・・・・「やはり」?」

てことは?人間と自分との感覚が違う事を知ってて言った?

「・・・確信犯?」

そうつぶやいて自分より少し背が低い同僚の顔を見ると。

口端が少し持ち上がったような気がした。