「見つけた」

「我らが領域を侵したもの」

「その罪は死に値する!!」

 

白の一族(竜の章)

 

オフェリアに連れられて薬屋の外に出たミズキはそれからずいぶんと歩いた。

自分について来い。そう言ってオフェリアが脇目も振り返らずに黙々と歩き出してからもうかなりの距離と時間を歩いている。

そう感じたとき、オフェリアが急に立ち止まった。

「ここら辺で良いかしら」

二人はまだ森の中にいた。だが、今二人が立っている場所は他よりかは木々の少ない、少々開けた場所だ。何故、という疑問をミズキが口にする前に、ミズキの顔を見て彼の疑問を悟ったオフェリアがミズキを軽く一瞥しながらその理由を話した。

「あの店の前で問題を起こすな、と王が仰られていたので移動したまでですわ。ま、ここもそんなに悪くない場所ではないかしら。貴方が謝る場所にしては」

最後の一言にやや強さと、それから冷たさを含ませた台詞がミズキの胸に刺さった。

「さて」

そう言ってオフェリアはミズキに向き直る。

「謝っていただこうかしら? 我らが聖なる領域を侵した愚かな人間。本来ならばその罪はこういう余談を許さず死に直結するのだけれど・・・」

オフェリアがそこまで言いかけたとき、彼らを取り囲んでいた木々が急に大きくざわめきだした。と、同時にオフェリアは何者かの、しかも複数の気配が自分達を取り囲んでいることを悟った。

オフェリアから少し遅れて、だがミズキもその気配を感じ取ったとき、低い男の声が二人の耳に聞こえた。

「なれば、殺せ。それが掟だ」

はっと二人が声をするほうを振り返ってみれば、そこには一人の男が立っていた。すらりと背の高い、どこか冷たさを感じさせる容貌。髪はオフェリアと同じ色だった。一目見てミズキはこの男が白の一族であることを悟った。容貌が人間離れしているし、なにより彼から発せられる空気がオフェリアのものと酷似していたからだ。

「謝る? ただ謝るだけだと? それで、お前の罪が本当に許されると思ったのか? 愚かな人間よ」

茂みから別の男が姿を現す。

「謝るだけでその愚かな人間を許すつもりだったのか? オフェリアよ」

別の男がまた一人姿を現す。

その男達を軽く一瞥しながら、オフェリアは凛と言い返す。

「それが我らが偉大なる王の望みなれば」

その台詞に、途端に周りが一気にざわめく。

「王が掟を定めた」

また一人、男が姿を現した。

「掟では「死」だ。オフェリア」

更に一人。

「それに我らが王はその人間の「死」を我らに望まれた」

また一人増えた。そして6人の男達が声を合わせて言葉を放つ。

「我ら白の戦士隊に」

その威圧感にオフェリアは怯まず言葉を返す。

「私が言ったのは、「偉大なる」王の事」

きっぱりと言い放たれた言葉に周りがざわめく。

「「偉大なる」王の方だと!? 馬鹿な。セルヒ王がお前などに個人的に声をかけられるはずがあるまい!」

「しかも「偉大なる」王がその愚かな人間の死を望まれなかっただと!? そんなことはありえぬ!」

「だが、もしそれが本当なら・・・」

「いや。あり得ぬ! 良い! 我らは我らの任務を遂行するまで! 我らの王はその人間の死を望まれた。我らにとってはそれが真実。オフェリア。どけ」

そう言って一人が竜姿に変身し、オフェリアに牙をむく。

「頭の固い者達! 彼らが私と同じ一族なんて信じられませんわ!」

そう言ってオフェリアはミズキを自分の体で彼らから隠す。

ミズキははっとしてオフェリアの顔を見つめる。その視線に気づいたオフェリアが、だが顔は変わらず同族の方に向けたまま冷たく言葉を返す。

「下がってなさい。無力な人間よ」

次の瞬間。

竜がオフェリアの背後のミズキに向かって大きく迂回しながら牙を向いて襲ってきた。白の一族は竜の中ではそんなに大きい方には入らない。だが、一噛みで人間を容易く殺すことは出来そうな口が、牙がミズキを襲う。

ミズキは思わず目を固くつぶった。だが、オフェリアが軽く左腕を一薙ぎしたその瞬間。襲ってきた竜が見えない壁に当たったかのように弾かれ後方に跳ね飛ぶ。

周りが一気にざわめいた。

「我らに歯向かう気か? オフェリア」

「我らに背くは我らの王に背く事」

「それ以上その人間を庇うならお前は我らの敵だとみなす」

オフェリアは無言だった。それを肯定だとみなしたのか、男達は次々と竜に変身していく。

内一人が大きく口を開く。炎は出ない。だが代わりに衝撃波が二人を襲う。オフェリアがそれに対し、軽く片手で空気を押す仕草をする。と、その衝撃は二人を円形状に大きく避け、周りの木々を薙ぎ倒していく。と次の瞬間、頭上から他の竜が大きく口を開け、二人に牙を向けてきた。オフェリアが今度は手を軽く上から下に振る。と、その竜が大きく空に弾き返される。その次の瞬間、今度は別の竜が今度はミズキめがけて大きく前足を振る。思わずミズキが身をすくめた。だが、オフェリアがすばやくミズキの前に立ち、その攻撃も防ぐ。

ミズキはオフェリアのその力にただ圧巻されてた。竜6匹に対しても全然怯まず、更にそれらに対抗出来うる力を持つオフェリアに。もし、オフェリアがセルヒの言うことを聞いていなければ、ミズキなど薬屋で会った瞬間に殺されていただろう。

だが、この状況は少々不利だった。オフェリアは彼らの攻撃を防ぐのが精一杯で、彼らに攻撃出来ないでいる。このままではオフェリアの体力のみが奪われてしまう。

と、その時。

竜二匹が連携して放った衝撃波が二人を襲った。

「くっ」

オフェリアが両手で空気を押す仕草を取ったが、それでも押し返せ切れないのか次の瞬間、オフェリアがミズキと共に数メートル弾け飛ぶ。それをチャンスと見たのか他の竜達が次々と襲ってきた。オフェリアは急いで竜姿に変じそれに対抗する。だが、オフェリアが完全な防御体勢をとる前に竜達がオフェリアに噛み付く。痛みに顔をしかめながら、だがオフェリアは自分の体でミズキを覆い隠す。ミズキは慌てて他の竜達に叫ぶ。

「やめろよ!! 同じ種族だろ!? わたしの命が欲しいならくれてやるから!!」

その叫び声にオフェリアの怒声が重なる。

「そんなの許しませんわ! 貴方はこの私に謝るまで死ぬ事は許しません!」

そう言ってオフェリアはますます身を縮めてミズキを庇う。

「だって! そしたら貴方が! 貴方が!!」

ミズキが必死になってオフェリアに叫ぶ。

「黙りなさい。愚かな人間。これは貴方が招いた結果ですのよ!」

「でも! でも!!」

どうか、誰か、助けて。

この竜を助けて。

オフェリアに噛み付いた竜達は牙をオフェリアの肉に食い込ませていく。

と、次の瞬間。

空が暗くなった。するとオフェリアに噛み付いていた竜達が一気にオフェリアから離れる。

何が起きたのか。

オフェリアとミズキが周りを見渡そうとしたが、それは大きな緑の翼に阻まれた。

大きな、大きな緑の翼だった。

それが二人を庇うように包み込んでくる。

そして大きな頭がゆっくりとミズキとオフェリアの顔の傍に降りてきた。

その目はどこまでも優しく透き通っていて。

「セルフォス!!」

ミズキは思わず歓声を上げた。

そう。竜の中でも一番の大きさを誇る緑の一族であるセルフォスが二人をその大きな体で庇ったのだ。

いきなりの大きな竜の出現にさすがの6匹の白竜も怯んだ。だが、それも一瞬の事で、すぐにセルフォスに対して攻撃をしてきた。大きな衝撃がセルフォスの背中に、そして大きな翼を大きく裂く。だが、セルフォスはそこを動こうとはしなかった。

セルフォスのおかげで大きな衝撃もミズキとオフェリアにはあまり感じられなかった。セルフォスが来たなら安心だと感じたミズキはオフェリアの傷を心配して、問いかける。だが、彼女は何故か怒ってセルフォスに怒鳴りかける。

「貴方! 何ておせっかいな緑竜! おどきなさい! 私の邪魔をしないで!」

その台詞に、ミズキは思わずむかついてオフェリアに怒鳴る。

「何を言ってる!! セルフォスが来てなかったらお前は死んでいたかもしれないんだぞ!?」

その台詞にオフェリアは厳しい表情でミズキを睨む。

「貴方こそ何を言ってるの!? 向こうの大陸で一体何を学んできたの!?」

「え?」

「いい? 良くお聞きなさい! この緑竜は何も出来ないんですの! 何故かお分かり?」

「・・・・・・・?」

「緑の一族は我らのような特別な力を持たない。だから防御魔法も使えないんです! それにもし緑の一族の彼が白の一族に一撃でも攻撃を加えてごらんなさい! それはすぐに種族間の問題となって我ら一族と緑の一族の戦争へと繋がります! だから今、白の竜に攻撃が出来る者は私だけなんですわ!」

「だけど、貴方は傷が・・・」

「このままじゃ、緑の彼の方がもっと酷く傷ついてしまう!!」

オフェリアの最後の一言はほとんど叫び声に近かった。叫びながら彼女はセルフォスの翼の下で足掻いた。だがセルフォスは一歩も二人を守る事を譲ろうとしなかった。

顔はじっと平静を装って。目を静かに閉じて。

だけど、ずっと攻撃を受けていた彼の背中はすでに彼の血で真っ赤に染まっていた。

翼もところどころ裂けている。背中にも数箇所、肉さえも生々しく見えるところがあった。

だが彼は動かなかった。

「おどきなさいったら!! このままじゃ貴方が死んじゃう!!」

オフェリアは半分泣きながら激しく暴れた。

だが、セルフォスはびくともしなかった。静かに、だが力強い大きな体で変わらず二人を包み込んでいた。あまりにそこを動こうとしないセルフォスにミズキは焦って言葉をかける。

「セルフォス。お願いだ。ここからわたしを出して。わたしのせいだ。わたしが出て行けばセルフォスはそれ以上傷つかずにすむ。お願いだ。お願いだから・・・」

ミズキもセルフォスの顔に向かって懸命に訴える。

だけどセルフォスは動かなかった。

彼の背中や翼はもう見るも痛々しい無残な姿で。でも、白の一族は決して攻撃の手を休めることも、また加減をすることも決してしなかった。

彼らの望みはこの図体のみが大きい緑竜が守っている人間の死。その人間を殺すためにはこの緑竜が邪魔だ。邪魔をするものは殺すまで。だから彼らは攻撃し続けた。

最後には彼の真っ赤に染まった血の上から再び攻撃を与える為、セルフォスの血がその衝撃であたりに飛び散った。

だけど、セルフォスは決して守る手を緩めようとはしなかった。

だって知っているから。

この子を守らなければならない事を。

それは遠い日にこの子に誓った事。何があってもこの子を守り通そうと誓った事。

今、自分が守りの手を緩めればこの子が死んでしまう事を。

だから、セルフォスはじっと耐えた。

例え自分の命が尽きてもこの子を守りたいと、思ったから。

それだけを思ったから。

ミズキがついに、セルフォスの顔に寄り添って涙を流した。

「セルフォス。ごめんなさいセルフォス。わたしは・・・・。わたしはまた貴方を傷つけてる・・・。こんな事は一番望んでいなかった事なのに・・・・」

わたしが望んでいたことはセルフォスを守る事だったのに。

もう誰も彼を傷つけないようにする事だったのに!

それなのに!!

その時、白竜の3匹がまとめてセルフォスめがけて攻撃の手を下ろした。

その雰囲気を感じ取ったセルフォスがより身を硬く縮こませた。

覚悟を決めた。

だが、次の瞬間それは大きく弾かれて攻撃を加えた白竜達は全て後ろの木々に叩きつけられる。一瞬の不自然な結末に何が起きたかと残りの白竜3匹が緑竜の方を見てみれば、そこには小さな人間が一人立っていた。

その人間は全身黒ずくめで、両手には剣を持っていた。

たかが人間に? という気持ちを隠しきれない白竜3頭が再びその人間目掛けて襲い掛かる。

だが、次の瞬間にはまた弾き飛ばされていて、しかもその3匹ともすでに気を失っていた。

「王が望まれていないのでお前達を殺すことが出来ないのは非常に残念だ」

そう言い放った次の瞬間、黒ずくめの人間は残りの白竜に襲い掛かる。あっという間に2頭が魔法でもかけられたようにその場に崩れ落ちた。その目は白く剥かれていて2匹とも気絶をしていた。

目の前で起きた光景が信じられないというように、ただ立ち尽くす残りの一頭に人間が凄然とした笑みで笑いかける。

「お前が頭のようだね。お前はすぐには楽になんてしてやらないよ」

そう言うと、人間は軽々と地を蹴り残りの白竜の元に飛んでくる。

「お前達がセルフォスにやったように苦しむがいい」

そう言うと人間は再び地に降り立つ。だが、その時にはすでに数十箇所の切り傷が白竜を襲っていた。白竜の体が白から赤に染まる。

竜達の中でも特別な力を持つ白竜が、中でもより戦闘能力の高い6匹を反撃する間も与えず気を失わせるなんて。

その人間離れした行動に白竜は信じがたい気持ちを全身に表しながら尋ねた。

「お前、何者だ?」

その台詞に人間はにっこりと笑い返す。

「痛みで気を狂わせる前に知っておくがいい。わたしは」

そういうと、人間は再び白竜に向かって飛んだ。だが、その姿は白竜の元に辿り着くまでには真っ黒い、セルフォス程ではないが、だが白竜よりかは少し大きい、鋭い黒光りする鱗に、どの種族よりもはるかに鋭い牙を持った力強い黒竜に変身していて。

「黒の一族、ヴェルガ」

言い終わった次の瞬間にはヴェルガはその鋭い牙のついた口を白竜の首元狙って大きく開く。

白竜が、あまりにも有名な彼の名を聞いて、思わず自分達が彼を敵に回したことを瞬時に後悔したのと同時に、ヴェルガの牙が白竜の首にあと数センチで到達しようというとき。

「やめよ。ヴェルガ」

その静かな静止の声がヴェルガの鋭い動きを一瞬で止めた。と、同時にヴェルガと白竜が同時に頭を低く垂れる。声を発した人物は木陰からゆっくり姿を現す。髪は燃えるような赤色で、その目は緑竜の痛々しい背中を見つめていた。セルフォスは彼の声を聞いて、全身の力を緩める。それが彼の限界だった。そのままゆっくり頭を地につけ、彼は動かなくなった。

セルフォスの下からオフェリアがミズキを伴って這い出てくる。そして、他の竜と同じように深く頭を垂れた。だが、ミズキは必死にセルフォスの名前を呼んでいた。

「止めよ。ミズキ」

赤髪の人物が再び口を開く。その声は少々強張っていて、心の中の動揺を必死に隠そうとしているようだった。次に彼はヴェルガの方を向き、彼に言葉をかけた。

「ご苦労、ヴェルガ。今回は主に助けられた」

「もったいなきお言葉。王のお役に立つことがわたしの役目。少しでもこの力、偉大なる王のお役に立てて光栄です」

「いや。主がいなければセルフォスは死んでいたであろう。本当に感謝する」

それは心からの安堵を伴っていた。そして、崩れ落ちた緑竜に軽く手をかざす。すると、緑竜はあっという間に人間の姿をとった。だが、その目は閉ざされたままで、背中や腕は真っ赤な血に染まっていて、元の形を判別するのが難しい箇所も見られた。

ミズキが思わずセルフォスに駆け寄る。

次に赤髪の人物はオフェリアに向き直る。

「主もご苦労じゃった。白の一族に対抗してまで我の言葉を良く守り通そうとしてくれた」

「有難きお言葉です。我らが「偉大なる」セルヒ王よ。ですが、私は・・・・」

「分かっておる。本当に主らを守ったのは・・・」

そう言うとセルヒはセルフォスの方を痛々しく見つめる。

オフェリアは人間に変身した。そして慌てた様子でセルヒに詰め寄る。

「王、どうか顔を勝手に上げたご無礼をお許しください。私は少々ですが癒しの術を使えます。王、どうか、どうか私にあの緑の殿方の傷を癒すのを試みる事をお許しください」

彼は最後まで私を庇ってくれたから。だが、実際はオフェリアの肩や腕からも出血が見られた。しかし、オフェリアはそんなことは気にも留めていなかった。

セルヒはオフェリアに頷き、今度はセルフォスの方に歩み寄る。そして、そっとセルフォスの傍らに膝をつく。その手は彼が傷ついてない顔の部分を優しく、やさしく撫でて。だが、セルヒの顔は泣きそうだった。

「主は本当に無茶をする。本当に主は・・・」

その先は言葉にならなかった。

優しい緑竜。本当に優しい緑竜。

「主が死ぬ事は我が決して許さぬ」

低く、彼だけに伝わるように、だがとても力強くその一言を彼の耳に届けたあと、セルヒは気持ちを切り替え、最後に白竜の方に向き直る。

「主もご苦労じゃった。すまなかった。我らの行き違いで主には危うく同族殺しの罪を着せてしまうところじゃった」

「いえ・・・。我らは我らの任務を遂行したまで」

「だが、それももう終いじゃ。主らの王には今しがた話しをつけてきた。悪いが手を引いてもらえぬか?」

「・・・・・・・・・・・・。ですが、それでは我らの面子が立ちません」

「すまぬが・・・」

そう言ってセルヒは頭を下げる。

その行動にその場にいた竜達は皆あっけに取られた。王が臣下の者に頭を下げるなど。

しかもたかが人間のために。

だが、白竜の方もなかなか折れなかった。

「しかし、我らが王から受けた命令は絶対ですので」

「もう、充分じゃろう・・・。あんなに」

そう言ってセルヒはちらりとセルフォスの方を見つめる。今はオフェリアがセルフォスの治療をしている。それからセルヒはあたりを見回す。辺りの木々はセルフォスの血で赤くまだらに染まっていた。

「ですが、王。我らの目的はその緑の者を殺す事ではありませぬ。その者を傷つけたのはその者が我らの邪魔をするものですから仕方なく・・・」

その台詞にオフェリアが噛み付く。

「仕方なくですって!? 攻撃の手を一度も緩めなかったくせに! 彼を殺そうとしたくせに!!」

「仕方ない。彼は邪魔をしたのだ。目障りな、体のみが大きいだけの緑の一族」

お前がいなければ、人間を殺せたかもしれないのに。我らの任務も遂行され、誇り高く凱旋できるはずだったかもしれぬのに。

セルフォスを侮蔑の目で見る白竜に、オフェリアは強く睨みつける。

その時、突然突風がそこにいた全員を襲った。それは突風というよりも熱風に近かった。だが、一瞬の出来事だったので、どちらかは王以外の者には判断がつかず。

しかし、そこにいた者達皆が分かったことがあった。

それは自分達の周りに自分達を遠巻きに取り囲むようにして立っていた木々をほとんど消滅させたという事。そして、その突風はこの場にいる竜達の中でも一番の力を持つ王の力から発せられたということ。そして・・・

「白の。確かに彼は主らの邪魔をしたかもしれぬ。じゃが、我の前で他の種族を侮辱することは、許さぬ」

最後のセルヒの台詞と、白竜の体に圧力が急にかかってきたのは同時だった。

「・・・・!?」

何が起こったのか判らず、慌てる白竜。だが、彼の体は上からの重圧に耐えられず、彼は思わず肩膝をつく。まるで空気が急に重みを持ったようだ。

「決してな!」

王の最後の一言を発したとき、白竜に更なる重圧がかかり、彼はとうとう地面に這いつくばってしまった。

その重圧が彼らの王の力のせいだと悟ったとき、白竜にとてつもない恐怖が襲った。

彼を立ち上がらせることをさせないこの力も、さきほど森の木々をほとんど消滅させた力も、王が指一つ動かさずに全てやってのけたなら、王の力とは我らの想像のつかないほどのものなのではないだろうか。話に聞いてはいたが、初めてその力の片鱗を見せ付けられ、白竜は自分の力など全然及ばない事、更に王がその気になりさえすれば眉一つ動かさずこのまま圧迫死させることも可能だという事を悟り、思わず青ざめる。

身の危険を感じた。

「お、王よ! わ、判りました! 我らは手を引きます。我ら白竜の王も承諾したのであれば我らは帰途につく以外ありますまい!!」

その台詞を放った瞬間、息苦しいほどの重圧が一気に消滅した。

「そうか。そう言ってもらえると助かる。すまぬな。今の我はどうも動揺しておるようじゃ。余計な力を抑える事が今は何故か上手くいかぬ」

余計な力であれだけの実力の差を見せられたのではたまったものではない。

「ああ。ヴェルガよ、残りの白竜の気付けを頼む。すまぬな、白の。主の仲間に手荒な事をしてしまった事を許しておくれ。あれは、我の命令で黒のヴェルガがやったこと。今回の事、黒の一族は何も関与せぬことを理解してもらえるか?」

「も、ももちろんですとも! 我らも、その、少々行き過ぎた面がありました・・・」

王の逆鱗に触れないよう白竜は一歩ずつ後ずさりしながら、言葉を慎重に選ぶ。今彼の逆鱗に触れたなら自分は今度こそ死んでいるだろう。

他の白竜の者達が目を覚ましたのを合図に、代表の白竜は王に敬礼をし、慌てて空に舞い上がってゆく。他の白竜は何が起こったか分からないが、リーダーが飛び立ったのを見て、自分達も慌てて飛び立ってゆく。

それを見送っていたセルヒの背中にヴェルガの悲痛な叫び声が聞こえる。

「セルフォス!!」

その台詞にセルヒも慌ててセルフォスの元に駆け寄ってゆく。

オフェリアのお陰で、先ほどよりはだいぶましに感じられた。だが、オファリアは相変わらず治療を続けていて。

「傷口が深すぎて・・・多すぎて・・・血が・・・血が止まりません・・・」

涙を流しながら治療を続けるオフェリアの肩に手を置き、セルヒはそっとオフェリアをどかすと、彼はセルフォスの傍らに膝をつく。

セルフォスの背中には数十箇所の切り傷が見られ、彼の腕はかなり深く裂けていた。見ればまだ血が溢れてきている。

セルヒは着ていた上着を脱いで、それでセルフォスの傷口を包み込む。

「ヴェルガ。セルフォスを薬屋まで運べるか? 主が一番速い」

ヴェルガはすでに人型をとっていた。彼は深く頷く。

「薬屋についたらヘリオライトに一番強力な体に直接塗り込む止血剤と、消毒一式を用意してもらうのじゃ。それから、注射タイプの抗生剤と増血剤もな。主は、ヘリオライトと一緒に止血と消毒をしていておくれ。我もすぐに追いつく」

ヴェルガはもう一度深く頷くと、セルフォスを慎重に抱き上げる。王に一礼したあと、彼は一気に走り出した。

次の瞬間には彼の姿はどこにも見当たらなかった。

それを見送ったあと、セルヒは今度はオフェリアに向き直る。

「オフェリア。そなたは少し休むが良い。さっきから力を使い続けておるせいで主の力が低下しておる」

「王! ですが・・・!!」

「分かっておる。誰もそなたにセルフォスの治療を止めよとは言ってはおらぬ。だが、このまま力を使い続けておれば主の命にもかかわる。分かるであろう? 主の力が回復した際にはまた是非セルフォスの治療を頼む」

「・・・・・・・一晩お時間をくださいませ。一晩で必ず戻ってきますわ!」

そういうと、オフェリアは一礼をして、白竜に変身し、大空に飛び立つ。

最後にセルヒはミズキを見る。

「・・・何故、あの白竜達を許したんだ? あの白竜達は緑の一族のセルフォスをあんなに傷つけた! 緑の一族に攻撃されても文句は言えない! 貴方に殺されても!!」

そう言って掴み掛かってくるミズキを、店長は思いっきり殴り飛ばす。

殴られたミズキが後方に飛んで倒れる。いきなりの事でミズキはわけが分からず、ただ起き上がっても呆然としていた。まさか殴られるとは思わなかった。ミズキにしてみれば普段セルヒがとても大事にしているセルフォスをあんなに傷つけた白竜に対しての自分の憤慨の気持ちはセルヒも同じだと思っていたから。なのに。

ただ呆然としているミズキをセルヒは冷たく見下ろす。

「主の言いたいことも判る。我も「王」という立場でなければ、セルフォスをあんなに痛めつけた白竜を決して許さなかったであろうよ。そう、ただの赤竜であれば」

殺していた。あそこにいた白竜全員をセルフォスと同じ目に合わせてやりたかった。息の根を止めてやりたかった。本当は許しがたかった。

「だが、我は「王」じゃ。「王」は常に平等でなくてはならぬ。彼らは確かにやりすぎた。だが、彼らの言い分からしてみれば邪魔なのはセルフォスじゃ。セルフォスが来なければ、セルフォスもあんなに傷つかずにすんだであろう」

まるで、セルフォスの行動は無意味だというような台詞にミズキは思わずかっとなってセルヒに噛み付く。

「!! でも! セルフォスは!!」

その時、セルヒがミズキに急に掴み掛かってきた。ミズキの襟首を掴み上げ、思い切り怒鳴る。

「そうじゃ! 主を守るために来たのじゃ! 判るか!? 悪いのは誰だか!? セルフォスがあんなに傷ついたのは誰のせいか! 主に判るか!? それを踏まえた上で主に白竜を責める権利があると思うのか!?」

ミズキははっとした。愕然となる。

「竜達は誰一人として悪くない。判るか?」

白竜が怒ったのも、同族同士で争いを始めたのも、セルフォスが傷ついたのも、全ては。

瞬きすら、できなかった。

「・・・・・・・・・・」

セルヒは大きく溜息をつく。

「主をこれ以上責めることはせぬ。そんな事をしたら我がセルフォスに嫌われてしまう。それだけは絶対避けたいからの」

そう言うと、セルヒは大きな竜姿に変わり、ミズキに背中に乗るように促した。

 

 

主が死ぬ事は我が決して許さぬ。

生きよ。

お願いじゃ。

目を開けておくれ。

 

王が、嘆いてらっしゃる気がする。

私が目を覚まさないから? 

だから嘆かれているのか?

ならば私は目を覚まさなければ。

それで、王が嘆くのを止めてくださるのであれば。笑ってくださるのであれば。

目を覚まさなければ。

 

重たい瞼を何とかこじ開けてみれば、薄い明かりが目に差し込んできて。

光はそんなに強くはなかったが、久しぶりに開けた目にとっては少々眩しさを感じる。

もう少し目を開けてみる。辺りは暗かった。どうやら夜のようだ。ならばこの明かりは月明かりか。

王はどこにいられるのだろう。私が起きたことをお伝えしなければ。そして嘆くのを止めて頂かなくては。

「・・・・・・」

王、と呼ぼうとして声にならない自分の声に少々驚く。口の中がからからで上手く言葉が発せられない。

だけど、近くで何かが動いた。不運にも体が鉛のように重く、セルフォスはそちらのほうを向くのもままならなかったのだけど。

だけど。

次に視界に入ってきたのは、燃えるような赤髪と泣きそうな王の顔だった。

「セルフォス・・・・!!」

セルヒはそう言うと、セルフォスの顔を抱え込んだ。

王。私は目を覚ましましたよ?

だから嘆くのを止めてください。そんなことでは王としての示しがつきませんよ?

そう言いたかったのだけど、やはり声にならなかった。

王が自分の顔を抱え込んで自分の額に自分の額をくっつけて、だけど顔は髪に埋められてよく見えなかったけれど、王が震えた声で言った言葉だけは聞こえた。

「全く無茶をしおって!主は・・・。我を心配させるのも大概にせい・・・。このままじゃ我は心臓がいくつあっても足らぬ」

だけど。だけれども・・・・。

息が詰まる。言葉を出そうとするのに、喉が詰まって上手く言葉が出てこない。

だけど。

震える声で、なんとか言葉を搾り出した。

「良かった・・・・・!」

本当に良かった。何回もその言葉を繰り返しながら、セルヒは大きく息を吐き出す。

「主を失わずにすんだ。主が生きていてくれた」

この喜びを誰に感謝しようか。

やがて、セルフォスは自分の頬が濡れている事に気がついた。自分が泣いていないことは判っている。だから、セルフォスは言わなくては、と思った。

王、私はいつでも貴方の傍にいますよ?

だからどうか泣かないで下さい。

どうか笑ってください。

と。声に出したかったがやっぱり上手くいかなかったので、セルフォスは心の中でそう願うことにした。

誰かが、強く願えば本当に叶うと言っていたから。

だから強く願い続けた。

王が泣くのを止めるまで。

いつもどうり笑いかけてくれるまで。