それは、月初めの雨の日。
雨の日は、客も少なく、暇を持て余していたその日のカウンター当番のヘリオライトは、雑誌を読んでいた。
そこに、セルフォスが顔を出す。
月末に店卸しをやった際、全ての薬品類のチェック、数の確認等、薬品会社への注文も全て終わらせてしまったので、注文した品が届くまではセルフォスも暇を持て余していたのだ。
「ヘリオライト、今、暇ですか?」
薬品室のドアから顔だけ出したセルフォスが、そう尋ねる。
「ん。まあな。今日は雨だから客もそんなに来ないしな」
「じゃあ、少し私に付き合ってもらってもかまいませんか?」
ドアからさっきと変わらず無表情な顔だけ出したセルフォスがまた、そう尋ねる。
「? 何すんの?」
不思議に思ったヘリオライトが顔を上げてみれば。
そこには、新たに見せた片手に色付きのリボンを一本持ったセルフォスが立っていて。
「三つ編みの練習、させてください」
その言葉にヘリオライトは脱力した。
セルフォスがヘリオライトの頭を使って三つ編みの練習するのは、実はそんなに珍しくない。機会があれば、こうやってヘリオライトの髪を編んだりする。
ただ、その際に問題なのは・・・。
「ん〜・・・。まあ、暇だしな。いいぜ?」
その返事を聞いたセルフォスは早速いそいそと、イスを持ってきて、雑誌を読んでいるヘリオライトの背後に座る。
「あまり、動かないで下さいね」
背後からのその声に。
「客がこなけりゃな」
そう返事を返す頃にはすでにヘリオライトの髪には櫛が入っていた。
ヘリオライトは一つ溜息ついて、雑誌に再び眼を向ける。
そのとき。
ドアが開いた。
ヘリオライトは顔を上げたが、セルフォスは変わらず、ヘリオライトの髪に集中していた。
「いらっしゃいませ。と、これはこれは、ロバート様」
その台詞に、セルフォスの動きがわずかだが、止まった。
そして、ヘリオライトの髪は手から離さずに顔を上げ、ヘリオライトと同じように挨拶をする。
ロバートは、いつもならセルフォスの顔を見れただけで、かなり満足だったりするのだが、今回はいつもと状況が違った。
「・・・・随分、仲が良いのですね。お二人とも」
ロバート自身は冷静な気持ちで声に発したはずだったその台詞は、ヘリオライトの耳には明らかに震えて聞こえた。顔を見れば、真顔だ。にこりともしていない。
普段はこんな表立ってやらないからなー・・と思いつつ、内心かなり焦るヘリオライト。
そんなロバートの誤解を、セルフォスは、
「いえ。ヘリオライトの髪があまりにうっとおしいと思ったので、先日他のお客様から教わった「三つ編み」を、ヘリオライトの髪で実践しているだけです」
と、ケアしているのか、ただ真実を話しているのかよく分からない言葉で返す。
その台詞に。
ロバートにしてみれば、ただの言い訳にしか受け取れないのでは・・・と、かなりの動揺とともにヘリオライトがロバートを見れば、彼はそんなヘリオライトの心配とは正反対の明らかにほっとした表情を浮かべて。
「そうですか。セルフォスがそういうならそうなんですね」
貴方はいつでも真実しか言わないから。
そう言って、ロバートは微笑んだ。
ヘリオライトは、それを見て、内心、一瞬だが胸がむかっとしたが、それが何故だか分からなかった。
分からなかったが、とりあえず上客を一人失わなくても良い事に安堵した。
「でも、貴方が必要以上にそうやってめったにしないスキンシップをされていると、やはりどうも私の気持ちが落ち着きません。セルフォス」
ロバートが、遠まわしにヘリオライトから離れろ、と促している時に、またもドアが開く音が聞こえた。
しかも今度はかなり勢い良く。
この開け方は・・・と、二人が思ったのも束の間。
ヒールの音をカツカツいわせながら、勢い良くカウンターまで歩いてくる。このぶんだと、彼女の勢いに驚き、思わず脇によけてしまったロバートのことなど視界に入ってなさそうだ。
「こんにちはーー!! お兄さん達! あら。珍しいわね! 今日は二人で仲良くカウンター当番なの?」
「いらっしゃいませ! メリッサ様! お久しぶりですね」
ロバートの嫉妬に渦巻く視線から解放してくれた美女を、ヘリオライトは心から感謝した。
そのせいか、メリッサに対する態度も思わず、嬉しさがにじみ出たものになる。
メリッサは、ヘリオライトのその応対に気を良くしながら、カウンターにひじをつく。
「あら。嬉しそうじゃない。さては、セルフォスさんに髪を梳いて貰っているのが嬉しいんでしょ?」
メリッサは冗談で言ったのかもしれないが、ヘリオライトは笑えなかった。
何故って、メリッサの背後でロバートが、その台詞を聞いた瞬間、また、ただならぬオーラを放っていたのが見えたから。
ヘリオライトは笑顔を引きつらせながら、
「ご、ご冗談を。そ、そんな事より、本日は何をお買い求めで?」
その台詞に、メリッサは、視線をいまだヘリオライトの三つ編みに熱中していて自分の方を全く見ないセルフォスにやりながら。
「ん〜・・・。今日は薬を買いにきたんじゃなくて、時間ができたからヘリオライトさんの髪を編みに、と思って来たんだけど、先、越されちゃったみたいね」
セルフォスはその台詞を聞いても、相変わらずヘリオライトの髪に集中していた。
メリッサは、そんなセルフォスの態度に気分を害する事もなく、おもしろげにセルフォスの手つきを眺めていた。
「時間ができるなんて、最近では本当に珍しいですね。彼氏を放っておいても?」
その言葉を聞いた途端、メリッサがきっと、ヘリオライトを睨む。
「それがねーーっ! 聞いてよぉっ! あいつったらひどいのよ! なあ〜にが、「君は俺には眩しすぎるよ。他にもっと君に合う人が見つかるはずさ」よっ!! 許せないっ! あ〜!!思い出しただけでも、腹が立つわ! あのときのあいつ!」
・・・つまるところ、振られた、と。
でも、自分の知っている範囲内では、今回のメリッサの彼氏はかなり長く続いた方ではないか、とヘリオライトは思う。
「ねえ! どう思う!? セルフォスさん!」
すると、セルフォスは三つ編みしていた手を止め、ゆっくりとメリッサに視線を移す。
「・・・・そうですね。彼は貴方を支えきれるほどの男ではなかったのでは?」
「それは、遠まわしに彼が言ってたわよ」
すねたようにメリッサが言う。
「なら、別れて正解でしょう? 貴方を支えきれないのなら、このまま一緒にいてもその男は貴方をダメにしていくだけです。もっと懐の深い人を見つけられた方が良いですよ」
「私がむかつくのはね、あいつ、私のほかに彼女を作ってたって事実よ! だから、あんな事言って!」
メリッサは泣き出しそうだった。
「貴方の他にも、女性を?」
「そうよ」
「貴方がいるのに?」
「そう」
「本当に?」
「そうだって言ってるでしょ!?」
何回も聞くセルフォスに、メリッサは苛立ちと悔しさを露わにした。
「すみません。だって、信じられなかったものですから。貴方が近くにいればそれだけで、他の人達は誰もがうらやむぐらい貴方は素晴らしいのに、その貴方以外にも女性を作っていたなんて」
その台詞に、メリッサはきょとん、とした。そして、
「考えられませんね。その男はなんて度胸のない」
その台詞にメリッサの口元には、少しずつ笑みがこぼれてくる。
「他に女、作るぐらいよ? 度胸がある、の間違いじゃなくて?」
「貴方を支えきれる度胸がなかった証拠ですよ。情けない。そんな男、別れて正解です。いつまでも付き合っていたら、貴方がだめになってしまうところだった」
その台詞に今度こそメリッサは満面の笑みを浮かべて。
「だからあなたって大好きよ!」
と言った。
ヘリオライトは、同僚の歯の浮くような台詞にただただ感心していた。
全ての台詞はその場しのぎでもなんでもなく、本当に心から言ったことなのだろうけれど。
しかし、人間の基準に当てはめて考えて言ったわけではない事は明らかだった。
だから、あんな台詞が吐けるのだ、とヘリオライトは確信している。
メリッサと少しの付き合いでもある人間から見れば、彼女の振られる原因は明らかに彼女では・・・、と疑わざるを得ないほどな性格を彼女はしている。
その性格は、いくら彼女のスタイルが良くても、顔が綺麗で、見つめただけで何人もの男を落とす事ができても、補いきれないものだった。
「ありがとっ! お陰でなんかすっきりしたわ!」
それは良かった、とセルフォスは頷き、再びヘリオライトの髪に集中する。
ヘリオライトはメリッサの勢いで隅に追いやられてしまったロバートに改めて声をかけた。
考えてみれば、歓迎されるべき客はこちらなのだ。
嫉妬の視線が痛いからと言って、無下にするわけにはいかない。
「すみません。お待たせしました。ロバート様。で、本日は何をお求めでしょうか?」
ヘリオライトの台詞に、メリッサは自分以外にも客がいる事に初めて気がついた。
そしてそれが、いまや街で一番女性に人気のある大富豪デリ家の跡取りだと知ったとき、彼女の顔には驚きと憧れが入り交じった。
「嘘・・・。ロバートって、あの、デリ家の?」
そう言ってロバートを見つめる彼女の顔は明らかに、恋する女性のそれだった。
だが、対するロバートは、さっきの彼女と、彼女を明らかに気遣うセルフォスのやりとりを聞いていたため、彼女にあてる視線は恋敵に向けるそれ、そのものだった。
女性相手に対抗意識を燃やすなよ・・・、とこの中では限りなく常識人に一番近い思考能力を持っていると自負しているヘリオライトは心の中でつっこむ。
ロバートは、メリッサの視線を軽く避けると、再びカウンターの前に立つ。
セルフォスは変わらず、ヘリオライトの髪に集中している。
「セルフォスの用事が終わるまで、待っていても構いませんよ。私の方は、いつもと変わらず、父の処方薬ですから」
そう言って、ロバートはセルフォスの手元を見る。
三つ編みはもうすぐ完成しそうだ。
形としては、決して綺麗とは言えないが、セルフォスががんばって編んだものだというならば、自分はそれを褒め称えようとロバートが心の中で密かに決意したとき。
三回目のドアが勢い良く開いた。
「あー・・・、疲れた。ヘリオライトさん、悪いけど、また仮眠室のベッド貸してくれる?」
ドアを開けたのは、最悪なことに黒竜ヴェルガだった。
雄のくせに、同じ雄のセルフォスの「匂い」に惹かれてしまい、そのせいでセルフォスにかなり嫌われてしまっている。一時期は、あまりにもしつこい為、セルフォスに殺されかけた経歴をもつ程だ。
セルフォスはこの竜が近づくと、彼に対して辺りにかまわず物を投げつけたり、攻撃を仕掛けたりするので、見ている方も気持ちが落ち着かない。
一方のヴェルガは、なすがままだ。
こんな仕打ちを受けてはいるが、人型だとかなりの美形だ。街を歩いていれば、見惚れる女性も多いだろうと思われるような。
ヴェルガが来たとき、幸いにも、セルフォスはまだヘリオライトの三つ編みに集中していた。
そして、またヴェルガもヘリオライトの陰に隠れているセルフォスを見つけてはいなかった。
「あれ? 今日はにぎやかだね。いらっしゃいませ」
そう言って、ヴェルガは人懐こい笑顔を二人に向ける。
ロバートとメリッサは、その笑顔についつい笑顔で返す。
「やだ。私って運がいいわね。こっちの人見たことあると思ったら、今、街で一番人気のソムリエじゃない?」
メリッサがヴェルガにそう言えば、当の本人は首を軽くかしげた。
「街で一番人気かどうかは分からないけど、ソムリエはしているよ?」
それは、この店の店長でもあり、全ての竜の王でもあるセルヒが、ヴェルガのために就けた職業だ。もともと、年代物の酒に対しては、かなり目利きが良いヴェルガにとってこの職業は天職と言えよう。
ただ、ヴェルガが働いているホテルでは、レストランが深夜の二時まで開いている上に、閉店後の後片付け、品物のチェック、そしてそれが終わったあとは、大抵時計が明け方の五時を回っているので、酒を水以上に飲むこの国の人達の、朝の食卓の上を飾る酒選びをし終えてから、帰宅するのである。
これは、店長の思惑の一つだった。
職がないころのヴェルガは、大好きなセルフォスがカウンターにいるときは必ず顔を出し、セルフォスをこの上なく不機嫌にさせていた。
ところが、仕事に就くことによって、夜間勤務のヴェルガは、どうしても昼間に体を休ませておかなければ身体がもたない。
まとまった金が出来て、新しい住居を見つけるまで、店員二人の同意の下、薬屋の仮眠室のベッドをヴェルガのために使わせることは許可したが、どのみち疲れきった体ではセルフォスに手出しはできまい、と考えてのことだった。
「この人の選ぶお酒って、ちゃんとその人の嗜好に合わせて選んでくれるから、外れがないっていう噂があるんだ〜。へえ〜。雑誌で見ただけだったけど、近くで見るとすんごい美形じゃない? 背も高いし。」
メリッサがそう言って、まじまじと相手を見る。
下から上目遣いで色っぽく身体をくねらせヴェルガを見つめる彼女は、見られる相手としては、これ以上ないくらい魅力的なポーズだろう。大抵の男はこれで確実に落ちる。
メリッサにしてみれば、計算しつくされたポーズであった。
ヴェルガは、自分の目の前で魅惑的な姿勢をとるメリッサを見つめながら、
「あなたも、いい女だね」
と言った。
ヘリオライトから見れば、ヴェルガはメリッサの魅力にはまったわけではなさそうだ。
と、いうことはヴェルガもセルフォス同様、竜の観点から言っているのだろう。
セルフォスも過去に、メリッサのような女性は素晴らしいと言っていたから。
「ほんとに!? え〜。嬉しい!」
ヴェルガの言葉にメリッサは頬を赤らめ喜ぶ。
「でもぉ〜。あなた、私に興味ないでしょ。そんな感じがする」
メリッサが上目遣いで、再びそう尋ねると。
「そんなことはないよ? でも、まだ、そんな・・・、お互い知り合って間もないし。それに、さっきからわたしの神経を刺激する「匂い」を発しているのは・・・?」
そう言って、メリッサの首近くに顔を寄せる。
すん、とひと匂い嗅ぐと、
「残念ながら、あなたじゃない」
そんなヴェルガの無礼さに、見かねたロバートの手がヴェルガの肩を掴む。
「女性に対して、君の態度はあまりに失礼じゃないか? 初対面の女性に向かっていきなり、匂いを嗅いだり、あまつさえそのような言葉を」
「ロバートさん・・・」
ロバートが自分をかばってくれた事にメリッサはひどく感激した。
ヴェルガは、そんな怒りを露わにしているロバートをものともせず、ただメリッサの時と同じように、ロバートにも顔を近づけて軽く匂いをかいだ。
「う〜ん・・・。あなたも違う。おかしいな。ヘリオライトさんなわけないし、でもすごくわたし好みの「匂い」を放っている人がいるのに・・・」
その台詞に、メリッサとロバートは残った人物の方に思わず視線を向けた。
それは、ヘリオライトの後ろで三つ編みを完成させようとしている人物。
メリッサとロバートの視線の先が一致している事に気付いたヴェルガは、二人の視線を追う。その先には・・・・。
「セルフォス!!」
これ以上ないくらいの喜びを体中から滲ませて、ヴェルガはセルフォスの元に近づく。
幸いなことに、まだセルフォスは気付いていない。
「ああ。セルフォス。わたしを悩ませる唯一の者よ。今日、あなたがカウンター番だと知っていたら、仕事なんて休んだのに!」
そう言って、ヴェルガがカウンターの内側に回ったものだから、見ているロバートは気が気ではない。
セルフォスはといえば、こんな至近距離に毛嫌いするヴェルガがいるのにもかかわらず、三つ編みから視線を逸らそうとしない。
そうなのだ。
セルフォスの三つ編みをする上での問題点とは、ただ一つ。
三つ編みが完成間近になってくると、他のことに一切意識を向けなくなりがち、だという事だった。
だが、このときばかりは、注意を払っていた方が良かったかもしれない。
いや、払うべきだった。
ヴェルガにとっては、さしたる抵抗もなくセルフォスの至近距離に近づける事自体が初めてのことだったので、セルフォスの抵抗のなさに少々驚きながらも、セルフォスの肩に腕を回す。
「お、おい。セルフォス?」
いつもなら、こんなに至近距離に近づいたならば、もはや条件反射と思うぐらいの早業で、確実にヴェルガに何らかの攻撃を与えているセルフォスが、自分の背後で静かなのに対し、不気味さを覚えたヘリオライトがさりげなくヴェルガの来訪を伝えようとするが、セルフォスは無言だった。
自分の背後で何が起こっているのか見たい。でも、今振り返れば説教をくらうのは確実にヴェルガより自分だと確信しているヘリオライトは結局振り向けず。
ただただ、自分に被害が及ばない事だけを祈った。
「え〜? 何? そういう関係だったの〜?」
「あ!! セルフォスから離れろ! 馴れ馴れしい奴だな!」
ヴェルガの馴れ馴れしい行動に、メリッサとロバートがそれぞれ、好奇心と怒りを露わにする。
そんな外野は一切無視して、ヴェルガは普段セルフォスからの攻撃により阻まれていた「匂い」を存分に味わっていた。
顔を近づけ、頬をセルフォスに寄せる。
その時。
セルフォスが、ヘリオライトにリボンを結び終えた。
つまり、セルフォスの作業が完了した、と言う事だ。
「・・・終わりました。ヘリオライト。ご協力ありがとうございます。今回はいかがでしょう? 前回よりもまともになりましたか?」
作品を評価してもらおうと、ヘリオライトに尋ねるその姿は、子供が出来たての自分の作品を親にみせようという姿を彷彿させ、メリッサとロバートは微笑ましい気分になる。
だが、ヘリオライトだけは、そういう気分にはなれなかった。
なぜなら、彼は知っているからだ。
セルフォスに彼の怒りを爆発させる「爆弾」がくっついていることを。
その時、セルフォスとほとんど同じ位置に立っていて、セルフォスと同じ視線を持つ者は、セルフォスの編んだ三つ編みをその長い指でなぞりながら、セルフォスの耳元に囁く。
「綺麗に編めたね。セルフォス」
その台詞に、セルフォスは初めて自分の背後に人がいることに気がつく。
終盤、どうも肩が重いから何かかかったな、と思ってはいたのだが、まさか人がかかっていたとは。
慌てて声がした方を振り返ってみた、その時。
メリッサは思わず小さい悲鳴をあげ、口を押さえた。しかしその顔は赤らんで、好奇心があらわになっていた。
ロバートは、驚きのあまり言葉が出なかった。と、同時にかなりのショックを受けた。
ヘリオライトは、その二人の様子から後ろで起きてる状況を何とか探ろうとしたが、二人の反応があまりにも違いすぎて結局分からなかった。
後ろを振り向くことも、なんとなく怖くてできなかった。
二人の視線の先には。
互いに口が触れ合っているヴェルガとセルフォスがいた。
セルフォスは最初何が起きているか理解できなかった。
だが、相手が触れ合っている唇から、更に深い繋がりを求めてこようとしたとき、セルフォスはようやく状況が理解でき、その次の瞬間には片手で相手の髪を思いっきり引っ張り、自分から引き剥がす事に成功していた。
「いたたたたたっ!」
引き剥がし、その相手がヴェルガだと分かった途端、セルフォスは素早く椅子から立ち上がり、ヴェルガのみぞおちに蹴りを喰らわせていた。
憐れなヴェルガはそこに声もなくうずくまる事しかできず。
そのヴェルガが至近距離で変な行動を起こさないように、片足をうずくまっているヴェルガに乗せ、牽制しながらセルフォスは気持ちを落ち着かせる。
改めて視線を足元にやりながら、ふと呟く。
「・・・・・・・・・・どうしてヴェルガがここに?」
「それは、蹴る前に聞いてやれよ・・・・」
ヘリオライトは呆れ顔で、嵐の過ぎ去った背後を振り返る。
「それは、そうですね。しかし、身の危険をおおいに感じたものですから」
「う〜ん・・・」
セルフォスの足元にうずくまっているヴェルガに同情しながら、曖昧な返事を返す。
「せめて足はどけてやれよ・・・」
「・・・・そうですか?」
「うん」
「仕方ないですね・・・」
ヘリオライトの言葉に渋々足をどけるセルフォス。
そして。
「あ、すみません。ちょっとごたごたしてしまって。ええと、ロバート様はいつもの薬を処方すれば宜しかったですか?」
何事もなかったように、ロバートを迎えるセルフォスに、セルフォスの新たな一面を見たロバートは明らかに身体を強張らせ、慄きながら、振り子のようにかくかくと頭を縦にふる。
「じゃあ、ちょっとお待ち下さいね。私、調合してきますので。あ、ヘリオライト、処方書、書いておいて下さい。」
「それはいいけど、ヴェルガ大丈夫か?」
言われて、再びヴェルガに眼をやる。
セルフォスの蹴りが急所に入ったらしいヴェルガは、みぞおちを押さえながらなんとか起き上がった。
「相変わらず、きついな。セルフォス」
軽く笑いながら、セルフォスを見つめるヴェルガに、セルフォスは一瞥をくれる。
「・・・そこにいると、邪魔です。ヴェルガ」
「はい」
これ以上の攻撃は遠慮したいのだろう。
ヴェルガは素直にセルフォスに従って、部屋の脇に設置してある来客用のソファーに移動した。
「おっどろいた〜。セルフォスさんて、思ったより男らしいとこあるのね〜」
メリッサが、感心しながらセルフォスを見つめる。
「ええ。男ですから」
何を当たり前のことを・・・、といわんばかりの態度でセルフォスが見つめ返すと、メリッサはにっこり笑って。
「そうよね! じゃ、私帰るわ。セルフォスさん、その三つ編み上手に編めてるわよ。前より上達したみたい。じゃね!」
そう言うと、メリッサはさっさとドアを開けて出て行ってしまった。
ヘリオライトとロバートは、その後ろ姿を見送りながら、心の中で同時に同じ事を考えていた。
逃げたな・・・、と。
当のセルフォスと言えば、三つ編みを褒められて機嫌が良くなったらしく、少し浮かれ足で薬品室に入っていった。
残ったのは、華もない男達だが。
ヘリオライトとロバートには今後セルフォスの逆鱗に触れないように気をつけよう、とお互い誓い合い、ヴェルガは、といえば相変わらずみぞおちを手で押さえながらソファーにうずくまっていた。