君を呼ぶ声―貴方が呼ぶ声(おまけ話)
意識が戻ったその日の夜。
夢をみた。
「日曜の朝、処分しましょう」
「このまま、ここに置き続けるわけにはいかないし」
「弱っているうちに我々が死なせてやるほうが、苦しみが長続きしなくて良いんじゃないか?」
遠くで話す、人間の声。
あれは、誰の事を言っていたのか。
あのときは分からなかった。
でも、今なら分かる。
自分の事だ。
そのあとは、とても怖かった。
何十人もの人間が自分を押さえ込み、治りかけていた傷口をこじ開けていく。
暴れれば暴れるほど、押さえ込む人数は増えていって。
身体にささる凶器は増えていって。
血は溢れて。
怖かった。
でも、それ以上に悲しかった。
私は何もしない。
それだけを伝えたかった。
決して貴方達に害を加えるつもりはないよ、目で訴えてみたけどだめだった。
そうこうしているうちに痛みは増して。
自分が動けば、自分に乗っている多くの人が怪我をする。
けれど、もう身体を動かさずに我慢できる痛みではとっくになかったから。
思わず、痛みに耐えかねて体をよじらせた。
途端、多くの人間によって身体をねじ伏せられる。
どうして傷つけるの?
身体に刺さっているおおくのものを取り除いてさえしてくれれば、すぐにでも身体の力を抜くのに。
けれど、身体に刺さる凶器は増していくばかりで。
どうしよう。
どうしたら、この気持ちが伝わる?
この訴えが人間に伝わる?
私はなにも貴方達に危害を加えるつもりはないよ?
だから。
だからお願い。
この体中に突き刺さる「針」をとって。
じゃないと。
死んでしまう
はっとして目を覚ます。
額には汗がうっすらと滲んでいた。そして頬を涙が伝っていた。
知らず泣いていた。
ベッドわきの窓を覗くと、外はまだ暗闇に包まれている。
セルフォスは上体を起こして、息をはいた。
気持ちを落ち着かせようとしたが、涙は自分の意思に反して止まることをしない。
あの時の記憶はセルフォスの中に、とても深く突き刺さっていた。
「恐怖」とともに。
暗い部屋の中に一人でいると、言いようのない孤独感と恐怖感に襲われて、セルフォスは思わず膝を立てて、うずくまった。
「眠れない」
声は震えていたが、言葉を発しないと、この暗闇にのまれそうで。
のまれてしまったら、またあの悪夢を見てしまいそうで。
以前までは好きだった夜の静寂も、今はただ恐怖しか呼び覚まさなかった。
早く、朝になって欲しい。
「怖い」
震える声でそう呟く。
「怖い・・・」
膝を抱えている手を更に強く握りこむ。
いつの間にか、身体も小刻みに震えていた。
その時。
「セルフォス?」
ドアの外で、自分の名を呼ぶ声。
はっとしてドアの方を見ると、その隙間からは明かりが見えた。
声はいわずと知れた、我らが王のもので。
さっきの弱音が聞こえてしまったのだろうか?
無視するわけにはいかず、返事を返す。
すると、ドアが開いた。
光はさっきよりも強く、セルフォスの目に映って。
暗闇が怖かった、セルフォスはそれだけでほっとした。
「眠れないのか?」
そこには、片手にランタンを持った王―セルヒがいた。
セルヒはゆっくりとセルフォスの方に歩いてくる。
「いえ。大丈夫です。お気遣い有難うございます」
王に心配などかけてはいけない。
そんな気持ちから、とっさに言ってしまった言葉。
そうか、と言いながら、セルヒは更にセルフォスに近づいてきて、やがてベッドのサイドテーブルにランタンを置き、自分はベッドの端に腰掛ける。
しばらくの沈黙。
やがて。
その沈黙に耐えられなくなったセルフォスが言葉を発した。
「王は、まだ起きてらっしゃったのですか?」
「ん? ああ。今、ちと魔法の研究をしていての。没頭していたら、こんな時間になってしまった」
そう言って、苦笑い。
だけど、何故だろう。
会話をしている。それだけで、セルフォスの心はひどく落ち着いた。
たわいもない会話だが、体中を何かが満たしていく気がした。
それは、とても心地よいもので。
一人じゃないから、だろうか・・・。
ふと、そんな考えが頭をよぎったとき、セルヒの手がセルフォスの頬をなぞった。
間近で顔を覗き込まれる。
「・・・・泣いて、おったのか?」
「!!」
言い当てられて、居心地の悪さに胸が騒ぐ。
いい年した大人が、「泣く」なんて。
しかも、それを王に知られてしまうなんて。
穴があったら、今すぐにでも飛び込みたい気分だった。
思わず、顔を俯かせる。
呆れられる。そう思った。
情けない、と罵られるかとも思って固く眼をつぶったセルフォスに。
しかし、王は軽く頭を撫でた。
そして、はっとして眼を開けたセルフォスを、王は優しく両腕で包み込んだ。
セルフォスの頭上で王の声が聞こえた。
「もう大丈夫じゃ。セルフォス。何も怖がらなくても良い。ここにいれば安全じゃ」
そう言ってくれる王の優しさが、体中に染み渡って。
セルフォスの目頭が熱くなる。
「我が守る」
そうきっぱりと言われ、セルフォスはまた不覚にも泣いてしまった。
両腕を王の背中に回し、そこにあった服をきつく掴んで、ただただ涙を流した。
セルフォスが泣いている間、王―セルヒはゆっくりと背中をさすっていた。
やがて。
セルフォスが落ち着いた頃。
「さて。では、我ももう寝るとしようか」
それは、ぬくもりが離れる合図で。
一人寂しがって暗闇に怯えていたセルフォスは、思わずセルヒの背中に回していた手に無意識に力を込めてしまう。
この暗闇に置いていかないで。
一人にしないで。
側にいて。
そう心は叫ぶけれど、王に跪くべき立場の自分が、王の行動を身勝手に束縛してはいけないという理性が、次第に力を込めた手をゆるめ、王からその身を離す。
「・・・王の貴重な時間を私などの為に割いていただいたこと、深く感謝しております。お休みなさいませ」
そう言って、ゆっくり頭を垂れる。
王―セルヒは先程、セルフォスが自分を抱く手に力を込めてきたことに少々驚きを感じて目を見開いていたが、その言葉を聞き、今度は目を細めて苦笑いをした。
そして、呆れたように言葉を紡ぐ。
「・・・それは、本心からか?」
ここで、頷けば王は去っていって、自分はまたこの暗い部屋に一人残されてしまう。
だが、王を束縛する権利など、自分にありはしないのだ、とセルフォスは自分に言い聞かせる。
「・・・・・・はい」
苦渋の決断。
だが、その台詞を聞いた途端、なんと、王はまたセルフォスを抱きしめ返してきた。
そうして、セルフォスの頭をぐしゃぐしゃに撫でながら、
「主はなんて、誠実で、そして不器用なんじゃ! 仕方ない! 今夜は主の健気な態度に免じて、その意を汲んでやることにするかの!」
そう言う王はとても嬉しそうで、顔は満面の笑みをたたえていた。
まるで、何かおもしろいことでもあったかのように。
王の意が上手く汲み取れず、セルフォスは王のそんな態度にただただあせっていた。
一体、自分は王を困らせたのか、喜ばせたのか。
そう思っていると、王はそっとランタンの火を吹き消した。
そして。
「さて。寝るぞ。ちと狭いかもしれんが。ま、仕方ないじゃろ」
そういうと、王はもぞもぞとセルフォスのベッドに潜り込んでくる。
驚いたのはセルフォスの方で。
「は!? え? お、王!? こ、こちらでお休みになられるのですか?」
「そうじゃ。あ〜。今日は疲れた。もう、一歩も動きたくない気分じゃ」
そう言いながら、今度はセルフォスの身体にしがみつき、セルフォスを布団の中に引きずり込もうとする。
セルフォスは、急なことに頭が混乱しながら、しかし、王に窮屈な思いをさせてはならないと思い、ベッドから出て行こうと王の手の中で足掻いた。
だが、王の手は緩まるどころか、ますますセルフォスの身体を抱えこんできて。
結局、セルフォスは王の胸にすっぽりと抱えこまれる形になってしまった。
王はセルフォスを抱きしめながら、ゆっくり目を瞑った。
「ああ。主から発せられる「気」はなんて心地良いんじゃ。まるで、深い森の奥にいるように、とても心が安ら・・・ぐ・・・・」
最後の言葉を言い終わるか終わらないかの内に、王―セルヒの軽い寝息が、セルフォスの耳に聞こえてきた。
そんな王の寝顔を間近で見ながら、セルフォスも少し戸惑いながら、しかし、思い切って王の胸に顔を寄せてみた。
耳から聞こえるのは、定期的な心音。
そして、自分を包み込む王のぬくもり。
その、なんとも言えぬ安心感と心地よさにセルフォスの瞼も急に重くなった。
「ありがとうございます。王」
小声でそういうと、セルフォスも眼を閉じる。
もう暗闇など恐れない。
悪い夢ももう見ないだろう。
だって。
貴方がいるから。
ひとりじゃないから。