小話

 

「おはよーう」

そう言って、ヘリオライトは休憩室のドアを開ける。肩にショルダーバッグと、片手には昼御飯を注文するときに使う伝書鳥入りのカゴを持っている。

そしてもう片方には、白い紙袋。

「お早う御座います。ヘリオライト」

セルフォスは、通常ヘリオライトより若干早く出勤していて、休憩室の給湯室で紅茶を淹れるための湯を沸かしている。

ヘリオライトが出勤する頃は大抵ポットの方にすでに茶葉とお湯が入っていて蒸らされている状態で、休憩室のドアを開けると大抵程よい湿気と紅茶の良い香りが漂ってくる。

仕事開始時間は開店30分前で、まず最初の10分がミーティング、そしてあとの20分が開店準備である。

休憩室の席につく頃にはセルフォスの紅茶は大抵カップに注がれてテーブルに置かれている。

今日も、いつもと何ら変わらず。

セルフォスはヘリオライトに挨拶をしながらポットを優しく揺らし、茶葉を躍らせる。

その後、カップに紅茶を注ぐ。

ところが、今日はいつもと少し違った。

「これ、なんだと思う?」

朝、手にしてた袋をセルフォスの前にかざしながらヘリオライトが笑顔で問う。

「???」

セルフォスは首をかしげる。

中身がまったく見えない。

「当てたらあげるよ」

そういうと、紙袋をテーブルの上に置き、ヘリオライトは着ていた上着を脱いで、仕事の時いつも着ている白衣を羽織る。

「触っても?」

「あ、それはダメ。触ると分かっちゃうから。絶対」

「???」

眉根を寄せて首を大きくかしげるセルフォス。

そんな動物的な仕草にヘリオライトは思わず吹き出す。

「そんな難しいものでもないぞ?」

「的が絞れません」

「んー。じゃあ、ヒント! 匂いがするものです」

「匂い?」

そう言われてみると、紅茶の匂いに混じってほのかにおいしそうな匂いが袋から漂ってくる。

「食べ物ですか?」

そう言うと、ヘリオライトはにっこりした。

「ヒントその2! セルフォスが好きなものです。確か」

「私が好きなもの? 食べ物で? エイギル茸の生焼きですか?」

何それ

初めて聞く怪しいものに顔をしかめるヘリオライトを見て、違うのか、とちょっと残念に思ったセルフォス。

「人間が一般的に食べるも・・の・・?」

そう尋ねながら、上目遣いにおずおずとヘリオライトの顔色を伺う。

ヘリオライトは笑って

「そう」

と答えた。

「ん〜・・・。焼いた匂いがするから・・・、クッキーとか」

「あ。惜しい。お菓子じゃない」

「じゃあパン」

そうセルフォスが言うと、ヘリオライトはにっこり笑った。

「当たり〜」

「パン、ですか? 私好きだって言いましたっけ?」

嫌いよりは好きなほうだ。

だが、その程度で好物、というほどではない。

「この間、俺が買ってきた街の情報雑誌読んでて食べてみたいって言ってたじゃん」

そう言って、ヘリオライトはセルフォスの方からは白い紙袋にしか見えなかった表面をひっくりかえした。

反対側の紙袋の表面には買った店のロゴがプリントされていた。

それを見て、セルフォスがあっと声を上げる。

「そのマーク、「ロヴィン」のでは!? じゃ、じゃあもしかして中身っていうのは・・・」

「揚げあんぱん」

「本当ですか!?」

セルフォスの声に驚きと嬉しさが入り混じる。

数ある街のパン屋で、「ロヴィン」程、味にこだわっている、そして独創性に富んでいるパン屋はない。

そう雑誌に書かれていたのを、少し前、ヘリオライトから借りた雑誌を休憩時間に見ているときセルフォスが発見し、それ以来ここ数日、セルフォスの何気ない会話の端々には必ずパンの事が出た。

どうやら、その記事を見て以来、「ロヴィン」のパン屋に興味を持ち始めたらしく、暇を見ては通っているらしい。

セルフォスがその中でも特に興味を持ったのは「あんぱん」だった。

「基本的には甘いのですが、後にひく甘さではないのです。「つぶ」も「こし」もどちらも好きですが、どちらかといえば「つぶ」がいいですね」

そう語っていたのを休憩時間に聞いた記憶がヘリオライトにはあった。

その「ロヴィン」がこの度「揚げあんぱん」なるものを発売した。

揚げあんぱんとは、その名の通り、外側のパンの部分をカレーパンのように揚げてあるあんぱんのことだ。

セルフォスは当然興味を持った。

しかし、この商品なんと1日限定300個だったのだ。

これは、仕事帰りに行っても残っている確率は皆無に等しい。

「ロヴィン」はかなりの人気店だからだ。

諦めきれない気持ちを吹っ切るかのように、セルフォスはその商品が発売されてからはあまり「ロヴィン」に行かなくなった。

「売り切れました」の文字でさえ、在ったのだということが分かると欲しくて、でも手に入らない事実にいたたまれなくなるからである。

「しかも、揚げたてだぞ? すごかろう」

まるで、俺を拝めとでも言うようにふんぞり返るヘリオライトを眺めつつ、セルフォスにある疑問が湧く。

「でも、まだ「ロヴィン」は開店してませんよね? 確か開店時間はここと一緒の時間だったはず・・・」

「ああ。実はな、俺の友達があそこで働いててさ、少し融通効かせてもらったわけ」

「でも・・・、その・・・、ありがとうございます。・・・開けても?」

ヘリオライトが頷いたのでセルフォスは紙袋を開けた。

中から、揚げた匂いに混じってほのかにあんの甘い香りがする。

「なんか、嬉しいですね。こういうの。あんぱんもですけど、その、人に気にかけてもらえる事があるというのは」

セルフォスはそう言ってはにかむ。照れているのだ。

「セルフォスは今日もどうせ朝食少ししか食べてないんだろ? せっかくだからミーティングやりながらこれ、食べよう」

「そうですね」

テーブルに今日の仕事内容を書き留める為のメモ用紙と紅茶とあんぱんが置かれた。

「では、いただきます」

「どうぞ」

セルフォスがあんぱんをかじりながら、嬉しそうに眼をつぶる。

周りに花が咲いてしまいそうな雰囲気だ。

それを見て、ヘリオライトも嬉しくなる。

自分がやった行為が他人に喜ばれるというのは、これ以上ないくらい幸せな気持ちにしてくれる。

ヘリオライトもあんぱんを口に含む。

本来甘いものは苦手なのだが、このあんはさっぱりしていて、なるほど。おいしい。

「さて、では本日の仕事なんですが・・・」

一言喋っては、あんぱんを一口。

また何か喋っては紅茶を一口。そしてまたあんぱん・・・。

これでは、新たな問題が生じるのも当然だった。

 

その、新たな問題とは・・・

「はっ・・・!! 大変です! ヘリオライト! ミーティングがいつもの倍の時間かかっています!」

こんなふうにしてりゃ、当たり前だろ・・・

たった今気づいた同僚にヘリオライトがそっとツッコミをいれた。