映画「ある精肉店のはなし」を応援しています


監督の纐纈(はなぶさ)あやさんはひょんなことから旭洋酒のラベル貼アルバイトの一期生です。
彼女との出会いについては話すと長くなるので「ひょん」とだけ言っておきます。本当に「ひょん」という言葉がぴったりなので。

彼女が山梨に滞在していたのは3ヶ月位でしょうか。その後、山口県の祝島で長年原発反対行動を続けている島民の生活を撮った初監督作「祝(ほうり)の島」を完成させたのですが、それからしばらくして東日本大震災と原発事故が起きました。映画は話題になり多くの著名人や知識人に引用されるようになりましたのでご覧になった方もおいででしょう。

そして今回の「ある精肉店のはなし」が2作目です。企画の案内をいただいて真っ先に「応援する会」に入りました。長い間、何者(物)かによって、私たちの目に触れさせないように周到に覆い隠されてきた「屠畜」という人間行為。「いのちを食べていのちは生きる」という平明なコピー文は直球で私に「これを見よ」と言っているようでした。
作品を見てやはり私が見るべき映画だったと思いました。食に関わる職業の人には特に見ていただきたいと思うのですが、この映画が多くの人の支持を得るだろう理由は、食が全ての人間の生に関わるものであり、それにもかかわらず、現代人がこれを他人任せするほかないような現状に甘んじている、そのことへの危機感の高まりにあるかと思います。

私は日頃から生活の師と仰ぐ内田樹氏と纐纈さんとのアフタートークがあった正月5日に行きました。内田先生のこの映画への評価はいずれ何かの本にも収録されると思いますが、とりあえずはtwitterをご覧になってください。また文春文庫『ひとりでは生きられないのも芸のうち』には屠畜などについての人類学的考察が既に収録されていますのでどうぞお読み下さい。

トークで印象的だったのは纐纈さんがこの作品に対して、やや優等生的に、きれいにまとめすぎたのではないかという感触をもっているという告白に対して、内田先生が「別の人が撮ったら全く別のものになるのだからそれでいいんですよ」と言ったところです。お二人を少しですが知っている私にはとてもとてもよい感じでした。内田先生については法外なほどにオープンマインドで懐の深い教育者であると同時に、自らの無知を知らない知性に対しては容赦のない激辛コメンテーターであることは著作やブログを読まれた方でしたらご存知かと思います。纐纈さんについてはこのトークを聞いて過去の記憶が蘇りました。私がドキュメンタリーとかルポルタージュとかいうものについての不信感を露にしたとき、それについてほとんど反論せずににこにこしていた記憶です。(違ってたかもしれませんけど)
映画の内容については見ていただきたいので触れませんが、確かにこの作品にはそういう彼女の人となりが出ているのでしょう。人間は揺れているものだから、多分完璧な人にインタヴューされたら人は心を開きませんね。明るく優等生的でありながらいつも揺れている人、私が知っている纐纈さんはそんな人です。おそらく間違いないのは、そういう人だからこの貴重な貴重な記録を撮るという幸運に恵まれたのだし、彼女がそういう星の下に生まれたのだということです。

ある意味奇跡的な映画です。皆さんぜひ映画館に足をお運び下さい。