平成16年6月5日〜8日

NHKラジオ

宮城大学 鈴木教授

鈴木さんは宮城県生まれで「食と健康の科学」をテーマに研究を続け、今年3月まで農林水産省所管の食品総合研究所の理事長を務められました。この研究所では食品の安全性や加工技術など食品に関わる研究を幅広く行っています。現在は宮城大学の教授として研究を続けていらっしゃいます。

 

そばと健康について

 

日本人は一生の間にご飯11万杯分に相当するお米を6dも食べ、また魚は3d、肉は2.2d、野菜や果物は10d以上も食べます。タンパク質、炭水化物、脂質、これを3大栄養素といいますが、3大栄養素に換算してみますと約13dも食べていることになります。食材にはすべて水分が含まれていますし、いろんな飲料で水分を取りますのでその水分、約60dを合わせますと、日本人一人当たり一生の間に何と約70dもの食料を消化することになります。その中で私たちは1.7dの脂質、油を食べます。エネルギーとしてあるいはホルモンを作るために絶対に必要な成分です。それと、空気中にある酸素を18dも吸います。生きるために当然に必要なことです。この当たり前の命の原因で過酸化脂質あるいは活性酸素などの過酸化物ができることが分かってきました。過酸化物は少ない量であればバイキンを殺すピストルの弾の役目をしますが大量になると悪さをします。

人間の体は大人も子供も60兆個もの細胞からできています。その60兆個の細胞1つ1つに2bもの長さを持つ遺伝子が折りたたまれて入っています。当たり前のことですが細胞の壁は極めて薄く遺伝子は極めて細く出来ています。食品化学者は先ほどの過酸化物が細胞の壁や遺伝子を傷つけて老化、アレルギー、癌の原因となることを突き止めました。生きるために当たり前にしていること、すなわち、食べたり、呼吸したりしていることが死につながっていることになります。ところで、地球を覆っているオゾン層の厚さはどのくらいあるのかご存知でしょうか。地上の圧力のもとではたったの、たったの3mmと非常に薄いものなのです。フロンガスや排気ガス等によってオゾン層が壊れるのは容易に想像がつくでしょう。このオゾン層の破壊によって地上に降り注ぐ紫外線の量が増加していることはご存知でしょうが、先ほどの諸悪の根源である過酸化物の量もこの紫外線の作用で急激に増加することが分かったのです。

オーストラリアの海岸には子供向けの注意の立て看板が立っています。「日差しの強い日には長袖を着て、サングラスをかけなさい」というもので、皮膚癌を避けるためのものです。美人薄命といいますが昔ガングロだった女性もこれからが心配なところです。人間を含め動物は本能的にこの紫外線の害から身を守るために家の中に入ったり日傘を差したり化粧をしたりします。一方植物も実はこの紫外線が大嫌いなんです。でも動けませんから防御物質の傘を差して身を守っています。これがポリヘノールといわれている物です。決して赤ワインにだけに含まれているだけではありません。

 
トマトの赤い色素、これはリコペンと言います。ナスやぶどうの紫色の色素はアントシアニンと言います。たまねぎの黄色い色素はケルセチンと言います。そしてそばなどの含まれるルチンなどすべての植物が日傘に相当するポリヘノールを持っています。私たち人間の健康を守るためにはこの植物のさしている日傘を食べれば良いことになります。そばのルチンは毛細血管の壁を厚くして、強くして、柔軟にします。脳血管の障害を避ける作用があります。また、血圧や血糖値を下げる効果も報告されています。

特にヒマラヤ原産のダッタン種は普通種のそばに対して10倍以上のルチンが含まれていることが分かりました。最近では100倍も含まれていると報告もあります。信州大学の名誉教授、氏原先生はヒマラヤの山地に行きまして1000m、1500m、2000m、2500mと高度差500mごとにダッタン種の種を採取して帰国されました。私たちはルチンの含量を調べました。その結果高度の高いところほどルチンの含有量が多いことが確かめられました。紫外線の多い高地で育つそばほど日傘が必要だったわけで、いわゆる日傘効果の確かさが実証されたことにもなります。平地で育つ普通種に比べて山間地で育った普通種のそばや、もともと山地に適したダッタン種がルチンが多く含まれています。普通種に含まれるルチンはそば粉1g当たり1mg、ダッタン種では10mgから100mgも含まれますので必要量のルチンであるといわれている30ないし50mgはすぐに摂取できます。大きくて強力なルチン日傘を利用して健康を守りましょう。

ところで野菜や果物に多く含まれているビタミンCはそれ自身も高酸化作用、すなわち日傘効果を持っています。ルチンはこのビタミンCと一緒になるとさらに強力な日傘効果を持つことが分かりました。そばを食べるときのメニューとして野菜のかき揚げてんぷらやおろしそばなどがあったり、薬味にネギを使ったりしていますがビタミンCが豊富に含まれ、そばのルチンと一緒に働いて健康を守ることになるのです。そば茶として加工する場合も偏食を防いだりルチンなどの成分を安定化させるためにビタミンを加えることがありますが極めて理にかなったことです。