○なぜ「そば」は「茹でたて」でなくてはならないのか

 

    そば屋の世界は東京の従来のそば屋の他にもう一つのそば屋があった。そこには「そば釜」はなく、そばは別の場所で茹で大阪のうどんのように「玉」に取られて配達され、それを「ちゃぶちゃぶ」するだけでそばを売っていた。これは「スタンドそば」「立ち食いそば」で戦後、急速に増えた。設備投資を抑え、人件費を抑え、材料費も抑えることができた。しかし、その業界もさらに競争が激化しその中の1軒の暖簾が「三たて」を宣伝文句に使い、「茹でたて」を前面に出して差別化をはかった。店舗内にそば釜を据えたわけでなく、四角い湯沸かし器に9つから12の直径12pほどの穴を開け、ステンレスの籠を沈め、その中に「茹でていないそばを玉」を入れ、浮き上がったら一つずつ引き揚げて丼に移しますから「茹でたて」なのです。「そば玉」で配達されていた頃は、最初は箱に並べてうどんと同じでした。それから一つずつビニール袋に入れられダンボール箱詰めです。中のそばは水ごと密閉されるので、ふやけます。茹でたてにはかないません。「そばは茹でたてに限る」ことになります。

 

・しかし、「茹でたて」「打ちたて」「引きたて」の「三たて」が良いというのは、これは本当にそばに関することわざですが、そば屋のもではなく田舎で自家製のそばを打つとき営業店のように、いちいち揚げをしないで、食べる分は、一度にみんな茹でてしまいますから、あとから食べる人のところでは、団子になったり、古い粉を使うとバラバラになったり、生で置いておくと打ってから短くなったりするかです。

 

・ふつうのそば屋のそばでも、茹でたてでないそばもあります。たとえば、「もりそば」などは、絶対に茹でたてを出してはいけないのです。お客様のお口に入るまで時間がかかります。すると、まず、延びます。さらには、蒸籠からスダレごと一団となって持ち上がるし、そばがベタベタします。これが水を切っておけば、パラリとほぐれます。ただし、かけ、種物ではいけません。

 

・そばの水の切り方は、そば屋でやるのでしたら、まず、もりを1枚注文され、一緒にお酒も注文し、一杯やりながら、蒸籠のそばの水を切るのです。ただ待っているだけでなく、時折、箸で蒸籠のそばのひとっちょぼをつまみ上げて、また、スダレの上にハラリと落とし、そばをバラバラにしておきます。そしていいかげん表面が乾いてきたら「もりをもう一枚」と頼みます。もう一枚、水がしたたるようなそばが来たところで、両方を食べ比べします。水を切っているうちにちぢれてくるようなそばは、「パーマネントそば」といい「ズル玉」です。みずみずしいそばを食べさせてしまおうとするのですが、だいたい、茹でたてはそばの表面が水に覆われていますので、味がするのは水の味だけです。ですから水が良くないと美味しくないのでしょう。

 

・どうも、最近では、食べ物を口からではなく、目と耳でメシャがる方が多数派のような気がします。「目と耳はタダだが口は高いなり」という川柳は芭蕉の「目に青葉山ほととぎす初鰹」の句の「本句取り」です。