5月18日

空間の実践:ロバート・モリス(1)


美術における空間の問題を考える際に出発点となるのは、一九六五年のロバート・モ リスの非常によく知られた作品「無題(鏡の立体)Untitled (Mirrored Cube)」であ る。ミニマリズムの代表的な作家であるモリスを、これまで述べてきた民族誌的転回 のひとつの兆候的起源として取り上げることに違和感のある人もあるかもしれない。 「ミニマリズム」といえば、抽象的・概念的・機械的なほとんど工業製品と見まがう ような冷たい作品を連想するだろうし、それに対して「民族誌的」というときに素朴 に連想されるのは、人種やエスニシティ、政治的アジェンダを表象=代弁的(リプリ ゼンテーショナル)に表す表現的(エクスプレッシヴ)な熱い作品である。確かに フォスターが「民族誌家としてのアーティスト」で批判しているのも九〇年代のマル チカルチュラリズム以降に登場したある美術の表象=代弁的傾向である。  しかし、八〇年代の民族誌的な転回が実はむしろ表象=代弁に対する批判としてな されていたことに注意を払うべきである。それは、「表現」という神話を核とする表 象=代弁という構造そのものを批判しようとしたのだった。たとえば、音楽シーンに おいて民族誌的展開はヒップホップ、ラップ、ハウスミュージックという八〇年代以 降のブラック・ミュージックの発展に対応していたことを想起しなければならない。 とりわけハウスミュージックに見られるデジタル・テクノロジーの多用、サンプリン グによる過去の作品のおびただしい引用、そして非人間的で機会的な反復は絵画と平 行して現れた音楽におけるミニマリズムから大きな影響を受けている。ミニマリズム を後期資本主義美術館の文化的論理として、その近年の歴史化・スペクタクル化を批 判したのはロザリンド・クラウスだが、その批判をまぜっかえせば、そもそもブラッ ク・ミュージックも奴隷制から工業化・情報化にいたるテクノロジーの徹底的な支配 の論理の外部ではなく、まさにその中心から登場したのだ。 したがって、八〇年代のヒップホップ文化の視覚化であるいわゆるグラフィティアー トも、そこにある匿名性と一時性に注目すると、古典的な西洋絵画の有名性と永続性 を基盤とする自己表出とは明らかに一線を画している。それは、単純に西洋的な意味 での素朴な自我の噴出ではないのだ。ジャン=ミシェル・バスキアやキース・へリン グなどハウスミュージックの登場に対応するグラフィティアートの作品は、その当時 のジュリアン・シュナーベルなどの新表現主義と区別されるべきであるが、それはこ の匿名性とサンプリング、そして反復性という特徴によってである。それはあえてこ じつければミニマリズムと抽象表現主義との間に引かれるべき区分でもある。 西洋的なものに抽象性や理念、非西洋的なものに具体性や身体を押し付けるのはそれ 自体ひとつの権力的な概念操作なのだ。むしろミニマリズムのように一見極端に西洋 的に見えるものの中に、非西洋的な動向の起源を見出して、解放していく必要があ る。むしろここで問われるべきなのは、理性(概念)/自然(表現)、西洋/非西洋 という素朴な二分論なのだから。 とはいえ、モリスを民族誌家的なアーティストのひとつの起源として取り上げるの は、ある観点からはそれほど意外なことではないかもしれない。なにより彼がクロー ド・レヴィ=ストロースによってもたらされた構造主義的転回とパラレルなものとし て自分の作品を位 置づけていたことは、よく知られている。構造主義的転回は、精神 分析や哲学と並んで文化人類学のフィールドをひとつのモデルとして広がったのであ るが、ミニマリズムの動向もその枠外ではなかった。ここではこの問題にあまり触れ る余裕がないが、彼が美術作品を唯一無二の作品ではなく、むしろ美術以外の作品と の関係性の中に位置づけようとするその試みには、ある種の構造主義的な枠組みをみ ることができる。 ところで、モリスが、自分の作品をどのように考えていたのだろうか。たとえば、そ れは一九六六年に『アートフォーラム』誌に発表された『彫刻に関するノート:パー ト2』で引用しているトニー・スミスに対する質問の中に見ることができる。これは 6フィートの鋼鉄の箱に対する質問である。 Q.どうして、観察者(observer)を圧倒するような大きな作品を作らなかったので すか? A.私はモニュメントを作っているわけではない。 Q.では、どうして観察者が上面を見ることができるように小さな作品を作らなかっ たのですか? A.私はオブジェを作っているわけではない。 モリスはこの批評によってなによりも批判しようとしているのは、三次元の物質性を 二次元の絵画という表面の中に閉じ込めようとするキュビズム的な美学であり、それ に対して彫刻の可能性を探ることだった。しかし、それだけではない。彼は同時に美 術における伝統的な彫刻となんとか決別しようとしている。伝統的な彫刻作品は、美 術館やギャラリーの空間に絵画と同じように展示されるオブジェである。それは、そ こで意味が完結しており存在感が際立てば際立つほど美術作品として優れたものであ とされる。それに対してモリスが提示しようとしているのはそのまったく逆のベクト ルを持った作品、究極的には「空虚(empty)」なものとしてしか知覚されないような 物質である。それは、意味を過剰にはらむのではなく、一切の解読を拒絶しているよ うな意味のゼロを示すような物質そのものあり方を追求しているのだ。  「無題:鏡の立体」は、彼がニューヨークのグリーン・ギャラリーで一九六五年に 行った二度目の個展で発表された。展覧会は、二五センチ角の鏡面でできた四つの立 方体からなる。作品は床の上にじかに置かれている。このいささかぶっきらぼうに展 示された「無題」を前にして、観察者はいささか途方にくれてしまう。作品を見たと きに最初に目にするのは、作品ではなく、鏡に映った白い壁であり、木製の床であ る。そして、作品に近づくとそこに映し出された自分自身の姿を作品の中に見ること になる。意味をはぎ取られたものは、観察者の身体やギャラリーの空間の関係性の中 で意味を生成していくのだ。「それは身体と格闘する。そのオブジェが自らの重要性 の中に後退していくのがその概念である。オブジェと身体、空間と経験の時間を含み こむ複雑な経験に関与するのだ。それは、こうしたすべての事物の中に閉じ込められ るのである」とモリスは言う。  この作品は、やはり一九六四年にグリーン・ギャラリーで行われた最初の個展の延 長線上として理解できる。この最初の個展でモリスは、通 常の彫刻のサイズではあり えない大きな作品をギャラリー空間に展示した。この作品を見るために、観察者は自 分の体の位置を考えなければならない。いやおうなしに自分自身と彫刻との距離や関 係性について自覚的にならざるをえない仕組みになっているのである。そしてそのこ とによって、通常は作品の背景として後退していたギャラリーの壁や床、天井などの 空間を作品の一部に組み込んだのである。「無題:鏡の立体」は、六四年の試みを いっそうラディカルに発展させ、彫刻を鏡の中に融解させたものとして考えられる。  (この項続く)