5月9日

反戦運動と反グローバリゼーション


いかん、いかん。あっというまに日がたってしまう。5月5日はマリファナ解禁の集 会に行ってそれをネタに書こうと思っていたら、行っていたらすでに終わっていてた んに散歩をして帰ってきてしまった。6日は藤幡正樹さんがエセックスのプロジェク トで来ていて、その関係でロンドンで会って、8日に結局その藤幡さんのエセックス のワークショップに行ってしまった。その後、ぼくがカタログに論考を書いている イースト・ロンドンのナナリー・ギャラリーで「Don’t Look Down」展のギャラリー ・トークで話をしにいって、また一日がすぎてしまった。藤幡さんのプロジェクトは GPSとビデオを使ってある種のインタラクティブ・マップをつくるもので、RE/MAPと もすごくリンクしているのでまたあとで触れるつもり。エセックスではハーウッドの グラハムと松子さんに会って、新しいプロジェクトを聞いたけどこれもやや空間やあ る種の地図に関係している。これはまだ秘密。 で、さぼってばかりで、とはいえ、だれも読んでいないしまったく気にしていないよ うな気もするが、もともと読まれていないものを理由もなくがんばって書くという永 劫回帰的コンセプトだし、とりあえず、何か書いていることを示すために今ある雑誌 のために書きかけの原稿を、ほとんど脈絡なく今日はだします。完成稿をだすと著作 権の問題もあるような気がするし、まあ途中までのラフ原稿で興味をもったひとはあ とで正式なものをみてください。ネットや美術館の展示はプロセスをだすことに意味 があると思っているので。 以下、突然「イラク戦争とグローバリゼーション」について。バウムガルテンについ ては明日書く。必ず。 【二一世紀の帝国主義戦争】 四月になるとサンフランシスコのベクテル社の入口にはバリケードが築かれた。反戦 グループによる抗議運動である。ベクテルは英仏トンネルの工事やチェルノブイリ事 故の事後処理などを受注したことで知られるアメリカでも屈指の建設会社である。  なぜ、ベクテルなのか? 反対運動は、ベクテル社がイラク戦争後にアメリカが主 導するイラク再建事業の有力企業のひとつであるために起こったのだった。バリケー ドによる抗議運動が高まる中で、四月一八日付の地元「サンノゼ・マーキュリー」紙 はベクテルが、イラク復興計画に伴いUSAid (US Agency for international development)から、六億八千万ドルの事業を受注したことを報じた。フセインの像が 倒される様子をテレビメディアが伝えてからまだ一〇日も経っておらず、まだイラク 内では戦闘が続いている最中での報道である。アメリカはまだ正式に戦争終結宣言を していない。 報道によれば、事業内容には港湾復興のほか、道路、学校、水道、病院など生活のイ ンフラストラクチャーすべてにわたる再建事業が広範囲に含まれている。USAidが今 回の再建事業のために予算化した金額は約二五億ドル、これから約一年半の間にイラ ク再建のために投入する予算だけでも約十一億ドルといわれている。今回ベクテルが 受注する事業予算はその中では最大のもののひとつである。『ENR (Engineering-News Record)』のワシントン特派員のシェリー・ウインストンはこ のニュースに対して「これこそ建設業界が待ち望んでいた最大のものだ。建設業界に 多くの事業と資金、そして仕事がくることになる」と決定を歓迎したコメントした。 この早急にすぎるように思える復興事業の発注は、しかし特別 なものではない。戦争 開始直後から、ブッシュ政権は共和党およびブッシュ個人に近しい企業だけを対象に さまざまな戦後事業の入札に参加させ、すでに事業の発注を行っている。入札参加企 業の選定は、きわめて不明朗な形で密室の中で行われている。とはいえ、はっきりし ているのは、入札に参加している企業はどれもブッシュ政権に近い元政治家やペンダ ゴン出身者を要職に置き、選挙のときに共和党に対し相当の献金をしていることであ る。ベクテルもレーガン、ブッシュ父政権を通じて政府長官を務めたョージ・シュル ツを役員にペンタゴンの要職にあったジャック・シーハンを副社長にし、一九九九年 から二〇〇二年まで共和党の政治キャンペーンに千三百万ドルを拠出している。今回 ベクテルが受注した債権プロジェクトの入札に呼ばれたのは、ベクテルのほか、フル ア、ハリバートン、ルイス・バージャー・グループ、パーソンズ、ワシントンの六社 である。 六社の中でもとりわけディック・チェイニー副大統領がチーフ・エグゼクティヴを務 めていたハリバートンについては、その政治力を背景にした灰色の公共事業が問題に されてきていた。四月一五日付の『ガーディアン』紙によれば、すでにイラク戦争に ついては、油田火災の復旧作業についてハリバートンの関連企業であるケロッグ・ブ ラウン&ルートが、将来的には七〇億ドルにものぼるといわれる受注を陸軍から得て いるという。 こうした復興事業をめぐる猛烈な企業間の攻防は、あたかも戦争の進捗と無関係に連 日新聞で報道されている。もちろん、アメリカの「先制攻撃」ともいえるこうした動 向に対してアメリカ以外の企業、特にヨーロッパの国々や企業は猛反発をしている。 また国内でも選定企業基準のあまりの不透明さのために大きな批判にさらされてい る。こうしたやりとりからも明らかなのは、今回の復興事業が、戦争によって国土を 破壊した責任を果 たすという観点からではなく、第二次世界大戦以降最大のビジネス ・チャンスとして産業界から大きな期待を集めていることである。 そういえば「戦争は石油のためではない」とブッシュもブレアも言い続けてきた。皮 肉なことだが、ある意味で彼らは正しいことを言っていたのかもしれない。確かに 「戦争は石油のためだけ」ではなかった。それはありとあらゆる産業を巻き込んだ広 範囲なビジネスのために遂行されたのだ。 【ビジネスの前に空爆を】 これほどまでに戦争の背後にある利害関係が露骨に見える戦争は、おそらく過去にな かったものだろう。とはいえ、ひたすら外部に向かって拡張を続ける資本主義の論理 によって戦争が引き起こされるという構図それ自体はけっして新しいものではない。 そもそも帝国主義とはそういうものではなかったか。  しかし、今回の戦争はこれまでの戦争とやはり違ったものを感じさせる。何よりも これが古典的な意味での国家間の戦争ではなく、国際的テロリズムという抽象的な存 在を相手としている戦争だけになおさらである。この戦争には「終わり」がない。ウ サマ・ビン・ラディンは捕まらず生死の行方もわからないままに、戦場はアフガニス タンからイラクへと移った。フセインもやはりどうなったのかわからないし、そもそ も戦争の大義名分だった大量破壊兵器疑惑も解決されないままである。 イスラエルはあいかわらずパレスチナに対する国家的テロを繰り返しており、それに 対して最近のニュースでは英国で生まれ英国国籍をもった男がイスラエルで自爆テロ をしたという。これを理由にイスラエルはパレスチナをまた攻撃するのだろうか?  アメリカもイスラエルも抽象的な敵と戦っているために、戦争を終わらせるための交 渉相手さえ見つけることができない。戦争は終わりのないまま常態化してしまってい る。そうしたドタバタの中で、アメリカはだれとも交渉しないままにイラクを占領し てしまっている。  また今回の戦争の特異性を際立たせているのは、この戦争がグローバリゼーション の進行とそれを補完する世界的なネオリベラリズム的経済政策のただ中で遂行された ことである。このことが、この戦争にこれまでの戦争と違った意味合いを与えてい る。  先にあげたサンフランシスコのベクテルは、実は長い間、反グローバリズム運動に よって攻撃の対象とされてきた。それは、イラク戦争の件だけではない。特に最近批 判されているのは、ボリヴィアの水道民営化事業においてベクテルが果たしている役 割が問題視されているのだ。戦争復興事業もまた、おそらくその後に続くインフラス トラクチャーのネオリベラリズム的民営化事業とセットにされているのである。  『ブランドなんか、いらない(No Logo)』で知られ、反グローバリズム運動の中 心的な発言者であるナオミ・クラインは四月中旬の『ネーション』紙で、イラク戦争 と民営化の関連を指摘している(この記事は、四月一四日付『ガーディアン』紙にも 転載された。またwww.nologo.orgからアクセスすることもできる)。以下、彼女の主 張にしたがって問題点を見ていこう。  クラインによれば、今回のイラク占領は、アメリカのネオリベラルにとって壮大な 実験として考えられている。アメリカの再建計画は、戦争によって破壊されたインフ ラストラクチャーを単に修復することを意味するのではなく、将来にわたってネオリ ベラリズム的政策を徹底的に展開する絶好の好機である。ここでいうネオリベラリズ ム的政策とは、完全に海外の多国籍企業に対して開かれた、全てをビジネスに奉仕さ せるような民営化政策を意味している。  すでに道路、水道、ガス、公共交通、学校、医療、電話などのインフラストラク チャーが、アメリカ主導でアメリカの多国籍企業によって再建されはじめている。し かし、その再建事業がいったいどの程度続くのか明らかにはされていない。防衛長官 のポール・ウォルフォヴィッツは、アメリカの占領が少なくとも6ヶ月は続くことを 示唆しており、その後イラク国民が「民主的に」政府を選ぶことができると言ってい る。しかし、このフセイン後民主化以前の6ヶ月という期間は、なによりもアメリカ が再建事業を独占的に行うための準備期間、いわば政治の空白期間として必要とされ ているのだろう。アメリカ政府は、再建のためのイニシャル・コストは負担するがそ の後は石油をはじめとするさまざまな他の収入源によってインフラストラクチャーが 運営されることを示唆している。それは、再建事業の民営化事業への転化である。  クラインは電話事業をその一例として挙げている。共和党は戦後のイラクに CDMA方式を採用することを主張している。CDMAはヨーロッパでは使用されて いない、アメリカを中心とした方式である。またCDMAの主たる開発に関わったの がやはり共和党に近いクアルコム社だった。本来であれば、主権を持った国家が戦略 的に決定していくような事柄がアメリカの独断であっという間に決定され、イラクに 押し付けられつつある。  そして、もちろん民営化の核には石油事業がある。アメリカ政府は再建事業のイニ シャル・コストはアメリカが税金によって負担するが、その維持運営費は石油による 売り上げが当てられることをすでに言明している。今後のイラクの石油事業がアメリ カに亡命し、アメリカのネオリベラリズム的な民営化政策をはっきりと支持している イラク事業家たちが、エクソン‐モビルやシェルなどのアメリカの石油会社の意向を 受けて、再建事業を主導することはすでにはっきりと形を取りつつある。 ナオミ・クラインのこの記事のタイトルは「ビジネスの前に空爆を(Bomb Before You Buy)」である。これは、クラインによればブッシュ政権の決定的な変化を示すド クトリンである。こうしたイラクの民営化政策の背景には、ほかの地域におけるネオ リベラリズム的政策の後退がその原因としてあるのだ。アメリカが搾取の限りを尽く してきたラテン・アメリカや南米では、アメリカが主導するような完全自由貿易はも はや各国の抵抗にあって後退を余儀なくされている。主権国家の枠組みの中で、アメ リカの多国籍企業が期待するようなインフラストラクチャーの民営化は、それほど簡 単に進むわけではない。また先進国では、反グローバリズム運動が一定以上の高まり を見せている。WTOを中心とした自由貿易の拡大については、もはや限界に来てい る。そこで、生まれた新しい方策が、徹底的な新自由主義経済を導入するために国家 を最初に崩壊させてしまうことなのだ。 こうした中で、未開拓のターゲットとして見出されたのが中東でありイラクである。 現在でもイラクの石油価格がほかの国の価格に比べて安価であり、豊富な埋蔵量も期 待している中で、もしイラクの石油の民営化がうまくいけば、イランやクウエート、 サウジアラビアなどの国々も民営化に向かわざるをえないだろう。  現在アメリカ以外のメディアは、アメリカのあまりにも独占的な復興事業の進め方 について批判的である。そこでは、国連を軸とした公平な事業参加の機会を要求して いるが、しかし、それは多くの場合、究極的にはフランスやロシア、英国やドイツの 多国籍企業にもビジネス・チャンスを与えろという要求でしかない。とりわけ、石油 の利権問題については、これまでフセイン政権ととりあえず関係を保ちビジネスを 行ってきたフランスやロシアとそこから排斥されてきたアメリカとの間はゼロサム・ ゲーム、端的にパイの決まった分け前の取り合いである。そこでは、本来国家のイン フラストラクチャーの再建の中でもっとも重要な役割を果たし、恩恵を受けるべきイ ラク国民がすっかりと議論から排斥されてしまっている。以上がナオミ・クラインの 主張である。 【アウトソーシングされる軍隊】 さて、このナオミ・クラインの主張はグローバリゼーションとネオリベラリズム、そ して民営化に対する過剰な反応だろうか。もちろん「ビジネスの前に空爆を」という ドクトリンをブッシュ政権がどの程度自覚していたかははっきりとしない。しかし、 ブッシュ政権のまわりにいるキナくさい多国籍企業とチェイニー副大統領にみられる その代弁者たちが、今回のイラク戦争の成果 をハゲタカのようにしゃぶりつくそうと していることは間違いがないように思える。民営化もおよそ民営化不可能に思える領 域で広がりつつあり、すでに巨大なビジネスを始めている企業も少なくないのだ。  その中のひとつの例として取り上げたいのが、アメリカ最大の軍事・警察人材派遣 部門をそのビジネスにもつディンコープDynCorpという会社である。アメリカ企業間 のイラク復興ビジネス争奪戦の中でもとりわけ目を引いたのは、四月一三日付で「オ ブザーバー」紙が報じた、「スキャンダルまみれの企業が主要契約を得る」と題され た記事である。記事によれば、アメリカ最大の軍事・警察人材派遣会社であるディン コープがフセイン政権崩壊後のイラクの治安維持を担当する契約を受注したというの である。  実際に、ディンコープのホームページにアクセスをしてみると、確かにすでにイラ クにおける海外警察官の募集広告がでている。この「イラク・ミッション」と題され た広告によれば、戦後のイラクの治安維持のためにアメリカの警察や刑務所、そのほ か司法機関の勤務経験者を積極的に採用したいということである。  ディンコープが、アメリカが占領した海外地域でこのような民間人材派遣会社を用 いるのは、イラクが初めてではない。最近話題になった例としては、おそらく世界で もっとも危険にさらされている人物であるアフガニスタンのカルザイ議長が、暗殺未 遂にあったあと、カルザイの護衛をアメリカ軍がディンコープに業務を委託した際 に、その是非が大きく議論をされた(「ガーディアン」二〇〇二年十一月二四日)。 すでに南米やコソボではディンコープが治安維持に関して大きな役割を果 たしてい る。ディンコープは、もともとトルーマンの指示によって一九四六年に、第二次世界 大戦後の余剰武器と機器を利用し、元兵士たちに仕事を供給するために作られた民間 軍事会社の大手である。人材派遣のほか、ミサイルの研究開発などに従事しておりペ ンタゴンとの関係は深い。またベトナム戦争後は、多くの退役軍人たちの受け皿にも なった。  ディンコープは常にスキャンダルに巻き込まれている。九〇年代の終わりからコロ ンビアでは、「麻薬戦争」を撲滅するために不法作物栽培を阻止するために薬剤空中 散布をするという名目でディンコープは多くの退役軍人たちを送り込んでいるが、彼 らはそうした栽培阻止活動をするよりも、もっと直接的な武力攻撃をもって「ゲリ ラ」と一括されている反政府活動に対する取締りを行っている。一九九八年には FARC(コロンビア革命軍)が、ディンコープのパイロットを狙った「テロ」を 行ったが、これも警察とともにディンコープが、反政府運動に対する最大の弾圧組織 とみなされているひとつの反動である。  ディンコープが問題にされるのは、彼らが事実上「傭兵」として軍事力を行使して いるからだけではない。正規軍にはみられないような彼らのモラルの低さが世界各地 で顰蹙をかっているからである。たとえば、コロンビアでは本来麻薬を撲滅するはず の派遣軍人が麻薬密売・密輸に関わり巨額の富を得ているなどというスキャンダルに は事欠かない。ボスニアでは、ディンコープから派遣された軍人が、売春を目的とし た女性の人身売買に関わっていると告発された。女性の中には十二歳の少女も含まれ ていた。また、その女性のひとりをレイプしている映像をビデオ撮影したものもいる という。これはボスニアのディンコープの内部告発によるものだが、告発した国連警 察官キャシー・ヴォルカヴァックはディンコープによって解雇されてしまった。これ に対して不当解雇を申し出たこの女性にその賠償としてディンコープは十一万ドルを 支払うよう、英国雇用裁判所はすでに命じている(「オブザーバー」二〇〇三年四月 一三日)。 ディンコープの告発ホームページDynCorp-Sucks.com (http://www.dyncorp− sucks.com/)によれば、ディンコープのような民間軍事人材会社の成長は、冷戦構造 の終焉の結果だという。冷戦構造の終焉によって、先進諸国、とりわけアメリカは冷 戦時のような軍隊を常備させる必要性が低下した。また、情報技術をはじめとするテ クノロジーの発展が多くの軍事力を時代遅れのものにしてしまった。DynCorp− Sucks.Comの傭兵の発展の歴史の解説によれば、一九九八年にシエラレオーネで革命 統一戦線による内戦時に国連は、エグゼクティヴ・アウトカムズ(EO)という傭兵 組織に依頼し、治安維持に大きな成功を収めたことから国連も傭兵の効率のよさをみ とめ、危険な任務については傭兵を用いることが半ば公然に行われ始めたとされてい る。専門家集団を外部化し、フレキシブルに利用するといういわゆるアウトソーシン グである。特にアフガニスタンの攻撃においては、傭兵部隊はきわめて重要な役割を 果 たしたとされる。EOは一九九九年に公的に解散したが、今なおいくつもの傭兵組 織が存在している。またこうした専門的軍事知識をもった組織は単に正規軍の命令下 に入るのではなく、その専門知識ゆえに指導的役割をはたし軍事指導を行うこともあ る。 もちろん、DynCorpは公的な企業であり、ほとんどマフィアのアンダーグランド・ ネットワークに近い本格的傭兵組織とは一応一線を画している。しかし、国連主導で あれ今回のイラク戦争のように英米主導であれ、今日多国籍軍とわれわれが呼んでい る軍隊が、第二次世界大戦のときにように国家別 に編成され、国籍とナショナリズム によって支えられた軍隊とはまったく異なった様相を示していることには注意を払う 必要があるだろう。軍隊は同一国籍の均質な集団ではなく、正規軍のほか多くの専門 的民間企業、アウトソーシングされた人材派遣会社、そしてアンダーグランドなネッ トワークをもつ傭兵などが混在したそれ自体グローバルなネットワークを内部に含み こんだ複雑な集団となってしまっているのである。 このことは、日本の反戦運動と平和運動、とりわけ自衛隊をめぐる議論を考える際に も重要だろう。これまでの平和運動がどこかで一国主義的傾向を持ち、「日本人」さ え戦争に参加しなければとりあえずそれでよしとしてきた傾向があるが、そういうこ とがそもそも想定することが難しくなりつつある。すでに十二分に軍隊としての機能 を備えている自衛隊が、もし万一戦争業務に携わるとき、その戦争は純粋な日本人 (これも問題のある定義だが―――とりあえず、日本国籍をもち、日本語を母語と し、日本という領土に住んでいるという程度のラフな意味で用いている)によっての み遂行されるわけではない。実践経験のない軍隊の訓練・教育、人事から現場の作戦 形成、実践、広報・PRまでかなりの部分が外注先の専門的多国籍企業やワールド カップ前に日本国籍を取得したサッカー選手のように戦争直前になって日本国籍を取 得する少なからぬ傭兵によって担われるかもしれない事態がもはや目の前に来ている のである。ここには、国家とナショナリズム、グローバリゼーションと市民権、そし て人種主義などが複雑に絡まりあっている。 【こんにちの反戦運動】 私が現在滞在しているロンドンでは、イラク攻撃を目前に控えた二月一五日に英国歴 史最大の反戦デモが行われた。主催者発表で一五〇万、警察発表でも七〇万を集めた 群衆は、ビッグベン前からトラファルガー広場、そして集会の行われたハイドパーク までの路上をびっしりと埋め尽くした。これまで平和運動に関わっていた社会主義政 党のような伝統的左派組織や反核運動団体ももちろん存在したが、それ以上に目を引 いたのは、おそらくデモに今回始めて参加する若者たちであり、英国国内の政治では はっきりと目に見えていなかったムスリムの人たちの多さだった。人々は、思い思い のプラカードを持ったりメッセージの入ったTシャツを着たり、バッジやワッペンを つけたりしていた。  もうひとつの特徴は、そのカーニバル的・パフォーマンス的要素である。ドラムや 笛などを持参している人も少なくなかったし、カーニバルやクラブで用いるようなサ ウンドシステムを持ち出して、レイヴ・パーティさながら大音量でテクノを鳴らして いる集団もいた。サンバ・バンドやダンサーなどの姿もみえた。自転車で群をなして 街中を颯爽と走りぬけるものもいた。一般に政治デモというときに連想されるような 生真面 目さはあまりみられず、戦争前夜の暗い情勢にもかかわらずどこかフェスティ バル的な雰囲気に溢れていた。  また、デモのプラカードやTシャツ、バッジや旗などのデザインの完成度の高さも フェスティバル的な雰囲気をかもし出していたことも付け加えたい。こうした情報は インターネットや携帯電話を通じて世界中に一瞬のうちに流通している。プラカード の主張はさまざまである。「イラク攻撃反対」「戦争反対」というシンプルなのもあ れば、「パレスチナに自由を」とか「石油のための戦争反対」と関連した事柄を訴え ているのもある。戦争を契機に、それまでばらばらに活動をしていた政治運動が終結 したかの様相である。興味深いのは、「戦争反対」という運動がはっきりと世界中で 広がりつつある反グローバリズム運動と連動していることである。  ベンジャミン・シェパードとロナルド・ヘイダックが編集した『ACT UPから WTOへ:グローバリゼーションの時代の都市の抵抗とコミュニティの形成』 (Shepard and Hayduk(2002) From Act Up To the WTO: Urban Protest and Community Building in the age of Globalization)というアンソロジーは、最近の 「新しい社会運動」あるいはティム・ジョーダンの書籍のタイトルを借りれば、「ア クティヴィズム!」とでも呼ぶべき最近の若者の政治運動の形成をたどったものであ るが、それによれば、こうしたカーニバル的な動向は八〇年代の終わりのACT  UP(AIDS Coalition to Unleash Power=パワー解放のためのエイズ連合)あたりに 始まったとされる。このアンソロジーのWTOとは、一九九九年のシアトルWTO会 議の際の大規模な反グローバリズム運動のことを指している。  ACT UPは当初からエイズによる深刻な打撃を受けていた多くのアメリカの アーティストや批判的ポストモダン美術の理論的指導者であったダグラス・クリンプ などが参加していたこともあり、当初からパフォーマンス的な視覚要素を多く持って いた。 特に、その最初に成功したキャンペーン「沈黙=死(Silence=Death)」は、第二次 世界大戦中にナチスが同性愛者を弾圧するのに用いた三角形をピンク色でデザインし たロゴを使って、ポスター、ちらし、ステッカー、Tシャツ、バナーなど広告的なメ ディア・ミックスを行い、伝統的な左派的社会運動からも周縁化され、しばしば差別の対象になり、不可視にされてきたエイズ患者やゲイ・レズビアン・ムーヴメントを いわばファッショナブルなものへと転用したのだった。また、この時代世界中で広が りつつあった公的空間のレイブ・パーティやスクォッティングなど文化動向ともリン クしていたことも考えるべきだろう。 ここで見られる、空間の一時的占拠による自律性の獲得、広範な政治的アジェンダで はなくイッシュー主導の運動の形成と党派的ヒエラルキーの否定、メディアの活用、 そしてある種の享楽主義とパフォーマンス性をはらんだ「文化」的な側面 の強調と いった特徴は、階級を特権視し、しばしばドグマ的で党派的ヒエラルキーと過剰な道 徳主義のために身動きが取れなくなりつつあった旧来の左派運動とははっきりと一線 を画していた。そして、まさにその特徴によってこれまで政治とは関わりのなかった 多くの若者をひきつけたのである。