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今にも泣き出しそうな空を仰ぐ。…ったく雨は嫌いだ。
己は水に濡れるのは絶対に嫌なので歩くスピードを早める。はぁ、こういうときは嫌なことばかり頭に浮かぶ。例えば、今のどうしようもないくそったれなこの世界のこととか。考えてもどうしようもないが、目的地に着くまでの気紛れと時間つぶしになるかもしれない。
己がこの街に姉を探して流れ着いてからそれなりの年月が流れた。己は旧アメリカの東海岸沿いにある街にいる。既存の国や法律、治安機構等の秩序が機能しなくなってからもう随分と時代が過ぎた。その過ぎた時代の間を埋めるように、今、世界を別の形で治めているのは七つの大企業だ。人を管理するのは秩序と国境ではなく企業の利益だけだ。おかげで人間関係から秩序まで暴力と権力、利潤と打算のみで構成される地の果てのような街が世界中に溢れるようになった。
どうやら目的地に着いたようだ。
時間の無駄にしかならない思考を放棄して、気持ちを切り替えるように店のドアをあける。
外の天気と相反するような軽快なドアベルが己を店内へと招き入れた。
ここは街の大通りから少し外れた裏路地にあるバー『FORTISSIMO(フォルテッシモ)』。
こんな地の果てのような街にあるバーでは珍しくまともな店である。
普通は売春宿のおまけに酒が呑める店がほとんどだ。が、ここはマスターである”ダンテ”が強力な身体強化の能力者であるため、ここで無法を働く馬鹿がいなく純粋に酒と料理を楽しめる店として経営されている。極希に勇気と蛮勇を間違えて無法を働く猛者もいるが、その日のうちに大通りの露天の精肉屋に並んでいる。
「よぉ、ロック」
「ご無沙汰してます、マスター。今から雨が降ってきそうなのでしばらくお邪魔します」
簡単な挨拶をすませカウンター席に腰掛ける。今から天気が崩れそうなせいか、店を開けたばかりのせいか、がらがらな店内に己――岩田音子以外、裏の厨房を除けばカウンター内でグラスを磨いているマスターしかいなかった。
マスターとは姉を探して街に流れついてから、結構な付き合いになるが本名は知らない。わかることは筋骨隆々の大男で常に冷静なインテリの黒人であることくらいだ。”ロック”という通名も彼がつけてくれた。
「調度良かったよ、今日は客足が鈍くてな。いつものロックでいいか?」
「ふふふ、冗談のつもりなら面白く無いですよ?」
昔の経歴など色々知りたいが、この街で生活する教訓の一つとして『過去を詮索する奴は長生きできない』ことがある。好奇心は猫をも殺す。故郷にそんなことわざがあるが”ネコ”なんて呼ばれることもある己は、より一層気をつけないといけないのかも知れない。
「つまらない冗談で悪かったな、オトコ」
「名前で呼ばないでくださいよ、ダンテさん!!……名前で呼ばれるのはあんまり好きじゃない」
己はくだらない事を考えながら、マスターと軽口の応酬をする。マスターは拗ねた己に笑みを浮かべながら、琥珀色の液体の上にゆらゆら揺れる丸みの帯びた氷の入ったグラスを渡した。
「はいはい、注文の品だ」
「………ありがとうございます」
渡されたグラスを奪い取るように受けとりグラスをあおる。華やかな香味をを感じながら、深みのある味が喉を潤す。うん、相変わらずうまい酒だ。
「あまり飲み過ぎるなよ?この後”カノン”と仕事の話があるんだろ?」
「まぁ、景気づけですよ」
己は空になったグラスを持ち上げてマスターに見せる。少し呆れた様子でマスターは己のグラスに追加のウイスキーを注ぐ。
「その景気はどうだ?ロック」
「んー、ぼちぼちですよ。あー……いつものを融通しておいてください。送り先は己の事務所で」
ここのマスターは能力だけでなく銃を始めとした近代兵器の販売と実践的な取り扱いのエキスパートでもある。この街に流れ着いてから何度か頼み込んで指南してもらったこともあった。お陰でマスター程までとは言わないが、その辺りのゴロツキ共なら能力を使わずに圧倒できる技術は身に付けることができた。
「前に結構な量を渡したろ?もうなくなったのか?」
「ちょっと飛び込みで仕事をこなしたので。あと、つまみを適当にください」
「はぁ〜〜。無駄撃ちするなよ。弾だってロハじゃないんだから。ほら、これでも食っとけ」
む、安眠妨害をしていたゴロツキ共をのしたのがバレたか。相変わらず勘がいい。
そんな益体のないことを考えながら、雑多な仕事の話をしながら酒と料理に舌鼓をうつ。個人経営の傭兵稼業だと面倒な事務仕事も自分でしなくちゃいけない。ここのマスターはいろいろ融通してくれるから本当に助かる。その分金がかかるが、信用できる取引先でもある。
「そういえばマスター、カノンは?そろそろ起きる頃だと思うんですけど……」
「やっと依頼を受けるきになったか?ま、そんな旨そうに飯と酒を楽しんでくれるなら文句もないがな」
腹も膨れて気分も良くなったことだし、そろそろ本格的な仕事の話をしよう。
この店に入ってから降りだした雨は時間とともに激しさを増していて、水が嫌いな己としては気が滅入るところだが、旨い酒と料理のお陰でそんなことが些末事に感じられるくらいだ。
「ええ、マスターの店の酒と料理は本当に美味しいですからね。時々、仕事をするのを忘れそうですよ」
「………やれやれだ、じゃ、覚えているうちに仕事しろ。カノンがやってきたぞ」
「これからもよろしくお願いします。それじゃ、依頼の話をしてきます」
己がお世辞抜きに本心を言うと、マスターは少し照れくさそうに己の食器を片付けながら奥の階段を顎でしゃくる。そんなマスターを横目に見ながら、己はカウンター席を離れる。
「ふぁ………ん、ネコ、きてたの?」
カノンは口元を隠してあくびをしながら、己の姿を見つけて声をかけてきた。
だらしなく給仕服を着たカノンがだ。相変わらず凄まじく似合っていない。着ている年代物の給仕服(マスター曰く、メイド服というらしい)に謝ってほしいくらいだ。一応、表向きは彼女はウエイターとしてこの店に雇われていることになっている。………己は一度も彼女が料理を運ぶところを見たことはないんだが。
「やぁ、カノンちゃん。いつも気怠そうだね。ところで己の姉は知らないかい?」
「あー………この歳で”ちゃん”づけはないわ。それに会う度にその質問はウンザリするわ。ま、色よい情報が上がってきたから、このウンザリともおさらばね」
その言葉を聞い終わると同時にカウンター席から一瞬で移動して、己はカノンの両肩を掴んだ。
能力なしでもここまで動けるのが驚くくらいだ。
「痛いって、ネコ。マスター、このシスコンどうにかして」
「無理だな」
カノンの酒と煙草で焼けたハスキーな声が耳に響く。長く情報がなかったんだ。なにか掴んだのか?少し混乱しながらも事情の続きを促す。あと己はシスコン違う。
「どういうことだ?」
「はぁ、とりあえず離して。詳しい話は二階でするわ」
「あぁ、すまない」
両肩から手を離した己に入り口の方を目配せしながら、カノンは二階と続く階段に戻る。己はその後を追うように階段を昇る。その時、場違いなくらい軽快なドアベルが耳にはいった。
「いらっしゃい」
マスターの客対応を背中で聞きながら、己は振り返ることなく階段を昇っていった。
『フォルテッシモ』の二階はビジネスホテルのようになっていて、従業員用の個室になっている。カノンの部屋以外には倉庫と来客用の部屋、それとマスターの部屋がある。
「久しぶりに、アタシを抱いてく。ネコ?」
「やめておきます。それより姉の情報がほしいです」
確かにご無沙汰だが、今はそんな気分じゃない。
カノンとは数えるのが面倒なくらい肌を重ねたことがある。大半は事後に情報を聞き出されることがほとんどだったが。なんで男ってヤッた後あんなに口が軽くなるんだろうか?
「やっぱシスコンじゃないの?」
「ただ姉が大切なだけです」
自分の感情を即答した。ただそれを聞いたカノンが渋い顔をしている。
「いやそれが……まぁ、いいわ」
疲れた溜息とともに己はカノンの部屋に招かれる。
内装は何処にでもあるビジネスホテル。ベットにトイレ付きユニットバスに簡易冷蔵庫と簡易デスク。ただ違うのは部屋中に敷き詰めてあるディスプレイだろう。壁と簡易デスクにところ狭しと並んでいる。………ディスプレイが前来た時より増えた気がする。
カノンが己に引っ張りだしたパイプ椅子を押し付けた。今はくわえタバコで、簡易冷蔵庫を漁っている。己はその後姿に恐る恐る声を掛ける。
「あのカノンさん?部屋に来る度にディスプレイが増えているような気がするですが?」
「んー、気のせいじゃない?あ、ビール飲む?」
「いえ、結構です。さっきまでバーで飲んでいましたから」
カノンは煙草をふかしながら、ふーふふーんーふんー、と適当な鼻歌を歌いまだ冷蔵庫を漁っている。つまみでも探しているんだろうか?
己は軽い溜息をはいてパイプ椅子を広げて腰掛ける。ついでに煙草を取り出して一服する。
コイツは服装のことといい、生活スタイルといい何処か抜けている部分がある。いや、色んな意味で様になっているのだから文句のつけようがないのだが。カノンは灰皿片手にくわえタバコでちびちびとビールを飲みながら、やる気無さげにベットに腰掛けた。
「そ、じゃあ、ネコ。アンタの姉のことなんだけど」
「あー…よろしくお願いします」
でも、十代の乙女が起き抜けにビールとタバコはどうなんだろう?”その歳でくたびれたおっさんかよ”と、小言の一つでもこぼしたかったがへそを曲げられてもこまる。コイツはこれで企業の裏の仕事の凄腕オペレーターなのだから今の世界は狂っている。
「アタシが長い間探しても見つからないってことは、ウチのお得意先がアンタの愛しのお姉様を囲っている可能性が高いわ」
「は?」
のっけからおもいっきり情報の爆弾を投げつけた。うっかり煙草を取りこぼしそうになる。いや、ちょっとまていろいろ。
「どういうことだ?」
「言葉通りの意味よ。酒でも飲みながら話さないとやってられないわ」
「すみません」
企業は面子を何よりも重んじる。秩序が崩壊している世界ならがそれが全てだ。一度舐められると際限なくなめられる。故に身内に対しても相当辛い。依頼の失敗や放棄が続くとなんらかのペナルティが課せられることがある。だがそれよりも危険な行為のがある。”足抜け”と”裏切り”だ。
「感謝してよね〜。この情報だけでも危ない橋なんだから。自分の所属している企業を売る行為そのものなんだし」
「ありがとうございます、カノンさん」
己は殊勝な態度で彼女に感謝を告げる。うむ、と仰々しくカノンは頷きながら、
「ま、パパに聞いただけなんだけどね」
「って、オイコラ、ちょっと待てや」
ケラケラと笑いながら衝撃の真実を己にばらす。つい、口調があらくなった。さっきのシリアスな雰囲気を返せ。コイツは己と契約している企業幹部の妾の子だ。立場的にけっこう偉かったりする。ここに住んでいる理由や己が年下相手に敬語を使っているのはそのせいだ。
「詳しい話は教えてくれなかったけどね。で、コレ以上情報がほしかったらそいつにもっと仕事をさせろって釘を刺されたわ」
「いいですよ、なんでもします」
だが余計な手間をかけさせたのも事実だろう。おちゃらけた態度をとっているが、裏でかなり骨を折ってくれたみたいだ。妾の子という立場は便利だけど危ういと愚痴をこぼしていこともあったし。
「まさかの即答!?シスコンここに極まれりね」
「確かに長く探していた情報が手に入ったのもありますよ?だけど相棒にここまでお膳立てされて断わることはできません」
己の言葉にカノンは虚をつかれた表情になった。それにコイツは少し嘘をつくのがが下手だ。何かを隠そうとしていることがバレバレだ。そしてバツが悪そうな顔で詳細を話す。
「さすがに長い間、組んでるとわかっちゃうか。乗り気じゃないなら適当にながしたかったんだけど」
「続けてください」
本当にシスコンなのね、と呆れた言葉とともに部屋のディスプレイが一斉に動き出す。カノンが能力を発動させのだろう。水が流れるように画面が切り替わり、必要な情報を映し出した。
「アタシは今回の話は蹴ったほうがいいと思うわ、ぶっちゃけ危ない橋どころか、全力で助走つけてグランドキャニオンから紐なしバンジーするレベルよ」
「就職難のこの時代で社員旅行付きの仕事とは景気がいい話ですね。いまから楽しみです」
これは己の譲れない一線だ。何があっても諦めることなんてできない。幹部の妾の子とはいえ、裏の仕事の優秀なオペレーターであるカノンがここまで言うのなら危険なのだろう。だがそれでも己は………
「強がるのも大概にしなさい、ネコ。今回はマジでヤバイわ。情報の対価として依頼されたのが、この画面に写っている能力者たちを無力化すること。手篭めにするでも殺すでも好きにしていいそうよ」
「おや、女性もいるじゃないですか。好きにしていいなんて、本当に良い話ですね」
己は映像を確認しながら虚勢を貼り続ける。パッと見て、賞金首能力者の能力者。他企業の看板娘、狂信的な教会組織の一員に厄介な能力者エトセトラエトセトラ。あっ”鉄腕鋼姫”もいる。コイツはマスターが『絶対勝てない』ってボヤいてた。
「なぁ、カノン婆さんや。ワシに遠まわし”死ね”って言ってないかのぉ?」
「そうね、葬儀と墓は日本式でいい?安いプランがあるわよ?」
あまりもふざけた依頼内容で己の頭がショートをおこしてボケてしまった。あとカノン。なに日本式の安い葬式プランの広告をディスプレイに映してるの?馬鹿なの?死ぬの?ここは『アタシがアンタを全力でサポートしてあげる』とか言って、そのままエロに流れるところだろ!?
「なにそれキモい。あとアタシはボケ老人のアクティブな投身自殺に付き合う趣味はないわ」
「己の心を読まないでください。でも心が読めるなら変わらないのはわかるでしょう?」
「心は読んでないわよ。顔に書いてあっただけ」
幾度も肌を重ねた気安さか、カノンとは付かず離れずこんな関係が続いている。でも恋人というわけじゃない。お互いに必要以上に深く踏み込まず、気が向けば肌を重ねる関係。ただ、それがいつの間にか信頼出来る相棒という形になっていた。
「それじゃ、いってきます、カノンちゃん。『おかえりなさい』という言葉を用意して待っていてください」
「ちゃん付けはやめてっていたでしょ、オトコ。あと、その台詞は臭すぎるわ。………次まで気の利いた言葉でバラード歌えるくらいにはなっておいて」
それに絶対に気恥ずかしくて言葉にはしないが、己がカノンに敬語を使うのは純粋に尊敬している部分もあるのだ。………こんな世界じゃ、こんな関係は重荷にしかならないのに。そろそろ行こう決心が鈍る。
「そっちも己を名前で呼ぶのはやめてください。あと、」
「はいはい、アンタが死んだら骨は拾ってあげるから。いってらっしゃい」
むむむ、己があニ、三個小言を追加しようとしたら、適当にあしらわれた。
今度、機会があったら意趣返しに情熱的な愛をかたるバラードでも送ってやろう。 ……外の雨は止んだみたいだ。さて、仕事を始めよう。
それから己は企業から依頼された仕事に没頭した。
己は本来の能力は戦闘向きじゃなく、また奪った能力を使っただけの戦闘なら中の下くらいであまり強い方ではない。基本的(一つの例外を除いて)に奪った能力は使い捨てだ。だが、別に己の本来の能力を活用すれば無力化する方法は戦闘だけじゃない。
己の能力の”不滅の恋人”は相手を精神的に逝かせる事によって、能力を奪い指輪に閉じ込めることができる能力だ。女性の能力者の場合は、一緒に食事をしてお酒を飲んで気持よくなってもらうだけでコトは足りる。ホテル代まで奢ってもらえればラッキーだ。己は一時期は男娼として働いて日銭を稼いでいた時もあるため、その辺の手筈は慣れているし、たいした罪悪感も嫌悪感もない。むしろ事後に浴びるシャワーの方が気持ち悪い。余談だが、男の場合は頭に風穴を開けて精神的に逝かせている。女より楽だしできないわけじゃないが、事が終わったと、ものすごく非生産的な気分になるので極力避けている。
「さて、今夜は寝れますかね」
ハーレーで目的地に向かいながら、夕日を背に感じて一人つぶやく。
今日も女性相手に夜を明かすことになりそうだ。いつもならベットの上で愛の言葉をささやき、相手の嬌声と肉欲を感じて逝かせた後、酒と煙草をゆっくりと楽しむところだ。
だが、今回はベットの上とはいかないようだ。
愛の言葉の代わりに弾を捧げ、煙草の代わりに硝煙の匂いが溢れ、肉欲は色鮮やかな血と臓物をぶち撒けることで感じられる。それはそれでゆっくりと楽しめる時間だと、己は思う。
今夜の仕事は賞金首の大物能力者の殺害。通称”眠れる森のアリス”。
こいつのせいでいくつかの街が壊滅した。小柄な女性ということだけで、目的・思想・能力詳細はおろか名前・実年齢はすらわからない。容姿は壊滅した街の監視カメラからの映像から判明した。その後の足取りから潜伏先と予想されたゴーストタウンに己は向かっている。壊滅した街を追えばいいのだから簡単だったそうだ。
目的地についた。
ハーレーをゴーストタウンのメインストリートの入り口にとめ、今の世界のすぐ先の未来を象徴しているような街を仰ぐ。首筋の後ろがちりちりする。『コレ以上近づくな、殺されるぞ』と、己に本能が訴える。
……これはアタリだな。
煙草を取り出し、火をつけて煙を肺に深くに取りいれる。ゴーストタウンのメインストリートを歩きながら、仕事前の一本を吸いながらに自身の武装と戦略を再確認をする。
”不滅の恋人”で使い捨てれるの能力は炎・雷・風の3つ。
武装はコンバットナイフ2本、銃が二丁。フラッシュグレネードを2つ。
コンバットナイフはコレ一本で戦闘からサバイバル生活に対応できる汎用型でかなり頑丈にできている。銃は旧アメリカ軍でも正式採用されていたオートマチック銃。もう一丁は老舗S&W製の44口径リボルバー拳銃。威力重視でサブウェポンとして使っている。戦闘中にオートマチック銃がジャムを起こした時のスペアでもある。予備の弾倉もいつもより多めに持ってきた。対人、対能力者ならマイ・フェア・レディと合わせれば格上の能力者でも十二分に対応できる。
相手の能力の詳細はわからないが、前情報から人形や生物を創造する能力者らしい。監視カメラからの映像では住民を殺し尽くした後、真夜中に溶けるように消えたそうだ。こういった能力者の場合、本人の戦闘能力や身体能力が低い。フラッシュグレネードで視覚と聴覚を奪えば使役にも問題がでるだろうし、近接戦闘に持ち込めるだけの時間が稼げる。近接戦闘に持ち込めば問題なく殺れる。
煙草を吸い終わり、ふと空を見上げる。
日が沈み夜と昼を隔てる群青色の空。これは世界のどの場所でもどの時代でもこの空の色は変わることはないだろう。己はこの空の景色はけっこう気に入っている。夜でもなく昼でもなく一日の刹那が感じられる空。
「ロックンロールだな」
誰に告げるでもなく空を見て思った感傷を言葉にする。その感傷とゴーストタウンの静寂を壊すように、どこからともなく少女の歌声が響き渡る。己はマイ・フェア・レディを発動させた。大幅な身体能力の上昇を感じながら敵襲に備える。
Humpty Dumpty sat on a wall♪
Humpty Dumpty had a great fall♪
All the king's horses and all the king's mencouldn't put Humpty together again♪
廃墟になった酒場の屋根の看板の上に腰掛けている少女がいた。己に気づいたのか、少女は礼儀正しく挨拶をした。
「こんばんは、おにーさん。とってもいい夜ね」
「こんばんは、お嬢ちゃん、こんなところで歌の練習かい?」
その姿を確認して己は背中に冷や汗を流す。ここまで近づかれて全く気が付かなかった。奇襲されていたら死んでいただろう。
「違うわ、おにーさん。月と空がとても綺麗だったからアリスはお歌を歌いたい気分になったの」
「確かに綺麗な月といい空だね。ところで、己はロックというんだ。アリスちゃん、でいいのかな?この街には仕事で用事があって来たんだ。少し聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
一応、会話はできるみたいだ。情報を集めよう。まずは容姿の確認。日が沈んだとはいえまだ容姿が確認できるくらいには明るい。白人系の白い肌で瞳は青色、髪はブロンド。服装はホワイトを基調としたシンプルドレス。ブルーとピンクのリボンが頭の髪をまとめている。
「ええ、もちろんいいわ。おにーさん。この街にはアリスのお友達がたくさんいるの。だからなんでも知っているから。なんでも聞いてね」
「それは助かるよ、アリスちゃん。詳しい話も聞きたいし、そのお友達を紹介してくれるかな?」
情報通りの容姿だ。仮に容姿が変化していても、コレが己の今夜の相手であることは確実だろう。あまりにもこの存在は異質すぎる。精神性も見た目通り歳相応の子供ようだ。だが会話をしてる間、さっきから己の本能の警戒音が鳴りっぱなしだ。これは少女の皮を被ったもっとおぞましいナニかだ、と。
「ふふふ、おにーさんはきっと驚くわ。アリスのお友達には人だけじゃなくて、たくさんの動物さんもいるのよ。小鳥に猫に狼さんに熊さん。他には小人さんに妖精さんもいるの」
「それはすごいな。普通は人の友達しかいないからね」
大型の生物もいるのか。それを具現化されるとかなりマズイな。今の手持ちの武装じゃ効き目が薄そうだ。ふと気づいたが、少女の周りに薄い緑の霧が少しづつ溢れてきている。
「そうでしょう!もちろん人の友達もいるわ。お菓子をくれるおばーちゃんにとっても強い猟師さん。あと、それを飛べるおにーさんもいるわ。彼にここまで連れてきてもらったの」
「……………………」
…………強力すぎる能力だ。
普通、人間を具現化してそこまでの機能を与える意味があるのか?人を殺すなら野犬の群れを大量発生させればそれで済む。それに飛ぶなら鳥を巨大化させて具現化すればいい。コイツの能力は何かからくりがありそうだ。
…………………どんどんと霧が濃くなってきた。まるで街全体を覆うように。
「あ、ごめんなさい。おにーさん。アリスばっかり話してて。今、アリスの親友の小鳥さんを呼ぶわね。きっといろいろ教えてくれるわ。いつもアリスはいろいろ教わっているの」
己が黙り込んだのを気にしてか、アリスは慌てている。見た目通りの少女の仕草で、演技をしているといわけじゃさそうだ。理性と本能が真反対の結論をだしていて、己はどちらに従うべきか悩んでいると、チ、チチチ、チ、青い鳥が囀りながらアリスの肩に止まった。
「小鳥さん。このおにーさんはロックというの。この街にお仕事に来たそうよ。いろいろお話してあげて」
「コイツヲコロセ! コイツヲコロセ!コイツハワルイオオカミダ!!!」
「あら、そうなの?じゃあ、悪い狼は殺さないといけないわ、お願い『ジャバウォック』」
敵意も悪意もなく日常会話と同じレベルでアリスは己を殺す行動を起こした。
そのせいで、己は数瞬、反応が遅れた。
その数瞬は己と彼女の間に異形のバケモノが現れるには充分すぎた。
ジャバウォックと呼ばれたそれは、禍々しい巨躯は己の身体の2倍から3倍程度、頭は魚のようで、額には2本の触角状のもの、口には鋭い牙。首は細長く、体は爬虫類状の鱗に覆われており、腕と脚を2本ずつ、手足にそれぞれ3本鋭い鉤爪を持ち、長い尾、背中にコウモリのような翼がある。
「■■■■■■■―――――――!!!!!!」
言葉の形をなさない咆哮をして、長い爪で己の胴体を吹き飛ばすように薙ぎ払う。
「…………!チィッ!!」
マイ・フェア・レディで強化された身体で己は地面を蹴り飛ばし、その攻撃を避けバケモノと10mほどの距離をとる。どうやら目が悪いのか、己が元いた場所を盲滅法に攻撃している。……やばかった。そのまま距離を詰められていたら、あと2,3回の攻撃で爪に己の身体は捕らわれていただろう。巨躯に似合わずかなり素早い。
ジャバウォックの動きに注意しつつ、あのアリスという少女の精神性を考える。見たとおりで考える必要もないか……典型的な能力暴走型のサイコパスだ。故に己がチグハグな印象を受けたのも納得だ。それにあの精神性なら罠等の搦め手に気を払う必要がない。このままいける。そこで思考を区切った。ジャバウォックの影から人型の何かが飛び上がったからだ。
「ありがとう、ピーター。悪い狼から私を守ってくれて」
霧が深くなってきて、声とシルエットしか確認できないが、アリスが抱えられて空を飛んでいるのだろう。
「この街であの能力者を自由にしたら己がチェックメイトになります」
銃で撃ち落とそうと取り出した時、ジャバウォックが己を見つけたのかこちらに向かって駆け出す。あの速度だとアイツが己を爪でなぎ払うまで3秒もかからないだろう。
「逃げられても困るので速攻でいきます。灰になれ、『クロスファイア』!」
能力を切り替えて奪った炎の能力を発動させた。
己は相手の身体の内部に熱を送り込むように力強くジャバウォックを睨みつけた。
「■■―――■―……………」
睨みつけられたジャバウォックは声にならない悲鳴をあげて、内側から爆発するように燃えだした。能力を閉じ込めておいた指輪が砕け散った。炎がかなり効いたみたいだ。火の回りが早い。いや、むしろ効きすぎている?それにはじけ飛んだバケモノからは血じゃなくて、油のような何かが燃えた匂いがする。
「考え事は後だ!アリスはまだ近くにいるはず」
能力をマイ・フェア・レディに切り替えて、近くの廃墟ビルの間の路地の壁を三角飛びの要領で屋上まで駆け上がる。アリス達が飛んだ方向をみてみると、まだ街全体を霧が覆えていないのか、ビルの屋上からアリスたちの姿がはっきりと確認できた。銃撃が届く距離じゃないが視覚に捉えられない程遠くへ行っていない。よしこれなら………能力を切り替えて風を操る者に切り替える。手のひらに風を圧縮した弾の渦を発生させ、飛んでいるアリスたち目がけて投げつけた。
「吹きとばせ、『エアロカッター』!」
風の弾は吸い込まれるようにして、アリスたちどちらかに直撃したのを確認した。
アリスの方が良かったのだが、緑の霧が消えていないことから考えると、ピーターの方だろう。だが、これでアリスは空を飛んで逃げることは無理だろう。墜落した先は三階建ての廃ホテルの屋上か。
……もう切り札を二枚切ってしまった。なるべく温存したかったのだが。まぁ、これでもいい。
あのアリスの足なら屋上から一階の出入り口までかなり時間がかかるはずだ。あの高さから落ちて無傷とういこともないだろう。己は能力をマイ・フェア・レディに切り替えた。
「屋根伝いに移動すればすぐでしょう………!?」
近くの建物の屋上へ移ろうと助走しようと力を込めた時、不協和音をそのまま声にしたような言葉が屋上に響いた。
「コロセ、コロセ、コロセ」
「グルルルルルル」
「キャハ、キャハハハハハハハ」
何処からともなく狼やハサミを持った小人、弓矢を持った妖精が己を取り囲む用に現れた。
己は懐からオートマチック銃を取り出した。安全装置を外して標準を合わせて弾を打ち出して、小型の生物をなぎ払う。己は助走をつけながらナイフを取り出して撃ちこぼしを切り刻み、屋上に現れた生物を一掃して、次の建物の屋上へ移った。
「でもアリスの能力もだいたい予想がつきました」
その作業を繰り返しながら、アリスの能力をまとめる。
己がいままで殺してきた生物は子供の頃に読んだ西洋の童話に登場していた生物だ。
たぶん”物語の生物を参考に力を再現する能力”だと当たりをつける。
人間のイメージというのは曖昧だ。例えばヒトを能力で創造する場合。思考から細胞の隅々まで全ての機能を想像だけで思い描くことができるか?と言われたら絶対にできない。なのにこれだけの生物に機能を与えて具現化するなんてイメージの参考がないと不可能だろう。
童話では残虐な生物が多々登場する。故に具現化できればかなり強力だ。それに弱点もわかった。童話の生物の再現のため身体の構成物は油絵用の絵の具のため火に極端に弱い。火炎放射器でも持って来れば町ごと燃やせるだろう。それに能力者で人形や使い魔を使うは場合はリソースが具現化することに大きく割り振られているため、近接格闘に持ち込めば己の身体強化の能力なしでも封殺できるほど身体能力が低い。ここまでわかれば、相手を確実に追い詰めれるだろう。
「さて、この悪夢のような今夜の物語を終わりにしましょう」
小型の生物たちを蹴散らしながら廃ホテルの屋上に着いた。
だがここにまで戦闘でかなり武装を消耗してしまった。オートマチック銃が今装填してある以外に予備のマガジンが残りひとつ。リボルバーはあと4発。ナイフ1本。フラッシュグレネードが一個。
かなり大盤振る舞いをしたが、その分時間が短縮できた。ここまで来るのに3分とかかっていない。屋上つたいでここまできたため、『ジャバウォック』のような大型の生物との戦闘も避けれた。
己は周囲の安全を確認した後、最後の切り札の雷の能力を使う。これでチェックメイトだ。
「探れ『エレクトロフィッシュ』」
この能力は前の二つと違い、直接破壊するような直接戦闘向きではなく、相手の位置を感知するソナーのような働きをする補助系の能力だ。人間ならばある程度の状況も把握できる。…………アリスのいる位置はわかった。ここのホテルの三階の一室か。負傷したのか壁にもたれかかって、座っているようだ。屋上にも少し血痕の後がある。チャンスだ。窓から入って奇襲をかければとれる。
能力をマイ・フェア・レディに切り替えて、フラッシュグレネードのピンを抜き、助走をつけてジャンプして反対側のビルの壁に一時的に着地する。そして己は身体が落下を始める前に、窓にに向かってフラッシュグレネードを投げつけた。アリスがいる廃ホテルの一室を爆音と閃光が支配したのを確認して、壁を蹴りつけ己は窓から部屋に踏み込んだ。
フラッシュグレネードが効いたのか、アリスは部屋の隅でうずくまっていた。
己は戸惑うことなく一瞬で少女に肉薄して、髪を掴んで吊し上げ、コンバットナイフを喉を突き刺した。………手応えがおかしい。あまりにも軽すぎる。なによりも血が流れていない。彼女は喉にナイフが刺さったまま、己に向かって話しかけてきた。
「ざんねんでした、おにーさん」
その言葉とともにアリスは泡のように消えた。
それと同時に部屋のどこからともなく彼女の歌声が響き渡る。己は油断なく周囲を警戒しながら敵襲に備える。ベット以外にはこの部屋に古ぼけた大きな姿見がある程度で不審な点はない。隠れる場所もない。どこにいった?
London Bridge is falling down♪
Falling down, falling down♪
London Bridge is falling down♪
My fair lady!!
アリスが歌い終わると、周囲の様子が一変した。
己を中心として、周囲はまるで橋が落ちたかのように足元がひび割れて砕け散り床をまるごと崩落した。さすがに地面がいきなりなくなるなんて思いつかないから避けようがない。
己は万有引力に強制的に従わせられ自由落下を始める。地に足がついていないとどうしようもない。壁からも離れていて手が届かない。さすがに空中は移動できない。ないないづくしだ。二階、一階と流れる景色を視界で捉えながら、数秒にも満たないもどかしい浮遊感にイライラしながら大地への到着を待ちわびる。能力を発動させているからこの程度の落下なら問題はないがさっきから嫌な予感がする。
己が足が地面につくと同時に、落ちてきた穴を埋め尽くすように上から落ちてくる。テムズ川と比べればたいした量じゃないだろうが、己一人を沈めるには十分すぎる量だ。
「まずい」
このままだと己の未来はシュレディンガーの猫より確実だ。
自由落下で得たエネルギーをそのまま生かすように身体を制御し、最悪の未来を回避するために人型の砲弾になり一階の部屋の窓をぶち破った。
「がはっ、げほ、げほっ」
勢いよく地面を横転しながらなんとか路上へ逃げる。
己は激しい頭痛と目眩に耐えながら狭い裏路地へ向かう。五体満足でビルから脱出できたが全身がずぶ濡れだ。身体強化が強制的に切れ全身が鉛のように重く感じる。己は身体を引きずりながら、なんとか銃を取り出しながら大人一人やっと通れるような裏路地へ滑り込むように逃げる。
裏路地をアリスの能力で作られた生物を殺しながら進む。
「ホレホレホレホレ!」
耳障りな叫び声と共にハサミを持った小人達が己に襲いかかってくる。
懐に入られるとやっかいなので、近づかれる前に銃で小人を撃ち殺す。弾がなくなって銃を投げ捨てる。
「…ッ!?このナマモノたち無尽蔵に生えてきやがって!!」
丁寧な言葉をなぐりすて悪態とともに、撃ち漏らした最後の小人を蹴り飛ばし、壁にたたきつけて首にナイフを突き立てる。血の代わりに赤い絵の具が飛び散った。これで通路を塞いでいた小人はあらかた片付けた。
「コォー!コォー!コォー!」
路地裏の狭い空から白鳥が甲高い声で泣きながら、己に矢のように突っ込んでくる。
「シッ!!」
身体を捻ってさけ、地面に刺さってもがいている白鳥を一息で切り刻む。切り口から血のように白色の絵の具が流れ出てきた。己は人が一人やっと通れる狭い裏路地を逃げているため、アリスも小型の生物でしか己を攻撃することしかできない。さすがに身体能力なしで狼や野獣の相手は無理だ。一旦この戦闘から離脱しないと。
今回の情報があれば、次回の戦闘の際に綿密に用意して戦えば確実に勝てる。よし、メインストリートまでこれた。あとはこのままハーレーのところまで………?そこにはあるはずのない壁ができていた。
「どういうことだ?」
己の疑問に答えるように三日月に口が割れて笑っている毒々しい紫色の猫が影から溶け出すように現れた。猫はニヤニヤと己を嘲るように嗤う。
「おまえは逃げれないよ」
己は元きた道に引き返そうと慌てて振り返る。そこも壁になっていた。壁から紫の尻尾がだらしなくゆらゆらと揺れている。すぐ耳元で猫の声が聞こえる。
「どっちへ行きたいか分からなければ、 どっちの道へ行ったって大した違いはないさ」
くそ、ここまであいつの能力は規格外なのか?さっきのホテルの崩落といい街にそのものにも変化を与えることができるなんて。いつの間に四方をコンクリートの壁に囲まれていた。己はなんとか逃げ道が無いか上を見上げると、空が木目の天井に変化した。
「さぁ、とっとと観念しな」
その言葉と同時に周囲の風景が歪み、窓も扉もない殺風景な山小屋のような部屋に変化した。
己は立っていたはずなのに、いつの間にか山小屋の中にいて、ベットに仰向けで手足をツタで拘束されていた。
「あはっ、捕まえたわ。おにーさん」
「くそっ、やめろ」
「いやよ」
己は身動き取れない状態で声を荒げるが、身に着けていた服は剥ぎ取られ裸にされた。
これから何をする気だ、と聞くのは無駄なことだろう。
「あなたはこれから赤ずきんを食べて、猟師さんにお腹を裂かれて死んじゃうの」
アリスはゆっくりと指で陰茎のなぞりながら己の菊門へ到達した。
中に侵入されないように腹に力を入れるが、その力ををほぐすように菊門のシワを一つ一つ丁寧に愛撫を始める。言葉を発すると侵入を許してしまいそうだからきつく口を結ぶ。
「………………」
「でも悪い狼のあなたはアリスの友達の妖精さんや小人さんや動物さんをたくさんたくさん殺したんでしょ?ただ殺すだけじゃつまらないから、いっぱい、いっぱい、い〜〜〜〜ぱい、赤ずきんにいじめられてからじゃないと死ねないのよ」
なんとか力を入れなおそうと大きく息を吐いたところで、その息に合わせて力が緩んだのか氷のように冷たい手が菊門に侵入してくる。
「くはぁ!?」
己は息を吸いそこねて水中でもがくような声を上げた。冷たい指をさらに深く挿入し、ずぶずぶと探るように括約筋を犯している。
「っ!」
「ふふっ、み〜つけた。ここね」
己は前立腺を刺激されて漏れた息を隠すように睨みつけたが、アリスはそんな己の様子を満足気に目を細めて妖艶に微笑みながら、奥深く挿し込んだ人差し指を曲げた。前立腺を刺激され身体の芯を直接撫でられているような性感に逆らえず、体が勝手に跳ね上がり射精する。
「ぐぅ!??!」
「もう少し我慢してよね、悪い狼さん」
アリスは嗜虐的な笑みを浮かべながら前立腺を刺激していく。強烈な刺激が体中を駆け巡り全く抵抗できない。己は再びあっという間に射精した。
「げっ、がぁ!?」
「あはははは!あぁ、懐かしい匂い。お兄様と大人の真似っ子した遊びを思い出すわ」
顔に精液を浴びながら恍惚とした表情で、アリスは昔の情事に思いを馳せながら更に前立腺の刺激を続ける。
「うぐぅっっ、ひっくはぁっっ!!」
「あぁ、お兄様。お兄様。一体どこにいったのかしら?アリスはあなたをこんなに探しているのに。アリスはこんなにあなたを愛しているのに」
アリスは虚空に向かって喋りながらさらに激しく己を責め立てる。性感をむちゃくしゃにされ視界がぐるぐると混濁し上下の感覚すら混乱してきた。虚空に向かってしゃべりつづけている彼女に青い小鳥が急き立てるように囀る。
「コイツヲコロセ!コイツヲコロセ!」
「そうね。この悪い狼さんをそろそろ殺しましょう」
そう言って、アリスはドレスをまくり上げる。己の歪んだ視界でもわかったのが、アリスは下着を身につけていなかった。己を責め立てている間に秘所は濡れていたのかぬらぬら光っている。
「………」
「こんなに射精したのにまだまだ元気なのね?変態な悪い狼さん」
アリスは秘所を己の肉棒あてゆっくりと咥え込んだ。己はもう声を出す気力すら残っていない。
アリスは顔ついた己の精液を指ですくい舐めとりながら、ふと思いついたことを口走る。
「もしかしたらここだけならお兄様よりすごいのかしら?ううん、そんなことは絶対にないわ。アリスったら馬鹿ね」
前立腺を刺激しながら、確かめるように腰を振って己の肉棒を締め上げる。だんだんと射精感が高まってきた。アリスが己のことを狼と例えたことから考えると、己が膣内に射精するとアリスを”食べた”とみなされて殺されるのだろう。
「お兄様とこの遊びをした時は気が狂いそうになるくらい良かったから」
「……ぁ…………」
己はなんとか下腹に力を入れて射精をこらえる。膣内がうねるように脈動しながら、前立腺の刺激をやめない。頭が白っぽくなってきた。そろそろ我慢も限界だ。己はこのまま殺されるのか…そこまで考えた所で急に刺激が中断された。
「…………………………」
「あはっははは、はははははは。なんて無様な顔なのかしら。いい気味だわ」
己の死に対する恐怖が顔に出たのを満足したのか、アリスは己の拘束を解いた。
「さぁ、悪い狼さん。アリスを好きに食べていいわよ。最期は犬のように盛って死になさい」
だがコレは好機だ。己は高まっていた射精感を気を逸らすことでなんとか収める。萎えかけて気力が再び戻ってくる。この生意気な赤ずきんにはきついお仕置きが必要だな。
「ふぅ、はぁ、ふっ!!」
己は息を整えて上体を起こし、アリスの身体を抱きかかえるようにして、繋がったま彼女を半回転させて覆いかぶさった。アリスを四つん這いにさせて、己はいきよいよく腰を打ち付ける。
「んあっ!?あはっ、やっぱりね狼さんね。あなたはっ、ん……ふぅぅ!!」
肉棒の先端をアリスの一番奥へぶつけて、こりこりと子宮口を刺激する。
「ん――!…ふっ、あ、はっ、はっ、ふぁ……あんっ!!」
肉があまりついていない尻を愛撫しながら、仰け反った首筋を舌で舐める。その度にぐちゅぐちゅと結合部が泡立ち、滑りがよくなっていく。
「あ、はっ、はっ、あ、あふ……っ!」
「くっ……さすがにきつい」
先程まで射精寸前に追い込まれたから己のほうが先に限界を迎えそうだ。だがアリスの声には行為を楽しむ余裕が残っている。
「ふふ……狼さんは…早漏さんなの?」
「生意気なことをいう、赤ずきんですねっ!」
アリスは妖やしく笑いながら己を挑発する。いつもの調子で答えながら、己は一匹の雄として、その蠱惑的な雌の笑みを崩してやりたくなった。やられっぱなしは癪だ。己は射精感が高まるのも構わず腰を動かすスピードを上げる。
「あ……っ、く、う……はあっ、あ、んっ…」
アリスの声にだんだんと艶がまし余裕がなくなってきている。己もそろそろ限界だ。腰をしっかりとつかみ本能のおもむくまま体重を掛けて抽出を繰り返す。
「んっ……んっ、っく……も、もっと、あっ、あっ、んっ、はっ、あぁぁ」
性感なんてお構いなしにただ相手を孕ませる動物的な欲求のみで、子宮口の先端をこつこつと肉棒をこすりつける。身体の芯から熱い塊がせり上がってきた。
「あっ!ふぁ、あっ!あ、あっ、うぁっ!ん、……あ、ああっ!!!」
「ぐっ―――!!」
熱い塊を発射するのと同時に、更に深く肉棒を押しこみ犯し尽くすために精を解き放つ。いままで一番で大量で濃い精液を注ぎ込む。アリスもその射精を受けて
「あっ!も、もうっ!いっ、イク……っ!!」
アリスが今までで一番激しく膣壁がびくびくと痙攣して、手を突っ張り、背を激しくのけぞらせて四つん這いの姿から脱力する。己も気力・体力も限界で精を放つと同時に仰向けに転がった。それと同時にこぽっと音がして、アリスの膣内から肉棒が抜けると大量のゲル状の白濁液が流れ出てきた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
どちらともわからない熱い呼吸が部屋の音を支配している。
そして音もなく部屋には大きな斧を持った猟師が現れた。そいつは大きく斧を振りかぶって、仰向けになっている己の腹を目がけて振り下ろした。
その斧が己の内蔵をぶちまける寸前、煙のように斧ごと猟師は消えていった。
どうやら間一髪のところで能力を奪えたようだ。魔法が解けるように山小屋の風景が変化していく。
元に戻ると辺りは廃れたホテルの一室で、室内は粉々に砕け散ったガラスが散乱していた。己は裸でベットにいた。己が捕まったメインストリートだったはすだ。だがここは………己がアリスの首を突き刺して逃げられた部屋だ。服はベットの横に己の装備と共に乱雑に放り投げられていた。アリスは安らかな歳相応の少女の顔を浮かべながら寝ている。己が能力を奪ったからアリスは本当に無力な少女だろう。
己は服装と装備を整えながら、その間に能力を奪った時に流れ込んできた知識から状況を整理することができた。己はロンドン橋の下りからアリスの”眠れる森”に囚われていたのだ。
アリスの能力は『歴史に埋もれた「子供の空想の力」を主に生物の形で具現化する能力』
昔読んだ”不思議の国のアリス”の続編の”鏡の国のアリス”では、話の冒頭で主人公を悪夢に閉じ込める”鏡”もまた登場人物だ。生物だけに気を払っていた己の落ち度だろう。己は”鏡”の生み出した悪夢に取り込まれのだろう。罠や搦め手がないと考えた己の油断だ。オートマチック銃に新しい弾倉を換装する。童話の魔法で見せられた悪夢はコレで終わりだ。この少女にはこれ以上悪夢を見ることなく永遠に安らかに眠ってもおう。
己はリトル・シンデレラの魔法を解くために12回の乾いた鐘の音を廃墟に響きわらせた。
永遠に深く眠ってしまったアリスに青い小鳥が心配そうな鳴き声で囀っている。己がアリスの能力は奪ったのだからそのうち消えるだろう。部屋を出ようとすると、青い小鳥がアリスの声で己に問いかけてきた。
「だれがこまどりをころしたの?」
「己が殺したんだよ」
己は振り向かずに歩き出し、今夜の物語の終わりを青い駒鳥に告げた。
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