VITA BREVIS SCIENTIA LONGA とは?


THE HUSKY VOICEのタイトルの枠に使っている、このフレーズはラテン語だ。 しかし、わたしはラテン語を知らないので、かってに「命短し、学問は長し」と想像している。まちがっているかもしれない。

このフレーズはちょっと悲しい事件と関係がある。昭和の初期に、世の中がや がてファシズムへと転換しているころ、無産政党の唯一の代議士山本宣治が、治 安維持法改悪反対の演説を、議会でした直後に暗殺された。山本宣治--「やません」と愛称されていた--が、死の直前に、長野県の上田市に近い別所温泉で、近 隣の農民を集めて時局演説会を開いた。やませんの死を知った農民たちはひどく 悲しみ、やませんを悼む碑を建立した。ところが、警察はそれを破壊せよと命じ たため、農民は「はい、はい」と従うふりをして、いくつかの岩を砕いて、それ を破壊したという証拠に警察に提出した。警察はだまされた。農民たちはこっそり、その碑をかついで、やませんが演説会場に使った温泉旅館の前庭の池に深く沈めた。戦後もそうとう経て、そのことを覚えていた農民が、ふたたびその碑を 池から掘り出し、かつての場所に再建した。そして、長野県上田・小諸地方を本 拠地として活躍した詩人 たかくらてる の手になる故事来歴の説明文を新たに建 立した。

そのやませんの碑の台座に、必ずしも上手ではない、アルファベットで、この フレーズが刻まれているのだ。きっとやませんが演説会で、自分の座右の銘を農 民に語って聞かせたのだろう。そして農民もちゃんとラテン語でメモしていたの だろう。驚くではないか。

別所温泉は北向観音をはじめ鎌倉時代の古刹、また戦没画学生の絵が展示されている「無言館」が多くあり、見るべきところが多 い。そのためか、わたしが10年前に訪れたときにも、やませんの碑を訪れる人 はまれであり、町の案内にもその記述がなかった。

やませんについてはつぎのサイトに詳しい。http://ha2.seikyou.ne.jp/home/yamashiro/yamasen/

もし「やません」の墓をごらんになりたい方はここをクリックしてください。アルバムの下の方にあります。

1996年11月7日付日本共産党中央機関紙「赤旗」しんぶんの「行楽」面で、 堤由紀子記者が
「塩田平を見守る山宣の碑」という記事を書いている。上のことをより正確に 書かれているので参照されたい。なお、上の文で「やませんの碑の台座」と書い ているがこれは完全にわたしの記憶ちがいで、碑の上端だ。そのことは下の写真 で証明される。堤由紀子さんに感謝する。
(1996年11月13日記)

2001年夏も別所温泉を訪れた際には、やませんの碑は、木工所の陰に隠れて、発見することすら困難になっていた。


堤由紀子さん提供