fukuの和紙絵(ちぎり絵)
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aしまおか ひかる

大阪概論
1999年3月下旬、大阪市立大学(住吉区杉本)で行われた進化経済 学会に参加した。
京阪神へは学会等で幾度行ったか知れない。しかし、すべてとんぼ返り だった。だから京阪神の知識はないに等しかった。今回は少し時間を ゆっくり目にとった。
電車の中、街の中で人々をながめた。そしていくつかの重要な結論に到 達した。
大阪の結論
(1)東京は「日本の顔」(「ええかっこしい」)だから、美しい衣 服、美しい人をできるだけ表に出す。大阪はきっと美しい衣服、美しい人を東京の10倍も持っているに違いないが、ものを大切にするからで きるだけうちの中に奥深く隠し持っている。そして若い人は概しておと なしい。いきおい、表には普段着のおばちゃん連中であふれかえる。

(2)次に大阪の芸人の芸は高度に「おもろい」ものではない。おば ちゃんでもやれるようなレベルのつまらない芸を互いに「おもろ」がる 風土が、ガキン娘からお年寄りまで、共有している。いきおい、大阪は 芸人を次から次へと輩出する。
証明(1)
結論(1)は、ただ地下鉄、駅、街中をものの30分でも眺めておれば すぐに了解される。目で見られる限りの人の中で、おばちゃんの人口密 度が東京の10倍も高い。その上声が大きいし、言葉も高速度だ。いき おい、大阪のおばちゃんは信念を持っていて行動的だ。
地下鉄での若い女性の会話と思ってもらいたい。「うっとこのお母ん は、黒ごま教なんよ」「なんやそれ」「黒ごまな?黒い粒粒や。あれを 食べると髪の毛が黒くなるいうこと信じてるんや」「あんなもん食べは るんか?」「そや。食べるゆうか、飲むんやな」「のむ!?」「台所で な、お母んが腰に手えあててな、毎日一袋黒ごまを口に当てて、噛まん とがーっと飲むんや」「なんやあんたのお母はんすり鉢みたいな胃もっ てはるんやなぁ」「そや。それでな、お母んの頭黒々してんね。そやか ら今黒ごま教布教してるんや」「フキョー?そらえらいこっちゃ」。
証明(2)
結論(2)については、こんなことがあった。大阪なんばの府立「わっ は上方」演芸ホールに行列があり、その中にお年寄りや中年の男女もい た。しかし圧倒的に少女だった点で、一抹の不安を感じていた。ぼくも 1800円を払ってその行列の中に加わった。なぜ加わったかという と、そのコンサートは「水玉れっぷう隊」とCOCOROによるNSC 歌組公演(FMラジオの公開生放送)であり、吉本興業が製作している からで、なんかお笑い系だと思ったからだ。ぼくにはNSC歌組という ものが何なのか無知だったのが致命傷になった。
これはようするに、ど素人の少女たちのカラオケ大会だった。「水玉 れっぷう隊」とCOCOROは一人一人少女たちを27人もステージに 呼び出す司会役。少女たちの歌もひどかったが、真中の「水玉れっぷう 隊」のスペシャル・トークもひどかった。どれといって笑えるところが なかった。こんなカラオケ大会にどうして老人や中年男女が来ていたの か?開演直後すぐわかった。ステージの少女たちの親族たちだったので ある。こんなものに吉本がどうかかわっているかというと、NSC歌組 が吉本に所属しており、吉本のスタッフが構成し振り付け指導をし、ダ ンスの指導もしている。それにしてもこれは詐欺だ、当初ぼくは怒っ た。
しかし、驚くべきことというのか、笑えたのは、会場の少女たちが「水 玉れっぷう隊」のつまらないトークに笑い転げ、カラオケ大会を楽しん でいる。また老人、中年組は花束をステージの捧げて、おばちゃんたち は絶叫している。この場そのものが喜劇だった。これは実を言うと観客 をも一群のプレーヤーとして巻き込む喜劇なのだ。吉本興業はステージ の少女たちからも金を取り、親族・友人からも、一般客からもお金を 取って、全体でひとつの喜劇を製作しているという戦略をとっているの だ。吉本の底恐ろしさを感じた。
慨嘆
こういう自己触媒的な構造、XがYを生み、YがXを生むという化学反 応の構造を持っている大阪はつぎからつぎへと芸人を輩出するわけだ。

吉本的ネタ特論
口直しに、梅田花月にむかった。なぜ「わっは上方」の隣のなんば花月 に行かなかったのかというと、そこは十重二十重に若者の行列が取り巻 いていて、しかもどこか地方の民生委員が観光バスで大勢のお年寄りを 団体で連れてきていたからで、とても入ることができず入る気もしない からだ。
梅田花月は空いていた。手品師を含めて9組の芸人が舞台に現れたが、 概してつまらなかった。しゃべくりで3組の芸人が「大阪のおばちゃ ん」ネタを使っていたのが唯一笑えた。

ネタ1

”大阪のおばちゃんの6割はアホや。2割はデブや。

”6,7,8。あと2割はなんや?

”アホでデブや

ネタ2

”うっとこのお母んはこんなデブなんや。それがこんな小さいリボンの ついた可愛いパンティ買うてきてな。はこうとするんや。太もものとこ ろで止まってしまうんや。するとな、血ぃが止まってな、足が紫色に変 色するんやでえ。すごいよ。うっとこのお母んはそれでもはいてしまう んや。するとな、可愛いリボンが肉に食い込んで隠れてしまうんや。

”ウチとこのお母んもすごいでっせ。ちょうちょな。ひらひら飛ぶちょ うちょのすかしのついたパンストを買うてくるんや。床に寝てのた打ち 回ってなんとかはくんや。するとな、ちょうちょ蛾になってしまうんや でえ。

ネタ3

”大阪のおばちゃんの自転車はこわいでっせ。人ごみでもばーっとやっ てくるんや。わし、どれだけタイヤで靴を踏まれたかわからん。でな。 ベルのとれたんを平気で運転してきよるねん。口で、どいてえ、どいて え、リンリンリンリンとやかましいに言うてきよるねん。

ネタ4

”最近スーパーなんかの駐輪場で、サドルがよく盗まれるねん。おれ見 てたんやけど、あるおばちゃんのな、チャリのサドルが盗まれておった ん。そのおばちゃんは隣のチャリのサドルを盗んで、自分のにつけて 走っていったわ。

ネタ5

”おれな。阪急の十三(じゅうそう)と言うところに住んでまんねん。 あそこの駅の廊下は長いでっしゃろ?プラットホームに電車が着いて おったんや。おれ、間に合わんと思うて歩いていたら、後ろからおば ちゃん二人がドドドーと走って階段を降りてな、一人だけ飛び乗れたん や。乗り遅れたおばちゃんがトビラにしがみついてな、「あけてえー、 あけてえー」て。そんなもん開かへん。おばちゃんいうのはな、目的地 に行く途中で、電車の中でぺちゃぺちゃしゃべるのが楽しいねん。でな そのおばちゃん、「吉田さーん、先に行ってもうたらあかんでえー」て 叫んでるねん。吉田さんていわれたおばちゃんが電車の窓を開けて「ほ なら、わたい次の駅で待ってますさかい」って。次に来た電車におれも そのおばちゃんも乗ったんやけど、それが特急だったんや。そのおば ちゃん次の駅で待っている吉田さんに「先に行ってるでえー」と手振っ ていたわ。ほんまにわがままなおばちゃんや。

ネタ6

”大阪のおばちゃんはどこでも受けよう受けようと思うてるねん。魚屋 でおばちゃんが「このハマチ、ハウマッチ?」

”まあまあ、そんなしょうむないおばちゃんもおるわいな。

”で、隣でそれを聞いていたおばちゃんが「このいくらなんぼや?」

”なーんやそれ。コケとるやないか?「いくらはいくら?」や。

”それを聞いていた魚屋が・・・

”なんやまだあるんかいな。

”「ぎょ」言うて・・・

”おまえよくそんな教科書みたいなネタをしゃべるな。はずかしなる わ。

大阪の総括的結論
上で自己触媒的なお笑いの構造と言ったのは、こうした大阪のレベルの低い お笑いの場の構造についてなのだ。これ、本当の光景で、ネタではない。
梅田花月の舞台では若い漫才屋が面白くもない漫才をやっていた。
すると最前列中央の座席に座っていた50代の男性客が突然手をあげて言っ た。

「わし、芸能人になりたいんや」

ぼくら客には聞こえていたのだが、舞台の漫才は話に夢中で聞き取れなかっ たらしい。漫才を中断して、

漫才「え?なんだす?」

男性客「そやから、わし、芸能人になりたいんや」

漫才「そうでっか。えらい深刻な人生相談やな」

男性客の隣に座っていた中年の女性客が言った。

「えらい、すんません。このヒト酒飲んでまんねん。あんた、やめなはれ!」

男性客「そうや。わし、酔うてまんねん。わし芸能人になりとうてかなわんのや」

女性客「あんた、止めなはれ。外へ出て頭冷やしてきなはれ!」

漫才「えらい強敵が現れましたがな。みなさん、注目!こちらの方がぼくらの漫 才よりよほどおもろいでっせ。しっかし、そんなとこに座ってへんと吉本の事務 所のほうに行って相談しなはれ」

男性客「そおかあ。おまえらもがんばれや!」

漫才「あんたはんが、吉本にはいらはったら、ぼくらをあにさんと呼んでもらい ますよ」