東京新聞(朝刊)2003年6月16日
「こちら特報部」

老人党が世直しだ


政治家は老人をバカにしているのか。医療費値上げ、年金先細り、金利ゼロ。もう我慢ならんと、精神科医で作家のなだいなださん(七四)が「老人党」を旗揚げした。バーチャル(仮想)政党としてインターネットで組織拡大を図っており、「次回総選挙で老人に冷たい政治家を落選させるゾ」と意気軒高だ。

神奈川県鎌倉市にあるなださんの自宅は、閑静な住宅街の小高い丘の上にある。近所の寺の境内や生け垣には青やピンク、白いアジサイが満開で、梅雨にぬれている。本来、人なつっこいなださんの怒りも〃満開"のようで…。

 消費税もともと老人福祉税では

「大体あなた、消費税導入のときに、政府はこれから老人が多くなるからと説明したんだよ。老人福祉税という名称もあったほどだ。3%5%になり、また増税しようとしている。ところが、その消費税を老人のために使ったことがあるのか。大部分は銀行なん凧かの救済に使っているじゃないか」
 りそな銀行に対する二兆)円規模の公的資金注入は許るせないという。「銀行から献金を受けている政治家のリストを作ろうじゃないか。政治家は銀行がつぶれると大混乱に陥いると言うが、それは幻想だね。不健全な銀行はつぶれて当然だ。銀行を守るために、銀行に大口の借金をしている連申を間接的に救う、ために、中小企業がどんどんつぶされているんだよ」
 終盤国会の焦点であるイラク復興支援特別措置法案を引き合いに、小泉純一郎首相の外交姿勢を「アメリカ依存症だ」と"病名〃をつけて批判する。
「イラク戦争の理由だった大量破壊兵器さえ見つからない。こりゃウソの大きさにかけては、ウォ夕ーゲート事件なんて比じゃない。われわれ日本にも大ウソの経験がある。いろんな事件をでっち上げて国民を戦争へ連れて行った。そういうのを肌で覚えている老人が声を上げないで、誰が声を出すのか」
若者でなく高齢者に決起を呼びかけるのはなぜか。
「不況やリストラが深刻で、若い世代は言いたいことを言うとクビが危ないかもしれない。年金生活者はクビにならないからね」

組織老化の組合仲間助けられず

「かってはサラリーマンを支える強力な組合があった。自分たちが損をしても、仲問を助けるためにストライキをした。しかし、いまの組合は頼りにならないでしょ。組織が老化したんだね。だから六〇年安保、べ平連時代の青年がここで声を上げるしかない」
 小泉首相はじめ与野党に二世、三世議員があふれでいる。それも心もとないという。
「ラジオの子ども電話相談室で『日本は民主主義の国なのに、なぜ議員の子どもは議員に、後援会長の子どもは後援会長になるのですか』と質問を受けた。大いに困ったね、ハハハ。日本の民主主義は建前だけで、心まで成熟していない。個々の市民が自立した精神で権威に支配されず、自分の判断で投票できなければ民主主義とはいえない、と答えた。子どもは理解できただろうが、大人は相変わらず分かっていないね」

 戦没者と戦死区別つかぬ首相

小泉首相や山崎拓自民党幹事長、麻生太郎政調会長らの言動にもあきれる。「ブッシュ(米大統領)並みだね。つまり歴史的な学力がない。小泉さんは戦没者と戦死者の区別もつかない。靖国神社に参拝して『戦没者の霊を慰めてなぜいけないのか』と言ったが、靖国に原爆や東京空襲の死者がまつられているのか。そんなことも知らないなんて、最近の子どもの学力低下を嘆く前に、学力低下はずっと昔からだったと指摘すべきだ」
そこで旗揚げした老人党とは何か。

「党員名簿の作成や党費集め、事務局設置など、既成政党のような組織づくりは考えていない。老人にそんな面倒なことはできない。ホームページ上につくった政党は、自由なところが取りえだからね。これ以上老人はバカにされないゾ、という点に賛同すれば、誰でも老人党を名乗ってよい。野中広務・元自民党幹事長でも構わない。政策を提案し合い、選挙が近づけば選挙区状況を共有し、みんなでどの侯補者を支援し、また落選させるかを決めたい。 なださんが仮想政党を思いついたのは、イラク戦争反対のデモ行進に参加しているときだった。しかも老人党を標ぼうしながら、若者の行動力に触発され「その反戦デモは、強大な組織をもたないNPO(民間非営利団体)の連体が主催し、日比谷公園に四万人も集まった。驚きだった。携帯電話やインターネットのメールでアッという問に情報が広まつた。政党がやっているような動員ではないんだ。これが本来のデモの姿ではないか」
「それが可能なら、政府に抗議するため、誰かが何月何日の何時に集まれと言えば、国会周辺に何万人もの人の壁ができるかもしれない。通信機器の発達でそういう時代になった。政治家はいままで民衆の声を相手にしなかったが・こういうデモに直面すれば耳を傾けねばならなくなる。

"将来の老人"の若者も入党望む

実は、米国の銃社会を厳しく批判したドキユメンタリー映画「ボウリング・フオー.コロンバイン」を見たときも同様の体験をしたという。当初、単館上映だったが人気が爆発。なださんもその行列に並んだ。「若者たちが携帯電話で写真を撮って『見て見てこの大行列』とか、『何の映画か分らないけど、これだけ並んでいるので面白そう。たぶんボウリングの映画だな』などとメールで友人らに知らせていた。やっぱりこれだ、と思った。
 老人党の賛同者が、パソ一コンや携帯電話のメールで・情報を瞬時にやりとりし、その輪を広げていく。すでに老人福祉や健康保険などの問題でネット上の議論も始まっている。新しい政治参加の在り方を提案しているのだ。
 ただ、老人はインターネットの扱いが苦手だ。なださんは「それが老人党の唯一の弱点」と苦笑する。それでも「つい先日も、若者の助けを借りて八十二歳の党員が掲示板に書き込みをしてきた。若者も、将来の老人としてぜひ党員になってもらいたい。老人だってかつては青年だったのだから」と屈託がない。

 老人党の抱負は何か。
「既成政党と違い、選挙で多数を占めるつもりはない。なぜなら老人の特徴として権力欲がないんだな。ただ、少しの票でも死命を制する選挙がある。老人党はたとえ数
%の勢力しかなくても、全国に広がる通信網を使い、当落線上にある侯補者をひと押しすることで政治を動かしたい。老人を大切にする候補者を当選させる。古い政治家はそれが可能であることに、まだ気づいていないね」