「ありがとう、ブッシュ大統領」(横浜の友だちS氏推奨)
朝日新聞2003年3月19日夕刊より

 あくまでもイラク攻撃を行おうとしてきたアメリカの態度に対して、世界各地の文学者や芸術家から反対の声が上がっている。世界的なベストセラー小説『アルケミスト』などで知られるブラジルのパウロ・コエーリョ氏が世界の主要メディアにメッセージを寄せた。(原文はポルトガル語.翻訳は旦啓介氏)

ありがとう、偉大な指導者ジョ―ジ・W・ブッシュ。

サダム・フセインが体現している危険をすべての人に知らせてくれて、ありがとう。私たちの多くは、彼が化学兵器を、自国民に対して、クルド人に対して、イラン人に対して使用したことがあるのを忘れてしまっていただろうから。フセインは血に飢えた独裁者であり、現地点においてもっとも明白に悪を体現している人物のひとりである。

しかし、私があなたにお礼をいいたい理由はほかにもある。2003年の最初の2ヶ月の間に、あなたはいくつも重要なことを世界に示してくれたのであり、それゆえ感謝を捧げたい。そこで、子供のころに覚えた詩を模して、あなたにありがとうと言っておきたい。

ありがとう。トルコの国民と議会とが、たとえ260億ドルを払っても買収できないことを全世界に見せてくれて、ありがとう。

ありがとう、統治者の決定と、国民の願望との間に巨大な断裂あることを示してくれて、ホセ・マリア・アスナ―ルとトニー・ブレアがともに、自分を選出した国民にまったく重きを置かず、まったく敬意をもっていない人であることを明確にしてくれて、ありがとう。アスナールはスペイン国民の90%以上が戦争に反対であることを無視しおおせ、ブレアはこの30年間の英国で最も大規模なデモを心にかけない。

ありがとう、あなたの不屈の精神のおかげで、トニー・ブレアは捏造された書類をもって英国議会に、臨まざるをえなくなった。ひとりの学生によって10年も前に書かれた文書が、「英国諜報機関の収集した決定的な証拠」として提示されたのである。

ありがとう、コリン・パウエルを物笑いの種にしてくれて。彼が国連安全保障理事会の場で提示した数枚の写真は、1週間後、イラク武装解除の責任者である査察委員長ハンス・ブリンクスから公式な反論を受けることになったのである。

ありがとう、あなたの態度おかげで、フランスのドミニク・ドルパン外相は、戦争に反対する演説によって、国連総会の場で万雷の拍手を受けるという名誉に浴することになった―これは私の知るかぎり、国連の歴史上、これまでたった一回しかなかったことであり、それはネルソン・マンデラが演説した際だった。

ありがとう、あなたの戦争努力のおかげでいつもばらばらであるであった前のアラブ諸国が、2月の最後の1週間カイロで開かれた会議で、初めて一致団結して侵略を非難することになった。

ありがとう、「国連が現実的な有用性を示す最後のチャンス」と主張するレトリックのおかげで、もっとも及び腰だった国々でさえ、ついにイラク攻撃反対の立場をとることになった。

ありがとう、あなたの外交政策のおかげで、イギリスのジャック・ストロー外相は、21世紀のただ中で、「戦争が道徳的な正当性をもつ場合もある」と発言した―そして、その発言によって、すべての信用を失うことになった。

ありがとう、統合のために苦闘しているヨーロッパを、分断しようと試みてくれて。それはまたとない警告として、決して忘れられずに生きてくる。

ありがとう、今世紀、ほとんど誰にもなしえなかったことを実現してくれて―世界のすべての大陸で、同じひとつの思いのために闘っている何百万人もの人を結びあわせてくれて。その思いというのは、あなたの思いとは反対のものであるのだが。

ありがとう、再び私たちに、たとえ私たちのことばが聞き届けられることがなくても、少なくとも自分は黙ってはいなかったのだ、と感じさせてくれて―それは将来において、私たちにより以上の力をあたえてくれることになる。

ありがとう、わたしたちを無視してくれて。あなたの決断に反対する態度を明らかにしたすべての人を除け者にしてくれて。なぜなら、地球の未来は除外された者たちのものだから。

ありがとう、なぜなら、あなたがいなければ、私たちは自分たちに人を動かし、動員する力があることに気づかなかったはずだから。その力はすぐには何の役にも立たないかも知れないが、もっと後になって必ず役立つはずだから。

戦太鼓がもはや後戻り不能なところで鳴り響いているような今、私はかって、ひとりのヨーロッパの王が侵略者に対して語った言葉を自ら口にしておきたい『どうかあなたの朝が美しいものでありますように、太陽があなたの兵隊の鎧の上で輝きますように―なぜなら、午後には私があなたを打ち負かしますから』

ありがとう、すでに起動してしまっている歯車をなんとか止めようとして街路を練り歩く名もなき軍勢である私たちに、無力感とはどんなものかを味わわせてくれて。その無力感といかにして戦い、いかにしてそれを別のものに変えていけばいいのか、学ぶ機会をあたえてくれて。

それゆえ、どうかあなたの朝を、そしてそれが今のところまだ、もたらしているであろう栄光を,十分に味わっておいていただきたい。

ありがとう。私たちに耳を貸さず、私たちの言うことを本気にしないでくれて、ありがとう。むろんのこと、私たちはあなたの言うことをしっかり聞いており、あなたの言葉を決して忘れない。そのことを、是非知っておいていただきたい。

ありがとう、偉大な指導者ジョージ・W・ブッシュ。

ありがとうございました。