『あゝ野麦峠』を演じる 2004年7月22日埼玉大学教育学部
 H10教室にて

2004年度前期授業「社会科指導法A」において、『あゝ野麦峠』(山本茂実原作)を演ずるグループを作った。まずこの授業の性格について説明したい。
この授業は教職必修の授業で、教員は学生を学生は教員を選ぶことができず、事務方が機械的に割り当てるものなのだ。したがって、学生=教員双方にアタリ・ハズレがあり、相性が悪い者も出てくる。必修だから、学生はやむを得ず取るので、学生の授業への取り組みの意欲が、一般的に言って、希薄なのだ。実際に授業の後半に毎回提出させる小レポの中には、ぼくの授業は「ハズレだった」と断じた学生も見らた。
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ぼくがこの「演ずる」班に指導した要点は以下の通りのみだった。
1)著書や同名の映画(山本薩夫監督大竹しのぶ、原田三枝子主演=この映画の製作にぼくが少し関わった)を読み観て、シナリオを作ること
2)シナリオを恥ずかしがらずに大きな声で朗読すること
以上、たった二点だけだった。その前に、03年8月6日の大学見学会の折、ぼくが模擬授業を見学高校生に対して行ったようすをDVDに収録したものを全員に見せ、ぼくがその場で要請した朗読劇を、高校生が勇気をもって自発的に出演してくれた様子を見せてはいた。
ぼくは、授業で「演ずること」をとても重視する。純粋経済学の講義でも演ずるし、ゼミ合宿でも演ずることを要求する。しかし、ほとんど100%朗読劇だけを期待した。小道具や衣装、照明、振り付けなどいっさい要求しなかった。もとより、必要であろう唄の作曲も要求しなかった。ただし、1982年の『夕鶴』を演じた班だけは作曲もしてくれたのが唯一の例外だった。
ぼくが、この教職必修の授業の担当を今年最後にしようと思っていたまさに今期において、信じられない仕事をしてくれた班がこの「演ずる」班だった。たかが、必修の授業でどうしてこれだけの意気込みを見せてくれたのか、奇跡に近い。ぼくの教員生活では、最後の最大のプレゼントなった。
迫真の演技の程は、肺結核で死ぬ政井みね役の嘆き悲しむアップ写真に目に涙を溜めている、ことで証明される。
台本を書いた学生へ
これを見たら、確かに台本のプリントしたものをいただいたが、それをフロッピーに入れてぼくに手渡
してもらいたい。

なお、このアルバムをHPにアップするについて、この班の学生に「一人でもノー」と言えば、アップしないから遠慮なくその旨申し出るように、と言った。一人として「ノー」がいなかったばかりではなく、主役の女性学生には個別に「君のズームインの写真があるけど、かまわないかい?」と尋ねた。彼女も「かまいません」ときっぱり言ってくれた。したがって、この班すべての承諾の上で、このアルバムがアップされていることを、ここにお知らせしておく。