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2002年4月30日設置

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2011/04/20(水) 戦鬼の心悸と鬱病の克服

事実。
私は去年の秋に、鬱病を発病した。
そして突然、「僕はもう死のう!」と言い出した。

事実。
休職することなく、普通に働きながら
2週間に1回の割合で心療科に通っていた。

事実。
心の爆弾を抱えながら、戦い続けるその代償として
薬の副作用で私の男性機能が止まった。
鬱病は心の風邪だ!薬で治せる!と簡単に言う人は
馬鹿だ。


鬱病に罹っている事は会社の上層部だけ知っていて
それ以外には気付かれないように、いつも通りの仕事量をこなし続けた。
文字通り「戦鬼」だと自分でも思った。
そして、ようやく心が回復したところで
大震災が発生した。



鬱病に罹ったのは、私がいろいろな事を考え過ぎたから。
仕事の内容だとか、元気の全く無い後輩の事。
理不尽な事を言う得意先、恐ろしく出来の悪い外注先。
明確な答えが出ないものまでいろいろ考えて、思考が止まらなくなって、不眠症のあげく
脳がオーバーヒート。頭の働きが急激に緩くなって仕事上のミスが多発して、
不思議に思って病院に行って発病を知った。

毎日の飲む鬱病の薬と、睡眠導入剤。

去年の冬のある時期、肺炎気味の風邪になった時に
・咳止め薬
・抗生物質
・寝る前に使う気管支を広げる貼り薬
・沢山の薬で胃が荒れるのを防ぐ薬
 →簡単に言うと、薬を飲むための薬
などなど、全部合わせて10種類近くの薬を飲んでいた時期もあって
さすがにその時は「俺はオジイチャンか!?」と思った。
オジイチャンは薬を飲み過ぎだ。というか飲まされ過ぎだ。

そんな薬を飲みながら鬱病と共に生きる毎日。
心の中に薄く垂れ込める鬱々たる黒雲から意図的に目を逸らしつつ
でも黒雲のせいで微妙に薄暗い心の檻の中で、自分の心悸を1つずつ、
静かに、とても静かに数えていた。

鼓動の全てを数える、そこには現実的な意味は全く無く、ただ一定の間隔で刻まれる音を淡々と聞くだけ。
一見、無駄に思えるこの行為が、自分にとっては地道な前進であって
生きていることの確実な証でもあった。
そんな基本的なところから出直さないと自分の存在すら正しく把握できないほどに
私の心は疲弊していた。

無駄に考え過ぎる事をやめて、薬の効果でよく寝られるようになって
脳を十分休ませることができるようになって、心が回復したこのタイミングで
大震災が起こった。

己が心の闇を冷静に見つめ続けた人間として、心の闇に囚われることを事前に回避する方法を知っているし
「鬱病が治ったばかりなんだゾ!俺をもっと大事にしろこの馬鹿野郎!」
というヤケクソ気味の開き直りのおかげで、これほどの重大事態であっても
普通の人よりは前向きに、そして気楽に生きていられる。
なぜか後ろ向きな発言ばかりを繰り返す人を見かけると
「はっきり言って、氏ねばいいのに」
と思う。 というか、よく本人の前で言ってしまっている。

相変わらず、私は沢山の仕事を抱えているし、毎日沢山の人と話すし
得意先の前でアワアワしているし、毎晩遅くまで働いている。
そして相変わらず馬鹿みたいにいろいろな事を考え過ぎていて
夜になっても脳が止まらないから睡眠導入剤を手放すことは出来ないけれども、
己の心の闇に正面から向き合った人間として、そして静かに己が心悸を聞き続けた人間として
地道に前に進むことの大切さを伝えられたらいいな、とも思っている。

ただの「ノーテンキ」では無いのです。


脳のオーバーヒートから自殺を考えた自分。
その素振りを必死で隠して戦い続けた自分。
心悸を静かに数えて生を実感していた自分。
悪魔の契約といいつつ薬を飲み続けた自分。
そして何よりも、生き続けることを選んだ自分。

それらがあったからこそ、今、前を向いて歩けるのです。
生半可な覚悟では戦ってはいないのです。

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