日誌

2002年4月30日設置

[メインページ] > [日誌一覧]
2009/09/14(月) システムエンジニアの幸せの尺度とは

システムエンジニアとして、毎日圧倒的な量の仕事をしている。

ちぎっては投げ、ちぎっては投げ。
いろんな障害を地道に乗り越えながら
他の誰かの失敗であっても援護射撃しつつ、
怒り気味な得意先をなだめつつ、鬼のごとく戦い続けている。

そんな生活に疲れ果てて、最近よく
「ニートに転職する!」と騒いでいる自分は
心がかなり病んでいると思う。
ニートに転職って一体...

深夜まで働いて、毎日終電が無くなって歩いて帰って
金曜日は次の日の早朝まで働いて、土曜は丸一日寝て
有休は全く取れなくて、休日も仕事をしていたりで
そんなシステムエンジニアは私だけではないと思うけれども
だんだん心が腐ってきます。

あまりにも仕事の量・種類・情報量が多すぎて
やったそばから片っ端から忘れていくし、Todoリストを作っても
そもそも実行する時間が無くて、結局できないものがどんどん増えていく。
システムエンジニアなら、厳しい時間制限をこなすために
消極的なサボタージュ(優先度の低い仕事のあきらめ)を誰でもやっているが
それを咎める人はいても、大量に仕事をこなしている事を評価してくれる人は、
まずいない。

ふと我に返って、思うことがある。
これだけコンピュータが普及し、高度情報化社会になって
昔と比べて人間はより幸せに生きているのだろうか。
確かに圧倒的に便利にはなったけれども、それが人の幸せにつながっているのだろうか。
その便利さを実現するために、他の誰かの幸せを犠牲にしていないだろうか。

コンピュータがなくても、また情報が無くても
昔の人は十分生活できていたし、不便さが不幸に直結していたわけではない。
現代は情報量が圧倒的に増えたが、相対的に情報の質が大きく劣化しているし
重要な判断をする上で、それらを有効に活用できているかは非常に疑問。
心の豊かさという尺度で考えたら、本当に豊かな世の中になっているのだろうか?
情報に惑わされて、分不相応な幸せを夢見て、自分に挫折していないだろうか?
それらを思うと少し複雑な気分になります。

生きるうえで本質的に重要な事は何なのか
大量の情報の中に埋もれてしまって、見つけ出すことが難しい現代
漂流するかのごとく日々を生きている人達が、沢山いそうな気がするのです。

たまにそんな事を考えながら。
私は毎日必死で働いています。

[メインページ] > [日誌一覧]