日誌

2002年4月30日設置

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2009/04/10(金) 東京の桜風景

会社帰りに石神井川を覗いてみたら、
散った桜の花びらが川面に大量に流れていました。

暗闇の中、花びらでぼうっと白く浮かび上がる幻想的な石神井川の流れに
桜花の儚さを感じながら、しばらく川面を眺めていました。

去年の春、隅田川の桜を見に行きました。
隅田川に架かる言問橋のふもとで桜を見ていたのですが
川の両岸と橋の上、それから水面を走る船の上に、沢山の花見客がいました。

言問橋は東京大空襲の時に膨大な数の犠牲者が出た橋で
空襲で黒く焦げた跡が今でも残るこの橋の石柱の脇で
綺麗な桜、沢山の花見客、数十年前の悲しい歴史を全く感じさせない賑やかさ。

現在と過去の決定的な違いを風景から実感したとき
今のこの国が底抜けに平和であることの嬉しさと
そこに至るまでに犠牲になられた方々に対する後ろめたさで
自分でもよく理解できない涙が、思わずこぼれ落ちそうになりました。

たぶん、現代を生きる私達が後ろめたさを感じる必要は無いと思う。
けれども日本人として、また東京に住む人間として、忘れてはいけない過去がある。
多大な犠牲と苦労の上に現在の平和が成り立っている、その事実を
可能な限り正しく認識することで、今の日本が平和であることの
本当の意味での「有難さ」を感じることができるのだと思う。

あの時代、「桜花」という人間爆弾を作り出した人がいた。
心を持った生きた人間が爆弾を操縦していて一度飛び立ったら二度と生きては帰れない。
一発の爆弾の命中に自分の全ての存在意義をかける
そんな悲壮な「桜」も日本の過去に存在している。人間魚雷「回天」も然り。
散り際の潔さと、儚さと、時の流れの中で自分の意思では逆らうことの出来ない無力さ。
刹那の輝きを見せる桜は、美しいだけではなく、とてもせつない。

「桜花」に搭乗した方々、またその母機を操縦して桜花と共に散った方々。
そしてあの戦争で亡くなられた方々が今の平和な日本を見たら、どう思うのだろうか。
そんなことを漠然と考えながら、夜の石神井川を真っ白にするほど大量に流れる
桜の花びらを眺めていました。

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