2003年6月〜8月の日記

2003年6月

2003.6.12
2週間以上もご無沙汰しました。最初一週間は単にさぼってましたが、後の一週間は体調が悪くて。頭痛がして目がつらいので意識的にPCを遠ざけてました。すみません。やっと元気になってきたので今日から復活!……するでしょうかね?
ワールドカップから一年 昨日のサッカー、パラグアイ戦。見ましたか? 結果はドローで残念でしたけど、私の場合サッカーを見ているというより楢崎くんを見てるんでo(^o^)o
ちょうど1年前、ワールドカップで日本中が盛り上がっていたんですよねー。それまでサッカーにまるで興味のなかった私とオオアマさまも、せっかく地元で試合をやっているんだからせめて雰囲気だけでも味わおうと、日本戦の当日横浜国際競技場の周辺をウロウロしてきたんですよ。青にユニフォームにあふれていました。あれから1年……。なんだか年ばっかりとりますね。
青山学院大学の
オープンキャンパス


↑青山学院大学相模原校舎 
中央はチャペル
その他の最近楽しかったこと。先週土曜日はわりと元気で、オオアマさまと一緒に青山学院大学の相模原オープンキャンパスに行ってみました。オオアマさまにとっては大学情報を集めるのも仕事の一つですが、呉女も予備校で進路指導の仕事をしていたことがあるので、大学情報には興味がないわけではなく、実はお見合いの時の話題はもっぱらコレでした。最近の相模の国の話題の一つは青山学院が駅から遠くて不便な厚木キャンパスからJR淵野辺駅から徒歩数分の相模原に移転したことです。厚木と相模原ではたいした差がないようにも思うけど、確かに通うには便利になったはず。その青山学院のピッカピッカのチャペルでパイプオルガンの演奏を楽しんだり、校舎のてっぺんのガラス張り展望台(?)から多摩丘陵や丹沢の山々の眺めを楽しんだり、図書館をウロウロしたり、300円で学食のランチを食べたり、オオアマさまなんて生徒対象の入試相談室へ行って先生をつかまえていろいろしゃべってきたり……。オープンキャンパスでなんでこんなに楽しめるんだ?と思うほど楽しんできました。これからもいろんな大学にオジャマしようかしら?……オープンキャンパスは呉女みたいなオバさん対象じゃないんだってば(年だけは受験生の母でおかしくないけれど、人生経験がないから多分そうは見えない)。できることならもう一度大学生くらいから人生やり直してみたいね。もっとちゃんと勉強しておくのだった、と。

旅はアプローチが面白い
2003.6.13
5月に行った奈良の旅の唐古・鍵遺跡を更新。弥生の遺跡ですから「飛鳥・奈良」ページはおかしいのですが、トップページにも書いたように、旅の途中を省きたくなくて、大和の真ん中をのんびり歩いた感じを出したくて、「旅日記」ではなく番外編の1ページにしました。旅って目的地だけが面白いのではないのです。そこへいたるアプローチも、移動の間も面白い。あの日、天気予報では雨だったのでレンタカーを借りることも考えたのです。実際にはピカピカの晴天でしたし、車なら効率よくまわれるけれど、私にとってはああいう大和の真ん中を歩くことこそ究極の癒し。歩いてよかったと思っています。
大河ドラマ ところで、再来年の大河ドラマは「義経」だそうですね。大河の題材選びには「ご当地」争いもたいへんだそうですから、義経なら東北から山陽まで、いろんなところが舞台になるからいいんじゃないですか? 吉野なんかも出てくるかな〜。今の「武蔵」は視聴率が低迷しているそうですが、呉女もあんまり熱心には見ていないんです。あれだけ「名作」の誉れ高い原作なのだから面白いのでしょうけど、剣豪ものの価値観がわからんのです。何のために闘っているのか……? それで感情移入ができないんです。歴史的有名人もあんまり出てこないし。江戸に行く、とか言っているけど、実際アンタどこにいるのよって感じだし。そのかわり、というか火曜日の「大奥」にはまりそうな気配アリ……。

フラもソーイングも
2003.6.17
今日は火曜日、フラダンスの日でした。やっと一曲通しで踊れるようになって、練習が終わるとかなり充実感。今回の講座はあと1回だけなのですが、あんまり楽しいので、続けてお教室にも通おう!と決意してしまいました。まだ申し込みはしていないのですけど。それで帰りに生地屋さんをのぞいたら、色のきれいな布を見つけ「続けるのなら、もう一着パウスカートが欲しいわよね」と買ってきてしまいました。それに実現するかどうかはわからないけど、ゆかたを縫ってみようか、という野望も抱いてます。昔祖母にもらった反物があるのでそれを使って。……ホントにやるかな? めんどうで途中で投げ出すかもしれないけど。ずっと押入れに入っていたミシンが急に働かせられてびっくりしてるかな? そんなことをしていると、また更新が滞りそう……。
「小江戸」佐原と香取神宮


香取神宮
土曜日には佐原(千葉県)に日帰りで行ってきました。伊能忠敬の出身地として有名な町です。呉女が思うに、東京から日帰りで行く観光地として最も成功しているといえる町は川越と佐原です。根拠はないけど、世間の話題とかを聞いているとそう思います。両方とも「小江戸」と呼ばれる江戸時代に栄えた町。川越は一度数年前にフラッと訪ねたことがあります。佐原は今回全く始めて訪れました。そのうち書くと思いますが、その古さ加減というか、町の残り具合と新しさとの調和がちょうどよくて、美しい町でした。ただ途中で雨に降られてしまったのが残念。それから佐原の町から3キロほどのところに下総の一の宮、香取神宮があるのでそちらも訪ねました。6月と12月は大祓えの月なのだそうで、人型の紙に名前を書いてそれに息を吹きかけ、境内のド真ん中にしつらえられたワッカをくぐると半年間の罪をきよめることができるとか。説明書きに「人は知らず知らずのうちに人を傷つけたり、良心に反したことをしたりしているものです……」との言葉に大いに納得して500円払ってワッカをくぐってきました。他にやっている人が全然いなかったのではずかしかったけど、ちょっと清清しくなった気分です。

中ツ道発掘「飛ぶ鳥の明日香
の里をおきていなば」
2003.6.18
昨日の日記に書かなかったのですが、昨日の新聞に藤原京と平城京を結ぶ道のひとつ、中ツ道の一部が藤原京跡で発掘された、とのニュース。いつもオオアマさまが出勤するときポストから新聞をとってそのまま持っていってしまうのですが、昨日の朝は一度わざわざ玄関まで戻ってきて、チラと一面を私に見せてから出かけていきました。
現在の高速道路なみの幅ですって。車もないのにねー。さらら様も歩いたかしら? 平城京に遷都のときの道といわれると、元明天皇の「飛ぶ鳥の明日香の里をおきていなば君があたりは見えずもあらなむ」の歌を思い出します。そういえば、下ツ道は唐古・鍵のところに書いたように国道24号に重なったりするし、上ツ道は山辺の道に近かったり、先日の夜行バスで天理から奈良に入る道がほぼそうだろうとか、けっこう意識する機会があるのですが(奈良町の「はり新」というお店には「かみつみち弁当」というのがあります)、中ツ道ってあまり意識したことがなかったですね。ホントにいろいろ出てきますよねー。見に行きたいけど、キリがないもんなー。
「大奥」にハマる ところで、昨日の「大奥」。オオアマさまが8時半ころに帰宅したので夕食の仕上げをしていたりして、前半はゆっくり見られませんでした。でも、そのオオアマさまが「大奥」を気に入ったらしいのです。オオアマさまは大河とニュースと野球くらいしかテレビは見ない人なんですけど、先週夕食を食べながら見せてみたら、いつのまにかテレビの正面に鎮座ましましていました。昨日もまるで最終回のような展開に「もう終わっちゃうの?(;_;)」「まだ始まったばかりだし、これから和宮とか出てくるのよ」「よかった〜(^o^)」てな感じ。昨日は浅野ゆう子ってやっぱり美人だな〜なんて感心してしまいました。こわいところもいいけど、ちょっと憂いをにじませた表情がキレイ。それから北村一輝がいいですねー。彼「北条時宗」で怪しい雰囲気を出しまくってました。ああいう濃い感じは苦手なタイプなんですが、トーク番組で素を見たら、えらく無邪気というか純な感じの人なのが好印象。今回の役は怪しい中に純な感じがあるのがいいんじゃないかしら? 来週死んでしまいそうですが……。それでも気になってしかたがないのが、「暴れん坊将軍」でもそうでしたが、江戸城の天守閣。明暦の大火で消失したまま再建されなかったはず。しかもいつも「姫路城」なのもなんだかねえ……。

「芹沢_介の世界」

↑日本民藝館は井の頭線駒場東大前から徒歩数分
2003.6.30
27日の木曜日の話。「日本民藝館」で開催中だった「芹澤_介の世界」展を見に行きました。芹澤_介は生活の中の美を認識しようとする昭和初期の民藝運動の中心人物の一人で型染絵の第一人者です。「型染め」はまず特殊な紙で型を彫り、それを使って着物の反物などの染色をするのですが、芹澤氏の場合、着物だけでなく絵画、絵本などいろいろなものにその技法を使っています。沖縄の紅型に影響を受けた明るい色彩。日常品も彼の手にかかると素敵なデザインに変身するのです。実は、すでに亡くなりましたが私の祖父は型染めの型紙を彫る職人だったんです。祖父の器用な手元をよく覗き込んでいたものです。なんで私にはあの器用さが受け継がれなかったんだろう? 私は今回展示されていた「那覇大市」という作品がお気に入り。市で売られている細々したものがすごく素敵に描かれているんです。あと小川(埼玉)の紙漉き風景とか益子の陶芸の様子とか。旅の印象を自分なりの方法で表現できる人はうらやましいなあ
すずめさんの個展 ……と思っていたら、そういう人が身近にもいました。続いて阿佐ヶ谷の喫茶店で開かれていたすずめさん(リンク参照)の個展を訪れました。ご本人は多忙で会えなかったし、ちょうどお店が込んでいたのであまりじっくりと絵を見ることができなかったのが残念なのですが。すずめさんは有名な風景から小路の何気ないお店まで、旅先(ヨーロッパ)の風景を水彩画で描いています。すずめさんの繊細な感覚で、すーっと風がぬけていくようなさわやかな絵です。そのお店のアイスミルクティーがこれまたおいしくて、しばらく本など読みながらゆったりしてしまいました。

2003年7月


夫婦揃って、結婚式















オオアマさま、スピーチ中


2003.7.6
土曜日は大安吉日だったようで。オオアマさまといっしょに結婚式に出席してまいりました。結婚したのはオオアマさまの元生徒の女の子。それで、なんで私まで一緒に行くことになったか、というと、まあ彼女のことも知ってはいたけれど、一度彼氏を連れてきたんですね。その彼氏が鉄道ファン。私は弟が鉄道ファンなので鉄道ファンがいかなるものかはよくわかっているので話相手をしやすいのです。それで彼が私とのおしゃべりを「とても楽しかった!」と喜んでくださり「結婚式には是非お二人で」ということになったわけです。そもそも私には鉄道ファンだけを引き寄せるフェロモンがあるという説があります。(ちなみにオオアマさまは鉄道が好きではあるけれど常識人の範囲、鉄道ファンとまではいえません)
彼女は私たちが結婚したと同時に高校に入学してきた生徒です。卒業して短大に進んだのですが、「四年制大学へ入りなおしたい」と。それには社会も受験せな、ということでウチで日本史の勉強をしたりオオアマさまがどこかまで教えに行ったりしていたのです。その甲斐あってか入学した四年制大学に講師として来ていたのが鉄道ファンの彼。ずいぶん年の離れた夫婦なのですが、今日の様子を見ていると、あがりまくっている新郎に対して新婦の堂々としていること! さぞかしよい夫婦になることでしょう。オメデトウ!
ところで私たち夫婦で一緒に結婚式に出るのは初めてだったんです。オオアマさまはたいてい出席するとスピーチを頼まれる人でして、本人もそれが好きだったりするのですが(本当は司会をするのが好き)、家でスピーチを考えているところは見ていても本番は見たことがなかったものですから、やっと聞ける〜というのが嬉しくて。でも実際は「長くなっちゃいそうなんだけど、いい?」と言うので、前に話した二人の長さを計ったら7分と3分。「10分以上はマズイでしょう」とオオアマさまが話し出したら時計をチェック。「5分経過」のジェスチャーを送ったら早速まとめに入り「あら早かったじゃない」……てな感じで、落ち着いて聞けませんでした。でも新郎新婦がとても熱心に耳を傾けてくれていたのがとても嬉しくて、その様子もきちんとカメラにおさめました。
他にも新婦の同級生、つまり元生徒は4人出席していたのですが、みんなウチに遊びにきたことがある子たちばかりなんで、披露宴の間もカメラを向け合ってはしゃぐわ騒ぐわ……「先生の妻」というよりは彼女らの友達に近い感覚になっちゃっていたので、その横で一応「先生」でいなければならないオオアマさまはかなり疲れたようでした。ゴメンナサイ……。

もうすぐ一周年、もうすぐ夏休
み〜
2003.7.8
もうすぐこのサイトの一周年なのですが、一年たって書きたいことの半分も書いてないじゃん、と猛烈に反省。だいたい、「書く」より「行く」ほうが多いのも問題なのよねー。といいつつ、この夏もかなり遊びます。昨年「オバさんの主張」に書いたような、オオアマさまに夏休みがなくなる、という懸念は今年に関してはないようなので、行けるうちに行っておけ、とばかりに、なんだか次々予定を立ててます。去年のイタリアのような派手なのはなくて、国内だけですけど。昨日夏のボーナスが出て、電卓で旅費を計算。何とか足りるだろ、てなことで。
 ま、そんな感じで何かと入用なので、「今年の夏のバーゲンには行きません!」宣言をしていました。洋服の整理をすると別に買い足す必要もない気がするし(だんだん年とったかな〜)。
呉女流、節約術 ところが、昨日図書館に行ったら、図書館の近くの呉服屋さんで改装セールをやっていたんです。「そうだ、浴衣の下駄を買わなきゃ」に始まり、「この帯もほしいわ」「きんちゃく袋も」「最近は浴衣に帯締めするのもおしゃれでいいそうね」……とバーゲンと和装小物とは別とばかりに買ってしまった……。でも以上4点で7000円程度。ま、いいでしょ。浴衣本体のほうは現在製作中。あと襟をつけて袖と合体させれば出来上がる……はず。それがちゃんと着れるシロモノがどうかが問題ですけど。どこで着るか?って……そりゃあ、京都です。めちゃめちゃ安い京都のホテル+新幹線のプランを見つけたんです〜( ^ー^)。楽しみ〜。

オスカルさまの命日に
2003.7.14
今日はオスカルさまの命日です。すなわち、フランス革命記念日。すなわち、去年の今日、このサイトを公開しました。1年ってあっという間ですね〜。まだエンジンがかかりきっていない感じなのに。また1年、1年とすぐたってしまうのかなあ……。もっと1日1日を大事に生きなければいけませんね。
長崎の幼児殺人事件 先週のニュースは長崎の12才による殺人事件でもちきりでした。こちらでお世話になっているサイトさんの掲示板などを見ていても、子供をお持ちの管理人さんのサイトでは特にその話題が多くて、私なぞ子供のいない無責任な立場では軽々しく発言するのがはばかられるほど重い事件です。「今まで子供が被害者にならないようにとばかり考えていたけれど、加害者にならないようにと考えねば」というのは価値観をひっくり返されるようなショッキングなことだったと思います。  
優等生のストレス この事件に関しては法律の壁もあってその背景が報道されないのでよくわからないのですが、犯人の少年は成績優秀で、一見家庭には問題のないように見える生徒だとか。「そんな子がなぜ?」ということになるのでしょうが、これでも元優等生だった私には少し思いあたるフシがあります。優等生ってストレスがたまるのです。勉強しなくてもデキてしまうような天才型の子は別として、一応マジメでなんとか理解力や記憶力が悪くはなくて、最初になんとなくいい点数をとってしまうと、次のテストでもいい点をとらなければならなくなっちゃう。たとえば前に95点とっていて、次にちょっと気を抜いて80点だったとしたら、先生にも親にも「あら、今回はどうしたの?」と言われてしまう。それゆえに次のテストでもその次のテストでもなんとか頑張っちゃうわけです。普通なら80点とればほめてもらえるのに、ほめてもらえない。「いい点とって当たり前」というプレッシャーは常に心に重いものでありました。私の場合、小学校高学年から中学まで、ずっとこれがありました。それがなければ勉強しなかっただろうし、私には夢中になれること、好きなことがあったからストレスの暴発はなかったのでしょうが……。「優等生なのに」という言葉を聞くと、優等生ゆえの心の闇に思いを馳せてしまう呉女であります。今は昔の話ですが……。
子供の問題は大人の問題 子供の事件は、毎年40人ばかりの高校生の「子供」をもつようなもののオオアマさまにとってももちろん他人事ではありません。最近も去年からずっといろいろ問題になっていた女子生徒がとうとう「学校が嫌いだから退学する」と言い出して、そうなってみてわかったことに、その子の両親がものすごく仲が悪くて全く意思の疎通ができていないらしいんです。それで退学後の進路が思うようでないことがわかると父親のほうがオオアマさまに逆ギレしたらしくて、「オマエのところをめちゃめちゃにしてやるっ」て言われたそうです。おかげで私は今こわくて電話にも出られません。ま、こういうことは初めてではないですけれど。今日個人面談をする子の親も仲が悪いらしくて気が重い、と言って出ていきました。そりゃ両親が不仲になるにはいろいろ原因があるのでしょうが……。
 荒れているのは子供だけではありません。大人もです。だからこそ子供も荒れているような気がします。自分も含めて反省しなければ……。
一学期終了! 2003.7.18
今日はオオアマさまの学校も一学期の終業式。とはいえ、明日からも合宿とか補修とか面談とか文化祭の準備とか、しばらく出勤が続きます。それでも今学期は担当のクラスで本当にいろいろあって、ストレスでぶっ倒れるのではないかと心配していたので、無事終業式を迎えられただけでいつもと違う感慨があります。今晩は祝杯をあげる予定。
そうそう、前回の日記に書いたオオアマさまに逆ギレしたお父さん。後日「タイヘン失礼を言いましたっ!」と平身低頭、謝りにきたそうです。そのお父さんの騒ぎは学校中で有名なジケンになっていて、「よく言い返しませんでしたね〜」と先生方に同情されるそうです。先生が父母に何か言ったとか殴ったとかいったらエライことになりますからね〜。オオアマさまは気が短いからそういう点も心配で心配で……。ま、このジケンは解決でよかった、よかった。

フラダンス、その後
ということで、明るい話(?)もしよう! フラなんですけど公開講座の8回シリーズが終わったあと、その講座の先生が先月からはじめた教室に今月から毎週木曜日に通っています。公開講座から先生を慕って大挙して生徒が移りました。昨日はその3回目。従ってほとんどがド初心者なんですが、先生の所属するダンススタジオの教室は他にもいくつかあって、合同で9月に発表会があるんです。それで上手下手は別として楽しく踊ればいいということで、この教室も一応出ることになりまして、昨日衣裳をつくるための採寸までしちゃいました(ウエストサイズの膨張にびっくり)。教室として踊るのは「パーリィ・シェル」というハワイアンのスタンダード・ナンバーで、こちらは短いし振りもすぐ覚えられたのですが、出演者全員でフィナーレに踊るという曲のほうが、手と足に首までついたらもうアップアップ。まだ最初のほうしかやっていないのに「早く帰って復習しないと、振り付け忘れちゃう〜」とド初心者たちは大騒ぎ。どうなりますことやら。
そうそう、練習用のパウスカート、新しくオレンジの明るい色のを作りました。それを昨日着てみたら、鏡の中の私が少しカワイクなっていました。やっぱり派手じゃなきゃだめね〜。あとは技術の問題だな……。
梅雨明けと浴衣 2003.7.26
今日梅雨明けしました。関東じゃなくて、関西が。今日まで土日もなく連続して出勤していたオオアマさまも明日から夏休みに入るので、お墓参り&USJ&ちょっくらリゾートの三都物語の旅に出てきます(すぐ帰ってきますけどね)。だから関東はともかく関西の梅雨明けが気になって気になってしかたがなかったのです。ギリギリセーフ!
京都で着ようと思っている浴衣も縫い終わり(裏側でまだ未完成のところがあるけど、着る分には問題ないもんね)、着付けと帯結びの練習をしていると、もう汗だく! 本当に浴衣って涼しいのか?というギモンをもつほどで、まだ着て歩いたわけじゃないのに肌襦袢と裾よけを洗濯するハメに……。大丈夫かな? 着られるかな? 
地図ソフト とはいえ、ここのところあまりに更新をさぼっているので、せめて1ページは更新してから出かけようという課題を自分に課して、なんとか今日「飛鳥・奈良」ページを更新。本当は「大化の改新」というタイトルのつもりだったのに、そこまで全然いかなくて「舒明天皇の時代」という地味〜なものになりました。それでも初挑戦で地図を入れてみました。前から旅行記サイトには地図がなければ、と思っていたのですが、自分で描くことなぞなかなかできず、結局ソフトを買ってきました。それを使いこなせるようになるのにもまだ時間がかかりそう。今回は第一作なので自分でもいろいろ不満はありますが、今後はすでにあるページにも地図を加えていけたら……と考えています。これを機にとんどん更新が進めばいいんですけど……ね。

2003年8月


夏の三都物語


浴衣の呉女。京都の町屋のフ
レンチレストランにて。
2003.8.1
関西から帰って、ちょっとくたびれ気味。今回はゆ〜ったり旅するつもりだったのに、コーフンするのがいけないのよね。京都ではちょっと史跡もみたので、そのうち京都ページにのせます。浴衣も着ました。「京都で浴衣なら、違和感なかったでしょ?」とオオアマさまに聞いたら「いや、あった」。ふんっ、めげずにまた着るもんっ!
大阪ではユニバーサル・スタジオ・ジャパンへ。全然歴史に関係ないけど、一応話題のテーマパークなので「こじつけ旅日記」に写真を載せました。で、詳しい(どーでもいい)旅日記を今書いているので、近々アップの予定デス。
その後、ちょっと神戸に寄りましたが観光はしませんでした。
帰りは交通費節約のため昼の高速バスで帰ってきました。この昼のバスに乗る人が増えているらしくて、東京大阪間でも本数がどんどん増えているみたいです。みんな新幹線は高いと感じているのだわ。料金は半分。時間は倍。うまくできていますよねー。二階建てバスだったので高い位置からの車窓の景色が新鮮でした。
お天気は神戸で雨に降られたけど、関東よりはずっといい。関東はまだ梅雨明けしていないんですねー。
オオアマさまは多忙らしい 今日はオオアマさまは出勤日でした。さっき生徒さん宅へ電話している内容を聞いていたら「○日と○日と○日……は出勤していますので……」。なっにィ〜!せっかくの夏休みになんでそんなに出勤するのぉ〜。それじゃ出かけない日はほとんど出勤みたいなもんじゃない!……逆に言うと出勤しない日はほとんど出かける予定がある。この週末も体力が許せば、史跡ドライブに出かけるつもり。

利根川ドライブ




佐原の町から見た利根川
2003.8.3
今日、ちょっとハードなドライブから先ほど帰ってまいりました。助手席にいただけの私でもかなり疲れたのですけど(暑かったですしねー)、頭がまだコーフン気味で眠れそうにないので、こんな日記を書いています。夏は次々遊ぶから、次々書かないとたまってしまいますし。
 6月に伊能忠敬の故郷、佐原の町へ行ったことは日記に書きましたが、そのとき佐原の町を町たらしめている利根川を見なかったのです。水郷へあやめ見物に行っていれば見られたのですけれど、あのときは町を見にいったから水郷まで行く予定はなく。でも利根川なしに佐原は語れないと思い、川を見に行こうとしたところ、すごい大雨で断念。それがものすごい心残りだったので、今回はわざわざ佐原の利根川を見に行ったのです。
 利根川というのはもともと東京湾に注いでいたものを、家康が江戸に入府したときに付け替え工事をして東へ流したわけです。それ以前は今の利根川の流れをほぼ南端として、霞ヶ浦とかそのほかの川や沼がつながったような「香取の海」といわれる大きな湾が広がっていた。それがわからないと江戸以前のあの地域はイメージできないんです。それで新しい利根川と江戸川をつなげることで東北から江戸への新しい水運を開いた。そのことが佐原の発展につながったわけなんです。そしたら利根川と江戸川がつながる地点を見てみたくなって……千葉県の北西の端、関宿(せきやど)というところなんですけど、そこまで利根川を遡るドライブをしてみたわけです。もちろん、ずっと川べりを走るわけにはいかないんですけど。
 今は鉄道や道路があるし川には橋もかかっている。でもつい100年くらい前までは水運というのがいちばん強力な運輸の手段だったわけです。それで最近、水上交通ということをちょっと考えてみようと。
 先日の京都でも「それなら高瀬川でしょ」というわけで、木屋町通りを歩いて高瀬川の一之舟入を見に行ったり。今度京都に行くときも「高瀬川」歩きの続きをしたいな、と考えていたり。一之舟入にも高瀬舟の復元があるのですが、今日のルートでも復元高瀬舟を二つも見ましたから、そのうち夢に出てきそうです(笑)
 今日訪れた関宿の少し北、茨城県の岩田というところは平将門の本拠地だったところで、関宿の博物館では将門をテーマにした企画展示をしていました。「藤原純友は舟、平将門は馬」というイメージがあるけど、場所柄将門も水運をかなり利用していたと考えられます。彼の愛妾は佐原出身とかいう話ですし。
 今度は将門ゆかりの地めぐりもしてみたくなっちゃったし、今日はとにかく利根川にそって走っただけで、途中の寄りたいところは省略しちゃったし。旅って行けば行くほど行きたいところが増えてしまう。困ったものです……。ま、こんなことでいっしょにヨロコベル夫婦というのはオメデタイというべきでしょうが。
「風と雲と虹と」


首塚のついでに近くの桜田門。
2003.8.7
昨日、東京に出たついでに大手町の「将門の首塚」へ行きました。
 将門、といえば大河ドラマで一番古い時代を扱った作品「風と雲と虹と」です。もう二十数年も前のこと。オオアマさまも見ていなかったそうなので話相手にならないのがつまらないのですが、私はちょうど大河を熱心に見始めたころの作品でもあり、すごく印象に残っているのです。だから将門といえば一般的には「暴れん坊」的なイメージなのかもしれませんが、私には加藤剛の端正な正統派二枚目タイプになっちゃうんですよねー。でも今まで将門に関する本など読んだことがなかったので、今回関宿で企画展を見たり、関連本を読んだりして「そうだったのかー」と今更思うことがいっぱいありました。たとえば、あのドラマで草刈正雄が演じていた玄明(はるあき)という役は架空の人物だとばかり思っていたんですが、謎ではあるけれど実在の人物だったんですねえ。それに将門は「こめかみ」が弱点だったのでそこを射られて死んだ、って何となく子供ココロに信じていたのですが(ドラマでもそうだったし)、あれが俵藤太(藤原秀郷)の「俵」にかけたダジャレだったなんて……。それで昨日オオアマさまが国会図書館でマジメに論文なんかを調べている横で「風と雲と虹と」のドラマストーリー本なんかを出してきちゃったりして、配役を確認したらかなり正確に記憶していたことが判明したりして……。それにあのボレロのリズムにのった素朴な感じのテーマ曲がけっこう好きなのです。もう覚えている方は少ないでしょうねえ。

京都行きの言い訳


六波羅あたり。
2003.8.12
京都に行って昨日帰ってきました。夏の京都はオフシーズンと思いきや、さすがお盆の週末だけあって観光客でいっぱいでした。この暑いのによく京都なんぞに行くもんだ……とは他人のことは言えませんけど。  これでウチにはまだ今週末、もう一つの夏の旅が待っているのだから、今年の夏は旅に行き過ぎ! わかっているのだけれど……。
 そもそも今年、結婚10週年の夏はハワイへ行こうと思っていたのです。理由は、一昔前に「スイート・テン・ダイヤモンド」というのが流行った(?)じゃないですか。それで私は宝飾品には全く興味ないから「スイート・テン・ダイヤモンドヘッドがいいわ」と……。ところが今年初めからの戦争やらナンやらで、何となく気がそがれていまい、中止。それで先月のUSJと今度の東北旅行は前々から計画してあったのですが、今回の京都行きは臨時。というかダンナが仕事でそっちのほうへ行く用事ができたというので、なにも私まで行かなくていいのだけれど、たまたま旅行会社のパンフを見ていたら、ホテル3泊と新幹線でものすごく安い、新幹線かホテルかどちらかがタダになっているとしか思えないほど安いプランを見つけて、それで急に行くことにしちゃったもの。いくら安くても行かないより高いのですけどね……。秋もいろいろ予定があるのに、ウチの家計は大丈夫か? でも「いつまで生きていられるか、わからないのだから」が私たち夫婦の合い言葉。刹那的夫婦。こういうのに限って長生きしたりするのかもね。そしたら困る……。
 暑い中を歩いたもので、さすがに疲れて私は今日1日グテッとしていました。旅先では忘れていた肩こりが帰ると急に出てくるし。それにひきかえ、私より疲れているはずなのに、今日も朝から出勤して行ったオオアマさまには脱帽。

青森からただいま!














三内丸山遺跡
2003.8.21
前回の日記にも「昨日帰ってきました」と書いていますが、またまた東北から昨日帰ってきました〜。今回は3泊4日、観光バスやレンタカーを使ってめいっぱい、盛りだくさん。あまり歩いていないのですが、座りっぱなしだったせいか腰が痛い……。今、朝です。大量の洗濯をしながら(ウチの洗濯機は今だに2層式!)、これを書いています。オオアマさまはすでに出勤。私はこれからフラの教室……に行けるのか? でも発表会までは休みたくないし……。
 今回のことは「こじつけ日記」に書きますが、ここにコースを書いてみます。
1日目。新幹線で盛岡へ。「びゅうバス八幡平号」という観光バスに乗り換えて十和田湖をめざします。途中八幡平を通り、秋田県側に出て、バスの中からではありますが大湯のストーンサークルを見て感激! 十和田湖はまず秋田県側の発荷峠から見下ろし、青森県に入って休屋でバスを降りて遊覧船へ。その後少し湖畔を散策して十和田湖畔泊。青森と秋田の地を踏んだことで、呉女が生まれてから地面を踏んだことのない本州の県はなくなりました。ばんざーい!
2日目。雨。「びゅうバス八甲田号」で十和田湖を出発。十和田湖から流れ出る奥入瀬渓流を見ながら走る。その後「もうすぐ八甲田山ロープウェイに乗るのだけどこの天気じゃ乗っても意味ないじゃん」と思ったころ、急に晴れて、山頂から青森市内も一望できました。「ねぶたの里」というねぶたの展示施設に寄ってから、いよいよ縄文最大の遺跡、三内丸山へ。ガイドさんの説明と自由時間合わせて1時間半、ゆっくり見れたとは言えないけど、楽しかったです。最後に今年生誕100年を迎えた棟方志功の記念館へ。青森市の東端、浅虫温泉でバスを降りて泊。
3日目。電車で青森まで出て、レンタカーで津軽半島を回るのですが、オオアマさまの希望で五所川原まではバスで(本当は電車で出たかったのだけど、乗り継ぎが悪くて断念)。まず太宰治の故郷金木の「斜陽館」へ。この時点でもうお昼。それから遮光器土偶で有名な木造町亀ヶ岡遺跡に寄って、中世の湊町、十三湊(とさみなと)遺跡へ。本当はその先の竜飛岬まで行きたかったのだけど、時間がなくて断念。十三湖北の福島城跡に寄って、津軽の東海岸をたどって青森市内でレンタカーを返して、青森泊。
4日目。市内の郷土館へ。常設展だけで内容たっぷり。その後市内を少し散策。普通ウチはお土産はあまり買わないのですが、オオアマさまがりんごのお菓子が好きなもので、めずらしくドサッと買って宅急便で送る。駅弁を買って特急白鳥で八戸へ。そこから新幹線「はやて」で東京へ……。以上でした。
群馬史跡巡り





オアマさま、クモの巣を警戒し
ながら古墳裏の山道を行く。
2003.8.29
 世の中は「火星が大接近」とかで騒いでいるようですが、そういう世間と離れたところでマイペースに暮らしているのが我が家であります。
 オオアマさまが、取材目的でどうしても夏休み中に群馬へ行きたいと言っていて、仕事の都合から昨日しか日がない、ということで昨日1日、群馬の高崎周辺をレンタカーで走ってきました。往復は「時は金なり」で新幹線というゼイタク。別に私がフラの稽古を休んでまでついていく必要はないのですが、目的地が「上野三碑」と「山王廃寺」ということでは行かずにいられません。……なんのこっちゃと思う方も多いでしょうが、両方とも7、8世紀の重要な史跡なんです。とっても行きたかったのです。それに、行ってみたらクモの大嫌いなオオアマさまがクモの巣をかきわけて進まなきゃならないような山道(チト大げさ、けど虫にはいっぱい刺された)とか、一人では心細いけど二人ならなんとか、みたいな場所もあったから、呉女も少しは役にたったでしょ。カメラマンもしたし、迷いもしたけれどナビもしたし。それにしても、先日津軽半島でのレンタカーはナビつきを借りたので、私も気楽で快適ドライブだったのですが、やっぱり地図とにらめっこでナビするのは疲れますわ……。昨日は1日中だったし。カーナビを冬のボーナスで買おうかとも思うものの、果たして私たちが行こうとするような場所にカーナビが連れて行ってくれるのかどうかが問題。カーナビの史跡バージョンとかってないのかしら。新しい史跡が見つかったら更新してくれるとか。ついでに史跡の解説もしてくれるとか。


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