京都老舗旅館体験記

 2003年3月、呉女の○○才の(プロフィールを読めばだいたいバレるんですけど)誕生日と結
婚10周年を兼ねて、京都の老舗旅館の御三家(俵屋、柊屋、炭屋)のどれかに泊まろうというこ
とになりました。それで、もっともお手頃だった炭屋に泊まることに決定。
 だいたい呉女とオオアマさまは旅に出る回数が多いので、あまりお金のかかるところには泊
まらない。京都でもリーズナブルなホテルはあちこち泊まり歩きましたが、日本旅館は始めて。
京都の老舗といえば、「一見さん、お断り」みたいなイメージがあって敷居が高い気もするけれ
ど、やはり一度は泊まってみたい……。期待と不安でドキドキでした。

 老舗の御三家は3軒とも麩屋町通にあります。修学旅行でお馴染みの新京極からもすぐ。こ
の通りは古くからの旅館街で、今ではマンションなども多いものの、繁華街に近いわりには閑
静です。俵屋と柊屋は御池通を下ってすぐ。炭屋はそれより少し南で三条通を下ってすぐで

これは翌日の出発時に炭屋の前に
て。手前の着物姿は……呉女です。
す。

 夕方4時半。「普通はタクシーで乗り付けるものなんじゃないの?」とか言いつつ、私たちは四条通からテクテク歩いて少しくたびれ気味に到着。町に普通に溶け込む和風建築の静かな佇まいにオオアマさまったら「もっと華やかなもんかと思った」と。「老舗って意外とつつましいもんなんじゃないの?」なんて言いつつ、玄関で待っていた人の案内で中へ。案内されるまま狭い廊下をクネクネ歩き、気がついたら客室にいた、という感じでした。やっぱり緊張していたんでしょうか?
 「お風呂の湯ははってありますので、どうぞ」とのお言葉に、ちょっと落ち着く。そうか、こういう
ところは基本的に大浴場ではなくて、部屋風呂なんだわ。
   
 俵屋は約300年前、柊屋は約200年前の創業なのだそうです
が、この炭屋は大正時代の創業ということで老舗の中では比
較的新しい。それでも本館のほうの建物は明治期からあるも
のなのだそうです。新館は昭和30年代くらいに建てられたと聞
きました。 炭屋はもともと茶の湯、俳諧、謡などの文化人の
サロンとして始まったのだそうです。私たちの客室は「天鼓」と
いう名でしたが、これは謡の題名なんだとか。他の部屋もそれ
ぞれ謡にちなんでいるということで、そういえば隣は「鉢の木」
だったかな?
 伝統的和風建築ですから、部屋はすべて同じではなくて、そ
 壁に貼られた「天鼓」のストーリーを書いてあるらしい書も粋なインテリア

客室の窓辺にて。散
らかってますが。
れぞれに趣が異なるし、広さや場所によって料金も違うのだと思うのですが、私たちが泊まったのは新館の2階。1階ならお庭があるのでしょうが、2階だと窓を開けると隣の家がすぐ見えてしまうのがちょっと……。部屋の内装は一見普通のようで、よく見ると天井など何気ないところに趣がある。そして照明があたたかい色でちょっと暗め。特別な何かはないけれど、いかにも「ゆっくり休んでください」という雰囲気でした。窓辺にある椅子は、和風の座椅子の下に台をつけたオリジナルなのではないかと思うのですが、これがくつろげる椅子でして、夕食後に酔いが少しまわった呉女はこの椅子でウトウト……。その呉女をオオアマさまがメモ用紙にスケッチしていたんですよ。これが悔しいくらいうまく描けていて、オオアマさまの新たな才能を見
出しました。
 話を戻して。せっかくお風呂を沸かしてお
いていただいたのだから、まずはお風呂でし
ょ。写真で見ると狭く見えますが、手前の洗
い場も十分なスペースがあるし、湯船も足を
延ばしてもゆうゆうの広さ。もちろん温泉で
はないし、追い炊きができるわけでもなさそ
うなのに、お湯がさめないのが不思議でし
た。洗面所も鏡が大きくて快適。何よりバス
タオルがふわっふわで気持ちいいこと!

 さてお食事です。もちろんお部屋に運んでくださるのですが、まるでフランス料理みたいに1
品1品持ってきてくださるのです。しかも仲居さんは食べているのを後ろで見ているわけではな
いですから、次の料理を持ってくるタイミングはすごくむずかしいはず。これができてこそ、いい
仲居さんなのだそうです。では、炭屋のお料理の中からいくつかをご紹介。

湯葉の上にウニとキャビアとたらの芽
がのっていました。

 エビしんじょにあさり、しいたけ、
山菜添え。上はお造り。
 春らしく、フキとたけのことたらのこの炊き合わせ。

私たちのお祝いということで、追加し
てくれたお赤飯。器がかわいい。

よもぎ饅頭。中はえび、あなご、茸。
上には青菜と京人参。
 八寸。菜の花のサーモン巻、鮎、蕨、えびなど。呉女はビールが進む。
旅館の料理って、全部食べると食べ過ぎということがよくあるけれど、ここでは全部食べてちょ
うどよかったんです。むしろもう少し食べられるかな、というくらい。考えたら、揚げ物のようなカ
ロリーの高そうなものはなかったんですね。お味も何かインパクトがあるわけではなくて、普通
に抵抗なくおいしい、という感じ。湯葉やよもぎ饅頭の食感は忘れられません。ちなみに仕入れ
はすぐ近くの錦市場などでするのだそうです。
 
 お食事が終わって、前述の通り呉女はホワ〜っと……。そこへお布団を敷きにきた仲居さん
をつかまえて、オオアマさまは質問のしまくり。それによれば、最近はこういう老舗でも常連さん
というのは少なくて、私たちのように旅行会社を通じてとか、インターネットで予約してポッと来
る気楽なお客が多いのだとか。仲居さんはオオアマさまの質問に答えつつも、きびきびと動い
てお布団をしつらえていきます。その様子を見て「呉女には仲
居さんは務まらないだろうね」。確かに……。
 繁華街が近いので、夜はフラッと外に出られるお客さんが多
いのだそうですが、私たちは気持ちいい布団の中ですぐに眠
ってしまいました。何だかもったいないような。

 そして翌朝。普段は朝に弱くて、朝食を食べるのもやっとの
呉女が旅先でだけはしっかり食べる。奇をてらわない、基本に
忠実な朝ごはん。呉女は少しかために炊かれたご飯をお茶漬
けにしてさらさらといただきました。
 炭屋の朝食。鮭の塩焼き、茶碗蒸し、あさりのみそ汁……。

着物を着てると、何となくサマになっ
て見える?
 そして、京都を着物で楽しみたい呉女は、前日仲居さんが和装ハンガーといっしょにもってきてくださった敷紙の上で着物の着付けを開始。ちゃんと自分で着るんですよ。荷物は宅急便で送ってしまうことにしました。
 着付けを終える頃、仲居さんがお抹茶とお菓子を持ってきてくださいました。炭屋にはお茶室があって、毎月7日と17日にはお茶の接待があるのだそうですが、お部屋ではお作法も何もなく気楽にいただけます。

 この日は満室だったそうで、周囲にお客さんがいたはずな
のに、ほとんど気配すら感じなかったし、誰にも会っていない
んです。考えてみれば到着してから一歩も部屋から外に出て
いない。出る必要もなかったですから。ちょっとは旅館の中を
歩いてみよう、と部屋から出てみました。とはいえ、曲がりくね
った廊下に、多分突き当たるごとに客室があるような感じだと
思うので、プライバシーが守られる構造なのに、わざわざ探る
ように歩きまわるのはさすがに気がひけて、すぐ部屋に戻りま
した。この間に2人のお客さんに会いましたが、どちらも私た
ちと同年代くらいの男性でした。でも基本的にはあまり他のお
客さんと会わないですむような造りになっている。ということは
 本館と新館の渡り廊下。庭の木に一輪だけ真っ赤な椿、が粋でした。
は、密会にちょうどいい場所ということですね。老舗旅館で芸能人が密会していた、なんて話が
あるのも納得です。

 乗りたいバスの時間があったので、最後はばたばたと、余韻を楽しむヒマもなくチェックアウト
して出てきてしまったのがちょっと心残りです。
 結論。老舗旅館は特別にきらびやかな時間を提供するところではなく、あくまで基本に忠実
に必要十分なサービスで、フツーの時間を心地よく過ごさせてくれる、意外に気楽なところであ
る。
  ちなみに、今回の宿泊費、土曜日で税金・サービス料込み3万円代。プランによって2万円
台から8万円くらいまであるようです。それよりビール小瓶2本で約2000円なり……これが京都
の老舗値段なのね。
 帰ってきてからオオアマさまが言う。「今度からもうちょっと安いところでいいから、京都では
日本旅館に泊まろうよ」。何がそんなに気に入ったのかと聞きましたところ、ちょっと考えて
「……情緒」とのことでした。
 そんなケチなこと言わんと。今まで旅行会社に出ていなかった俵屋も2003年度のパンフレット
には載るようになったことだし(ちなみにこちらは4万円代)、他の有名老舗旅館も渡り歩いてみ
るとか、炭屋のリピーターになって他のお部屋も観察するとか……(そんなお金がどこにある
ッ!?)。

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