湯本香樹実

ポプラの秋 西日の町 春のオルガン 岸辺の旅
夜の木の下で      

ポプラの秋 2003年7月29日(火)
 映画化された「夏の庭」は、子供たちが人が死ぬところを見てみようということで一人暮らしの老人の観察を始めて、老人との交流やその死を通して成長していく過程を描いたものだったが、この作品も死と生がモチーフとなっている。父が事故で亡くなった後、母と移り住んだのがポプラの樹の立っているアパート。強迫神経症になった小学1年の女の子は、その大家のおばあさんが、預かった手紙を死んだらあの世へ配達してくれるというので、父への手紙を書き始める。
 「夏の庭」は、心の中を投影したような情景描写がきらりと光る表現力のすばらしい作品だったが、この作品では表現は抑制されて人物の心が素直に表わされていて、ありえないような話なのに本当に体験した話のようなリアリティがある。
 「見知らぬ国の、混み合った長距離列車の切符売り場にひとり取り残されてしまったみたいに、私は不安で、おまけに焦っている。早く、早く行き先を決めなければ……でもいったいどこに行けばいいのだろう?けれど、ふと顔をあげると、ポプラの木は今も紛れもなくそこに立っていた。午後の陽射しを浴びながら、金色の葉をかすかに鳴らして。…ポプラの木は、行き場がないなんてことは考えない。今いるところにいるだけだ。」

西日の町 2005年11月25日(金)
 両親が離婚して以来、僕と母は西日を追うように西へ西へ転々とし、北九州のKという町に住みだした。ある日、その六畳と台所だけのアパートに「てこじい」がやって来た。てこじいは母の父、つまり僕のおじいさん。家族を捨てて長い間行方が知れなかった風変わりな人で、「てこじいが」 といつも母から聞かされていた。てこじいは部屋の隅の壁にもたれて過ごし、母はいやみのようにそのそばで爪を切ったり、掃除機をぶつけたりする。僕は訪ねてきた叔父さんに母とてこじいの過去をいろいろ聞いた。
 一見「夏の庭」のような子供と老人というテーマにも見えるが、実際は母とてこじいの、父娘の愛憎の物語なのかもしれない。母とてこじいは、母や弟である叔父より、誰より強く結びついていたのだった。
 この作家は、絵本のように鮮やかな視覚的表現が特徴で、この作品でもそういう描写が魅力的だ。

春のオルガン 2008年8月5日(火)
 小学校を卒業した春休み、トモミは自分が怪物になってしまう悪夢や頭痛に悩まされていた。父はアパートで翻訳の仕事をしていて家にはあまり帰らず、いつも父とけんかする母は外で働いている。なんでも修理するおじいちゃんは、納戸の古いオルガンを治そうとする。境界のことでもめている隣のおじいさんに嫌がらせするため、弟のテツは猫の死骸を隣の庭に置いた。不審な行動をするテツを追って、トモミはノラ猫に餌をやるおばさんと知り合い、餌やりに付き合うようになる。トモミは、おばあちゃんが入院した時、もう死んだほうがいいと思った翌日おばあちゃんが死んだことに胸を苦しめていたし、痴漢に胸を触られたこともショックで、気がつかない母に苛立ってもいた。
 子供と大人の境界にあって、家族の中にも大人の世界と子供の世界の隔たりを感じて、成長に戸惑い痛む少女の物語。
 「私はどんな大人になるんだろう。どんな大人になったとしても、人とケンカをしたり、病気になったり、最後はおばあちゃんみたいに苦しんで死ぬのだろう。きっとそうだ。なのに、考えるのはやめられない。いったい私はどんな大人になるんだろう……。」「私の中にいるのは、怪物だけじゃない。卵の殻を破って今現れたトカゲの子みたいに、きっとまだ会ったことのないたくさんの私がいて、いつかその一人一人と手をつなげたらいい、そう思った。」 

岸辺の旅 2015年1月11日(日)
 三年前に失踪した夫の雄介が戻ってきた。体は海の底で蟹に食われてしまった、そしてずっと歩いてきたのだという。そして出かけると言われる。帰ってきた道を遡るのだという。瑞希は雄介と旅を続け、雄介が戻って来る時世話になった人々と会う。ほんとうは死んでいるのに気づいていない新聞屋、餃子が人気の中華料理店、同じように失踪した息子の嫁と孫と暮らすタバコ農家。死と生が交じり合う旅の途上で、自身の過去とも対話することになる。
 生の世界か死の世界か判別しがたい幻想的な心象風景が、精細な表現で描かれている。久し振りに文学らしい小説を読んだ気がする。

夜の木の下で 2018年3月7日( 水)
 「緑の洞窟」:庭のアオキは実際は二本の木で、その根元は洞窟のようになっている。そこで双子の病弱な弟と過ごした。弟は小学三年で亡くなった。
 「焼却炉」:ミッション系の女子高で、汚れ物を焼却炉へ持って行くのが私の仕事になり、カナちゃんもつき合うようになった。カナちゃんは出版社で子供の本を作るのが夢で、美大を目指している私に絵本を作ってもらうと言っていたが、父の反対で短大へ進んだ。
 「リターン・マッチ」:いじめられているあいつからケットウジョウが届いた。屋上で巴投げで投げ飛ばすと教えてくれと言われ、それから俺はあいつと付き合うようになった。俺の家では母のせいで姉が家を出た。そしてあいつの母親も…。
 「私のサドル」:同じ塾に通っていた城ヶ崎くんと先生のことが問題になり、泣いていると「私はサドルです」。声をかけてきたのは、母から引き継いでママチャリのサドルだった。
 「マジック・フルート」:一時期預けられた祖父の家にあったピアノを弾きたくて通うようになったピアノの先生の家に、網江という女性がいて、一緒に神社へ行って野良猫に餌をやるようになった。
 「夜の木の下で」:弟は人工呼吸器をつけて眠り続けている。会社の近くで缶チューハイを買って飲んで、自転車で帰る途中タクシーにはねられたのだ。父はいなくて、母も早くに亡くなって、ずっと二人で生きてきた。
 ストーリーをかいつまむと、ちょっと風変わりなだけでどうということもないが、しんみり染みるものがあるし、何気ない表現にきらりと光るものがあって、魅力的だ。