吉田修一

熱帯魚 最後の息子 パレード パーク・ライフ
悪人 東京湾景 横道世之介 怒り
犯罪小説集      

熱帯魚 2004年1月28日(水)
 何でこんなひどいことするんだろうと思う奴が時々いる。自分自身も含めて、衝動に駆られてわけのわからないことをしたり言ったりする。この作品は、そんな青年を描いた短編集。
 「熱帯魚」の大輔は、そろそろ現場を任されようかという大工。通っていたスナックのママだった子連れの直美と、母親が再婚した相手の子供の光男、義理の弟と一緒に暮らしている。直美に結婚を迫り、4人一緒にプールへ行ったり、海外旅行の計画を立てて、家族の形を作ろうとしているのだが、物語は思わぬ方向へそれていく。
 「グリーンピース」の「僕」は、ただ一人の肉親である入院中の祖父を見舞う振りだけしてその年金をせしめ、友達との2対2の食事では自分の恋人に飽きて相手の恋人を狙っている。その後、恋人のアパートで好物のグリーンピースを顔に何粒もぶつけて追い出してしまう。
 「突風」の新田は、為替ディーラーかなんからしいが、久々の長期休暇に約束をすっぽかして九十九里にやってきて、民宿で働き始める。そこの風変わりな奥さんにちょっかいを出し、ドライブに連れ出す。
 「熱帯魚」の中に、芥川龍之介の「羅生門」の話が出てくる。この短編集を読んでいて、むしろ芥川ってなんだったんだろうと考えてしまった。

最後の息子 2004年10月13日(水)
 「最後の息子」:主人公はオカマバーのママのひも。好きなわけでもないが、嫌われて放り出されないように愛人を演じ、別れて結婚が決まった元恋人とも会っている。
 「破片」:長崎の実家の酒屋へ帰ると、弟が離れを異様な姿に改装している。その弟にはストーカー癖があった。
 「Water」:長崎の高校の水泳部員、メドレーリレーメンバー4人の、異色なさわやか青春小説。
 以前読んだ「熱帯魚」の印象からすると、吉田修一らしい作品というのは「最後の息子」。長崎から両親が出てくるというので、元恋人を会わせ、母親がオカマを見たいといえば同棲しているママを呼び出そうとする。徹頭徹尾悪い奴。実際、こんな若者が多くなっているようにも思える。ただ、読んだ印象はあまり気分のいいものではない。最近いろいろ注目されているようだが、あまり好きにはなれない。

パレード 2005年6月22日(水)
 ミステリーでもないのに、最初に登場人物紹介がある、じゃなくてこれが目次だ。つまり、各章が登場人物の視点で描かれている。 世田谷・千歳烏山の旧甲州街道沿いの2LDKのマンションに、男女4人の若者が一緒に暮らしている。良介(21歳・大学3年生)、琴美(23歳・無職)、未来(24歳・イラストレーター兼雑貨屋店長)、直輝(28歳・映画配給会社勤務)の4人。良介は桃子と名付けたボロ車で大学へ通い、夜はメキシコ料理店でバイト中。寿司屋の父を尊敬し、慕う先輩、慕われる後輩を持つことに憧れている。琴美は飛び切りの美人だが、学生時代の恋人が人気俳優になってしまい、仕事をやめて毎日部屋でその彼からの電話を待っている。未来は毎晩のようにゲイバーで酔いつぶれて、時々変なイラストを描いている。直輝はこの中では年長で、一人まともに働いていて、健康オタクでタバコもコーヒーもやらず、ジョギングをしている。そんな4人の中に、未来がサトル(18歳・夜のお仕事)を連れ込む。良介の先輩の恋人貴和子、直樹の元恋人美咲も入って、いろいろな出来事が起こり、同時にそれぞれの異常性がさりげなくさらけ出されてくる。ラスト唐突に事件が露見するのだが、読み終えてミステリー的な仕掛けがあるのかとパラパラとめくってみたが、特に見つからな かった。以前読んだ「熱帯魚」なんかと共通するところはあるんだが、こちらのほうがおもしろかった。山本周五郎賞受賞作。
 それにしても、このところ一つ部屋で男女が共同生活をおくるという小説をよく読んでいる。文庫本だから、ルームシェアブームって4〜5年前だったのかなとも思うが、どこか擬似家族を求めるような空洞のようなものが反映されているのかもしれない。

パーク・ライフ 2005年9月15日(木)
 バスソープを扱う会社で広報兼営業の仕事をしているぼくは、午後の仕事の前、ほとんど毎日日比谷公園の同じベンチで過ごす。ベンチに座って一気に目を開いた時、周囲の景色が一気に視界に飛び込んでくるトランス状態を味わえるのだ。地下鉄で勘違いして声をかけた女性が公園の池の反対側にいて、話しかけたら彼女も毎日のように公園で過ごしているのだった。
 スターバックスの味のわかるようになった女達・・・、別居して夫婦ともに出て行った後のマンション・・・、駒沢公園でリスザルの散歩・・・、スポーツクラブでのトレーニング・・・、年上のキャリアウーマン風の女性との冷めた会話・・・、これまでとはちょっと違う都会風の軽い作風。芥川賞受賞作。

悪人 2010年1月31日(日)
 福岡と佐賀を結ぶ国道263号線の県境にある三瀬峠で、福岡市内の保険外交員石橋佳乃の絞殺体が発見された。会社借り上げのアパートに住む沙里と眞子によれば、一緒に食事をした後、以前バーで知り合った大学生の増尾圭吾と会う予定だったという。その同じ時間、長崎市郊外に住む土木作業員清水祐一は、出会い系サイトで知り合った佳乃と待ち合わせていた。事件後、増尾は失踪した。実際に殺したのは祐一だった。一方、佐賀市に双子の妹と住む馬込光代は、メールで知り合った祐一と会おうとしていた。
 ミステリー的な要素もあるが、久留米で理容店を営む佳乃の両親、母親に捨てられた祐一を育ててきた祖母の房枝、佳乃と沙里、眞子の関係、増尾の友人の鶴田など、周辺の人物の背景も描かれていて群像劇の様相もある。そして、悪人とはどういうことなのか。なかなかおもしろく、興味深い作品だった。最後に明らかになる祐一と佳乃の幼い日の接点は、人生の不条理を感じさせる。大仏次郎賞、毎日出版文化賞受賞作。

東京湾景 2011年3月18日(金)
 亮介は品川埠頭の倉庫で働いている。サイトに登録したらメールを送ってきた「涼子」と羽田空港で会ったが、カフェで話をしてモノレールで送っただけだった。亮介は高校卒業後、英語の担任教師と一緒に暮していたことがあった。そんな亮介を、恋愛小説家の「青山ほたる」が取材に訪れる。手持ち無沙汰から送ったメールがきっかけで、二人はもう一度会うことになる。「涼子」は、品川埠頭の対岸のお台場の石油会社に勤めるエリートOLだが、亮介には名前を言い出せずにいた。女性雑誌に掲載された青山ほたるの「東京湾景」は亮介をモデルにしたもので、美緒はそれを通してあまり話をしない亮介の過去を知ることになる。どんなに愛してもいつかは飽きるものだと思っている亮介と、恋愛を覚めた目で見ている美緒。お互い身体だけで付き合っていたのだった。
 どんな作品なのだろうかと思っていたが、やはり恋愛小説なんだろうか。それ以上の何かがあるのかないのかよくわからないが、かなりおもしろかった。
 「渡ってくるはずもないと思っていた何かが、今、まっすぐに自分の元へ向かってきている。亮介のからだではなく、彼の何かが、東京湾をまっすぐに、自分のほうへ泳いできている。」

横道世之介 2013年4月7日(日)
 横道世之介は、大学入学のため長崎から上京してきた。入学式の日、倉持一平、阿久津唯と知り合い、いきがかり一緒にサンバサークルに入ってしまう。高校時代の友人小沢と待ち合わせたカフェで知り合った片瀬千春という美しい人に恋してしまう。人違いで話しかけた加藤とは一緒に教習所に通うようになり、加藤が持ちかけられたWデートの相手、お嬢様の与謝野祥子にはなぜか気に入られてしまう。
 「歌のベストテン」、村上春樹の「ダンス・ダンス・ダンス」が話題に出ることから、時代は1988年頃らしい。そして、時々唐突に現在である20年後の倉持、片瀬、加藤、祥子が世之介を思い出す場面が挿入される。前半はかなり笑えるのだが、現在の場面で少し重い雰囲気になる。自分自身上京してきたころのことを思い出して、感慨深く読んだ。

怒り 2016年10月22日(土)
 八王子郊外の新興住宅地で若い夫婦が殺害され、廊下に「怒」という血文字が残されていた。目撃情報から、犯人は山神一也と特定され、モンタージュがつくられ全国指名手配されたが、一年たって決定的な目撃情報は寄せられていなかった。千葉房総の浜崎漁協に勤める洋平は少し知能の劣り家出癖のある娘愛子と暮らしていたが、田代という若者がアルバイトで働くようになり、愛子は惹かれていくようだった。大手通信会社に勤める優馬は、会社では隠しているがゲイで、バーや出会い系サイトで遊んでいるが、サウナで出会った直人という男を家に連れて帰り、一緒に暮らすようになった。母親の恋愛癖のせいで夜逃げして沖縄の波留間島の高校に転校してきた泉は、島の沖にある無人島の廃墟で田中というバックパッカーと出会った。田中は、同級生の辰哉のペンションで働くようになった。捜査陣は山神の整形写真を入手し、テレビ番組で公開する。三人は、それぞれ親密になっていた正体不明の若い男に疑惑を抱く。
 山神は三人のうちの誰か、それとも誰でもないのか、ミステリーとしても読める。その場合は、特徴のほくろと好きなサッカー番組というのが手掛かりにはなるのだが。映画化された作品で、それぞれの人間模様が興味深い。

犯罪小説集 2019年11月15日(金)
「青田Y字路」:十年前、田園の十字路で七歳の少女が姿を消した。そしてまた一人の少女が行方不明になった。村人たちは、当時疑われた移民の若者を追い詰める。
「曼殊姫午睡」:小中学校の同級生だった女が、殺人犯としてニュースに出た。ネットで情報を集めて、その後の女の人生を覗き、女が働いていたスナックを探して歩く。
「百家楽餓鬼」:大手運送会社の御曹司として仕事で実績を上げ、結婚した女性の影響でアフリカでボランティア活動もしていたが、実はマカオでバカラ賭博にはまり会社から百億円を超える金を不正に借りていた。
「万屋善次郎」:親の介護のために農村に戻ってそのまま居ついて、養蜂で村興しをしようとしていたのだが、村民との行き違いから家に閉じこもり、奇行が目立つようになった。そしてある日惨劇が起こる。
「白球白蛇伝」:慰安旅行で立ち寄ったスナックで出会ったのは、引退したばかりのプロ野球のピッチャーで憧れの選手だった。そのうち飲みに連れて行ってもらうようになるが、コーチを首になり会社で雇うことになる。給料の前借が目立つようになり、ついには断ろうとするのだが。
 犯罪を犯すことになる人間の心模様を描いているのだろうか。「青田Y字路」と「万屋善次郎」が「楽園」として映画化された。