吉田篤弘

つむじ風食堂の夜      

つむじ風食堂の夜 2009年4月20日 (月)
 月舟町の十字路の角にある食堂、いつでもつむじ風が回っているので、客たちは〈つむじ風食堂〉と呼ぶようになった。安食堂だが、メニューブックが用意してあって、おなじみの定食メニューも「クロケット」、「ポーク・ジンジャー」に変わって、手にするのはナイフとフォーク。そんな食堂の常連は、議論好きな帽子屋、オレンジに電球の灯が反映した光で読書する果物屋の青年、劇団の女優で看板女優と対立する役ばかりの奈々津さん、そして雨が好きで人工降雨の研究をしていて「雨降りの先生」と呼ばれるようになり、雑文書きで暮らしている私。手品師だった父とエスプレッソの思い出、帽子屋との「哲学的」な議論、同じアパートに住む奈々津さんとのエピソードなど、ちょっと風変わりで懐かしい感じのする物語。
 「余計な知識と膨大な聞きかじりの堆積。生きれば生きるほど、『宇宙の謎』からはほど遠い、なんだかどうでもいいようなことに関する知識ばかりが増え続けている。…私にだって、昔から何度も反芻してきた重要な自問があったはずなのだ。そして、何よりそれこそが自分の人生に課せられた大きなテーマだと認識していたはずなのである。たしか。」
 「いま、どこか遠くの闇のなかを列車が行き過ぎるとしたら、われわれ三人を包んでいるこのちっぽけな灯は、列車の窓にほんの一瞬かすめるだけなんじゃないか?」