山崎ナオコーラ

人のセックスを笑うな      

人のセックスを笑うな 2006年11月28日( 火)
 彼女はオレの通う美術の専門学校の講師。出会ったのはオレが十九のときで、彼女は三十九歳だった。冗談の飛び交う授業には人気があって、皆「ユリちゃん」と呼んでいた。飲み会の帰り「私、君のこと好きなんだよ。知ってた?」と話しかけられ、人物画のモデルをすることになって、アトリエとして借りているアパートを訪れて、付き合うようになった。
 料理ができず、ぼろぼろこぼして食べ、部屋は物置状態で、お腹は出て目じりにはシワもある。かわいくもない自己中心的な変人女性ではあるけれど、そんなユリへのオレの軽くてせつないいとおしさ。「恋だとも、愛だとも、名前の付かない、ユリへの愛おしさがオレを駆り立てた。わけもわからず情熱的だった。」
 言葉に意外性があって、おもしろい。「鳥たちは飛ぶ。・・・寒い中、君たちは何をやっているのか。」「『人間って素晴らしいな』と、ばかみたいなことを考えながら、バスを待っている。」「空は透度が高い。吸い込まれそうだ。ブラジャーの中の乳首のように、オレを引っ張る。」文藝賞受賞作で、芥川賞候補作。
 「虫歯と優しさ」は、元男性の私と彼との別れを描いた作品で、やはり言葉がおもしろい。「その薬、半分は優しさで出来ていますか?」