山本文緒

恋愛中毒 プラナリア 自転しながら公転する  

恋愛中毒 2004年1月22日(木)
 恋人の嫌がらせから逃れて引っ越して、転職した小さな編集プロダクションに は、いわくありげのパートのおばさん事務員がいた。誕生日の日、会議中に果たしてもと恋人が現れたらしく、そのおばさんが外へ連れ出して帰してくれていた。夜社長に呼ばれて居酒屋へ行くと、そこには水無月さんというそのおばさんもいて、社長が帰って二人になると、あの子の気持ちも少しわかる気がする、と自分の離婚届を出した日のことを話し出す。
 ここまでがintroductionで、本編は離婚して弁当屋のバイトとたまに翻訳の仕事をもらってひそかに暮らしていた女性が、ファンだった芸能人・作家と出会い引き込まれて行く物語を描いている。「これから先の人生、他人を愛 しすぎないように。愛しすぎて、相手も自分もがんじがらめにしないように。」これが「恋愛中毒」なのだ。恋愛中毒というのは、煙草や麻薬のような葛藤はない。気がつくのはスイッチが入った後だから。
 この人も女性に人気のある作家のようだ。映画かテレビドラマを見ているように、すらすらと読めた。

プラナリア 2005年11月23日(水)
 この作家は、男でよかったと思うような、身につまされそうな女性を描くことが多いような気がする。
 「プラナリア」では、乳がんの手術のあと何もかもが面倒になり、「私、乳がんだから」と言っては人を気まずくさせる25歳の春香。「ネイキッド」では、がむしゃらに前へ前へと働いてきたのに、夫に離婚されて以来漫画喫茶で暇つぶしをするだけになった34歳の泉水。「どこかではないここ」では、リストラされて収入が半減した夫、大学生の息子、外泊を繰り返す高校生の娘を抱え、深夜のディスカウントショップのパートに出かけ、週に何度か近所に住む母を訪ね、さらにボケて入院している義父を見舞うという毎日をおくる主婦の真穂。「囚われ人のジレンマ」では、学生の時から付き合っている恋人から求婚されたが、まったくその気はなく、浮気までしている25歳の美都。多少救いのあるのは、「時代屋の女房」のような雰囲気の「あいあるあした」。
 直木賞受賞の短編集。

自転しながら公転する 2021年6月21日( 金)
 与野都は、東京のアパレルショップで働いていたが、母の更年期障害の看病といろいろ事情があって、牛久の実家に帰り、アウトレットモールのアパレルショップで契約社員として働いている。ふとしたきっかけで同じモールの回転寿司の店員貫一と付き合いだすが、貫一は読書家で教養もあって気遣いもできるが、元ヤンキーの中卒。おまけに回転寿司店が閉店して失業状態。職場では本社の社員のセクハラに遭い、店長はあてにならず、バイトの店員は全員辞めると言いだす。母の病気は一進一退で、父は閑職に移してもらっている。そして、家を売って転居するから、出て行ってほしいと言われる。結婚か自活か。まさに「自転しながら公転する」状況に陥っている。
 時折、母桃枝の視点から物語が語られて、意外と冷静な目で見ていることがわかる。最初のプロローグからすると、本編のストーリーが食い違って思えるが、エピローグを読むとミステリー並みに謎が明かされる。いろんな意味でおもしろかった。テレビドラマでやっていたが、3話では描ききれないんじゃないだろうか。中央公論文学賞受賞作。いろんな意味でおもしろかった。著者は、本書出版の翌年亡くなっている。