矢口敦子

償い 人形になる    

償い 2009年2月9日(月)
 優秀な脳外科医だった日高英介だが、仕事に没頭するあまり家族の心も離れ、急死した息子の後を追って妻が自殺すると、病院の医療ミスの責任をとらされ、何もかも捨ててホームレスになり、ベッドタウンの埼玉県光市を這いずりまわっていた。火災を通報して逆に容疑者にされた日高は、山岸という刑事に情報提供を求められた。図書館で事件を調べていて少年に声をかけられる。彼は、かつてたまたま居合わせて誘拐犯から命を救った真人だった。真人は不幸な人の泣き声が聞こえ、そんな人は死んだほうがいいと考えていた。狭い町で頻発する事件。真人はその犠牲者と何らかのつながりがあった。自分が救った命が人の命を奪っているという疑惑に、日高の絶望感は募っていく。
 ついにホームレス探偵かとい感じだが、テーマは魂の救い。過去への償いに悩む日高と、事件の渦中で償いに悩む真人。わかってみれば、日高に探偵役を求められるわけも、日高が真人を疑うわけも、なるほどという感じでうまくできている。

人形になる 2011年3月4日(月)
 「人形になる」:夏生は人工呼吸器に命を守られている。恋という文字は、はるか以前に辞書から削っていた。ある日森田瑞江が隣のベッドに入院してきた。彼女には歩行に障害があったが、苦労を感じさせない輝きがあった。そしてお見舞いに来る小西双一郎を好きになっていった。
 「二重螺旋を超えて」:大学の生物学科へ進んで発生の研究をしていたものの、実験動物のネズミを殺すことができなくなって挫折し、翻訳の仕事をしながら父と母と暮らしている《私》。月に一度、排卵期になるとわけもなく神経が波立つ。母から逃れて自分の城を持ちたいと思い、田舎で独り暮らししている高校の同級生なら受け入れてくれるだろうと手紙を書くのだが…。
 二作ともホラーという感じの作品。特に、「二重螺旋を超えて」は意外な展開だ。「人形になる」は女流新人賞受賞作。