綿矢りさ

インストール 蹴りたい背中 かわいそうだね?  

インストール 2005年11月29日(火)
 学校に疲れた女子高生が登校拒否児になって、同じマンションの小学生と知り合って、古いコンピューターを使って風俗サイトのチャットのアルバイトを始める、というだけのストーリー。
 主人公が小学生と出会って風俗の仕事を始める過程とか、みょうに冷めた小学生とか、時々混ぜる親父言葉とか、ねじけた設定の自分や小学生の母とか、いかにもうまく作っているという感じ。それより何より、「私、毎日みんなと同じ」とか「ライバルに勉強させないようにしようと、必死だ」とか「疲れている私は受験戦争から脱落することになった」とか、自分をインストールしなおそうとするリアリティが全然感じられない。その辺は雰囲気で察してよとか、同世代ならわかる、ということかもしれないが。私小説は嫌いだが、この作品は優等生が自分とはまったく縁のない世界をそれらしく描いてみたという感じ。文藝賞受賞作。
 「You can keep it」は、芥川賞受賞第1作らしいが、新人賞をとる3作前ぐらいの感じのでき、というか高校の卒業文集の作品レベル。大丈夫だろうか。それとも年齢が30歳も離れると、シンクロするものがないのだろうか。

蹴りたい背中 2007年5月8日(火)
 高校に入学して二ヶ月、クラスで友だちが出来ていないのは「私」と男子の「にな川」だけだ。理科の実験の授業中、にな川が隠れて読んでいたファッション雑誌を覗くと、以前会ったことのあるモデルが出ていた。「会ったことがある」と言うと、家に誘われる。にな川はそのモデル「オリチャン」のファンで、オリチャンだけを見て考えて生きていた。一心にオリチャンの世界に浸りこむにな川の背中を見下ろしていると、悪寒とともに、背中を蹴りたい、痛がるにな川を見たいという欲望が膨れ上がった。
 一人称というのがある意味、一つの仕掛けになっていて、「私」がすべてを語っているわけではないような気がする。「インストール」でもそうだったが、この作者の主人公は自分の内面をあまり語ることはない。「ハツ」と呼ばれる主人公は、「“人見知りをしてる”んじゃなくて、“人を選んでる”んだよね。」「幼稚な人としゃべるのはつらい。」と言い、それでいてクラスの相関図を誰より把握している。そこにあるのは自意識というよりは対他意識。山田詠美の「蝶々の纏足」における孤立と比べると、まったく対極的な空疎な孤立だ。とすれば、「蹴りたい」という気持ちは、強烈な自意識に対する嫌悪感あるいは嫉妬ということになるのだろうか 、それとも「こっちを向けよ」という一蹴りなのだろうか。
 「さびしさは鳴る。」という出だしはうまいと思う。「ハッ。っていうこのスタンス。」っていう文体、は冒頭の部分だけのつかみだった。超話題となった芥川賞受賞作。

かわいそうだね? 2013年3月15日(土)
 「かわいそうだね?」:樹理恵は、務めている百貨店のブランドショップでは頼りがいがある姐さんと言われているが、アメリカ育ちの恋人隆大との関係では龍大がリーダーシップをとっていて、自分が頼れるほどの包容力とやさしさをもつ人にめぐりあえて喜んでいた。その隆大が、アメリカにいた時の元カノアキヨの就職が決まるまで自分の部屋に住ませることになり、許せないなら樹理恵と別れると言ってきた。一度は、理性的に納得するのだが…。
 「亜美ちゃんは美人」:さかきちゃんは高校の入学式で亜美ちゃんと出会った。亜美ちゃんは美人で、さかきちゃんは内心苦手だなと思っているのだが、なぜか亜美ちゃんはなついてきた。亜美ちゃんと一緒にいると、さかきちゃんはマネージャー役になってしまう。別々の大学へ進学しても、亜美ちゃんは榊ちゃんの大学へやってきて、一緒に山岳同好会へ入った。卒業して二年後、恋人に会ってほしいと亜美ちゃんから連絡があった。あってみると、堅気の人とは思えない男だった。
 どちらの作品もストーリー作りがうまくて、おもしろかった。「かわいそうだね?」は大江健三郎賞受賞作。