宇月原晴明

信長 あるいは戴冠せるアンドロギュヌス 安徳天皇漂海記    

信長 あるいは戴冠せるアンドロギュヌス 2008年6月20日(金)
 1930年、ベルリンに逗留中の演劇家・詩人のアントナン・アルトーを、総見寺という日本人の青年が訪ねてきた。総見寺は、後にアルトーが著すことになる古代ローマの退廃的な皇帝ヘリオガバルスと、織田信長の相似性を語りだした。二人とも両性具有(アンドロギュヌス)であり、同じ神バールというシリアの太陽神を奉じていたという…。半分女になった身に苦悩する信長の前に、堯照という男が現れ、天下を取らせると語り、牛王の霊石を牛頭天王の像に嵌め込んだ…。
 アルトーと総見寺のヘリオガバルスと信長をめぐる議論と、それに基づく桶狭間、長篠から本能寺に至る信長の物語が並行して進む。いわゆる、伝奇ロマンだ。言葉の語呂が合うところなど、都合のいいところだけ拾い集めて、時代と年代を超えた人物や事件に共通性をこじつけて、生まれ変わりだとか同一人物だとか結論づけるのが、この手のもののパターン。洋の東西を問わず人間が作った神話や人間が起こした事件などに共通性があるのは当然のことだ。こうしたこじつけ部分は簡略にして、信長の物語だけにしたほうが、読みやすくておもしろかったと思う。

安徳天皇漂海記 2009年4月19日(日)
 鎌倉幕府三代目将軍の前に、平家の落人で幻術を使う天竺丸という曲者が現れ、導かれて江ノ島の洞穴に入ると、もう一つの神器である真床追衾の蜜色の玉の中に壇ノ浦の合戦で入水した安徳天皇が眠っていた。夢の中で安徳天皇は「わが兵となれ」と誘うのだった。四百年前の廃太子高丘親王は震旦に渡海し、心を静める何かに出会ったのだという。実朝はその何かを探ろうと渡海を試みるが、鶴岡八幡宮で討たれる。時代は移り中国の広州、大元帝国のクビライ・カーンに追われた南宋の幼い皇帝端宗は、海岸で琥珀色の玉を見つけ、その中に眠る子供と文字で語り合う。
 前半は実朝の側近が実朝の歌に重ね合わせて語る形をとっており、後半はクビライの命を受けて端宗の宮殿に入り込んだマルコ・ポーロの視点で描かれている。入水した安徳天皇が神器に守られて、実朝さらに海を渡って南宋の皇帝にまで影響を及ぼすという発想はスケールが大きいし、元寇の謎解きもおもしろい。山本周五郎賞受賞作。