恒川光太郎

夜市 草祭 金色機械 スタープレイヤー
無貌の神      

夜市 2008年6月21日(土)
 「夜市」:いずみは高校時代の同級生裕司に連れられて、岬で開かれる夜市を訪れた。そこでは、妖怪たちがいろんなものを売っていた。そして、何かを買わない限り、夜市から出られないのだという。 裕司が意外なことを言い出した。子供の頃夜市に迷い込んで、野球の才能と引き換えに弟を売ってしまい、今日は弟を買い戻しにきたのだという。
 「風の古道」:七歳の春、桜を見に出かけた小金井公園で父とはぐれた私は、一人のおばさんに教えられて、奇妙な田舎道を歩いて自宅までたどりついた。十二歳の夏休み、親友のカズキにその秘密の道の存在を打ち明け、あの時抜け出した生垣の隙間から道に入り込んだ。小金井公園への出口を見つけられないまま歩いていると、ジーンズに長髪の青年レンに出会った。この道は神々の道で、足を踏み入れていはいけない道だった。
 日本ホラー小説大賞受賞作で、直木賞候補作。ホラー小説というよりは、ファンタジーだろうか。幻想的で 、抒情的な作品。「夜市」の売られた弟のその後、「風の古道」のレンの生い立ちはミステリー仕立てでおもしろい。二人とも、永遠に彷徨う人たちなのだ。
 「道は交差し、分岐し続ける。一つを選べば他の風景を見ることは叶わない。私は永遠の迷い子のごとく独り歩いている。私だけではない。誰もが際限のない迷路のただなかにいるのだ。」

草祭 2016年1月6日(水)
 「けものはら」:小学5年生のある日、隣町の小学校の連中と喧嘩して椎野春と用水路を逃げていて、石段を登ると崖に囲まれた野原に出て、黒い影に襲われて逃げた。何日かして、見知らぬ男に「〈けものはら〉に入っただろう?…あんなところで遊んでいると、化け物に変わっちまうぞ」と言われた。中学三年生の初夏の夜、春の父から昨日から春が帰っていないと電話があった。〈けものはら〉へ行くと、春がいた。
 「屋根猩猩」:高校からの帰り道、中学生ぐらいの少年に名前を呼ばれた。警察に届けようとしていた拾った財布を、落とし主に言われて探しにきたというのだった。古い縦っものが並ぶお根崎地区を歩いていると、また少年に出会った。タカヒロという名前で、学校には行かず、この地区で守り神をやっていると言った。次の朝から、別の人間になったように感覚が変わって、よくとか焦りとかが溶けてなくなってしまった。
 「くさのゆめがたり」:幼少の頃から私は叔父と一緒に山に入って、狩猟、医術、天文、気象、毒や薬について教えてもらった。ある日、禁断の神薬、クサナギを作るのに使うオロチバナという花を見つけた。ある夏、私は叔父を毒殺し、リンドウという僧侶に連れられて寺で過ごすようになり、絹代と娘の花梨と知り合い、春里という里で暮らすようになる。春里には、勘当された領主の嫡男だった山賊が時々姿を現していたが、襲われていた女性を助けたことから、絹代と花梨が連れ去られてしまった。
 「天化の宿」:同級生の女の子から「望月さんの家はお城みたい」と言われていたが、建築士の父は母の家系や市井の人を嘲笑していて、私は虫唾が走るほど嫌いになった。ある日、雑草の中で線路に躓き、線路沿いに歩いていくと、着物姿の双子の男の子に出会い、「お姉ちゃんはクトキ旅の人?」と聞かれ、クトキの館へ連れていかれた。そして、苦解き盤で〈天化〉をすることになる。
 「朝の朧町」:私は赤の他人である長船さんの家に四年も居候していた。長船さんの口から語られる故郷の美奥は魅力的で、私は聞くたびにノートに記していた。長船さんは「実は俺は町を持っている」と言い、春の夜更け歩いていくと夜明け前、レトロな外観の町に辿り着いた。一人になって散歩していると、子供の頃暮らしていた町とそっくりな駄菓子屋があり、通っていた業学校もあった。そして、会いたくない高校の同級生も姿を現した。長船さんは、それは記憶の影で、この町は入った人の影響を受けるのだという。
 〈美奥〉という町に暮らす人々が遭遇するホラーファンタジー。「けものはら」、「屋根猩猩」、「天化の宿」には共通する人物が登場し、「くさのゆめがたり」は〈美奥〉の起源を物語っている。

金色機械 2016年8月22日(月)
 遊郭を取り仕切る熊吾朗を、遥香という若い娘が訪ねてきた。熊吾朗は人の殺意を見ることができ、遥香は手を当てるだけで人を殺すことができた。熊吾朗は鬼御殿という盗賊の巣窟の出身で、遥香は鬼御殿の捜索に出て戻らない同心の夫を探して、熊吾朗に手引きさせようとしていた。かつて天からやって来て取り残された一族の末裔が金色様と呼ばれるものとさすらいった末作ったのが鬼御殿だった。
 年代と人物関係が入り組んでいてわかりにくいところもあるが、SFファンタジーという感じでおもしろかった。遥香の親殺し、鬼御殿の主殺しといった「事件」の犯人捜しという趣もあるので、日本推理作家協会賞受賞作。滅びの物語と一感じだろうか。

スタープレイヤー 2018年1月31日(水)
 斉藤夕月、三十四歳、無職の私は、住宅街で二メートルぐらいの全身真っ白の男から籤をさしだされ、紙切れを摘まんでだすと、一等、スタープレイヤーとベルを鳴らされた。突然街が消え、見ず知らずの草原にいて、東屋のテーブルに長方形のものが載っていて、触ると文字が現れた。ここは別の惑星で、「スターボード」を使って「十の願い」をかなえることができるという。石松という案内人が現れて、いろいろ助言してくれる。夕月は実家と食料品を呼び出し、ついで野菜を自給できる豪華な庭園を造った。ある日、マキオという男が現れる。彼もスタープレーヤーでタワー村という建造物を造って、他のスタープレイヤーに連れてこられた人々や現地人と一緒に暮らしていた。この世界に、ラズナという国とトレグという国があることを知らされる。
 「幻想的」な作風の著者が書いた「ファンタジー」。おもしろかったが、願いがちょっとやりすぎかなという感じもする。

無貌の神 2020年5月16日(土)
  「無貌の神」:世界から見捨てられたような茅葺の集落で、いつどこから来たかわからないまま、アンナと暮らしていた。古寺に顔のない神がいて、傷や病を治してくれるが、うわばみのように人を飲み込んでもいた。ある日アンナは谷へ連れて行き、赤い橋を示して渡って行けと言ったが行かなかった。アンナが神を倒すと、誰もがその肉を食べ始め、私も食べた。アンナが次の神になり、赤い橋は見えなくなった…。
 「青天狗の乱」:伊豆へ向かう交易船の船員をしていた頃、流刑人にと青い天狗の面を預かった。その後、その島で青天狗が島役人一族を殺したという噂を聞いた。明治の代になって、ある日洋装したその流刑人によく似た男を見かけたのだった。
 「死神と旅する少女」:十二歳の少女フジが尋常小学校帰りに級友と別れてから道に迷って歩いていると、中年の男と若い男と出会った。中年の男に「このぼんに斬られてくれ」と言われ、よけると小刀を渡されて「このぼんを殺せ」と言われる。咄嗟に小刀を刺して殺すと、時影と名乗る男に従うことになる。時影の車に乗って旅をして、時影が命じた男を刀で殺すという月日が始まった。七十七人を殺したらもとに帰すと言われる。七十七人を殺して、村の畦道で発見されたのは、いなくなってから三日後のことだった。
 「十二月の悪魔」:若いころ警察に逮捕され、出所した時は高齢者だった。去年何をしていたか覚えていないし、なぜ今ここにいるのかわからないし、家族も友人もいない。通りの角から腹を刺された男が歩いてきて、「逃げるんだ。騙されるな」と言われた。住宅街を抜けて山道を歩いていると、森の中に家を見つけた。アカネという若い女性がいて、逃げてきたというと、「反乱軍結成だね」と言った。
 「廃墟団地の風人」:空を飛んでいて団地の廃墟に落ちてしまった。誰にも自分は見えないようだが、一人の男の子が話しかけてきた。その子は頻繁に遊びに来るようになった。そしてある日、若い女性と目が合い、夜その女性が廃墟にたずねてきた。昔同じような存在だったと言い、三か月後ぐらいに消滅する、生き残る方法は一つ、人間の身体を乗っ取る事だと言った。
 「カイムルとラートリー」:黒く幼い獣はいつも母の後をついていた。ハゲタカ岩の向こうは〈奴らの領域〉だった。ある日、ハゲタカ岩にいると〈奴ら〉がやってきて、罠にかかって捕らわれてしまった。市場で族長に買われ、カイムルという名をもらい、色々話しかけられているうちに人間の言葉を理解するようになり、話すようになった。次は皇帝にもらわれ、ラートリーという車椅子の王女に誕生日プレゼントにされた。
 異界のファンタジー。デビュー作の「夜市」、「風の古道」以来の秀作。「無貌の神」、「死神と旅する少女」、「カイムルとラートリー」が特に印象的だった。