津村記久子

君は永遠にそいつらより若い ポトスライムの舟 ミュージック・ブレス・ユー!! この世にたやすい仕事はない
浮遊霊ブラジル      

君は永遠にそいつらより若い 2009年12月11日(金)
 わたしは、イノギさんが十年ほど前にある事件にあってなくしたという自転車の鍵を探していた。イノギさんと出会ったのは、就職活動が終わって、燃え尽きたように、バイトと学校と下宿を行き来するだけのぼんやりした生活をおくっていた頃だった。
 身長175センチのホリガイは処女、部屋は汚く散らかり、女の子が好きでグラビアアイドルの写真を貼り付けている。人との受け答えがそっけない、というかどうでもいい。大学のゼミの仲間や、バイト先の上司や後輩とのゆるゆるした生活が続く。しかし、彼女の内には誰にも言えない動機があった。
 芥川賞作家のデビュー作で、太宰治賞受賞作。大学やバイトのエピソードは、こんな小説前にも読んだなという気もするのだが、無気力なようでいて真摯さがあってどことなく良い感じだった。

ポトスライムの舟 2011年6月21日(火)
 ナガセは工場の掲示板に貼られた世界一周クルージングのポスターを見ていた。そして、163万円という代金が年間の手取りと同額だと気が付いた。新卒で入った会社を上司のモラルハラスメントでやめて1年間働けなかったナガセは、昼工場で働いて、夜は大学の同級生だったヨシカのカフェを手伝い、土曜は老人相手にパソコンを教え、自宅でデータ入力の仕事もしている。無給で何もしないでいる時間というのが苦痛に思えるのだ。そんなある日、やはり同級生だったりつ子が娘を連れてナガセの家へやってきた。
 ワーキングプアを描いたタイムリーな作品のように紹介されていたが、そんな単純なことであるはずがない。直接描かれてはいないが、心の傷、立場の違う友人たちへの思い、母との関係などが描かれている。芥川賞受賞作。
 「十二月の窓辺」は、「ポトスライムの舟」の前日譚のような作品。重苦しいが、ミステリー的な要素もあっておもしろい。

ミュージック・ブレス・ユー!! 2011年11月7日(月)
 アザミは数学の単位を落として仮進級した高校三年生。いつも一緒にいる友達のチユキは指定校推薦に入れそう。アザミは志望校も将来も考えられない。解散したがバンドをやっていて、いつもヘッドホンで音楽を聴いていて、CDの感想をパソコンに書き込む毎日。同じ歯科で矯正しているモチヅキと一緒に帰ったりする。その友達のトノムラも音楽好きらしい。
 バンドの解散とか、学園祭での事件とか、チユキの失恋をめぐるアザミの騒動とか逆に落ち込んでいるアザミのためにチユキがしでかす事件とかいろいろあって、アザミの受験失敗、卒業とチユキとの別れまで物語は進んでいくが、ストーリーの流れというのはほとんど意味がなくて、エピソードが断片的に続いている感じ。相変わらず、背が高くてぼんやりした女性が主人公だが、この作品では子どもの頃発達障害のようなものがあったように描かれている。そういった事情がなくても、先がわからず、流れに乗れずに、いつのまにか取り残されていく青春というのはどこか共感できる。野間文芸新人賞受賞作。

この世にたやすい仕事はない 2020年1月1日(水)
 「みはりのしごと」:燃え尽き症候群のようになってやめて実家に帰っていたが失業保険が切れて職探しを始め、「家から近いところで一日コラーゲンの抽出を見守るような仕事」と言って紹介されたのが、家の向かいにある会社でビデオを仕掛けて人物をみはるというものだった。契約を更新しないで紹介された次の仕事は「バスのアナウンスのしごと」、バスの車内広告を作るものだった。その次は、お菓子の袋の裏に一口知識のような文章を作る「おかきの袋の仕事」、そして家々に標語のポスターを貼ってもらう「路地をたずねる仕事」、広い森林公園の奥の小さな小屋で事務仕事をしたり園内監視をする「大きな森の小屋での簡単なしごと」。
 主人公は35歳ぐらいの独身女性で仕事というものに熱意は失っているのだが、それなりのキャリアがあるだけにどの仕事を始めてものめり込み過ぎて、結果的に続けられなくなる。おもしろかった。芸術選奨新人賞受賞作。

浮遊霊ブラジル 2020年4月4日( 土)
 「給水塔と亀」:定年退職した私は故郷に帰り、借りたアパートを探して昔住んでいた町を給水塔があったはずだと思いながら歩き、亡くなった前の住人が飼っていた亀を見ながらビールを飲み、帰ってきたと思う…。川端康成文学賞受賞作。
 「うどん屋のジェンダー、またはコルネさん」:うどんが好きで、よく行く評判のうどん屋は店主が食べ方のハウツーを話しかけまくる。よく見かけるお客で心の中でコルネさんと呼ん出いる女性がいる。コルネさんは店主に「初めて?」と聞かれて「初めてです」と答えた…。
 「アイトール・ベラスコの新しい妻」:友人にサッカー選手のスペイン語のゴシップ資料の下読みを頼まれて読むと、その選手の再婚相手はなんと私の小学校の同級生だった。クラスのいじめられっ子で、先生に世話を押しつけられていたのだった。
 「地獄」:同級生のかよちゃんんと温泉帰りのバス事故で死んだ。作家だった私が配属された地獄は物語消費しすぎ地獄で、来る日も来る日もいろんな物語の中で殺された。たまたま出会ったかよちゃんがいたのは、おしゃべり下種野郎地獄だった。
 「運命」:なぜか知らない街で道を聞かれる。記憶をたどると十歳のとき、そして生後二か月のとき道を教えていた。そして、賽の河原でも、宇宙船でも…。
 「個性」:夏期講習で坂東さんがとんでもない恰好で教室に現れた。秋吉君に覚えてもらえないからで、秋吉君は見える人と見えない人がいるという。
 「浮遊霊ブラジル」:町内会の海外旅行でアラン諸島へ行くことになったが、その前に死んでしまった。ふとしたきっかけで副会長の仲井さんの体に憑りついて、いろいろな人の体に乗り換えているうちにブラジルにたどり着いてしまう。アラン諸島まで行けば成仏できると気づくのだが…。紫式部文学賞受賞作。
 この前読んだ「この世にたやすい仕事はない」もおもしろかったが、こちらは強烈におもしろい短編集だった。