辻村深月

冷たい校舎の時は止まる 凍りのくじら ツナグ 鍵のない夢を見る
かがみの孤城 善良と傲慢    

冷たい校舎の時は止まる 2008年7月16日 (水)
 県下随一の進学校青南学院高校。ある雪の朝、登校すると三年二組の学級委員仲間八人だけで、他のクラスも先生もまったく姿がなく、そればかりか玄関も窓も閉ざされて外へ出ることもできず、携帯も圏外になっていた。そして、時計は 五時五十三分で止まってしまった。それは、十月の学園祭最終日に、同じクラスの生徒が屋上から落ちて自殺した時刻だった。八人は、辻村深月、深月の幼馴染みで秀才タイプのクラス委員長 鷹野博嗣、賭け麻雀と煙草で停学になっていた耳にピアスをして茶色い髪の菅原、スカートが短く化粧の濃い佐伯梨香、生徒会の副会長桐野景子、副委員長で裏表のない性格の藤本昭彦、成績トップの特待生清水あやめ、純情な片瀬充。担任の榊は、かつて青南の特待生で、鷹野の従兄弟で深月とも幼馴染み、茶色い髪にピアスという異色の教師だが、生徒の人気は高かった。しかし、榊の姿も見えず、梨香が榊の机の上で見た記念写真には7人しか写っていなかったという。集団失踪事件の知識のある清水は、八人の中の誰かが自殺して、その心が作り出した世界に他の七人が取り込まれていると言い出した。誰も自殺したクラスメートの名前も顔も思い出すことができなかった。深月は友人だった角田春子との確執に悩んで、拒食症に陥り、仲間や榊の支えで立ち直っていたが、他の七人にもそれぞれ抱えた悩みがあった。自殺して、今仲間を苦しめているのは誰なのか。
 おもしろかった。 ミステリーというよりは青春ホラーという感じの作品だが、最後に大きなトリックと謎解きがある。この人物紹介自体にヒントが隠されているが、各人の紹介の中で最後で一番長い菅原のエピソード部分がキーになっている。メフィスト賞受賞作。

凍りのくじら 2012年9月18日 (火)
 芦沢理帆子は、進学校に通いながら、カオリや美也との飲み会に付き合い、会う人ごとに「スコシ・ナントカ」と当て嵌めて遊んでいた。著名な写真家だった父は、小学生の頃癌を患って家を出て行方不明になり、母も癌で入院していて余命わずかだった。理帆子の生活は、父の親友だった正解的な指揮者松永純也の援助に依存していた。別れた司法浪人生の若尾大紀からはその後も電話やメールが入ってくる。ある日、別所あきらという上級生が写真のモデルになってほしいと言ってきた。理帆子は、別所が郁也という小学生と一緒のところを見かける。郁也は松永の隠し子だということだった。
 前半は、ありがちな女性作家が描く高慢な若い女性という感じでつまらなかったが、後半動きが出て、主人公も変化していき、「冷たい校舎の時は止まる 」にも共通するような結末でおもしろかった。

ツナグ 2013年2月12日 (火)
 死者に会わせてくれる「使者(ツナグ)」がいるという都市伝説のようなものがあった。生者が死者に会えるのは一人、一度だけ、同じく死者も生者に会えるのは一人、一度だけ。何の喜びもない生活の中で唯一の生きがいだったアイドルが死んでしまったOL。家を継いだものの頑固な性格で家族から浮いている長男は、母に「使者」のことを教えられていた。いつも自分を持ち上げる役だった親友が劇の主役に抜擢されたものの事故死してしまい、複雑な感情を言炊き続ける女子高生。ふとしたきっかけで出会い、二年間暮らした後結婚を申し出た後失踪した女性を七年待ち続けた男。彼らが会った「使者」は高校生の少年だった。
 最後の章で、「使者」の少年の視点から4つの物語を振り返り、「使者」の仕組みが明らかになり、「使者」の意味が問われる。自分なら誰に会いたいかなと思ったが、思いつかなかった。吉川英治文学新人賞受賞作。

鍵のない夢を見る 2015年10月10日 (土)
 「仁志野町の泥棒」:母と乗ったバスツァーのガイドは、小学校で一緒だった律子だった。律子の母は、近所で泥棒に入って家のものに見つかり、それでも黙認されていた。
 「石蕗南地区の放火」:実家のすぐ向かいの消防団の詰め所が火事になった。共済の仕事で調査に出向くと、しつこく付きまとっていた団員の大林がいた。
 「美弥谷団地の逃亡者」:何も持たず陽次に千葉の海に連れ出された。付き合いだしてから陽次に暴力を振るわれるようになり、警察に被害届を出していた。
 「芹葉大学の夢と殺人」:大学時代の先生が殺され、付き合っていた雄大が容疑者として追われていた。そして、会いたいと雄大が電話してきた。
 「岸本家の誘拐」:ショッピングモールでふと気が付くと咲良を乗せたベビーカーがなくなっていた。大騒ぎした果てにマンションに戻ると、玄関の前にベビーカーがあった。
 共通しているのは、自分の価値観と外からの評価がずれている女性と、滑稽なほどどうしようもない男。それぞれミステリー的な要素もありおもしろかったが、現実的で平凡な女性作家になってしまったという感じもする。直木賞受賞作。

かがみの孤城 2021年8月17日 (火)
 こころは、入学して1ヶ月で不登校になった中学1年生。母が探したスクール「心の教室」にも初日から行けなかった。ある日、部屋の鏡が光出して、手を伸ばすそのまま吸い込まれ、鏡の向こうへ引きずり込まれた。気がつくと、狼の面をつけた小さな女の子がいて、「あなたは、めでたくこの城のゲストに招かれました」と言った。同じくらいの子が他にもいて、“願いの部屋”の鍵を見つけた一人だけが扉を開けて願いをかなえる権利があるということだった。鏡が開くのは、朝九時から夕方五時まで、三月三十日が期限だという。ポニーテールのしっかり者の中三のアキ、ジャージ姿のイケメンの中一リオン、眼鏡をかけて声優声のフウカ中二、ゲーム機をいじる生意気そうなマサムネ中二、そばかすの物静かなスバル中三、小太りで気弱そうなウレシノ中一、全部で七人だった。ある日、アキが制服で現れたことから全員同じ中学であることがわかり、三学期の始業式の日、一月十日に集まろうと約束する。しかし、誰もが誰とも会えなかった。
 誰も会えないという基本的な謎は早いうちに解けていたが、ラストに明かされる鏡の城の謎は意外なものだった。そしてそれ以上に 、エンディングは素晴らしかった。本屋大賞受賞作。

傲慢と善良 2023年2月11日 (土)
 「あ、ごめん、今ちょっと…。」という電話の後、架の婚約者真美が姿を消した。婚活アプリで出会って二年、真美の周辺にストーカーが現れたことから結婚を決意したばかりだった。ストーカーを手がかりに、前橋の真美の実家を訪ね、以前世話になったといいう結婚相談所を訪れ、紹介してもらったという相手二人と会い、前の職場の同僚に話を聞き、今の勤め先の同僚に会い、真美の姉からは母親との関係を知らされる。しかし、何の手がかりも得られなかった。
 謙虚で自己評価が低いが自己愛は強い、結婚がうまくいかないのは傲慢さと善良さのせい、傲慢さと善良さが矛盾なく同じ人の中に存在してしまう。結婚相談所の小野里の言葉に、架は真美と自分のことを考える。そして、女友達から真美の失踪の理由を知らされる。婚活を巡る物語。直木賞受賞はこの作品のほうが良かったんじゃないかと思う。