辻原登

遊動亭円木 枯葉の中の青い炎 冬の旅  

遊動亭円木 2008年7月9日(水)
 遊動亭円木は、二つ目の落語家だったが、不養生がたたり、糖尿病が悪化し、白内障がすすみ、師匠から引導を渡された。妹の由紀とそのつれあいの綱木がやっている小松川のマンション「ボタン・コート」の2DKにころがりこんだ。そんな円木に、昔のひいき筋、不動産屋の明楽のだんなから大相撲の招待券が送られてきた。円木は、ボタン・コートの住人山下、堀、陳の三人を誘う。みんな水商売の同居人がいて、それぞれわけありだ。円木はほぼ盲の状態だが、どんよりした視界の中を人や車が霧にうつる影のように動くのは見える。
 明楽のだんなが塩原で温泉旅館をやらせている亜紀子。円木が昔同棲していた矢野多恵。円木が父の墓参りに象潟へ行った時矢島で遭遇した、父と因縁のあった立花とその娘の寧々。陳が上海から連れて一緒に逃げてきた安莉。円木の修行中の仲間で、今は江ノ島で旅館の番頭をしている立木。そうした人々と円木との物語が、落語の演目をまじえて、時にはミステリアスに、時には幻想的に、時には洒脱に、時には 艶っぽく展開する連作短編集。
 江戸前の味わい、妄想、幻想が入り混じった人情話でおもしろかった。谷崎純一郎賞受賞作。

枯葉の中の青い炎 2008年11月6日(土)
 「ちょっと歪んだわたしのブローチ」:夫の亮が突然好きな女ができた、明日からそのひとのところへゆくと告げた。相手は女子大生で、卒業したら故郷へ帰って結婚することになっている。最後の一ヵ月だけ一緒に住みたいのだという。
 「水いらず」:山に初雪が降ると、ロッジの支配人の秋山はひとり冬ごもりすることになる。夜、三日前死んだことを知らされた妻の妹芙美と夫が訪ねてきた。姉が持っていたラピスのお守りを返して欲しいというのだ。
 「枯葉の中の青い炎」:新聞のコラムでススム・アイザワの名前に出くわした。戦後プロ野球・高橋ユニオンズの投手だった。トラック環礁の大酋長の孫であるアイザワは、燃やして願いごとをすればどんなことでも叶う枯葉の入った小壜を持っていた。そして、マウンドの上で三百勝を目前にスタルヒンが苦しんでいた。川端賞受賞作。
 他に、「日付のある物語」、「ザーサイの甕」、「野球王」を収録。「日付のある物語」と「野球王」は一見関係のないような出だしから意外な方向へ展開していく。「ザーサイの甕」は、「遊動亭円木」と関連している。「枯葉の中の青い炎」は、ここでは説明できないほど実は複雑な構造をしている。ミステリアスでブラックな味わいのある「ちょっと歪んだわたしのブローチ」と「水いらず」がおもしろかった。この二つの作品も相互に関連している。

冬の旅 2016年2月7日(日)
 二○○年八月、緒方隆雄は強盗致死事件の見張り役で懲役五年の刑を満期で終えて滋賀刑務所を出所した。電車が大阪駅に着いて、緒方の身は二つに分かれ、一人は大阪に降り立ち、もう一人は母親の菩提を弔うため郷里の網干まで行く。大阪で降りた緒方だが、満期出所者には行く当ても仕事もなく、競艇につぎ込んで三日で尾羽打ち枯らしてしまった。緒方は、専門学校を出て中華レストランチェーンに就職し 店長補に任命されるまでになったが、アルバイトの学生白鳥を誘惑したと疑われて首になる。その後「さにわ真明教」という教団のPR誌の編集部員に採用され、阪神大震災での教団の救援活動で知り合った看護師鳥海ゆかりと結婚し、マンションを購入して暮らし始める。しかし、ある日突然ゆかりがいなくなり、使い込みをするようになって教団を首になる。花売りをしたり、おでん屋で働いたりするが、ホームレスになり、強盗に誘われることに至った。
 阪神大震災、オーム事件、秋葉原事件といった出来事を織り込みながら、一人の男の転落を描く。サイドストーリーとして、異常者白鳥、裏の姿を持つゆかり、緒方と刑務所で一緒だった久島の物語も挟まれている。そして物語の最後は、さらに鮮烈だ。伊藤整文学賞受賞作。