天童荒太

家族狩り 永遠の仔 悼む人 歓喜の仔

幻世の祈り 家族狩り第一部 2004年6月10日(木)
 氷崎游子は仕事熱心な児童相談センターの心理職員。馬見原は杉並署に勤める刑事で、家庭を顧みず仕事に没頭したあげく長男を亡くし、長女は補導され、妻は心を病んで入院していて、さらに 重大な秘密を抱えている。巣藤浚介はやる気のない高校の美術教師。子供の問題で馬見原は氷崎とは前からの知り合いで、一人の女子生徒の補導を通して巣藤も氷崎と知り合うことになる。そして、 巣藤の隣家で、ある日事件が起こる・・・。
 この作品は、「家族狩り」というミステリー作品を5部作に書き直したもので、これだけで終わっているのでは次も読まなければどうにもならない。作者は社会状況の変化に対応して発言する必要 性を感じてこのような構想を持ったのだそうだ。幼児虐待や心の病の問題など、解説的な記述が多いのはそうした意図によるものかもしれないが、小説としては緊張感を弱くしているようにも感じる。次の感想は、5部作完読してからになるかもしれない。

遭難者の夢 家族狩り第二部 2004年9月10日(金)
 前作で起こった一家惨殺事件のショックで酒びたりになり、その後オヤジ狩りにあい心理的後遺症に悩む高校教師巣藤浚介。保護した子供の父親とのトラブルが解決しない氷崎游子。事件の捜査で退院してきた妻を見守る余裕のない 刑事馬見原、出所してきた元夫におびえる冬島綾女。第二部では主要な登場人物の生い立ちや過去の重要な出来事が明らかになり、そしてそれぞれに再び危機が迫り、最後に第2の一家惨殺事件が起こる。続けて読もうかと思って、第三部を買ってしまった。

贈られた手 家族狩り第三部 2004年12月20日(月)
 児童相談センターの職員氷崎游子は、保護した女の子やその父との関係がこじれ、民間の電話相談をしている女性からは仕事を批判される。前作の最後で暗示された事件は、美術教師巣藤浚介の学校の生徒の家庭だった。刑事馬見原は管轄外のこの事件を調べだす。その馬見原が保護している冬島親子のもとには前夫が姿を現し、鬱病から退院した妻との生活もなおざりになりがち。
 前作は登場人物の背景の紹介という感じだったが、第三部で事件が動き出したという感じ。主要人物の生きる糧となっていた信念を揺るがされ、また登場人物がいろいろなところで結びつきだす。この作品をミステリーとしてとらえて、馬見原のように外部犯行による連続殺人だとすれば、犯人は問題家庭を知りうる立場にある電話相談の人間。動機は家庭内暴力に対する深い憎悪、あるいは死による贖罪を求める一種の狂気ということになるんだろうか。

巡礼者たち 家族狩り第四部 2005年4月1日(金)
 第三部で見え始めた破綻が深く大きくなってくる。刑事馬見原が世話している綾女の元夫が姿を現し、馬見原の妻に事実を告げ、綾女にも復縁を迫る。氷崎遊子が保護した玲子は、父親の駒田に連れ出される。巣藤浚介の教え子芳沢亜衣は摂食障害に陥り、学校へ復帰してもいじめにあい、再びひきこもってしまう。巣藤が犯行現場で消毒の匂いがしたと報告したことから、馬見原は消毒業者とその隣 に住む電話相談の女性に行き着く。
 ミステリーとしては核心に近づきつつあるが、登場人物たちの世界は崩壊が見えてきた。ラストが楽しみだ。

まだ遠い光 家族狩り第五部 2005年4月6日(水)
 前作で駒田に刺された遊子を涼介が見舞い、二人は親密になって行く。冬島綾女は馬見原の妻が再び入院したことを知り、東京を去る決意をする。油井は馬見原をつけ狙うようになる。芳沢亜衣のひきこもりはますますひどくなり、そこ へ<家族狩り>が忍び寄る。
 ミステリー的には、第三部で予感したとおりだったが、文庫版では登場人物それぞれが家族の問題を抱え、それぞれの事件を通して自分の生き方や家族というものを考えていくという部分が強調されているようだ。ミステリー+群像劇なのだが、登場人物がどこかで関係を持ち、<家族狩り>で全てが結びつくところがうまいし、おもしろかった。

永遠の仔 2006年1月3日(火)
 優希、笙一郎、梁平の三人は、小学6年の一時期、四国松山の小児専門病院の精神科病棟でともに過ごした。問題行動を起こす子供を収容して、治療と教育を施す病院だった。精神科病棟は<動物園>と呼ばれ、子供達は問題行動にちなんだ名前をつけられ、笙一郎はモウル、梁平はジラフと呼ばれていた。 神の山に登って救いを見出すのが優希の願いで、笙一郎と梁平にとって優希は自分達を救ってくれる存在だった。そして、卒業記念の石鎚山登山で、優希の父雄作の殺害が計画される。
 17年後、優希は川崎の多摩川近くにある病院の老年科で看護婦をしていた。弁護士になっていた笙一郎は、事務所に優希の弟聡志を採用する。梁平は神奈川県警の刑事になっていて、二人とも優希の近くに住み、密かに様子を見ていたのだった。
 笙一郎は痴呆になった母を頼みに病院へ優希を訪ね、梁平は事件の被害者となった子供の聴取のため優希の病院へ行く。こうして、三人が再び会うことになる。そして、再会を果たした夜、多摩川で中年の女性が殺害される事件が起こる。また、聡志は姉の秘密に気づき、それを探ろうとし始める。再会をきっかけに過去の扉が開き、優希の苦悩、そして優希をめぐる笙一郎と梁平の葛藤が深くなっていく。
 単純なミステリーとしては、多摩川での連続殺人、優希の家の放火事件と発見された母志穂の死の真相ということで、殺人事件については 犯人を誤認させるような仕掛けもある。しかし、実際に興味が持たれるのは笙一郎、梁平の、そして優希自身の心に抱えた問題、そして登山で起こった事件の真相だ ろう。
 「家族狩り」では児童虐待と家庭内暴力が社会問題的に描かれていたが、この作品では虐待を受けた子供たちの内面にさらに焦点を絞っている。この点についてはあえて書かないが、成人しても深く残っている 心の傷に安易な解決などあるはずもないから、後味の悪い結果となってしまう。「生きていても、いいんだよ」という言葉だけが虚しく残る。

悼む人 2011年7月23日(土)
 煽情的な興味を引く記事を書く週刊誌の特派記者蒔野は、取材に出かけた北海道で、人の死んだ場所をうろついている坂築静人という青年のことを聞く。会ってみると、人が亡くなった場所を訪ねて、誰を愛し、誰に愛され、どんなことで人に感謝されていたかを聞いて、亡くなった人を悼むのだという。静人の母、巡子は癌を患い、自宅でのホスピスケアを選んだ。夫の鷹彦は人と面と向かって話せない障害があり、娘の美汐は身ごもりながら兄静人のせいで恋人と別れていた。奈義倖世は頼まれて夫を殺し、 刑に服した後、行き場を失って訪れた殺害現場で、悼みをしている静人と出会い、静人の後をついて歩くことにする。倖世の肩には殺した夫朔也が現れて、倖世に話しかけるのだった。
 静人の〈悼む〉とは、亡くなった人を、ほかの人とは代えられない唯一の存在として覚えておくということだ。静人が悼む旅を始めた背景については、巡子の章である程度見えてくる。この静人の行為については何とも言えないが、生と死に思いを馳せる人たちの群像劇として興味深く読めた。

歓喜の仔 2016年12月26日(土)
 高校を中退した誠、小学六年の正二、幼稚園年長組の香は古く、くさいアパートで暮らしている。父が借金を作って女と逃げて行き、母は借金取りから逃れて窓から落ちて、意識のないまま寝たきりとなっている。誠が働いて生活費を稼ぎ、正二は母の介護と香の送り迎えをしている。ベートーベンの第九を歌うはずだった誠からは音楽がなくなり、絵の得意な正二は色が見えなくなり、香は匂いがわからなくなり死人が見えていた。誠と正二は借金の返済のため、夜中起きて覚醒剤の調合と包装をさせられていた。そして、借金取りのやくざ達の裏切りや抗争に巻き込まれていく。
 出口のない毎日、誠は占領下に置かれた都市で生きる少年を夢想するが、夢想の中の少年もリアルに生きだして誠の存在を知る。救われそうもない暗い物語だが、ファンタジー色やミステリー色があって、青春小説のようでもあり、充実していておもしろかった。毎日出版文化賞受賞作。