田中慎弥

切れた鎖 共喰い 宰相A  

切れた鎖 2010年11月3日(水)
 「不意の償い」:初めてセックスをしている時、二人の両親の勤めるスーパーの火災で四人とも死んだ。妻が妊娠し、勤めに出る前の妻を下駄箱と便所の間に押しつけて一人果てた時にできたという。それ以来、わたしの疑いと混乱が始まった。
 「切れた鎖」:明治から平成の初めにかけ、十人以上の政治家を出してきた桜井一族の一人娘梅代の夫は、美佐子が生まれてすぐ家を出た。裏に建つ朝鮮人の新興宗教の教会の女とできたらしい。母の梅子は口汚く梅代を罵り、教会を呪詛する。その教会の子と遊んでいた美佐子は美佐江を生んで家に戻り、美佐江を預けて男と遊んでいる。美佐江の父は教会の子で、その子は夫の子か。梅代の中で教会への憎悪と妄想がひろがっていく。
 妄想の幻想的な描写はいかにも芥川賞向きの作風で、実際何度も候補にはなっているらしい。三島由紀夫賞受賞作。外に出ることができず、蛹のまま地中にとどまる甲虫を描いた「蛹」は川端康成文学賞受賞作。おもしろいような、少し物足りないようなという印象。

共喰い 2013年3月19日(火)
 「共喰い」:十七歳の遠馬の産みの母親は、魚屋の仁子さんで右腕の手首から先がなかった。父の円と遠馬と一緒に住んでいるのは、飲み屋街の店に勤めている琴子さんだった。付き合っている一つ年上の千種も、皆、川辺と呼ばれる同じ地域に住んでいる。琴子さんの顔には時々殴られた痣ができる。遠馬も千種を抱こうとして首を絞めてしまった。
 「第三紀層の魚」:信道の父は四歳の時亡くなり、母と二人暮らしで、時々祖母の家で過ごしていた。祖母の夫は警察官だったが自殺し、九十歳を超える曾祖父を世話してきた。うどん店で働く母は、東京出店の責任者になって、信道と東京へ行くことになった。
 「共喰い」は芥川賞受賞作。血、性、暴力、土俗と、古典的な雰囲気の作品。起承転結があってうまくできていると思う。「第三紀層の魚」は、男四代と血のつながらない女二代を描いた作品。どことなく、作者の体験が反映されているように思われる。

宰相A 2018年1月21日(日)
 私、作家のTは母の墓参りをして小説のアイデアを得ようと、故郷のO町を訪ねた。駅に到着してホームの案内板を見ると、なぜかアルファベットの「O」の一文字しか書かれていない。すれ違う乗客はアングロサクソン系の人ばかり。切符を自動改札機に通そうとするが通らず、軍に捕らえられてしまう。彼らは日本人であり日本軍だという。第二次大戦後、戦勝国アメリカから入植してきた人々が日本人になり、従来の日本人は旧日本人として居住区に閉じ込められていた。日本はアメリカとともに、「戦争主義的世界的平和主義」に基づいて、世界中で戦争をしていた。そして、私はかつての反逆者「J」に瓜二つで、その再来と思われていた。
 あり得たもう一つの日本を描いたディストピア小説。尻切れトンボの感もあるが、おもしろかった。